大学受験の世界史のフォーラム ― 東大・一橋・外語大・早慶など大学入試の世界史のために ―

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このブログについて

この「大学受験の世界史のフォーラム」は,大学受験世界史の学習に利用できる教材や情報を提供することで,受験生・高校生を支援するためのブログです。古代ローマにおける「フォーラム」(広場)のように,有意義な交流ができる場にできればと思っています。

管理人である東大世界史講師は,東京大学文科一類に入学して東京大学法学部を卒業し,現在,東京・神奈川の大学受験指導機関で,東大を中心とした大学入試対策の世界史を指導している者です。

このブログは,営業ではなく個人的な活動として行っています。(※指導・添削のサービスにご関心をお持ちの方は,「世界史の指導・添削サービスについての情報」をご覧ください。)

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今回はウクライナの都市・地名のうち,高校の世界史や大学受験の世界史で出てくるものを,地方・行政区分・地形などとあわせて紹介します。

また,ロシアによるウクライナ侵攻と関係する地名についても紹介します。


ウクライナ 都市

総論


ウクライナの位置


ウクライナの位置

<ウクライナの位置>


ウクライナは,東ヨーロッパに存在する国で,ヨーロッパの中ではロシアを除けば最大の面積をもつ国である。

黒海の北側に位置し,東側でロシア,北側でベラルーシ,西側でポーランド・スロヴァキア・ハンガリー・ルーマニアなどと接している。


地方区分

現在のウクライナは,24の州と,2つの特別市,1つの自治共和国に分かれているが,この州などによる区分を覚えるのは世界史の学習上ではあまりに過大な負担である。

世界史の学習のためには,ウクライナの地名は,ドニエプル川クリミア半島黒海を覚えて,それらを基準にして位置を把握すればまず十分だろう。

ウクライナと周辺の地形

さらに詳しく学ぶなら,ウクライナの国土を東西南北と中央で分けて,北部西部東部南部中部の5つの区分によって,大まかに把握するとよい。


ウクライナ 広域地方区分

<ウクライナの大きな地方区分>


重要度ランクについて


それぞれの地形や都市・地名について,世界史の学習や受験における重要度を★の数で示した。星の数が多いほど重要ということを意味する。


★★★ 基本:高校の定期テストや大学受験の共通テストのレベル
★★ 標準:一般的な国立大学や私立大学の入試で必要なレベル
発展:難関大学の入試では必要なレベル
  参考:入試で問われることはまずないだろうレベル

地形


ウクライナと周辺の地形

<ウクライナと周辺の地形>


黒海 ★★★

ヨーロッパとアジアの間に位置する内海で,ボスフォラス海峡・ダーダネルス海峡を通じて地中海へとつながっている。

ロシアが17世紀末から進出をはかり,18世紀後半には黒海の航行権やクリミア半島を獲得し,19世紀にはオスマン帝国や西欧諸国と対立しながら南下を進めるなど,ロシアの南下政策の要衝となった。


アゾフ海 ★★

黒海の北東部に位置し,ウクライナ・ロシアに囲まれた湾・内海で,狭い海峡を通じて黒海とつながっている。

17世紀末にピョートル1世がオスマン帝国と戦って進出し,まもなくオスマン帝国に奪回されたが,18世紀末にロシアの支配下に入った。


ドニエプル川 ★★★

ロシア西部を源とし,ベラルーシ,ウクライナを縦断して黒海へと注ぐ川。

沿岸には現在のウクライナの首都キエフが存在し,9世紀末にルーシたちによって建国されたキエフ公国の中心地となった。


クリミア半島 ★★★

現在のウクライナの南部,黒海の北岸から南に突き出た半島。

18世紀後半にロシアが支配下に入れて南下政策の重要な拠点となり,19世紀半ばにはクリミア戦争の舞台にもなった。

20世紀末のソ連の崩壊後はウクライナ領となっていたが,2014年にロシアが占領して一方的に併合を宣言している。


都市


ウクライナの都市・地名

<ウクライナの都市・地名>


キエフ(キーウ) ★★★

ウクライナ北部,ドニエプル川中流沿岸に位置する都市で,ウクライナの首都。

9世紀末に成立したキエフ公国の首都となり,古くから東欧における中心的都市だった。

1934年からソ連内のウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国の首都となり,1991年のソ連崩壊後は独立したウクライナの首都となった。


