棱山泊 -64ページ目

佐賀城跡

佐賀城佐嘉神社。佐賀市の中心部に有る史跡です。そして、ひな祭りに合わせて「佐賀城下ひなまつり」と「佐賀城下 春の骨董市」が開催されています。そういう事で、ひな祭りの日に行ってきました。いくつかの催しなので、いつもの様に、何度かに分けて報告します。最初は、佐賀城跡


 佐賀藩は、最初は、龍造寺家が藩主の藩でした。時は戦国時代、1586年に藩主の龍造寺隆信は、戦いに敗れます。幼い隆房を擁立したのが、竜造寺家の重臣で有った鍋島直茂。それ以後、鍋島家は、主家を圧倒することとなり、鍋島直茂の子である勝茂鍋島家佐賀藩の初代当主となる。(wikiから)
 それから約250年の後、徳川の時代が終わり、明治に移ろうとする頃。鍋島藩は、財政難に喘いでいた。そこで活躍したのが、鍋島藩第10代目藩主鍋島直正。その証の様に、大きな銅像がありました。


 佐賀城は、現在は、基礎を残すのみで、建造物は残っていません。堀の中には、県庁を始め、学校など色々に施設が置かれています。城の敷地を残す部分が佐賀城跡公園として整備されています。その中に有るのが「佐賀県立佐賀城本丸歴史館」です。お城の様な建築が楽しめます。


 中には、いろいろな展示がありました。今回の目玉の一つは、ひな祭りなのですが。鍋島藩の織物も有名なものらしい。ひな祭りは、次回に報告しますが。藩主を模した雛人形も飾ってありました。


 佐賀城跡佐嘉神社には、多くの大砲が飾ってあります。明治維新で鍋島藩が用意した大砲が大活躍した様です。
 写真は、アームストロング砲です。ライフルを大きくしたものとの説明がありました。細くて長い砲身が特徴なのでしょう。命中精度が高かったのでしょうか。


 最後の写真は、天守台。上記の様に、竜造寺家に建てられた佐賀城は、鍋島家に引き継がれるのですが。佐賀城は、悲運な事に、何度も火災に見舞われたとか。そして、最初の天守閣焼失から、天守閣は再建されることは無かったとか。
 天守閣が失われたのは、1726年だそうです。丁度、297年前に天守閣が失われ、そのまま天守台のみとなって現在に至る。なんだか、歴史を感じさせますね。つづく。。。

庭の木

ふっと、庭を眺めると、楓の枝が! 庭の手入れを始めて2年半が経ちました。今年の成長は、昨年、2年目の1年間の成果が見れるのかなと。まずは、松の木から紹介します。



 一昨年末にあまり調べずに剪定をした後、切り過ぎた事に気付いた黒松です。幸いにも致命傷とはならなかった。昨年正月過ぎから1年間、調べた方法で手入れをしてきました。この年末年始でしっかりとした松の葉が伸びてきています。
 ご覧の様に、上向きの放射状の伸びるのが良いらしいです。下向きの葉はむしり取る。そういう手入れをした成果ですね。



 はじめに気になったのは、楓の枝でした。まだ今年は、枝が伸び始める前です。この状態から枝が伸び、葉を付けます。年末には、どうしようもない位の枝が伸びて、庭一杯に落ち葉が散るのですが。これが、1年間の始まりです。どう育ってくれるかな。楽しみです。

佐世保市交通事情

西肥バス瀬戸越バス停の時刻表です。さて何でしょう?


 以前から紹介したいなと思っていたのですが。私の家に一番近いバス通りでは、多いときには4台位のバスが連なって走っています。何故だと思いますか。その証拠がこの時刻表です。横並びは、平日と土曜休日の時刻表なので、平日のみを見ると、縦3段がバスの便数を表しています。
 国道498号線は、佐世保市役所付近から国道204号線との重複路線で、瀬戸越交差点で分岐します。そこから、国道498号線は、巨大バスターミナルの矢峰バス停最果バスターミナルの柚木バス停を通って、佐賀県伊万里市に至ります。この巨大バスターミナルから、ご覧の時刻表に記載のバスが流れるように走っているのです。


