最近、あんまり映画を見る時間がないのだが、不思議と禁断症状もない。
だからこそ、たまに見た作品については、ちゃんと覚え書いておこう。
まずは、だいぶ前に観た作品だが、小泉今日子主演、『空中庭園』。
「家族の間では秘密はなし」というルールで、一見普通に仲良く暮らしてる一家を描いているが、
実は父親は浮気しているし、娘は登校拒否、母親は元ひきこもりという経歴を隠していて・・・という話。
映画の中盤までは、欺瞞に満ち溢れた家族の姿がおどろおどろしく描かれており、観てるうちに、
気分が悪くなるほどだった。
この映画は、ドラマには珍しく、視覚効果に訴える手法を珍しく多用している。
たとえば、舞台となる団地の全景をとらえたショットをゆっくり360度回転させたり、
小泉今日子の顔をエフェクト処理でゆがませたり、といった具合に。
まるで、「あなたの目に見えているのは本当の姿ですか?」と問われているようだ。
ソニンの「おままごとじゃないか!」というセリフ、あるいはそもそも「空中庭園」というタイトルも、
家族が絵空事の上に成り立つ砂上の楼閣なんだという発想をつよくあらわしていると言える。
もちろん、人間なのだから、たとえ家族であっても、相手の本当の姿を分かるなんて無理だと思う。
というか、「これこそこの人の本当の姿だ!」と確信を持って言えるようなしかたで、
一人の人間を丸ごとはかれるような物差しがないのではないか?
だから、小泉今日子演じる母が、素敵な家族を作ろうと頑張っているのは分かるが、
素敵な家族とは、頑張ってできる、あるいは無理して作るもんでもない気がする。
もちろん、なんらかの努力は必要だろうが・・・。
前半はみていて胸糞が悪いこの映画も、終盤になって急速に浄化されていく。
ややオタクっぽい、長男が、母親に「こだわるなよ!」みたいなことを言ってから、みんなの歯車が
少しずつうまく回り始める。
家族の在るべき姿なんてものがあるとすれば、それは現状あるがままの家族である。
どこか遠くに理想の家族があって、今はその理想から遠くて、家族みんなで理想目指して
頑張ろうというのは、なんか息苦しい。
別に、そんな理想の家族像にこだわらなくてもいいんじゃない?と思えたところから、
映画は急速に救済へと向かうのだ。
と、こんな風に書いていると、この映画は重苦しい作品なのかというと、たしかにそういう部分もあるが、
それほどどんよりしてるわけでもない。永作博美という絶妙なアクセントが効いているのだ。
ちょっとへんな人オーラ満載のきれいなお姉さんを演じているときの永作博美は、すごい。
本当にすごい。明るいけど、ちょっと怖くて、なおかつ変というニュアンスの表現にかけて、
永作博美の右に出る人はいない。
というわけで、僕としては、小泉今日子もすごいけど、永作博美にまいりました的な一本でありました。