チェルノブイリ(チョルノービリ) ★

ウクライナ北部キエフ州の都市。

ソ連時代の1986年にチェルノブイリ原発事故が発生した地として世界的に知られ,放射性物質による深刻な汚染が広がり,多くの住民は移住して無人に近い状態になっている。


リヴィウ

ウクライナ西部における中心的都市。

黒海と北海・バルト海,西欧と東欧の間に位置することもあり,キエフ公国,ポーランド,オーストリア,ソ連など多くの国の支配を経験し,そのため多様な民族・文化の痕跡が建築などに残されている。


ポルタヴァ ★

ウクライナ中部に存在する都市。

1700年からロシアとスウェーデンの間で行われた北方戦争のなかで,1709年にこの地でロシアのピョートル1世がスウェーデンのカール12世を破り,戦争の勝利を決定づけた。


ハルキウ(ハリコフ)

ウクライナ東部の中心的都市。

ロシア帝国支配下の19世紀後半から工業が発展した。

ソ連支配下のウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国の初期には首都が置かれ,その後は首都はキエフに移されたが,現在でもウクライナ第2の都市となっている。


オデッサ(オデーサ)

ウクライナ南西部,黒海沿岸に位置する都市。

18世紀末にロシアの支配下に入り,貿易や軍の拠点として発展した。

ロシア帝国時代の1905年に発生した第1次ロシア革命の際には,この地で戦艦ポチョムキン号の反乱が起こった。


セヴァストーポリ ★★★

ウクライナ南部,クリミア半島南端の海港都市。

18世紀末にロシア帝国がクリミア半島を支配下に入れると,その南端の沿岸に軍港としてセヴァストーポリを建設した。

19世紀半ばのクリミア戦争では,このセヴァストーポリでロシアとイギリス・フランスとの間で激戦が行われたことで知られる。

1991年にソ連が崩壊すると,クリミア半島の他の部分とともにクライナの一部となったが,2014年にロシアが占領して一方的に併合を宣言し,現在もロシアの実効支配下にある。


ヤルタ ★★★

ウクライナ南部,クリミア半島南端の都市。

18世紀末にロシア帝国がクリミア半島を支配下に入れたことにより,ヤルタもその支配下に入った。

温暖な気候に恵まれ,19世紀から20世紀に保養地・観光地として発展した。

1945年には,ソ連とアメリカ・イギリスの首脳が,戦争遂行や戦後処理についてのヤルタ会談が行われたことでも知られる。

1991年にソ連が崩壊すると,クリミア半島の他の部分とともにウクライナ領となったが,2014年にロシアが占領して一方的に併合を宣言し,現在もロシアの実効支配下にある。


ロシアのウクライナ侵攻・支配

ここでは,ロシアによる2014年のクリミア併合,2022年からのウクライナ侵攻において,ロシアによる占領・支配や攻撃を受けたウクライナの地域を説明する。


ロシアは,2014年にクリミアにおける親露派住民の独立運動に乗じてこの地を占領して,一方的に併合を宣言した。

以後,クリミアはロシアの実効支配下に置かれている。


さらに,2022年にはロシアと接するウクライナの北部・東部・南部への侵入・攻撃を行い,同年9月にはルハーンシク(ルハンスク)・ドネツク・ザポリージャ・ヘルソンの4州の併合を宣言した。

2025年8月現在の状況としては,ルハーンシク・ドネツクは全面的にロシアの占領下,ザポリージャ・ヘルソンはロシアの部分的な(50~70%程度)占領下にあり,その他の地域はウクライナが支配を維持しているが,国境地帯のハルキウ・スームィ・チェルニーヒウ・キーウなどの州ではロシアの攻撃がまだ続いている。


