監視社会というと
すぐにディストピアという人がいますが
そう思う人は良い心よりも悪い心の比率が
大きいのだと思います
後ろめたい事がなく真面目で
正直に生きている人にしたら
むしろ監視社会は安全で安心のできる社会です
自由は人に迷惑のかからない場所や
自宅で謳歌すればいいのであって
公共の場では常に自重すべきだと思います
公共の場での自由の謳歌は
他人の迷惑でしかありませんからね
# 監視社会の代償
## 第一章:救われた命と報われる善意
窓の外から聞こえる機械音で目が覚めた。
監視ドローンが朝の巡回を始める音だ。
スマホの画面には、
今日も思想審査試験の通知が表示されている。
「お母さん、今日も試験があるの?」
七歳の娘、美咲が不安そうに尋ねる。
私は弁護士だ。
いや、正確には「弁護士だった」人間だ。
法改正から三年。この国は劇的に変わった。
政府の発表によれば、
犯罪件数は改正前と比べて42%減少した。
街頭犯罪は63%減。
未成年による犯罪は57%減。
数字だけ見れば、この法改正は大成功だった。
「悪いことをしなければ、何も怖くないのよ。
正直に生きていれば、ちゃんと報われるの」
私は娘にそう言い聞かせる。
統計上、彼女が犯罪に巻き込まれる確率は、
三年前の半分以下になった。
美咲は安心したように笑う。
三年前なら、この通学路で月に二、三件は窃盗や
痴漢の被害があった。
今はほとんどない。
娘を送り出しながら、
向かいの山田さんと目が合う。
「おはようございます。
本当に安全になりましたね」
山田さんは心からの笑顔で言った。
彼女の娘さんは二年前、ひったくりに遭いかけたが、
犯人が監視カメラに気づいて逃げた。
未遂で終わった。
「ええ。改正前なら、
きっと被害に遭っていましたね。
それに、山田さんのご主人、昇進されたそうで」
「ええ! 真面目に働いてきたことが、
ようやく認められて」
山田さんの夫は、
改正前は上司の不正経理を内部告発して、
逆に左遷された。
しかし法改正後、
監視システムにより上司の不正が完全に暴かれ、
上司は逮捕。
山田さんの夫は名誉回復し、部長に昇進した。
「正直者が馬鹿を見る時代は終わったんですね」
山田さんの言葉に、私も頷いた。
数字の裏には、救われた人々がいる。
そして、報われた善良な人々がいる。
それは紛れもない事実だ。
## 第二章:消えない犯罪
法廷には三台のAIモニターが設置されている。
互いを監視し合い、中立性を保つシステムだ。
今日の被告人リストを見る。
殺人事件が一件、傷害致死が二件、窃盗が五件。
「まだこんなにあるのか...」
若手の検察官が呟いた。
彼の言う通りだ。確かに犯罪は減った。
しかし、ゼロにはならない。
殺人事件の被告は四十二歳の男だった。
妻を殺害した。
動機は「もう耐えられなかった」。
彼は知っていた。
殺人は死刑だと。それでも殺した。
「被告人に死刑を言い渡します」
判決が下る。男は何も言わなかった。
ただ、虚ろな目で天井を見つめていた。
厳罰化は、計画的な犯罪を大きく減らした。
損得勘定ができる人間は、
割に合わないと判断して犯罪を避ける。
だが、損得を超えた感情で動く人間は、
今日も犯罪を犯す。
控室に戻ると、
同僚の木村が統計資料を広げていた。
「見てくれ。窃盗は78%減少。詐欺は81%減。
でも殺人は32%減に留まってる」
計画性の高い財産犯は激減した。
しかし、衝動的な暴力犯罪は、
思ったほど減っていない。
「それでも、詐欺の81%減は驚異的です」
木村が別の資料を開く。
「改正前、投資詐欺や振り込め詐欺で、
年間数千億円の被害がありました。
高齢者を狙った悪質な詐欺師たちが、
法の抜け道を探して巧妙に犯罪を繰り返していた」
「今は?」
「監視システムが全ての金融取引を追跡します。
不審な動きがあれば即座に検知され、
犯人は数時間で特定される。
もう逃げ場はありません」
実際、改正後の逮捕率は劇的に上昇した。
改正前の検挙率:窃盗32%、詐欺18%、暴行56%
改正後の検挙率:窃盗89%、詐欺91%、暴行94%
「隠れて悪いことをしていた連中が、
次々と炙り出されています」
木村の言葉通り、改正直後の半年間で、
長年の未解決事件が大量に解決された。
ある税理士は十年間、
顧客の税金を着服し続けていた。
監視システムが全ての取引記録を分析し、
三日で犯行が発覚。逮捕された。
ある不動産業者は、違法建築を繰り返し、
検査をごまかしていた。
ドローンの建物スキャンにより、
すべての違法建築が明るみに出た。
ある会社経営者は、従業員への賃金未払いを続け、
労働基準監督署の立ち入り検査の日だけ
記録を改ざんしていた。
AIシステムが全従業員の勤務記録と
給与支払いを照合し、不正が即座に発覚した。
「法の抜け道を探していた人間たちが、
もう隠れる場所がないんだ」
木村が言った。
「結局、
人を殺すような状況に追い込まれた人間には、
刑罰なんて関係ない。
でも、計算ずくで悪いことをしていた連中は、
完全に排除されつつある」