 どうしてこんなことになるのか?分析的に地図にその行き先を示してみました。時刻表の上段は、画面右下の緑線で囲まれた地域に向けて。最初が佐世保駅。それから、大塔、早岐方面に行くバスです。時刻表中段は、画面中央下部のオレンジ線で囲まれた佐世保南部の海側。天神山を囲む、大宮、大和、東浜といった辺りです。時刻表下段は、画面左側などの青線に囲まれた佐世保北部と中央部の北側。最初の4便は、少し離れた前畑を除いて、木風、若葉で、オレンジ色の北側。その他は、相浦から鹿子前で、弓張岳、将冠岳の山脈の周りを回る循環路線も有ります。(地図は、googleマップを利用させて頂きました)

 佐世保市では、バスの乗り継ぎの制度がありません。そして、矢峰バス停から佐世保駅辺りまで、結構距離があります。その先で多方面の巡回とするには、無理があるのです。その為に、多数の路線を抱えるルートとなってしまっています。だから、佐世保駅前付近までは、十分な便数が有るという利点もあるのですが。
 おまけに、瀬戸越交差点の手前には、鉄道松浦線の踏切があります。佐世保市で、唯一の国道が横断する踏切です。高々、1時間に2本程度、往復で4本しか来ない電車ですが。この路線の渋滞を招く事は必須。私がいつも裏通りを利用している理由の一つでもあります。佐世保市の交通事情の一部として紹介しました。
 

佐世保市相浦の愛宕まつり

佐世保に帰郷して、もうすぐ5年となりますが。愛宕まつりは知っていても、行くチャンスがありませんでした。もちろん、コロナ禍での開催中止もありましたが。今年は、参加できると万全を期して、参加してきました。


 場所は、相浦港と相浦市街地を結ぶ沿道。先日報告した飯盛神社洪徳寺が有る、昔ながらの街並みです。市街地が相浦川の東側に移ってから、賑やかな街並みではなくなっていますが、愛宕まつりの時は、ご覧の通りに賑わい溢れます。
 このお祭りは、この時期の3日間のお祭りです。初日に、普段は東漸寺に祭られている愛宕勝軍地蔵菩薩が和尚に担がれて、愛宕山頂の地蔵堂で御開帳されます。
 皆が参加するお祭りは、コロナ禍の為に、2日間となっているそうです。菩薩像御開帳の翌日から、2日間の賑わい。通りには、植木、苗木、竹細工、海産物などの出店が並びます。その関係で、愛宕市という呼び方も有るのですが。今年は、食べ物とおもちゃが中心となっていました。これもコロナ禍の影響かな?

 1月9日に愛宕山の上った報告でも少し触れましたが。飯盛神社洪徳寺でなく、少し離れたところにある東漸寺から菩薩像が来るという点が面白い。飯盛神社と洪徳寺は、愛宕山に築城された飯盛城の城主である松浦宗家親とその一党が建てたお寺です。松浦親を打ち負かした、平戸松浦の隆信が愛宕山山頂に地蔵堂を立てて供養した。
 元々は、東漸寺は、松浦宗家の菩提寺であったそうですが、そういう経緯で平戸藩の祈願寺となったそうです。


 この辺りをゆっくりと歩くことは無かったので、初めて、洪徳寺に参りました。通りから寺の裏手に五重塔が見えるのですが。寺の境内は、本堂の建物があるのみ。裏手に繋がる道はありませんでした。
 このお祭りは、長い街並みが歩行者天国となるので、車を止める場所を考えました。会場の500m程度南側にある佐世保市立相浦西小学校が公設の無料駐車場になるというので、止めてから祭りに参加したのですが。

 小学校の入り口で大渋滞でした。交差点から校庭までの300m程度が坂道となっています。駐車場所は、その坂道の片側に斜め駐車となっていました。大きく曲がった坂道は、上の方はまったく見えません。実は、上の方はガラガラに空いているのに、誘導員がそれを確認していないので、無駄に待たされるという仕組み。順番が来て、登ってみるとガラガラの駐車場に止めれたのでした。
 しかも、この様に駐車するので、入ってくる車と出てくる車がすれ違うのも、なかなか難しい。初めての体験でしたが、もう少し考えてもらうとよかったですね。でも、楽しいお祭り気分を味わえて楽しかったです。