ロシアのウクライナ侵攻

<ロシアのウクライナ侵攻>



今回はロシアの都市・地名のうち,高校の世界史や大学受験の世界史で出てくるものを,地方・行政区分・地形などとあわせて紹介します。


ロシア 都市 一覧

<ロシア 都市 一覧>


総論


ロシアの領域


ロシアの領域は広大で,特に東西方向はきわめて広く,西はバルト海や黒海,東は太平洋まで広がり,ヨーロッパとアジアにまたがっている。


ロシアの領域

<ロシアの領域>


ヨーロッパ・ロシアとアジア・ロシア


このようなロシアの領域は,ウラル山脈を境界として,西側はヨーロッパ・ロシア,東側はアジア・ロシアと,大きく区分される。東側のアジア・ロシアはシベリアと呼ばれる領域ともかなり重なっている。


ヨーロッパ・ロシアとアジア・ロシア

<ヨーロッパ・ロシアとアジア・ロシア>


ロシアの地理を学ぶ際には,まずはこのウラル山脈を基準とした東西の区分によって大まかに把握しておくとよい。


連邦管区


現在のロシアの広域の地方区分としては連邦管区という行政区画が存在する。

しかし,この連邦管区という枠組みは,近年につくられた新しい区分であるうえに,頻繁にその区画・編成が変化することもあって,世界史の学習では非常に使いにくい。


地形による把握

このような事情から,ロシアの都市・地名などの位置は,現在の行政区画よりも,山脈や河川など自然の地形をもとに位置を把握するほうがよい。


ロシア 地形

<ロシアの地形>


具体的には,まず東西方向については,バルト海太平洋を西・東の端とし,その両端の内部でウラル山脈オビ川イェニセイ川レナ川などを境界として使って,位置をつかむことが有効である。

そして,南北方向については,北側は全体が北極海に面していてわかりやすいので問題ないとして,南方は黒海カフカス山脈カスピ海ヴォルガ川アムール川スタノヴォイ山脈などを目印・標識として使って位置を把握するとよいだろう。


注意・補足


ロシアが実効支配している領域としては,クリミア半島もある。

この記事では,ロシア史に関係することからクリミア半島そのものは地形として紹介するが,ヤルタやセヴァストーポリなどのクリミア半島内に存在する都市・地名については扱わない。

クリミア半島内の都市・地名は,ウクライナの都市・地名の記事で紹介する。


重要度ランクについて


それぞれの地形や都市・地名について,世界史の学習や受験における重要度を★の数で示した。星の数が多いほど重要ということを意味する。


★★★ 基本:高校の定期テストや大学受験の共通テストのレベル
★★ 標準:一般的な国立大学や私立大学の入試で必要なレベル
発展:難関大学の入試では必要なレベル
  参考:入試で問われることはまずないだろうレベル

