新聞小説 「ひこばえ」 (9)  重松 清 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「ひこばえ」(9)  11/23(170)~12/17(193)
作:重松 清  画:川上 和生

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感想
かつての仕事仲間だった神田さんの登場。一本気で人情厚く、なかなか理屈の通じない男。

これはもう「流星ワゴン」のチュウさんそのまんま(笑)
息子だったら当然、遺骨になった親でも思う気持ちが残っているだろう、というまっとうな気持ち。
真知子さんもそれに輪をかけてアドレス帳調べを申し出る。ムダにアツい連中に囲まれて食傷気味の洋一郎に同情・・・

 

しかし子育てのために再婚した母の現在は、遠慮ばかりの窮屈な生活。この父の事をもし知ったら、どんな反応になるのだろう?

 

あらすじ

第八章 ノブさん  1~23
次の日曜、五月十三日に神田弘之さんが照雲寺へ来てくれる事になり、それに立ち会うため洋一郎も出向いた。

母の日に、航太と共に夏子を祝う件はキャンセル。
多摩ケ丘駅で西条真知子さんと待ち合わせ、バスで寺に向かう。

 

同じバスに乗り合わせた、釣り人のベストを着た初老の男性。

照雲寺前でその男性も降り、声をかけるとやはり神田さんだった。

持っていたのは大きな束のカーネーション。

母の日のためのカーネーション配送の仕事が多忙で、仕事先の人がくれたという。神田さんは流しのトラックドライバー。


父とは荒川急便という会社で一緒になったのがきっかけだという。一九九五年の阪神大震災の頃で物流が忙しい時期。

釣りの趣味で盛り上がって、それから意気投合したらしい。

 

本堂には道明和尚の他に、大家の川端さんと和泉台文庫の田辺陽菜さんも来ていた。これもノブさんの人徳だ、と喜ぶ神田さん。
父を軸にして盛り上がる回りの状況の中で、じわじわと不機嫌になる洋一郎。
和尚は、父の遺骨を本堂に移し、長いお経を上げてくれた。嗚咽を洩らす神田さんを見ても心が醒めている洋一郎。
読経も終わり川端さんが、石井さんの部屋でお酒やお菓子でもどうですかと持ちかける。
それに対して神田さんが、父親の遺骨をこんなところに置いといていいのか、と洋一郎に迫る。

言い返そうと思った時、神田さんがいきなり父の骨壺を抱き抱えた。「はかないよなあ、人間なんてのはせつないよなあ・・・」
随分乱暴な扱いだが、合掌で認めてくれた和尚。
「お前も抱いてやれ」と振り向く神田さん。引くに引けず、それを受け取る。孫の遼星を抱いた時とは全く反対に、軽くて、冷たくて、固い。

そして骨壺を祭壇に戻す。

 

帰ろうとする洋一郎に「ノブさんはお前の親父だ、それでも何の思いも湧かなくていいというのか?」と訴える神田さん。
「父の名はシンヤです。ノブヤではないんです」
その時、母からの着信があった。

母の日で、夏子に頼んで帽子を贈っていた。それに対するお礼。

母は同居する一雄さん家族に遠慮しながら暮らしている。最近特に気が弱くなった母。今日、お祝いに焼肉店へ行ったという。

 

老人にはヘビーであり、自分たちが食べたかっただけ。だがそれは口に出来ない。
そして、贈った帽子についても、一雄さんから夏用の帽子を贈られていた。一雄さん家族の前でこちらの贈った帽子をかぶる事は出来ない。むしょうに悔しさがこみ上げる。
その悔しさをたどった先に父の姿がある。

電話を終え、本堂に戻ると神田さんたちがノブヤ、シンヤの議論を行っていた。
真知子さんは相談会で父がイシイ・シンヤと言っていたのを記憶している。最初に神田さんからノブさんと言われて、気を使って訂正しなかったのかも、と川端さん。
陽菜さんが母親に確認した文庫の利用者リストでは「イシイ・ノブヤ」となっていた。
真知子さんの推理では、人生をリセットしたくてノブヤと名乗った・・・・
だが自分史を作る段になって、やはりシンヤとしての人生を書き残したくなった。

 

「ど、う、で、も、い、い」との、ぶつ切りの言葉に腹を立てる神田さん。
息子という言葉はやめて。自分は長谷川。離婚した後、一度も会ってなく、私の人生に父はいなかった。
親子の情があるはずだ、と気色ばむ神田さん。
真知子さんが割って入って「お父さんの事、何も知らないままで、本当にいいんですか?」


相手が彼女なら、と言い返す洋一郎に意外な事を言い出す真知子さん。父のケータイを借りて、アドレス帳の全員に電話をかけてみるという。神田さんも賛同。

神田さんが改めて、この遺骨を寺に置きっぱなしにするのか?と聞いた。
合祀するにせよ、納骨まで家に置いてやれないのか?との言葉に、家族の顔が頭に浮かぶ。
一晩ならどうだ?との言葉にも応えることは出来ない。

 

そこで神田さんの提案。骨壺に顎をしゃくって「ちょっと借りるぞ」
今週は北海道往復の仕事があるから、海を見せに連れて行ってやると言った神田さん。