「させぼ大起動」が何だか分かった

昨年末に『「させぼ大起動」って何?』という記事を報告しました。その時点で調べても、ネットワークには何も出てきませんでした。現時点で検索すると、その実態が見えてきました。なんだか、恐ろしい事実に繋がってきたので、その真相としてお知らせいたします。

 

  現在、調べると、2つのニュース記事が見つかります。一つ目は、朝日新聞社の記事です。

「二連ポスター使わないで」 立候補予定者に自民衆院議員が苦情

 

 記事は消えるかもしれないので、要約しておきます。

 佐世保市長選に立候補した宮島大典氏の話です。自らは、一人会派で所属の国民民主党からも離れている。以前は、自民党だった時代がある。そこで、自民党の推薦を取ると、自民党衆議院の長島議員にすり寄った。結果的に、「させぼ大起動」のポスターを挟んで、宮島氏と長島氏の写真が乗ったのぼりを作成して、町にばらまいた。

 ところが、自民党の推薦が取れなかったので、のぼりの撤去が求められたのだが、時間が掛かっているという記事です。

 

 もう一つは、もっと凄い。大石知事が失職か?という記事です。JCネットというサイトで信憑性は、よく分からないのですが。

谷川涙目・させぼ『大ドンデン返し』、宮島大ピンチ!

 これも消えるかもしれないので要約します。

 大石知事が長崎県知事に当選した選挙での話です。大石陣営の選挙コンサルタント大濱崎卓真氏が今回の宮島大典氏の選挙活動の参謀となっているという話につながるのですが。なんと、この大濱崎氏が長崎知事選の選挙活動で公職選挙法違反(買収罪虚偽記載罪)の容疑で刑事告発されていて、これを長崎県警が受理したというニュースです。ここに、「させぼ大起動」の真相が記載されていました。原文のまま、掲載しておきます。

 「宮島氏は、・・・大石陣営の選挙コンサルタント・大濱崎卓真氏を選挙参謀として招き『させぼ大起動』をスローガンに、出馬表明したまでは順調な滑り出しに見えていたが・・・」

 

 佐世保市の各地で掲示されている「させぼ大起動」のポスターがこんな事になっているとは驚きでした。まあ、特定の政治家を今は押していませんし、宮島氏がどうだとも言いませんが。政治の事をもっと勉強すべきだと感じた、一連の事実でした。

 

(追伸)

 JCネットの信憑性の問題で、念のために調べてみました。告発受理に関しては、昨年10月19日の朝日新聞のニュースに出ていたので、間違いではありませんでした。

 そして、驚きの事実がここから。朝日、読売、日経といった大手新聞社のサイト検索で「大濱崎卓真」のキーワードで検索すると、どこも「記事は有りません」ですと。情報元の記事には、本人が毎日新聞社の取材に応じたと説明されていたのですが、毎日新聞のサイトでも出てきません。こういうのを報道管制というのかもしれません。

 今回、記事の信憑性を後から確認したのは、私のミス。掲載前にもう少し追うべきでした。大反省です。でも、良かった。間違いは無かった。

 

裏山の梅の大木

裏山の木々を紹介します。亡き義父が畑仕事をしていた裏山です。そこに、大きな梅の木が聳えています。まずは、梅の花をアップで。


 今の家に移ってから、1年が経った頃から、最初は雑草の除去。そして、朽ちて落ちそうな大木の枝を剪定。そうやって、2年目を迎えたのですが。今年は、梅の木がしっかりと花を付けてくれました。周りの木々を少し整理した成果でしょうか。この梅の木も、その内に、少し整えてあげたいと思っています。


 写真の右手は崖となっていて、その崖の上は、国の史跡に指定されている「泉福寺洞窟遺跡」が有ります。梅の木の左側にあるのは、枇杷の木です。これも大木と成り過ぎて、今は殆ど実を付けません。枇杷の枝の左側に伸びた部分は、昨年剪定した枝。右側の幹は、先月剪定した、太さ10cm程度の幹です。真ん中に伸びている幹は、間もなく剪定する予定。
 実は、この辺りには、キゥイの大木も育っています。キゥイは、蔦植物で幹はありません。しかし、大木過ぎて、その蔦が直径8cm程度。この、枇杷の木に絡まっていました。
 キゥイの大木の部分は、ほぼ除去しました。そして、小さな蔦が伸び始めています。義父が面倒みていたころは、結構、キゥイを送ってくれて頂いたものです。もうしばらくしたら、食べれるものが収穫できるかと、期待しています。