地形

ロシアやその歴史の理解のうえで有益な,海洋・河川・山脈などの地形を紹介する。

以下,①海洋・湖,②河川,③山脈,④半島・島,の順で挙げていく。


ロシアの地形

<ロシアの地形>


海洋・湖


ロシア 地形 海洋・湖

<ロシアの地形 海洋・湖>


世界史の学習上は,西方のバルト海黒海カスピ海が特に重要である。

以下,北から南,西から東,の順で挙げていく。


北極海 ★

北極を中心に,ユーラシア大陸・北米大陸・グリーンランドなどに囲まれた海。


バルト海 ★★★

ヨーロッパの北部,ユトランド半島とスカンディナビア半島の間の海で,主に東欧と北欧に挟まれた海。

ロシアにとっては,西欧などのヨーロッパ諸国と交流するための主要な海上ルートとなった。


黒海 ★★★

ヨーロッパとアジアの間に位置する内海で,ボスフォラス海峡・ダーダネルス海峡を通じて地中海へとつながっている。

17世紀末以降,ロシアが進出し,南下政策の主要な経路となった。


カスピ海 ★★

東ヨーロッパと西アジア・中央アジアの間に位置する湖で,世界最大の湖。

ロシア・カザフスタン・トルクメニスタン・アゼルバイジャン・イランの境界となっている。


バイカル湖 ★

シベリアの東南部に存在する湖。


オホーツク海 ★

ロシアの東岸とカムチャッカ半島・千島列島・北海道・樺太島に囲まれた海。


ベーリング海

太平洋の北部,シベリア・アラスカ・アリューシャン列島に囲まれた海。


日本海 ★★

ロシア沿海地方・樺太島・日本列島・朝鮮半島に囲まれた海。


河川


ロシア 地形 河川

<ロシアの地形 河川>


ロシアの河川は,南北方向に流れる大きな川が重要である。

世界史の学習のうえでは,西部のドニエプル川ヴォルガ川,東部のアムール川アイグン川ウスリー川が非常に重要で,他のオビ川・イェニセイ川・レナ川については地理の学習上は重要ではあるものの世界史では滅多に出てこない。

以下,西から順に挙げていく。


ドニエプル川 ★★★

ロシア西部を源とし,ベラルーシ,ウクライナを縦断して黒海へと注ぐ川。

沿岸には現在のウクライナの首都キエフが存在し,9世紀末にルーシたちによって建国されたキエフ公国の中心地となった。


ドン川 ★

ロシア南西部から,黒海のアゾフ海へと流れ込む川。

1670年に起こったステンカ・ラージンの乱は,このドン川流域にいたコサックが中心になった。


ヴォルガ川 ★★★

ロシア北西部に源を発し,東方に流れた後に南下してカスピ海へと注ぐ川。

ロシアは,イヴァン4世の頃から,このヴォルガ川に沿って南東方向に進出し,カザン・ハン国やアストラハン・ハン国を征服して支配領域を拡大した。


オビ川

アルタイ山脈を水源とし,西シベリアを通って北西方向に流れて,北極海に注ぐ川。


イェニセイ川(エニセイ川)

