棱山泊 -50ページ目

特定健診で医療事故?

化石の森の続きの記事を準備しているのですが。痛い目に遭ったので、速報として報告致します。皆さんも気をつけましょう。



 写真だと、平面的で分かり難いと思いますが、血液検査の注射の跡です。こんもりと盛り上がっています。丁度、1円玉を半分に切って、注射の跡に立てた位に盛り上がっていました。何故、こんな事になったかは、面白い程の偶然でした。
 世の中三連休の中日の、11月4日に特定健診を予約して、昨年同様に国民健康保険の特定健診を受診してきました。検査の始め頃に採血を受けたのですが、終わった後、廊下の待合室で待っていた時でした。少し長い話となります。

 受付時に、国民健康保険証くすり手帳を出したのですが、看護師の方が、記録が終わったからと持ってきてくれました。注射の跡を押さえているのですが、受取の為に、一旦手を離します。保険証は、早々にカード入れに入れようとしていたのですが。
 丁度、そのタイミングでレントゲン撮影をすると呼び出しがありました。致し方なく、保険証とくすり手帳を手に持ってレントゲン室に。ワークシャツを着ていたので脱いで、撮影の体制を取ります。
 しかし、そのタイミングでレントゲン技師の院内携帯電話に着信。しばらく話をしていました。そうやって、撮影を終えて、廊下の待合室に戻って見てみたのが、上の写真です。実際は、その他の検査とかが有って、少し落ち着いた後に撮影した写真なのですが。



 帰宅した後の状況です。上記の写真から4時間後頃の写真です。
 20年位前に、もっと酷い内出血を経験しているので、私自身は、それほどには気にしていませんが。静脈の針穴から漏れた血液が、皮下組織に溜まった後、だんだんと拡散していきます。1週間位掛かるでしょう。

 まあ、こういう事は無い方が良いと、看護師の方々にも状況を報告。最後の説明は、亡くなった元院長の婦人の先生が担当。責任者なのでと、報告したのですが。「あら、まあ」という感じ。問題を認識してくれたのだろうか。

 分かりましたか。血液採取などの、血管注射の後、1分間以上は、強く押して置かないと、こういうことになります。
 私も、血液採取の直後に看護師から、そう言われたのですが。病院の段取りで、そうすることは出来ませんでした。


 もう一つ、結果の速報です。検査結果は、数週間後なのですが、何かありましたら、また報告します。今回は、腹囲の件で速報です。

 以前から報告した通りに、20年間程掛けて微量減量を続け、現在の体重は標準体です。2年前に福田外科で腹囲を測定したら、81.6cmで問題はありませんでした。
 しかし、ここ、久保内科では、2018年と昨年の測定でそれぞれ、89cm88cmでした。どう見ても嵩増し測定としか思えませんでした。だから、今回は、正しく測定して頂くように、今までの測定値を準備して来ました。
 昨年の特定健診の結果は、「メタボリックシンドローム判定予備群判定」とされました。高血圧治療を受けている、それから腹囲が85cmを越えているの2点が理由だったのです。
 そもそも、高血圧治療で投薬を受けて、安静時血圧を常に正常値を続けている事は、そういうことの理由にならないので、意味不明なのですが。更に、上記の通りに嵩増しして測定された腹囲がその2つ目の理由とされたのです。どう見てもおかしい。昨年、報告した内容でした。

 今回の測定結果は、84cmでした。つまり今年は、「メタボリックシンドローム判定予備群判定」にならなくて済みました。良かった良かった!

七ツ釜鍾乳洞と化石の森

先に、化石の森を中心に報告しましたが。七ツ釜鍾乳洞に併設の施設ということから、位置関係などが分かる写真とか紹介致します。


 まず、七ツ釜鍾乳洞の駐車場から、化石の森が有る丘を望む写真です。七ツ釜鍾乳洞の駐車場は、鍾乳洞入口の近くにも駐車場はあるのですが。一時期は、盛んに利用されたのでしょうか。鍾乳洞入口近くの駐車場の西側に有る巨大駐車場の2つ目です。
 正面左側にコスモス畑があります。その少し上に見える渡り廊下は、利用禁止の登り坂。反対側に登っていきます。右側の丘の頂上近くに3本ののぼり旗が立っています。そこまで、登ってから、尾根に沿って、もう少し登ります。15分位掛かりました。


 登り口に近づくと、コスモスまつりの会場となっています。ここも、ハロウィンのイベント会場となっていました。
 行ったのは、11月1日(水)の午前中。閑散としている事が分かると思います。結局、1時間程居たのですが、私達と同じ年頃の1グループが居ただけでした。お祭りの最中なのに。まあ、平日の午前中ですが。


