の続きです
# 異能の転生者
## 第八章 グレイ・サンダーズ
### 一
王立魔法学院が世界にその名を轟かせているのは、
単に歴史が長いからでも、
施設が優れているからでもなかった。
理由は一つだった。
この学院の出身者が、
世界の頂点に立っているからだった。
魔法には六つの系統がある。
木、火、土、水、白、黒
——それぞれの系統には固有の性質があり、
使い手の適性によって得手不得手が生まれる。
どの系統においても、その頂点に君臨する者が存在した。
称号は「天」。
人類の守護者と呼ばれる六人の魔法使いたちだった。
現役の天は五名いた。
そのうち五名全員が、王立魔法学院の出身者だった。
この事実は、学院の名声を決定的なものにしていた。
世界中の富裕層が我が子をこの学院に送り込もうとし、
各国の王族が入学枠を求めて外交的な圧力をかけた。
入学試験の倍率は毎年高騰し、
合格者の顔ぶれは各国の将来を担う者たちで占められた。
五名の天の中でも、
特別な関心を集めるのが最年少の水天だった。
アクア・ヴォルフィード。
この学院を卒業してから、わずか五年で水天に昇格した。
前例がなかった。
天の称号を得るには通常、数十年の研鑽が必要とされる。
才能だけではなく、積み重ねた経験と、
圧倒的な実戦での証明が求められるからだ。
それをアクアは五年で成し遂げた。
魔法史において、
彼女の名は特別な意味を持って刻まれていた。
そのアクアを育てた人物こそが、
グレイ・サンダーズだった。
王立魔法学院において、
最上位のAクラスを長年にわたって
担当してきた教師だった。
大魔法使いの称号を持ち、
現役の魔法使いとしても一流の域にある。
彼の授業を受けた者が水天になったという事実が、
グレイの名を学院と不可分に結びつけていた。
世間における評判は、絶大だった。
厳しいが公正。
才能を見抜く眼が確かで、指導法が卓越している。
彼の元で学ぶことができれば、
普通の生徒が想像もしないほどの高みに到達できる
——そういう評価が広まっていた。
親たちは子供をAクラスに入れることを夢見た。
各国の貴族が推薦状を書いてもらうために手を回した。
しかし。
グレイ・サンダーズを実際に知る者たちの評価は、
まったく違った。
彼が認めた生徒には、確かに惜しみない指導が注がれた。
それは本当のことだった。
アクアがその証明だった。
しかしグレイが認めなかった生徒に対して、
何が行われたか
——それを公の場で語れる者はほとんどいなかった。
グレイは見極めが早かった。
最初の数週間で、
この生徒は伸びると判断すれば全力を注いだ。
伸びないと判断すれば、切り捨てた。
切り捨て方は巧妙だった。
直接的な暴力はない。
露骨な差別もない。
ただ、じわじわと、その生徒の居場所をなくしていく。
授業での扱い方、他の生徒への影響、評価の付け方、
学院内での立ち位置——あらゆる手段を使って、
静かに、しかし確実に、対象の生徒を追い詰めた。
王立魔法学院からの退学が何を意味するか、
この世界では誰もが知っていた。
魔法の実力こそが個人の価値を決めるこの社会において、
最高学府から放逐されることは、
単なる学業上の失敗ではなかった。
能力を公的に否定されることだった。
貴族家の者であれば、家の評判に傷がつく。
平民の出身であれば、
魔法に関わる職業への道が完全に閉ざされる。
再起は、ほぼ不可能だった。
絶望する者もいた。
姿を消した者もいた。
グレイの指導を受けてAクラスを去った者たちが
その後どうなったか
——その情報は、不思議なほど表に出なかった。
陽の部分が大きすぎた。
アクアという輝きが、全ての影を飲み込んでいた。
グレイ・サンダーズは、
光の中に闇を隠すことの名人でもあった。
---
### 二
Aクラスの教室は、学院本館の最上階にあった。
窓から王都が一望できる。
天井は高く、壁には歴代の優秀な卒業生の
肖像が並んでいた。
その中にアクア・ヴォルフィードの
若い頃の肖像もあった。
机は他のクラスより広く、椅子の造りも違った。
細部に至るまで、
ここが特別な場所であることを主張していた。
Aクラスの合格者は十二名だった。
それぞれが、各地の名門家の出身者、
あるいは飛び抜けた魔力評価を受けた者たちだった。
教室に集まった彼らの間には、