 はじめの2枚の写真を撮る為に、接写撮影ができる広角レンズしか持ってこなかったのですが。メジロが枝の間で戯れていました。広角レンズの最望遠側で撮った写真をトリミングしたものです。まあ、失敗作ですが、記念の残しておきます。


 この裏山には、八重咲きの水仙が咲いています。自宅の庭には、にほん水仙黄水仙の花が咲いていますが。ここのは、八重咲きです。
 ネットで調べたのですが。八重咲きの種というものは無いらしいです。出てくるのは、「八重咲きの日本水仙」となっていました。なかなか、華やかな姿です。
 

ピアノの寒冷対策その2

今日は、ミュージシャンではなく、日曜大工的な工夫の紹介です。昨年の大晦日に書いた「私はミュージシャン?!?」の記事の後半で、手の指のひび割れ対策を紹介しました。その続き的な話です。

 


 

 当家のピアノは、リビングと窓の間に設けられた、いわゆるサンルーム的な部屋に設置されています。真冬に日差しが少ない時は、寒くて堪りません。リビングの暖房の風を送れば、暖かくもなるのですが、普段からそういう訳にはいきません。
 そこで辛いのがペダルです。ある意味、金属の塊です。冷たく冷えたペダルを靴下を履いた程度の足で踏むと、とっても辛い。と言うか、冷たさが痛いと言うのが正しいかもしれません。我慢して弾いていたのですが、対策を考えました。



 

 この冬で辛くなって取った手は、椅子の靴下を履かせました。でも、まだまだ。痛い。結局、2枚を履かせたのですが。殆ど、効果は感じられませんでした。そこで、次の手。

 

 100円ショップで、8個100円のカイロを売っています。これを2枚の靴下の間に入れてみました。勿論、1時間程度前から温めて、弾く30分前頃に装着です。ペダルの高さが心持ち高くなるので、感触は少し変わりましたが。取り敢えず、問題解決です。



 

 毎日、昼前と夕食前に1時間づつ弾いています。使っているカイロは、8時間持つタイプ。午前に2時間、午後に2時間使えると良い。でも、実際は8時間持ちません。午後に使おうとしたら、既に冷たくなっていました。
 そこで、その間の保管を考えました。このカイロは、空気中の水分と反応して加熱するタイプです。使わない間は、ピニール袋に入れると加熱が止まります。まあ、入れて直ぐは熱い状態なので、この状態で陶器の器で保管。午後の準備の時に出して、また使うといった具合です。

 少し余談です。ピアノのペダルは、一般的に3つ。一番使うのが、一番右のペダルで、一般にダンパーペダルと呼ばれています。ダンパーを解除するという意味でそう付いているのですが、私は、サスティーンペダルと言う呼び方を使っています。そうです。踏んでいる間に、サスティーンが効くペダルなのです。
 後2つのべダルは使えません。グランドピアノだと、左からソフトペダルソステーヌートペダルと便利な機能が付いているのですが。アップライトピアノの場合は、どちらも消音ペダルです。
 丁度、練習しているドビュッシーの月の光は、最初からソフトペダルを踏んで演奏すると指示されているのですが。左のソフトペダルは、殆ど効果が無い。真ん中の消音ペダルは、殆ど聞こえなくなる。まあ、家庭用のピアノの宿命ですね。
 このペダルも練習を積むと奥が深いのですが、その話は、また機会が有れば・・・。

林野火災に遭遇

林野火災に遭遇。119番通報から顛末を報告します。決して、火災通報を嫌がらないでください。(終わりに詳しく説明しています)

 

 

 佐世保市牧の地町の山の上に有る古着屋に向かっている時でした。前方の山肌に火災の匂い。殆ど、迷わずに119番通報。「火事ですか、事故ですか?」に応えます。
 場所は、佐世保市中央圏の最北部に近い、牧の地町。隣の踊石町や岳野町の境に近い場所。ナビの地図を見ながら、通報を続けました。
 私は、1,000人規模の事業所の自衛消防隊の事務局を経験しているので、まったく躊躇は有りませんでした。ただ、一緒に居た家族は、「間違いだったらどうするの?」と煩い。本当に興味深いシーンでした。