 コスモスの写真の右端辺りの写真です。石灰藻球化石を含まない石灰質砂岩層がこの辺り一面ということは分かるかと思います。
 それから、写真の真ん中は、小さな洞窟の入り口です。


 洞窟の中です。もちろん、歩いて行ける様な通路は無いのですが。七ツ釜鍾乳洞の入園料を払わなくても、雰囲気のみ楽しめます。ちょっとヒンヤリしていました。


 最後に化石の森から下りてきた時の風景です。真正面より左手の山の中が、七ツ釜洞窟となっています。洞窟の入り口は、写真の一番左端の部分です。駐車場は、左側が洞窟入り口の近く。その右の駐車場の、さらに右側に最初の写真の駐車場があります。
 左側の駐車場に見える建物は、googleマップで「カフェひまわり」と紹介されています。カツ丼とか食べれるらしいのですが、今日は閉店していました。
 その木々の向こう側に、七ツ釜鍾乳洞の入り口受付と売店がある建物。その右に見えているのが「大町食堂」です。前回、流しそうめんを頂いたと紹介した食堂です。

化石の森 西海市

西彼半島の七ツ釜鍾乳洞の正面の丘の上に有るのが、「化石の森」です。普段は、一般公開されていないので、見ることはできないのですが。今の時期、コスモスまつりに合わせて、公開されていたので行ってきました。
 七ツ釜鍾乳洞は、昨年の8月13日に行ってきたと報告しています。記事の後半にリンクを掲載しますので、参考としてください。


 化石の種類として、「石灰藻球化石群」と紹介されています。大昔に、石灰質砂岩層を成した地層なのですが。そこに、球状の藻が繁殖し、それが石化して、化石となったものだそうです。


 拡大して見ると、藻球の形がそのまま残っているのが分かると思います。藻球は、「そうきゅう」と読むのですが。有名な「まりも」がその代表例です。


 全体として、50m程度の範囲に集まっているのですが。侵食によっていろいろな形に。この写真の様に、傾いているのが、また造形としては面白いと思います。


 化石の森の隣に城壁があるのですが。まったく、説明はありません。そもそも、化石の森を抱える西海市も、化石の森を観光地としては紹介していません。たまたま、七ツ釜鍾乳洞のイベントの時に、ついでに公開しているだけの様です。
 後日紹介しますが、この辺りには、長尾城跡もあり、お城が沢山有ったのかもしれません。


 最後に化石の森の正面。もう過ぎてしまいましたが、ハロウィンに合わせたデコレーションで飾られていました。七ツ釜鍾乳洞との関係の話に続きます。
 昨年の8月13日に七ツ釜鍾乳洞に行った時の記事のリンクを紹介しておきます。
世界的にも稀な鍾乳洞に行ってきました

庭木 ナワシログミ

当家の庭には、が有る木が沢山植わっています。以前、ボケの木は紹介したのですが。その他の棘の木は、そのままでは全く花が咲かないので、何の木か分からないままでした。その中で、花が咲いて種類が分かったものが有ったので紹介します。



 Googleレンズで検索したら一発。ナワシログミという種類らしいです。苗代茱萸と書きます。グミは、簡単ですね。バラ目、グミ科、グミ属。
 当家のビニールハウスと道路の間の擁壁の上です。オオイタビが巻き付いて、枯れた大木の前に、2m位の木として植わっていました。住み始めて、この部分を整理した時に、棘が危ないかなと、大きく剪定していました。それから放置していたのですが。


 全体の雰囲気は、こんな感じです。花期は、今の時期なのですが、グミの実が付くのは5月頃らしいです。どうなるか、楽しみに待ちましょう。
 泉福寺洞穴に向かう遊歩道に面した当家の庭には、ボケの木の他に、2本程の棘が有る木があります。いつも大きく剪定するのですが、根まで掘っていないので、定期的に枝を伸ばしてきます。
 道路沿いにも、当家の庭を外れた辺りに2本程。小学生も通るので、気付いたら剪定しているのですが。中々、梃摺らせます。てな感じで、まめに剪定しているので、どんな花が咲くのか分からない。今回は、大きな木だったので、少し様子見したお陰で分かりました。

松浦線佐世保中央駅

かっちぇてアイラブ西九州フェア」には、松浦線と徒歩で行ってきました。佐世保中央公園は、中佐世保駅が近いのですが、帰りは、町中を回って、佐世保中央駅から。
 普段は、車で移動するので、中々眺める機会は無いのですが。今でないと見れない風景を紹介したいと思います。