すでに独特の空気があった。
互いを品定めするような緊張と、
選ばれた者同士が共有する
優越感の混じり合った空気だった。
ルークは窓際の席に座った。
他の生徒たちがルークを見た。
視線の質を読めば、一人一人の内側がある程度わかった。
純粋な好奇心の者、警戒している者、軽蔑している者、
無関心を装いながら観察している者。
試験の結果が伝わっているのか、
軽蔑の割合は昨日より減っていた。
しかしまだ、魔力「微量」というカテゴリが
ルークに貼り付いていた。
ルークはそれを特に気にしなかった。
しばらくして、扉が開いた。
グレイ・サンダーズが入ってきた。
五十歳手前の男だった。
長身で、背が真っ直ぐだった。
白髪が混じり始めた髪を後ろに流し、
学院の礼服を完璧に着こなしていた。
顔の彫りが深く、目元に知性の鋭さがあった。
歩き方に無駄がなかった。
部屋に入った瞬間、空気が変わった。
それほどの存在感があった。
生徒たちが一斉に背筋を伸ばした。
グレイは教卓の前に立ち、生徒たちを一人ずつ眺めた。
値踏みするような目だった。
品評会の審査員が出品物を見る目に、少し似ていた。
それからゆっくりと口を開いた。
「魔力量が全てだ」
最初の言葉がそれだった。
挨拶もなく、自己紹介もなく、
開口一番に断言した。
「魔法使いとして何かを成し遂げたいなら、
魔力量以外の要素は全て補助に過ぎない。
精度が高い?技術が巧みだ?戦術が優れている?
魔力量が上回る相手の前では、
全てが小手先のお遊びになる。歴史を見ろ。
天の称号を持つ者たちは、
例外なく桁違いの魔力を持っていた。
それが事実だ」
声に力があった。
確信に満ちていた。
長年それを信じて指導してきた者の声だった。
生徒たちは黙って聞いていた。
否定できる者がいなかった。
「この授業では、魔力量の増加を基本方針とする。
現在の自分の器を広げることが第一目標だ。
技術はその後についてくる。
器が小さければ、どれだけ技術を磨いても
溢れ出ることはない。
逆に器が大きければ、技術は自然と伸びる」
理論の筋は通っていた。
魔力量の重要性は、
この世界においては否定しがたい事実だった。
しかし。
「ただし」
グレイの目が、教室の端へ動いた。
「前提として、ここに来る資格のある者に限る」
視線が止まった。
ルークのところで。
「入学試験の結果に、私は今朝、目を通した。
魔力評価が微量の者がいる。
愛玩動物と同程度の魔力しか持たない者が、
なぜこの教室にいるのか、私には理解できない」
声は穏やかだった。
怒っているわけではない。
事実を述べているような口調だった。
それがかえって、
言葉に冷たい刃の重さを与えていた。
他の生徒たちが動いた。
ルークから目を逸らす者、正面から見る者、
微妙に表情を変える者、様々だった。
「授業を続けよう」
グレイはそれだけ言って、視線を前に戻した。
教卓の前に立ち、この半期で扱う内容を説明し始めた。
魔力量の測定方法、増加の理論、実技での検証方法
——内容は体系的だった。
準備されていた。
大魔法使いとして積み上げてきたものが、
説明の構造に現れていた。
ルークは聞いていた。
内容について言えば、有益な部分はあった。
この世界の魔法理論は、
ルークがまだ完全には把握していない体系を持っている。
それを整理する意味では、聞く価値があった。
しかし、グレイという人間については、
別の観察をしていた。
説明の途中、グレイが時折ルークを見た。
それは授業の内容とは無関係な視線だった。
この生徒をどう処理するか、考えている目だった。
長い説明が終わった。
「では、諸君に一つ伝えておく」
グレイは生徒たちを見渡した。
「私の授業は厳しい。
それは覚悟しておくように。
ただし、真剣に取り組む者には、私も真剣に応える。
努力した者が報われる場所でありたいと思っている」
美しい言葉だった。
言葉だけ聞けば、理想的な教師像だった。
グレイはそこで一度、間を置いた。
その間の取り方が巧みだった。
生徒たちに言葉が浸透する時間を計算していた。
それからグレイの目が、再びルークに向いた。
今度は違った。
視線に、何かが加わっていた。
肉眼では見えない何かが、
グレイの目からルークに向かって放たれた。
魔法だった。
威圧の魔法だった。