ロシアとシベリアの国境地帯を水源とし,シベリアを通って北方に流れ,北極海に注ぐ川。


レナ川

バイカル湖の西岸に源を発し,北東方面に流れて,北極海に注ぐ川。


アムール川 ★★★

ユーラシア大陸の東端に位置し,ロシア・中国の国境地帯を流れ,間宮海峡(タタール海峡)に注ぐ川。

1858年にロシア帝国と清の間で締結されたアイグン条約によって,この川が両国の国境とされた。


アルグン川 ★★★

アムール川の主な源流の一つで,アムール川の南西方面から流れてきてアムール川へと合流する川。

1689年にロシア帝国と清の間で結ばれたネルチンスク条約では,スタノヴォイ山脈とともにこの川が両国の国境と定められた。


ウスリー川(ウスリー江) ★★★

アムール川の支流で,北方へと流れてアムール川に合流する川。

この川と日本海にはさまれた地域は沿海州と呼ばれ,1860年の露清北京条約によってロシア領とされた。


山脈


ロシア 地形 山脈

<ロシアの地形 山脈>


山脈は国や地方の境界として重要である。

特に,カフカス山脈はロシアの南下政策との関係で,ウラル山脈は領域の境界として,スタノヴォイ山脈は中国との国境の関係で,それぞれ重要である。


ウラル山脈 ★★

ロシア西部を南北方向に走る山脈で,ヨーロッパとアジアの境界をなし,ヨーロッパ・ロシアとアジア・ロシア(シベリア)の境界にもなっている。

世界史では直接言及されることは少ないが,地方の境界として重要。


カフカス山脈(コーカサス山脈) ★★★

黒海とカスピ海の間を,北西-南東方向に走る山脈。

現在のロシアとジョージア・アゼルバイジャンの国境となっている。


アルタイ山脈 ★

シベリア南東部からモンゴル高原へ,北西-南東に走る山脈。


スタノヴォイ山脈(外興安嶺) ★★★

ロシア東部,東シベリアを東西に走る山脈。

1689年にロシアと清の間で締結されたネルチンスク条約で,アルグン川とともに両国の国境とされた。


半島・島


ロシア 地形 半島・島

<ロシアの地形 半島・島>


西方ではクリミア半島,東方では樺太島・千島列島など,現在まで続いている国境・領土問題と関係した地形が多い。


クリミア半島(クリム半島) ★★★

現在のウクライナの南部,黒海の北岸から南に突き出た半島。

18世紀後半にロシアが支配下に入れて南下政策の重要な拠点となり,19世紀半ばにはクリミア戦争の舞台にもなった。

20世紀末のソ連の崩壊後はウクライナ領となっていたが,2014年にロシアが占領して一方的に併合を宣言している。


カムチャッカ半島 ★

アジアの東北の端,ロシアの極東部に位置し,南方に伸びる半島。

18世紀前半に,ピョートル1世によって派遣された探検家ベーリングが探検を行った。


樺太島(サハリン島) ★★★

ユーラシア大陸の東岸,北海道の北方に位置する島。

1875年に樺太・千島交換条約によってロシア領となった後,日露戦争後のポーツマス条約で南半分は日本領となったが,第二次世界大戦の末期にソ連が南半分も支配下に入れ,ソ連崩壊後はそのままロシアが支配している。


千島列島(クリル列島) ★★★

カムチャッカ半島の南方から北海道の東方にかけて並んだ列島。

日露通好条約では,歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島(いわゆる北方領土)が日本領,得撫島以北がロシア領とされた後,1875年に樺太・千島交換条約によって全島が日本領となったが,第二次世界大戦の末期にソ連が侵攻して北方4島も含めて全島を支配下に入れ,現在もロシアが実効支配を続けている。


その他


シベリア ★★★

ユーラシア大陸の北東部,ウラル山脈から太平洋に広がる地域。

もともと「シベリア」という言葉は,ウラル山脈の東方の地域を漠然と指す用語だったことから,時期や場面によって該当する領域にはかなり幅があるので,注意が必要である。このように範囲があいまいであるため,世界史の学習においても大まかに把握しておくのがよい。

基本的には,シベリア全体はウラル山脈から太平洋にかけての領域を指し,その内部はイェニセイ川を境界として西シベリアと東シベリアに2つに分けるか,またはイェニセイ川とレナ川を境界として西シベリア・中央シベリア・東シベリアの3つに分けられる。

16世紀後半からロシアが進出を開始し,17・18世紀にかけてほぼ支配を確立した。

その後,19世紀後半にはシベリア鉄道が建設され,ロシア革命後には連合国によるシベリア出兵が行われた。


都市・地名


ロシアの都市・地名を,4つの大きな領域に分けたうえで,紹介していく。

領域については,まず大きくウラル山脈を境界にヨーロッパ・ロシアアジア・ロシアと東西に分けて,さらにヨーロッパ・ロシアを首都圏および北西部南西部に南北に分け,アジア・ロシアは西シベリア東シベリアに東西に分ける。

以下,この分け方にしたがって,①首都圏および北西部,②南西部,③西シベリア,④東シベリア,の順番で,それぞれに属する都市・地名を紹介していく。


首都圏および北西部(中央連邦管区・北西連邦管区など)


ロシア 首都圏および北西部の都市

<ロシア 首都圏および北西部の都市>


まず,ヨーロッパ・ロシアのうちの北部にあたる領域で,モスクワを中心とする首都圏やロシア北西部の地方を取り上げる。現在のロシアの連邦管区でいうと,中央連邦管区・北西連邦管区と,飛び地であるカリーニングラード州が該当する。

ペテルブルク・ノヴゴロド・モスクワなど,歴史のなかで首都が置かれた都市が多く,ロシア史における政治的な中心地となっている。


モスクワ ★★★

ロシア西部の都市で,現在のロシアの首都。

モスクワ大公国の首都として発展し,モスクワ大公国によるロシアの統一の結果としてロシアの首都となった。

18世紀前半にピョートル1世によって首都はペテルブルクへと移されたが,1918年から再びソヴィエト政権・ソ連の首都となり,現在のロシアでも首都となっている。


ペテルブルク(サンクト・ペテルブルク/ペトログラード/レニングラード) ★★★

ロシア北西部の都市で,バルト海のフィンランド湾の沿岸,ネヴァ川の河口部に位置する。

18世紀前半にピョートル1世によって建設されて首都となり,バルト海を通じて西欧とつながる「西欧への窓」としての役割を担った。

第一次世界大戦中にはドイツ風の「ペテルブルク」を嫌ってペトログラードと改称され,ついでロシア革命後には首都がモスクワに移され,ペテルブルクは1924年からレーニンの名をとってレニングラードと改称された。ソ連の崩壊後は,ペテルブルクの名前に復帰している。