 後で確認したのですが。通報したスマホには、119番通報に伴い、位置情報を送信したと出ていました。しかし、通報の中で、場所を教えるのに苦労しました。そもそも、送ったGPSの位置情報は、見ていない様子。そして、山の中の火事なので説明が難しい。「現在、豊山神社の脇の道路上。現場は、北北西500m程度の場所です」と。


 佐世保市の消防情報配信サービス鎮火通知です。実は、通報した後、古着屋に向かおうとしたのですが。掲載した動画は、記録写真も撮りたいと現場に戻って撮った映像です。でも、段々と延焼している様子を見て、古着屋行きを断念。大規模火災に発展するかも。他の用事を済ませた後、スマホでこのメールを見て鎮火を知りました。あの凄い火柱だったのですが、44分で鎮火できた様です。素晴らしい消火能力です。


 そういうことで、古着屋にもう一度行ったのですが。鎮火後の火災現場の様子も捉えました。実際は、もう一台の消防車が現場近くに有るので、司令車1台、消防車2台、工作車1台、パトカーが3台、その他という出動だった様です。

 帰宅後に佐世保市西消防署の方から電話がありました。結果的に15分間位付き合わされたのですが。当時の状況を詳しく説明しました。しかし、最後にオチ。「若しかしたら、西消防署に出向いて頂くようお願いするかもしれない」と。そこで、思わず口に出てしまいました。「まるで犯人扱いですね。第1発見者だから仕方がないですけど」と。
 相浦地区に有る西消防署は、私の自宅から将冠岳の反対側。googleマップで検索すると、自動車で15分間。なんだか、酷い話だと思いませんか。
 実際は、私が住む大野地区は、西消防署の管轄で無いので、出向かないもの。そして、調書にサインを頂くことになるかもしれないので、その時は、短時間で良いのでお願いしたいとのことでした。

 さてさて、ここからが重要な部分です。夕食を終える頃に今度は、長崎県警相浦警察署から電話。消防署との連携は細かくないので、少し教えていただきたいという連絡でした。でも、火災の詳細が分かりました。
 現場は、事業所として活動する森林現場。現場では、火災に気付いて、自主消火活動を始めていたらしいのです。つまり、私の通報は、「折角、自分たちで消そうとしているのに、迷惑だった」という状況だったらしい。当然、現場は森の中。当人達は、実態を把握できていなかった様です。

 私はよくこう言っています。「火災を発見して、自ら消せるのは、ゴミ箱の中の失火レベル。それ以上は、通報を優先してください。そして、通報を確保してから、可能なら消火活動をしてください。」と。勿論、この事業者の様に、複数の人がいる場合は、手分けして消火も平行して実施すべきなのですが。連絡してくれた、警察官は、消防隊員と一緒に事業者の方々を諭したと言っていました。皆さんも気を付けましょう。


 私は、経験となるので、煩わしくは無いのですが。消防隊員からも警察官からも、「通報ありがとうございました」とは聞こえてきませんでした。最近、大規模な林野火災が見受けられます。そんな中、消火活動に協力できて、幸甚の限りなのですが。少なくても、普通の方々だったら、終わった後の煩わしさに対して、何とも冷たい対応だと感じるかもしれません。私の場合は、私の馴れた雰囲気から、馴れ合いとなったかもしれませんが。
 若し、そういう経験をしても、無駄では有りません。防災への協力は、惜しまないでください

ドビュッシーの「月の光」の楽譜

丁度、昨年の大晦日に「私はミュージシャン?!?」の記事を紹介しました。その時に、最近のピアノ演奏の状況も報告したのですが。最後に、今はドビュッシーの「月の光」にチャレンジしているとも。そして、報告した頃に1年位掛かると予想していた練習。意外にも、想像していたよりも、早く進みました。でも、進展の報告というよりは、工夫した事を紹介したいと思います。


