雪国魚沼の石仏巡り、一日目の後半は石工太良兵衛の作品をたどっていきます。
その前に、拝観時間の都合で見れなかった龍谷寺に車で行きました。話はそこからです。
石川雲蝶は文化11年(1814)、江戸に生まれた彫刻師である。32歳にして越後三条に入り、寺社建築彫刻に腕を振るった。精細にして大胆な構図が印象的である。では改めて、拝観していきます。
魚沼市のパンフレットより。
ここは曹洞宗寺院で、拝観入口は右手の観音堂から。観音堂はインドグプタ王朝様式で、独特の雰囲気がある。拝観料300円です。
石川雲蝶作品は主に欄間の透かし彫り。得誠和尚の禅問答や、唐獅子と牡丹など。獏や麒麟もある。一通りじっくりと鑑賞していきます。廊下の奥には鉄筋コンクリート造の収蔵庫があって、寄贈された諸仏木像が収められていた。写真撮影は不可となりますので。
それでは今日の後半、広範囲なので車で移動していく。猛暑だし雨も断続的に降ってるので。
石工太良兵衛は魚沼生まれで、生涯に3000点もの作品を遺している。高遠石工のような優品揃いというわけではないが、このような花押を印しているのが特徴だ。
三国川エリアの五十沢地区へ移動する途中で、まず5箇所に立ち寄っていく。A~E
A:長森集落開発センター横の善性照庵入口(南魚沼市長森)
法花千部塔が無粋に建っているが、これが太良兵衛作品である。
台座を見ると、五十沢云々。のマークも見える。それ以外に、だからどうということもないのだが。
B:下原集落開発センター(南魚沼市下原)
形も大きさも立派だ。字はありきたりだが住職の筆という。
頂部には勢至菩薩が浮き彫りされている。
野に出ると八海山南面がよく見えた。この山もいろんなコースから登ったし。
C:藤原の墓地(南魚沼市藤原)
ここには文政3年の地蔵菩薩坐像があるが、平凡な印象は否めない。むしろ田んぼ際の石祠のバリエーションが面白い。
D:亀福寺(南魚沼市法音寺)
この百八十八番巡礼供養塔が太良兵衛だ。日本百観音霊場と四国八十八ヶ所。
文化12年。横の形も良い。
E:日吉神社(南魚沼市田崎)
道路に面して立つ二十三夜塔の裏には。
苔の隙間からかろうじて認められた。
境内では狛犬が、我関せず。気持ちよさそうな苔に包まれていた。
以上で五十沢エリアへの移動の部は終わりです。
ここからは雪国観光圏シリーズの第二弾。
【南魚沼市】太良兵衛の石仏めぐり のコースに入ります。片道8kmだが、バス便に合わせ難く、車巡りとする。
①坂本神社の猿田彦
ここは地理的に言うと五十沢温泉ゆもとかんのあたりである。本コースはここから三国ダム直下まで入り込んでいく。山的には高倉山の南麓といったところ。
まずここで浅浮彫の猿田彦大神に出会う。
猿田彦にご機嫌です。
②五十沢川畔の道祖神
県道233を東進して五十沢川を渡ってすぐ右手。草藪をかき分けて正面に回って見た。
③畔地観音堂向かいの墓地の如意輪観音
どれかに太良兵衛のマークがあるらしいが、探し出すのも大変というか。雨もかなり。
裏から見てもわかりません。
④畔地観音堂
石段を上がって観音堂へ。ここは記憶にあるくらい覚えていた。
青面金剛の庚申塔。
巨大な二十三夜塔もある。
圧巻はやはり役行者だった。全体の形やバランスも最高。
楽しそうにしてますね。やっぱり石仏はこういうのがいい。
⑤小川神社
すでに五十沢川の分流点は過ぎていて、以後は三国(さぐり)川に沿って上流へ進む。五十沢川は巻機山の北面を源流としている。三国川は信濃川水系魚野川の支流として、中ノ岳~下津川山の広域が源流地帯となる。稜線の反対側は利根川と只見川だ。
厳密には三国境とはいえないが、それが訛って「さぐり」となったらしい。
この二十三夜塔は流れるような筋目が美しい。
狛犬の色合いもすてきだった。
⑥養徳寺の石仏群
大日如来と、この眷属は誰だろう?
太良兵衛25歳の作品。
太良兵、くらいまで読めるようです。その下にマークあり。
これは誰か?
如意輪観音、その他。
⑦土沢の三叉路の道祖神
石仏に向かって歩み寄る。
資料の写真と食い違ってるが、まあいいでしょう。
⑧土沢の墓地の如意輪観音
このへんも、まあよくわからない。ポテンシャルが低い。
⑨清水瀬の石仏群
右岸の細い道なりに奥へ。庚申塔と愛染明王。
お堂の下には双体道祖神の酒器持ち・祝言型。文政7年。
⑩十二神社
そのすぐ先に神社がある。境内から集落側を眺める。
⑪清水瀬の石仏群
すぐ先の道の反対側、集会所の前。ここもさらりと。
そのあたりの集落風景。壮観の眺めです。
⑫野中の石仏群
三国川左岸へ渡ってすぐ左、作業書の裏側に石仏が並んでいる。ここも深く探求するほどではなかった。この前後はずっと訴求力が弱いです。ただそこを巡ってるという感じになってくる。
⑬舞台の太良兵衛の墓
太良兵衛の墓がここにあるという。知らない人の墓を訪ねても仕方ないのだが、一つのけじめとして。
屋号は吉右衛門だというので、その文字を探し回った。やっと探り当てたのがここ。今日半日以上を楽しませてくれて、ありがとう。
⑭舞台の如意輪観音
今度はしばらく西へ向かう。道脇の独立墓地に如意輪観音一体。これが本日最後の太良兵衛作品だった。「太良兵衛の石仏めぐり」というテーマは、かくも地味で根気の要る探求であった。石工という一本の線でのみ繋がっている、微かな面白さだった。
雨の中、これにて終了。高倉山も雨雲の中でした。
つづく