ノヴゴロド(大ノヴゴロド) ★★★

ロシア北西部の都市。

9世紀にリューリク率いるルーシと呼ばれるノルマン人たちがここを拠点にノヴゴロド国を建てた。

また,中世ヨーロッパにおける交易の要衝で,ハンザ同盟の在外商館が置かれたことでも知られる。


ティルジット ★

現在のロシアの飛び地となっているカリーニングラード州の都市。

歴史的にはプロイセンの領土で,ナポレオン戦争で,フランスとプロイセン・ロシアとの間でティルジット条約が締結された地として知られる。


南西部(ヴォルガ管区・南部連邦管区・北カフカス連邦管区)


ロシア 南西部の都市

<ロシア 南西部の都市>


ヴォルガ川流域や北カフカスなどの領域。連邦管区でいうと,ヴォルガ管区・南部連邦管区・北カフカス連邦管区に該当する。

モンゴル人が建国したキプチャク・ハン国(ジョチ・ウルス)や,それが分裂して形成された,カザン・ハン国,アストラハン・ハン国の中心的地域。

また,コサックたちが多く存在した地域でもある。

16世紀のイヴァン4世の時代頃からロシアの支配下に入ったが,その後もステンカ・ラージンの乱プガチョフの乱など,コサックらによる反乱が起こった。


カザン

ヴォルガ川中流沿岸の都市。

キプチャク・ハン国が分裂してできた国の一つ,カザン・ハン国の中心都市だった。

イヴァン4世の時代にロシアの支配下に入った。


ヴォルゴグラード(スターリングラード) ★★★

ヴォルガ川下流沿岸の都市。

かつてはツァリーツィンという名前だったが,1925年にスターリンにちなんでスターリングラードと改称され,第二次世界大戦ではドイツ・ロシア間のスターリングラードの戦いの舞台となった。

スターリン死後の1961年にヴォルゴグラードと改名されたが,近年スターリングラードの名称に復帰することも検討されている。


サライ ★

ヴォルガ川下流沿岸に存在した都市。

モンゴルのキプチャク・ハン国の首都が置かれた(旧サライ)。なお,13世紀後半にはヴォルガ川を少し遡った北方の地に同名で新たな首都が築かれた(新サライ)。


アストラハン

ヴォルガ川下流沿岸の都市。

キプチャク・ハン国が分裂してできた国の一つ,アストラハン・ハン国の中心都市だった。

イヴァン4世の時代にロシアの支配下に入った。


西シベリア(ウラル連邦管区)


ロシア 西シベリアの都市

<ロシア 西シベリアの都市>


西シベリアと呼ばれる,ウラル山脈とイェニセイ川で囲まれた領域。連邦管区でいうと,ウラル連邦管区が該当する。

世界史で出てくる都市・地名はほとんどないが,キプチャク・ハン国の後継国家の一つであるシビル・ハン国の中心的な領域で,16世紀後半からロシアが進出していった。


シビル

キプチャク・ハン国が分裂してできた国の一つであるシビル・ハン国の中心都市だった。

この都市名あるいは国名であるシビルが,「シベリア」という地名の由来となったとされる。


東シベリア(シベリア連邦管区・極東連邦管区)


