やぎろぐ - 千代田区の税理士社長の情熱Blog -94ページ目

可能性というもの論、その3。

その1はこちら。


その2はこちら。



さて、平成2・3年の大学受験、

やたらめったら、どんどん高騰していく合格予想偏差値。

その原因は・・・。



実はベビーブームが関係しています。



大学の定員は決まっています。

多少水増ししても、限界があります。


私の受験した平成2・3年は史上空前の受験者数になり、

それまで経験しなかった総受験者数の多さが、

偏差値の高騰を招いたのです。


まぁ、人数が多いんですから、同じくらいの学力の生徒数も増えるわけです。

あたりまえですよねぇ。

すると、定員がそんなに増えないから、上位からの%だけをみると、

どんどん高騰していきます。

浪人数も増えますし、平成3年もえらいこっちゃに。


たとえば、上位2%程度を表す偏差値70だって、

受験者数が50万人であれば1万人が偏差値70以上。

もし受験者数が100万人になれば、2万人が偏差値70以上。

これは大きな違いです。

同じ偏差値でも、人数が増えてしまえば、大学に合格することは難しくなる。


更に、史上空前の受験倍率となりました。


これもうろ覚えですが、どんな大学だって、

20倍・30倍は当たり前で、

50倍・100倍などというわけのわからない倍率になる大学も出る始末。


私の入った専修も、応募倍率50倍、合格倍率20倍以上、

だったように記憶しています(うそだったらゴメンナサイ)。


いくら学力を競う試験といっても、ちょっとのミスで奈落の底。


大きく負け惜しみを書きますけど(笑)



模試の結果は、世間が上のような状況でしたから、

合格確率はなかなか50%以上にはなりませんでしたが、

六大学レベルで20~50%、日東駒専で50~80%くらいは、

出せていたはずなんです。


なので、現役時代も浪人時代も、先生や指導員からは、


「早慶はともかく、六大学かMARCH(今は違うようですね)はどっか受かる」


「滑り止めで日東駒でいいだろう」


と言われて、結局滑りまくって最後に出てきた(?)専修に収まりました。

でもね、落ちまくったあとの合格通知は喜びひとしお、でした。

母と泣いたもんね。

悔しさもそれ以上でしたが。



大学受験では、敗北感がものすごく強かったのと、

生計が苦しい中で浪人までさせてもらったのに、

という気持ちもあり、大学に入ってからは、

バイトもしっかりしつつ、

授業もさぼらずほぼ全部出たし(授業料もったいないもん)

会計士(これまた落ちたけど)の勉強に邁進していったのです。



大学受験での経験は、

偏差値なんてものはやれば上げることができる。

信じられる方法さえ見つけられれば。


でも、結果は必ずしも思い通りにはならない。


そう、あくまでも「確率」を上げることしかできなくて、

運命を決めることは、偏差値ではできないんだ、

ということでした。



その4に続く。

閑話、それはあかんわ。

なんだか長編大作(別名、うざいブログ)になりそうな「可能性というもの論」をざくざく書いていた昨晩のこと。

★お食事中の方は読まないでね。



実は土曜日夜に39度を超す熱を出し、見事に風邪をひいた私。

月曜半休で仕事、火曜もなんとか仕事し早帰り。

が、しかし。

昨日の夜にブログの文を書いていたら、

あら、

あらら、

左目が見えない。

いや、視界が白い……。


うわっ、なんじゃこりゃ。

とこんにちはしてる目やににびっくり。


(表現を軽くしてますが、どうかんがえても膿です)。

携帯のピカピカな部分を鏡がわりに自分の左目を見ると、信じられない赤目と、夥しい量の白い膿がどっさり。


………正直、かなりびびりました。

あわてて水で眼を洗い、目薬をするも、どんどん出てくる膿。

結局、今朝眼科に行き、安静にしていた……のですが、夕方から出社して仕事しました。

眼科の目薬って、かなり成分が強いので、比較的早くよくなります。もう膿はほぼなくなりました。
バイバイ。

私の場合、流行性のアデノウイルスではなかったので、たぶん風邪からきたか、
免疫力下がったところで雑菌にやられたというところでしょう。


ここしばらくは赤目の黒やぎさん&左目だけ腫れぼったいのですが、驚かないでくださいね。


それにしても、弱っちい!(涙)。


というわけで、びっくりな閑話でした。

可能性というもの論、その2。

その1はこちら です。



さて、大学受験時代のもう一つの経験が、

「偏差値の魔術」

があります。


偏差値についてはWikipediaをご覧ください


私の高校2年の時の英語の偏差値、40ありませんでした。

たぶん30すらも・・・。


つまり、受験生の下から数えて2%くらい。


いくら国語が上から数えて2%くらいでも、

落ち着くところはわかりきってますよね。

しかも、理科、数学は平均、世界史がダメだったので、合計した偏差値は40ちょい。

あれれ、高校受験の時は60台はあったはずなんだけど。


実は私、高校受験も失敗していたのであせる

高校であんまりというか全然勉強していなかったんです。


で、東大目指すと言っている親友(変わり者)に、

大学受験しようと思ってるよ~、と、能天気に話すと、


「井の中の蛙、全国を知らず!全国模試を受けろ!!」


「どーせ目指すなら一番を目指せ!この馬鹿!!」


と言われ、あ~そうかと受けてみてがく然。


志望校の合格確率「5%未満」が並ぶ成績表。

気分最悪です。

偏差値40あたりなんですから、しょうがないです。



中学の途中で塾に行くのもやめていたので、

あわてて現役生専門塾で頑張ってみました。


そこの英語の先生、すごく変わった先生で、

塾のテキストはそこそにに、ある参考書を1冊買えという。

そこで言った言葉が強烈だった。


「参考書は覚えたページは破り捨ててしまいなさい


「その覚悟がなければいくらやっても無駄です」


げげげげげ。ドラえもん、暗記パンを僕にください


でも、信じてやってみました。

だって、偏差値30(以下)からの大学受験だもん。

いろんなこといっぱいできませんよ。そもそも勉強嫌いなんだから(笑)。


実際には、先生の指定した参考書1冊、

単語と熟語の本を1冊ずつ。それと辞書ね。

あとは塾の問題と過去問をシコシコと解いて解いて。


気がつけば参考書は3冊ともボロボロになりました。

破いて棄てなかったけど。


結局、受験直前には英語の偏差値も60台に乗せるようになり、

世界史も60前後、あわせると60台前半くらいをマーク。

全体の15%以上のラインには入ったわけです。


で、偏差値の魔術


私の行った専修大学商学部会計学科の合格偏差値。

資料は残ってないのでうろおぼえですけど、

私が高校2年の時は52くらいでした。

平均的な大学生!って感じですね。


で、3年にあがると55、58、60と何故か上がっていきました。

浪人の最後のほうは、60台半ばにまで・・・。


行きたかった早稲田や中央も、

2年の時はそれぞれ65・60くらいだったのが、

3年にあがると、最後には74・66くらいになりました。

浪人時代には、80・72等とよくわからない数字に。

80ってなんだ!?。上位0.01%くらいかな。



いったい何が起きているんだ!?。


長いので、その3に続く。



余談ですが、今の代ゼミさんの偏差値一覧 を見ると、

平成2・3年の異常さがわかります。

大学受験経験者には、結構懐かしいものですよ。