国語科研修会
今回の要点。
●生徒のやる気・自発性を促す仕組みづくりの原点の一つは、教師のレスポンスである。
●興味こそが学びの原点であり、それを引き出すのが教師の仕事である。
●興味・関心を引き付けるための導入に関して。
●解説に載っていることをやってわかったら教師はいらない。
●理解するためのプロセスを知識として得ることが学びであり、授業では、その部分の工夫が絶対的に必要。
●必要な情報を提供することで学びの手助けをし、鍛錬を積み重ねる中で自発性を促すのが授業である。
参加してくださり、そしてプレゼンの場を与えていただきありがとうございました!
次回研修会も宜しくお願いいたします!
●生徒のやる気・自発性を促す仕組みづくりの原点の一つは、教師のレスポンスである。
●興味こそが学びの原点であり、それを引き出すのが教師の仕事である。
●興味・関心を引き付けるための導入に関して。
●解説に載っていることをやってわかったら教師はいらない。
●理解するためのプロセスを知識として得ることが学びであり、授業では、その部分の工夫が絶対的に必要。
●必要な情報を提供することで学びの手助けをし、鍛錬を積み重ねる中で自発性を促すのが授業である。
参加してくださり、そしてプレゼンの場を与えていただきありがとうございました!
次回研修会も宜しくお願いいたします!
30cm
人は歩くのに、30cm幅の道があれば十分だという。
しかし、断崖絶壁では30cm幅の道では歩けない。
道幅が40cm、50cm、1mと広がるに連れ、余裕を持って歩くことができるようになる。
平地では、一見無用に見える道幅が、実は安定した歩行を保証している。
人生も同じで、一見無用に思えるような物事が実は大切だったりする。
「これは人生で何の役にも立たないだろう」と思われるような、いわゆる遊びの部分。
そういう部分が人生の幅となり、それに支えられ、人生にも安定感が生まれる。
そんな話を後輩から聞いた。
自分も、一見無用に思えるような回り道をしてきた。
それがいつか味となり、豊かな人生であったと振り返れるといいなと思う。
そのために、今は30cm幅の道をしっかりと歩こうと思う。
しかし、断崖絶壁では30cm幅の道では歩けない。
道幅が40cm、50cm、1mと広がるに連れ、余裕を持って歩くことができるようになる。
平地では、一見無用に見える道幅が、実は安定した歩行を保証している。
人生も同じで、一見無用に思えるような物事が実は大切だったりする。
「これは人生で何の役にも立たないだろう」と思われるような、いわゆる遊びの部分。
そういう部分が人生の幅となり、それに支えられ、人生にも安定感が生まれる。
そんな話を後輩から聞いた。
自分も、一見無用に思えるような回り道をしてきた。
それがいつか味となり、豊かな人生であったと振り返れるといいなと思う。
そのために、今は30cm幅の道をしっかりと歩こうと思う。
実習生
多くのPTの学生が実習に来ては、悩み、苦しみ、そして何かを得て実習を終えて行く。
実習生は、病院へ行けばわからないことだらけで、気を遣い、帰宅してホッとしたのも束の間、課題の多さに夜も眠れない。
体力的にも精神的にもかなり辛い。
悩まない訳がない。
プレッシャーに潰されてしまうこともある。
これは、理学療法士であれば誰もが経験する、いわば通過儀礼である。
しかし、不可能を要求されている訳ではない。
求められていることは「できるできない」ではなく「やるかやらないか」だからだ。
やらねばならないことを確実にやる。
それが最低限のルールである。
そこからのプラスαが期待されている。
できることは誰も期待していない。
できないなりにいかに努力できるか。
それを期待しているのである。
何の見返りもなく、自分の人生を捧げてくださる患者さんのために何ができるのか。
それを全力で考え、実行する。
それが学生としてのプロフェッショナルだと思う。
そして、理学療法士としての原点だとも思う。
実習生のとき、担当の患者さんが失語のある中で涙ながらに言ってくださった「ありがとうにならないありがとう」は忘れられない。
人のために努力したことは、必ず自分のためになる。
実習が終わっても、PTになれば同様の試練は続くだろう。
実習生。
しばらく前の自分の姿がそこにある。
理学療法士になり、もう少しで一年になるが、患者さんを思う気持ちは最も大切なもので、忘れてはならない。
改めて自分に言い聞かせるため、感じたことをここに記しておく。
実習生は、病院へ行けばわからないことだらけで、気を遣い、帰宅してホッとしたのも束の間、課題の多さに夜も眠れない。
体力的にも精神的にもかなり辛い。
悩まない訳がない。
プレッシャーに潰されてしまうこともある。
これは、理学療法士であれば誰もが経験する、いわば通過儀礼である。
しかし、不可能を要求されている訳ではない。
求められていることは「できるできない」ではなく「やるかやらないか」だからだ。
やらねばならないことを確実にやる。
それが最低限のルールである。
そこからのプラスαが期待されている。
できることは誰も期待していない。
できないなりにいかに努力できるか。
それを期待しているのである。
何の見返りもなく、自分の人生を捧げてくださる患者さんのために何ができるのか。
それを全力で考え、実行する。
それが学生としてのプロフェッショナルだと思う。
そして、理学療法士としての原点だとも思う。
実習生のとき、担当の患者さんが失語のある中で涙ながらに言ってくださった「ありがとうにならないありがとう」は忘れられない。
人のために努力したことは、必ず自分のためになる。
実習が終わっても、PTになれば同様の試練は続くだろう。
実習生。
しばらく前の自分の姿がそこにある。
理学療法士になり、もう少しで一年になるが、患者さんを思う気持ちは最も大切なもので、忘れてはならない。
改めて自分に言い聞かせるため、感じたことをここに記しておく。
あったかいろ
患者さんが腰が痛いというのでホットパックを勧めた。
すると、腰にはカイロ貼ってるから大丈夫だと。
すでに自分で対処している。
この患者、なかなかやるな。
さすがと思いつつ、何気なくいつから貼っているのか聞くと
「5日前!」
自信満々のご様子である。
流石に120時間も温かいカイロはない。
今はただの砂袋を腰につけているだけ。
まさに腰砂袋状態である。
従ってホットパック施行。
「あったかいなー、カイロとは大違いだー」
患者さんがカイロだと思っているのはただの砂袋。
温かく感じる当然だろう。
早く良くなって欲しい。
そう願うばかりである。
Twitterより。
すると、腰にはカイロ貼ってるから大丈夫だと。
すでに自分で対処している。
この患者、なかなかやるな。
さすがと思いつつ、何気なくいつから貼っているのか聞くと
「5日前!」
自信満々のご様子である。
流石に120時間も温かいカイロはない。
今はただの砂袋を腰につけているだけ。
まさに腰砂袋状態である。
従ってホットパック施行。
「あったかいなー、カイロとは大違いだー」
患者さんがカイロだと思っているのはただの砂袋。
温かく感じる当然だろう。
早く良くなって欲しい。
そう願うばかりである。
Twitterより。