<ロシア 東シベリアの都市>


東シベリアと呼ばれる,イェニセイ川から太平洋までの領域。連邦管区でいうと,シベリア連邦管区・極東連邦管区にあたる。

ロシアの極東進出や,ロシア・中国間の国境問題などに関する重要な都市が存在する。


イルクーツク

バイカル湖の西岸の都市。

世界史で直接出てくることは少ないが,シベリアにおける要衝として有名。


キャフタ ★

ロシア東部,バイカル湖の南方に位置する都市。

1727年にロシア帝国と清のキャフタ条約が締結された地として知られる。


ネルチンスク ★

ロシア東部,バイカル湖の東方に位置する都市。

1689年にロシア帝国と清との間でネルチンスク条約が締結された場所として知られる。


ニコライエフスク(ニコラエフスク・ナ・アムーレ) ★

ロシア極東部,アムール川の河口近くの都市。

ロシア革命後のシベリア出兵の際に,日本の兵士や居留民が襲撃されるニコライエフスク事件(尼港事件)が起こったことで知られる。


ウラジヴォストーク(ウラジオストク) ★★★

ロシア極東の沿海州の海港都市で,日本海の沿岸に位置する。

ロシアが露清北京条約で沿海州を清から獲得した後に,極東の主要拠点として建設した。

名前はウラジ(「支配」)とヴォストーク(「東」)という語から成り,「東方を支配する」という意味から命名されており,その名の通りロシアの東方進出の拠点となった。


まとめ

最後に,取り上げた全ての地形と都市・地名をまとめた地図を再掲しておく。


ロシア 都市 一覧

<ロシア 都市 一覧>



今回は,イランの都市・地名のうち世界史で使用されるものを,地形・地方とあわせて紹介します。


イラン 都市・地名 一覧

<イラン 都市 一覧>


総論


地方区分

現在のイラン・イスラーム共和国では,国土は31の州に区分されているが,さらにそれらの州をまとめた5つの広域の地方が設定されている。

イラン 広域地方区分

<イラン 広域地方区分>


この地図のように,基本的には東西方向に西部・中部・東部と分けられ,西部と中部についてはさらに南北方向に2つに分けられている。

この区分も参考にして,まずは東西方向に西部・中部・東部に分けて,そのうえで南北を意識して都市・地名を把握するといいだろう。


地形

イランの都市・地名や歴史を把握するには,港湾・湖・山脈などの地形を知っておきたい。

ここでは,イランの国土に含まれるか,あるいは接する地形を取り上げる。

イラン 地形

<イランとその周辺の地形>


イラン高原 ★★★

西はティグリス・ユーフラテス川,東はインダス川,北はアルボルズ山脈,南はザグロス山脈などに囲まれた高原地帯で,現在のイランの国土の大部分にあたる。


ペルシア湾 ★★★

アラビア半島とイランに挟まれた湾。

ティグリス・ユーフラテス川が注ぎ込み,ホルムズ海峡を経てアラビア海・インド洋へとつながっている。

古くから現代に至るまで重要な海上交易のルートになってきた。


カスピ海 ★★★

カフカス地方・ロシア・中央アジア・イランの間にある湖で,世界最大の湖。


アルボルズ山脈(エルブールズ山脈) ★

イラン高原の北部,カスピ海の南岸に沿って走る山脈。


ザグロス山脈 ★

イラン高原の南西端,ペルシア湾に沿って走る山脈。


説明の順序とランク

以下では,イランの都市・地名を,西から東,北から南へと,①北西部,②中西部~南西部,③中北部,④中央~中南部,⑤東部,の順番で,紹介していく。

なお,それぞれの都市・地名について,世界史の学習や受験における重要度を★の数で示した。星の数が多いほど重要ということを意味する。

★★★ 基本:高校の定期テストや大学受験の共通テストのレベル
★★ 標準:一般的な国立大学や私立大学の入試で必要なレベル
発展:難関大学の入試では必要なレベル
  参考:入試で問われることはまずないだろうレベル