 ホームから線路を挟んだ所で大きな工事が始まっています。佐世保市の繁華街で、ジャスコとして始まったデパート型のスーパーでした。その後、全国でイオンという名称に統一されたのですが、今でもジャスコと呼ばれていました。この元ジャスコが売却されて、マンションに建て変わる工事が始まっています。


 正面に見えるのは、共済病院です。左手に少し見える山が島地岳で、山に沿って設置されている通路は、駅から共済病院に繋がる通路です。私は、まだ通ったことはありません。

 労災病院は、ジャスコが有った頃から見えていたので、マンションが建っても見えるかもしれません。


 右を向いて、そのジャスコの入り口が有った方向はこんな感じ。少し分かり難いかも。左手は、十八銀行と合併した、親和銀行の本店の建物。右側に橋の様に見えているのが、アーケードの屋根です。


 Wikiによると佐世保ジャスコは、九州のイオングループの中でも最古参級の古いスーパーだったとか。元々有った玉屋デパートと並んで、佐世保の街を賑わせるお店でした。

 大塔にイオンの巨大なショッピングセンターが出来たので、イオンとしては要らなくなったのでしょう。今は、縮小して、アルパ西沢の2階で細々と営業しています。


 もう一つ、今だから見える風景元親和銀行の本店です。本店は、アーケードに面しているので、正面からは見えません。北側は、玉屋があるので、あまり離れて見ることができません。そして、ここからは、ジャスコのビルが有ったので、見ることはできませんでした。

 マンションができたら、また、見えなくなるでしょう


 Wikiによると、白井晟一という建築家のモダン建築が特徴だとか。Wikiには具体的にどの部分との記載はありませんが、左側の特徴的な建物が、コンピューター棟で奇抜なデザインだと評されている様です。


 最後に松浦線佐世保中央駅の入り口。「えっ、これが駅なの!」という感じかもしれません。入り口の左側に日本遺産の説明板が立っています。「旧鉄道省伊佐線高架」のタイトルです。伊佐線とは、「伊万里佐世保線」のことです。

 当時、軍港として栄え始めた頃の話。その当時の松浦線は、伊万里-(今の)松浦市-平戸口を通って、北佐世保まで来ていました。それまでの殆どは、炭鉱の石炭を運ぶのが目的で、軍港とは関係はなかったのですが。最後の北佐世保と佐世保を接続する工事の事が説明されています。
 佐世保駅、佐世保中央駅、中佐世保駅、北佐世保駅のこの区間は、出来た当初から高架で作られたというのです。既に、市街化されて、建設用地が無い事から、建物や道路を跨ぐ様な高架線路として設置されたそうです。
 先日、丁度、その区間を動画で紹介しました。思い出して見て頂くと、頷けるかもしれませんね。

 今日の記事の冒頭と昨日の記事に「松浦線と徒歩で行ってきました」と書いています。昨日の記事は、最初に何と書いたと思いますか?
 「電車と徒歩で行ってきました」と書いていました。そう、松浦線の気動車は、ディーゼルです。何と書けばよいのだろうか。鉄道の最初は、蒸気機関車で列車。その内にディーゼルとなって、間もなく電気気動車。電車ですね。
 現在の松浦鉄道は、殆どが1両編成。稀に2両編成となる。つまり、列車では無い。結局落ち着いたのは、「松浦線」だったというお話でした。悩ましい。

かっちぇてアイラブ西九州フェア

佐世保中央公園で開催の大物産展に行ってきました。

 ネットで検索すると、真っ先に出てくるのが「かっちぇて」の意味。「仲間に入れて」という意味と紹介されていました。「かっちぇん」という言い方もします。例えば、子供が友達に「かっちぇて」と言っても、嫌いな友達には「かっちぇん」と返す。そういう子供言葉なのです。つまり、大の大人が言う言葉では無いのです。

 長崎の方言であることは分かりますが、九州北部に広がるかどうかは知りません。


 会場入口の風景です。この辺りは、元々は、交通公園を中心に運動公園などが並んだ地域でした。全体的に整備し直しして、「佐世保中央公園」となったのは昨年の春でした。
 このフェアは、10月28日(土)、29日(日)の2日間の開催です。初日の28日に行ってきました。明日は、もう少し人出が増えるかな。


 左手に世知原茶の出店、右側は佐賀有田の陶器の出店です。
 佐世保市の紹介では、「地元佐世保の水産加工品・鮮魚・地酒・銘菓などの特産品が市価より安く販売される大物産展」と紹介されているのですが。タイトル通りに、西九州の各地から出品があります。