直接的な攻撃ではない。相手の精神に圧力をかけ、
恐怖や萎縮を引き起こす類の魔法だった。
グレイが授業の場で生徒に対してこれを使ったのは、
おそらく初めてではなかった。
使っても誰も気づかない。
気づいたとしても、確認する手段がない。
ただ生徒が急に萎縮したり、
教室を出たくなったりする。
それをグレイは「その生徒の本質が出た」
と解釈してきた。
威圧の波が、ルークに向かった。
ルークの内側で、何かがそれを受け取った。
バリアだった。
ゴールが魔法障壁だと思い込んでいたそれは、
魔法障壁とは根本的に異なるものだった。
魔法障壁は魔力によって構築された防御膜だ。
相手の魔法を弾く、あるいは吸収する。
しかし対応できる攻撃の種類に限界があり、
圧倒的な魔力差の前では崩れる。
ルークのバリアは違った。
それはルークの超能力が、
転生という過程を経て自動的に構築したものだった。
悪意を持つ力に対して反応し、
その性質に関係なく無効化する。
魔法であろうと、物理的な攻撃であろうと、
精神に作用する類のものであろうと
——悪意を介して放たれるものは、
全てこのバリアの前で止まった。
そしてバリアには、もう一つの機能があった。
受け取ったものを、送り返すことができた。
グレイの威圧が、ルークに届いた瞬間、
静かに向きを変えた。
送り返す強度は、ルークが決める。
原形のまま返せば、
グレイの意識を刈り取ることも可能だった。
しかしそれは今は必要ない。
ルークは強度を大きく落とした。
かなり落とした。
グレイが放ったものの、
おそらく五分の一か、それ以下か。
それでも。
グレイの体が揺れた。
教卓を両手で掴んだ。
掴まなければ倒れていた。
何が起きたかを、グレイは理解しようとしていた。
理解できなかった。
自分が放ったものが何らかの形で
戻ってきたことはわかった。
しかし仕組みが分からなかった。
膝が、笑っていた。
生徒たちは気づいていた。
教師が何かに反応して体勢を崩した。
何があったかはわからない。
しかし、この教室で最も力のある人間が、
一瞬、揺らいだ。
グレイは数秒かけて体勢を整えた。
顔色が変わっていた。
ルークを見た。
ルークは窓の外を見ていた。
王都の屋根が続いていた。
青い空があった。
グレイは何も言わなかった。
しかし、その沈黙の質が、
先ほどまでとは違っていた。
---
### 三
「魔法実習を行う。全員、校庭に出るように」
グレイは声を整えて言った。
生徒たちが席を立ち始めた。ルークも立ち上がった。
廊下に出る瞬間、ルークはグレイの横を通り過ぎた。
二人の間に言葉はなかった。
しかし一瞬、グレイの目がルークを見た。
その目の中に、
大魔法使いが初めて持つことになった感情があった。
計算ではなかった。
準備されたものでもなかった。
警戒だった。
ルークは廊下を歩きながら考えた。
グレイ・サンダーズという人間が
どういう構造を持っているか、
最初の授業でかなりのことが見えた。
才能がある。
経験がある。
体系的な知識がある。
しかし同時に、自分の基準から外れた存在を
許容できない。
それは彼が長年培ってきた世界観の問題だった。
魔力が全て。
その前提が崩れることを、この男は受け入れられない。
そしてルークは、その前提を根本から覆す存在だった。
これからどうなるか、いくつかの可能性が見えた。
グレイがルークを認められない限り、
この男はルークをAクラスから排除しようとするだろう。
学院側も、その方向を望んでいる。
魔力「微量」がトップ合格した事実を、
学院が隠蔽しようとしていることは、
いくつかの間接的な証拠から既に推測していた。
成績の掲示における処理の仕方、
試験官たちの対応の微妙な歪み
——小さな事実が積み重なっていた。
問題は、ルークがここで学べることが
どのくらいあるか、だった。
校庭に向かう石の廊下を歩きながら、
ルークは窓の外を見た。
学院の庭が見えた。
手入れの行き届いた木々が並んでいた。
その向こうに王都の街並みが続いていた。
悪くない場所だと、ルークは思った。
何が起きるかは、まだわからない。
しかしそれは、今に始まったことではなかった。
階段を下り、校庭に続く扉の前に来た時、
ルークは少し立ち止まった。
後ろで、グレイ・サンダーズの足音が続いていた。