北西部

イラン北西部の都市

<イラン北西部の都市>


イランの北西部で,アナトリアやカフカス地方に近い(あるいは重なる)地方。

近世以降のサファヴィー朝やカージャール朝の時代の都市が多く,またオスマン帝国やロシアとイランの外交に関係する都市・地名が多い。


チャルディラーン ★

アナトリア東部の草原地帯で,現在のイランの北西端,トルコとの国境近くに位置する。

1514年,サファヴィー朝とオスマン帝国の間でチャルディラーンの戦いが行われ,サファヴィー朝がオスマン帝国に敗れた。


タブリーズ ★★★

イラン北西部の中心都市。

13世紀にイル゠ハン国の都が置かれてから発展し,16世紀にはサファヴィー朝の首都にもなった。


トルコマンチャーイ ★

イラン北西部の都市で,タブリーズの南東に位置する。

1828年にカージャール朝とロシアの間でトルコマンチャーイ条約が締結された。


中西部・南西部

イラン中西部・南西部の都市

<イラン中西部・南西部の都市>


イランの中西部から南西部の地方で,メソポタミアに近い地域。

メディア王国やアケメネス朝ペルシアなど,古代イラン文明時代の都市・遺跡が多い。


エクバタナ(ハマダーン) ★

イラン西部の都市。現在のハマダーンにあたる。

古代イランのメディア王国の首都が置かれ,その後もアケメネス朝などでも主要都市とされた。


ベヒストゥーン ★

イラン西部,ザクロス山脈の山中に存在する村。

アケメネス朝の時代にダレイオス1世によってベヒストゥーン碑文がつくられ,この碑文が後にイギリスのローリンソンによる楔形文字の解読につながったことで有名。


スサ ★★★

イラン西部の都市。

紀元前のイランに存在したエラム人の王国の中心都市で,彼らがバビロニアから持ち去ったハンムラビ法典を刻んだ石柱がここで発見されている。

アケメネス朝の時代には行政上の首都となり,王宮が築かれ,王の道の起点となるなど繁栄した。


中北部

イラン中北部の都市

<イラン中北部の都市>


イランの中北部にあたり,カスピ海の南に位置し,アルボルズ山脈やその周辺を含む地域。

ガージャール朝(カージャール朝)の首都が置かれて以降,イランの中心的な地域となった。


テヘラン ★★★

イラン中北部の都市で現在のイランの首都。アルボルズ山脈の南のふもとに位置する。

18世紀末に成立したガージャール朝の首都が置かれてから発展し,それにつづくパフレヴィー朝,そして現在のイラン・イスラーム共和国でも首都が置かれている。


中央部・中南部

イラン中央部・中南部の都市

<イラン中央部・中南部の都市>


イスファハーン ★★★

イラン中央部の都市。

16世紀末にサファヴィー朝の全盛期を築いたアッバース1世によって都が置かれ,イマームのモスク王のモスク)などの壮麗な建築物が築かれ,世界から商人が来訪するなど繁栄し,「イスファハーンは世界の半分」と讃えられた。


ペルセポリス ★★★

イラン南部ファールス地方の都市・遺跡で,ザグロス山脈の東のふもとに位置する。

アケメネス朝のダレイオス1世によって建設された。

前4世紀に東方遠征でアケメネス朝を破ったアレクサンドロスによって破壊された。


シーラーズ ★

イラン南部ファールス地方の中心都市で,ザグロス山脈の東のふもとに位置する。

18世紀,サファヴィー朝滅亡後のイランで成立したザンド朝の首都が置かれた。

ペルシアの抒情詩人ハーフィズの出身地でもある。


バンダレ・アッバース ★★

イラン南部,ペルシア湾のホルムズ海峡に面する海港都市。

16世紀にポルトガルが進出して海上貿易の拠点を築いていたが,17世紀前半にサファヴィー朝のアッバース1世がポルトガルを撃退した後にバンダレ・アッバースと改称して海港都市として発展させた。


東部

イラン東部の都市

<イラン東部の都市>


イラン東部は砂漠など乾燥地帯が広がっていることもあり,歴史的に有名な都市は少ない。


ニーシャープール(ネイシャーブール) ★

イラン東北部ホラーサーン地方の都市。

3世紀にササン朝の第2代の王シャープール1世によって創建された。

11世紀にはセルジューク朝の都が置かれた。


まとめ

最後に,イランの都市・地名をまとめた地図を改めて掲示する。


イラン 都市・地名 一覧 地方別

イラン 都市・地名 一覧

<イラン 都市 一覧>