 最初の写真は、私が準備したドビュッシーの「月の光」の全曲の譜面です。譜面が問題では無いので、ピントが甘いのはご容赦ください。ご覧の通りに元々は、A4サイズで7面の楽譜です。取り敢えず、楽譜の全体を紹介しました。


 この曲は、半分位は、暗譜せずに、初見型の演奏で弾く事ができます。もっとも、難しい所は、ある程度簡略化して弾くのですが。中盤からかなり難しい所が出てきます。だから、暗譜できるまでは、中盤以降を重点として練習していました。
 2枚目の写真は、楽譜の3ページ目から最後の7ページ目までを広げて置いた写真です。譜面台の左右に、A4の楽譜1枚分がはみ出しています。だから、仕方なく、全音のソナチネなどの楽譜を左右にはみ出して置いて、その上に広げていました。
 そうやって、先月末頃には、難しいところの暗譜がほぼ終わりました。そこで悩みです。全曲を通して弾きたい。でも、このままでは、広げた楽譜を折り返さないと、続きが弾けない!


 そういうことで、作成したのが、4ページ分をA4用紙1枚に印刷した楽譜です。うん!コンパクトに収まりました。しかし、いざ弾いてみると、見えない。暗譜せずに初見型で演奏する部分の楽譜が見えないと弾けません


 そうやって、実際に全曲を弾くために完成した楽譜が最後の写真です。どういうふうに並べるかも工夫です。上段を左から4ページ分。そこが終わると、下段の左からという順番です。張り合わせると、B4用紙の2枚分となります。このままではうまくいきませんでした。
 流石にA4用紙の譜面を置く譜面台です。B4用紙を立てると、前に折れて倒れてしまいます。仕上げは、裏面の両側に別のA4用紙を全面糊付けで貼り付けました。流石に2枚分の厚さになると、折れません。そうやって、全曲を通しての演奏を楽しんでいます。
 実際は、楽譜の2ページ目は初見型で弾いていたのですが、よく見てください。指4本を使って、ダダダダと弾く部分があります。実は、この部分の左手の部分は省略して弾いているのですが。この部分の右手は、おたまじゃくしが多くて、この小さな楽譜では、よく見えない部分があります。でも、そこが良い所。初見型で弾けるからとて、いつもでもそうはいきません。 この見難さが、暗譜を促進する事に気付きました。ちょっと立ち止まって、良く見て弾く。そうすると、その部分の印象が濃く残ります。そうやって、間もなく、全曲の暗譜が完了するでしょう・か?楽しみです。

 因みに、最初に練習を始めた、同じくドビュッシーの「アラベスクI」なのですが、暗譜が終わった時点の演奏時間は、7分間でした。現在、4分間を切る時間で演奏ができています。リチャードクレーダーマンの演奏が4分9秒なので、少し早く弾いているかも。
 そして、この「月の光」は、現在、10分間程度が掛かっています。まだ暗譜も終わってはいないのですが。「月の光」のピアノ演奏は持っていないので、YouTubeで探してみました。あの有名な辻井伸行さんの演奏が出ていました。4分23秒の演奏です。相当な努力が必要ですね。頑張ります。

庭に咲いた蝋梅

蝋梅は、帰郷して色々な所で見かけるようになったのですが。自宅の庭に付いていると気付いたのは2年程前でした。やっと、綺麗な花の写真が撮れました。


 落葉した頃に花が咲くのですが。当家の蝋梅には、5個程しか花が付きません。かなり寂しい花です。昨年まで、花びらを見かけても、少し傷んだ感じでしたので、写真は諦めていました。
 クスノキ目ロウバイ科の花で、日本では、殆どがソシンロウバイかその園芸種と解説が乗っていました。クスノキの一種だとは、少し驚きです。私のsnsでも、3000年級の大きなクスノキを紹介した事があります。しかし、蝋梅は、2mから5mの樹高とのこと。当家では、下手な剪定のせいか、1.5m程度しかありませんが。


 面白いことに、昨年の結果した果実の残骸が残っていました。優雅な花に比べると、少しグロテスクかな。私は、エイリアンの卵が孵ったシーンを思い浮かべました。


 庭の反対側には、綺麗な水仙も咲いていました。昨年の3月に紹介したニホンズイセンです。まだ、これからでしょう。