判断基準
「選択・決断」する際に大切にしていることがある。
それは「どういう自分が好きか」という基準を持つこと。
たとえば、ダイエット中に、どうしてもお腹が空いた。
「食べたいものを食べられて幸せな自分」と「空腹に耐え、素敵なボディを作るストイックな自分」
そうやって、どういう自分が好きかを考える。
こんな簡単な決断から、もっと重い決断をするときにも、この基準は役に立つ。
自分自身を裏切ること、その決断が結果として自分を苦しめることになる。
決断自体が苦しくても、自分自身が納得できる決断をすることが大切だ。
GNH
GNH(Gross National Happiness)=国民 総幸福量とは…
GNPで示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたもの。
GNHは 1.心理的幸福、2.健康、3.教育、4.文化、5.環境、6.コミュニティー、7.良い統治、8.生活水準、9.自分の時間の使い方の9つの構成要素がある。
それに対し、心理的幸福を問い数値化される。(参考:Wikipedia)
ブータンの国王が来日され、「GNH」は新聞のコラムでも各誌が取り上げていた。
これが大きく話題に上ることは、「何に価値を置くか」その再認識の必要性を我々が感じているからではないだろうか。
人の価値観はまさに十人十色、千差万別である。
「人の価値観には、その生き様が映し出される。」
そんな言葉があったか、なかったか。
形のあるもの、形のないもの。
後者が今、見直されているようだ。
GNHについて少し調べたが、自分なりの幸福を見つけるきっかけにできたらいいな。
なんてことを少し思う。
退院後
退院した患者さんが来るというので、今日は休みだけれど病院へ。
「退院してか らもしっかり歩いてますよ」
退院後の元気な姿が見られること。
それがセラピストにとって何よりも嬉しく、大切なことなんだろうな。
外来で来ていた患者さんも一緒になって世間話。
「手がここまで動くようになった」
「こんなこともリハビリになる」
「退院してからは野菜を食べるようになった」
「休肝日をつくるようにしている」
などなど、気付いたら1時間。
ついつい話に花が咲いてしまった。
「本当にリハビリの先生には恵まれた。病院にはもう用はないけれど、先生に会いに来ますから」
最後にこうおっしゃっていただいた。
家族の方からも何度もお礼を言われた。
やっててよかったと思える瞬間。
見送りの際、歩容を確認。
膝の分離も改善し、クリアランスも良くなっていてよかった。
退院後の歩行練習の賜物か。
また今度、笑顔で会えることを楽しみにしています。
さだまさし
最近借りたさだまさしさんのベストアルバム。
歌詞の物語をついつい想像してしまう。
具体的な内容の詞が多いように思う。
具体性を持たせることで聴き手は物語を頭に描きやすい。
非常にわかりやすく、心にストンと落ちる。
12月に院内の症例発表会がある。
バイザーからのフィードバックにて、「具体性の欠如」指摘された。
簡単に言うとわかりにくい。
評価の中から何を問題点と捉え、治療を展開するのか。
明確な道筋を示してこそ、初めて理解できたといえよう。
理学療法士としての成長が問われている。
今、大きな山場を迎えようとしている。