 次の写真では、平戸市からの出店です。西九州とは言っても、大分の生鮮野菜も出ていました。面白いのは、ネットで検索すると、西海市伊万里市と、佐世保から離れた自治体のホームページでも紹介されていました。しかし、主催者のサイトが出てこないのは、ちょっと不思議。


 佐世保中央公園が有る場所は、昔から名切り公園と呼ばれていた場所です。この写真の交差点は、名切交差点と呼ばれています。ここから、公園の方向に片側2車線の大きな道が走っています。正面に見えるマンションビルの手前が、フェアの会場となります。
 この交差点の左右方向が、国道35号線佐世保のメインストリートとなります。


 前の写真の左方向、名切の交差点から北を向いた写真です。この方向は、平戸に繋がる道です。中央に見えるのが佐世保市役所のビル。
 最初の大きな交差点を左折すると国際通り。先日紹介した海上自衛隊総監部に繋がる道です。


 反対側を見ると、佐世保の中心地に沿った道となります。手前から、常盤町栄町島瀬町本島町上京町と佐世保の中心地の街々が並びます。この道に沿って右手には、直線1kmに及ぶアーケードが走っています。
 普段から眺めている風景なのですが。歩いて見ると、新鮮な風景に見えるので、写真に収めました。

庭の花 眉刷毛万年青

漢字で書くと、なんと読むのだろうかと感じる名前の植物です。検索すると最初からカタカナで「マユハケオモト」と出ているので、悩むことはないのですが。


 花の形を見て、眉刷毛とはよく分かる名前だと思うのですが。面白いのは、「眉刷毛」をネットで検索すると、「眉刷毛万年青」しか出てこない。検索結果から、「万年青」、「おもと」、「オモト」を排除して初めて出てきます。
 でも、次に出てくるのは、「狐の眉刷毛」。その後に、漸くgoo辞書での解説がありました。まあ、調べる様な事でもないのは、結果然りでした。


 大きい方の鉢が前回花を咲かせたと思われる株です。
 この花に気付いたのは、多分、2年程前の事であまり覚えていません。いい加減に放置された植木鉢に、何となくいい加減に植わっていた記憶がありました。そして、花を見て、花が咲く植物ということで、綺麗な鉢に植え替えて、多分2年振りという感じでした。

 ここから、この植物の種類を解説したいと思います。不思議な植物です。
 種としては、キジカクシ目、ヒガンバナ科、ヒガンバナ亜科、マユハケオモト連、マユハケオモト亜連、マユハケオモト属と長い品種名が出てきます。ヒガンバナ亜科だけで、60属800種が含まれるという大所帯でした。
 このヒガンバナ亜科に有る14の連の一つがマユハケオモト連。3つの亜連の一つがマユハケオモト亜連で、その中の2つの属の一つがマユハケオモト属。まあ、多品種を持つ複雑な植物と評しておきましょう。
 マユハケオモト連以下の分類は、日本語での解説がありませんでしたので、正式な種類の話はこの程度としておきます。

 もう一つ、この植物に関して面白い話。この植物は、万年青という植物の一種かな、と感じませんか。調べると不思議でした。
 万年青は、キジカクシ目、キジカクシ科、スズラン亜科、オモト属に属します。つまり、眉刷毛万年青とは、科から異なる別の品種だったのです。こちらは、wikiにも詳しく解説。江戸時代から、盛んに栽培されていたとか。
 まあ肉厚の葉で、似たような時期に少し形が違う花が咲くという点は、似ている植物らしいです。

 所で、万年青という名がどういう意味で付いたかを追いかけてみたのですが、よく分かりませんでした。しかし、これも自明かもしれませんね。植物の説明に「常緑多年草」と解説されています。つまり、万年(の間)(緑)の植物という意味でしょう。
 オバケのQ太郎で有名な、藤子不二雄の短編マンガに「まんねんあお」という作品が有るとのこと。少年が万年青を育てる話に、藤子不二雄らしいひねりですね。どうでも良い話か!

偽500円玉?

500円玉は、一度に1枚以上を入手することは、殆ど無いのですが。3枚が揃った所で異変に気付きました。

 

 2枚を比べて違う。エッ!偽500円玉と首を捻りました。

 

 

 もう、発行されて2年近く。2021年11月1日から発行を開始されたとか。バイカラークラッド硬貨で偽造対策に優れているとか。見慣れているかどうかかもしれませんが、新しい硬貨の方が偽物らしく感じませんか?

 一目で分かる違いは、バイカラーの2色なのですが。財務省のサイトによると、バイカラー、クラッドの他、異形斜めギザ微細文字潜像微細点微細線が施されて、強靭な偽造対策となっているとか。

 私が撮った2枚目の写真の上に書かれた「日本国」の上の縁に「JAPAN」と刻印されているのですが、これが微細文字です。なんか写っている事は分かると思うのですが。実物を見ても、殆ど読めませんでした。

 

 やっと当家に届いたのかな。いや、気付かなかっただけかな。よく分かりません。写真の新しい硬貨は、今年製造のものですね。そして、古い方の500円玉も、新しいコインが出るその年の発行ですね。どうでも良いですが。驚きの報告でした。

岡本水源地

先日、佐世保の史跡を巡る「海軍さんの散歩道」に参加した報告をしました。丁度、同様なツアーで「弓張岳から岡本水源地を巡る」の企画が有ると知りました。弓張岳は何度も紹介しているのですが、岡本水源地は、随分前の2019年7月に勝手に訪問して報告していました。
 FaceBookInsatgramでかい摘んだ報告をしていたのですが。その後、知り得た知見を交えて、改めて紹介したいと思います。岡本水源地があるのは、十文野町という町で、水源地は私が住む大野地区から北北西に約2.5kmの場所にあります。山奥です。


 まずは、岡本水源地の一番奥に有る「第一貯水池」です。

 この岡本水源地は、旧日本海軍が作ったもの。日本海軍が明治22年(西暦1889年)に、佐世保鎮守府を開庁しました。そうして、佐世保村は佐世保市として発展して行くのですが。どうしても必要となるのが水道。この岡本水源地は、日本で2番目の水道施設として、明治33年に完成したそうです。最後に説明する特集記事では、「岡本貯水池」という名称で説明されていました。


 岡本水源地の入り口から第1貯水池まで、約250m程の距離があるのですが。第2貯水池から第1貯水池に進む道は、ご覧の通りに綺麗に整備されていました。
 入り口の案内板には、「現在も豊富な水源を田に引かれたり簡易水道として使われている」の説明がありました。


 いろんな資料には、第2岡本貯水池と説明されているのですが。入り口に近いところに有る、丸い貯水池が「第二貯水池」です。Googleマップの航空写真で見るとまん丸の形をしています。
 近くから撮ったので、パノラマ風になってしまいました。


 そして、これが多分「量水池」というものでしょう。市の岡本貯水池の説明で、3つの池の一つとして説明されていましたので。


 最後に入り口の写真です。佐世保市は、家内の生まれ故郷なのですが。子供の頃に遠足で来ていたとか。

 冒頭で説明した「弓張岳から岡本水源地を巡る」ツアーは、佐世保駅を出発し、弓張岳展望台岡本水源地野中減圧井を巡る旅です。参加費用は、一人2,000円とか。
 佐世保の観光情報は、「佐世保・小値賀 海風の国 SASEBO99」のサイトで紹介されています。是非、ご覧ください。


 岡本貯水池についてもう少し。この岡本貯水池は、地理院の地図で調べると標高約185m程度です。ここから、先日報告した現在の海上自衛隊総監部に水を運ぶのですが。総監部の近くに設置された矢岳浄水場に送られます。
 総監部付近の標高は、約30m程度。標高差は、155mもあります。つまり、そのまま送ると、水圧の為に、水道管が壊れてしまいます
 そうやって、野中町の標高約110m地点に「野中減圧井」を設置。私が住む近くの泉福寺町の標高約60mの地点に「堺木減圧井」が設置されています。どちらも、2019年7月に報告しているのですが。その内に、再度報告したいと思います。

 上記ツアーの案内では、野中減圧井は、「十文野減圧井」と紹介されていました。市の説明では、「岡本減圧井」と。最初に見付けたのは、水道百周年記念で作られた特集記事に「野中減圧井」と説明されていました。面白いですね。

三川内 コスモスロード

今年も三川内のコスモスは、綺麗に咲いていました。



 2枚目は、定番の写真。左側が隠居岳、右手は佐世保最高峰の国見山です。隠居岳は第4位。1位から5位までが居並ぶ山脈です。


 何となく、幾重にも重なったコスモスが面白いと思いました。


 それに、白にピンクの縁取りも。


 白にピンクの斑点というのも面白い。


 最後に花いっぱい。撮影したのは、10月17日でした。見た感じは、満開なのですが、すでに萼のみとなった花や、部分的に花が無くなった場所もありました。終盤というところですね。