## 第三章:炙り出される悪と報われる善
月例報告会で、
警察庁長官が驚くべきデータを公開した。
「表面上の犯罪件数は確かに減少しています。
しかし、未遂で終わった事案、
被害届が出されなかった事案を含めると、
実質的な犯罪行為は25%減に留まります」
会場がざわめく。
しかし、長官は続けた。
「それでも、この25%減は極めて重要です。
昨年だけで、推定三万七千人が
犯罪被害から救われました」
スクリーンに映し出される数字。
窃盗被害を免れた人:12,400人
暴行被害を免れた人:8,900人
詐欺被害を免れた人:11,200人
性犯罪被害を免れた人:4,500人
「三万七千の人生が守られたのです」
そして長官は、別のスライドを表示した。
「さらに重要なのは、
これまで隠れていた犯罪者の検挙です」
改正後三年間の検挙実績:
- 長期間の横領・着服事犯:8,920件
- 組織的詐欺グループ:340組織
- 違法営業・脱税:12,400件
- 労働法違反(賃金未払い等):15,600件
- 隠蔽されていた性犯罪:2,100件
「これらは、改正前なら発覚しなかった、
あるいは証拠不十分で立件できなかった事案です。
監視システムにより、すべてが明るみに出ました」
長官の声に力がこもる。
「法の抜け道を探し、
巧妙に犯罪を重ねてきた者たちに、
もはや逃げ場はありません。
一つの不正も、一つの嘘も、
システムは見逃しません」
会場から拍手が起こる。
「そして、これにより正直に生きてきた人々が、
ようやく報われる社会になりつつあります」
長官はさらに別のデータを表示した。
不正が暴かれた結果の社会的効果:
- 内部告発者の名誉回復・昇進:1,240件
- 不当解雇の是正:3,670件
- 未払い賃金の支払い:総額487億円
- 詐欺被害者への賠償:総額1,250億円
「真面目に働いてきた人々が、
不正を働いていた上司に代わって昇進しています。
パワハラで退職させられた人々が、
証拠によって名誉を回復し、賠償を受けています。
正直者が馬鹿を見る時代は、終わりました」
私は資料を見つめる。確かに、これは事実だ。
休憩時間、
被害者支援団体の代表が私に話しかけてきた。
「先生、私たちの活動も大きく変わりました。
三年前は月に百件以上の相談がありましたが、
今は三十件程度です」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
「七十人の被害者が、生まれなかったんです。
七十人がトラウマに苦しまずに済んでいるんです」
私は何も言えなかった。
彼女の言葉は、真実だ。
犯罪が減れば、被害者も減る。
当たり前のことだが、それは何よりも尊い。
「もちろん、完璧な社会ではありません。
でも、私たちが支援する被害者が減ったことは、
心から嬉しいんです」
彼女は続けた。
「それに、これまで泣き寝入りするしかなかった
被害者たちが、ようやく救われています。
監視記録が証拠になって、加害者が逮捕される。
正義が実現されるんです」
彼女は微笑んだ。
複雑な、しかし確かな喜びの表情だった。
さらに深刻な問題もあった。
家庭内暴力の通報件数が激減している。
被害者が通報を躊躇するようになったのだ。
なぜなら、配偶者が逮捕されれば、
自分も「教育責任罪」で罰せられる可能性があるから。
子供の喧嘩も、親が必死に隠蔽する。
表面上の数字は改善した。
だが、闇に沈んだ犯罪が増えている。
## 第四章:それでも犯す人々
深夜、緊急呼び出しがあった。
十六歳の少年が、コンビニ強盗を犯したという。
取調室で少年と向き合う。
痩せこけた体。くぼんだ目。
「なぜやったんだ?強盗は最低でも
懲役十五年だと知っていただろう?」
「知ってました」
少年は淡々と答えた。
「でも、弟が死にそうで。
お金が必要で。どうしようもなくて」
彼の家は貧困家庭だった。
母親は病気で働けない。
弟は重い病気で治療費が必要だった。
少年は三つのバイトを掛け持ちしていたが、
それでも足りなかった。
「生活保護は?」
「申請しました。
でも、母が過去に軽犯罪を犯してて、
監視対象者には支給できないって」
法改正後、
前科者とその家族への社会保障は大幅に削減された。
「犯罪者を甘やかすな」という世論を受けて。
少年は知っていた。
捕まれば人生が終わることを。
それでも、弟を見殺しにはできなかった。
「弟は...助かりますか?」
「いや、お前が逮捕されたことで、
お前の母親にも教育責任罪が適用される。
家族全員、医療費の支払い能力を失う」
少年は何も言わなかった。
ただ、涙を流した。
これが現実だ。
厳罰化は確かに犯罪を減らした。
しかし、追い詰められた人間は、
刑罰を恐れる余裕すらない。
## 第五章:統計の裏側
ある日、匿名の内部告発文書が送られてきた。
「犯罪件数42%減少」
という政府発表の裏には、
巧妙な統計操作があった。
軽微な犯罪の多くが「訓戒処分」に変更され、
犯罪統計から除外されている。
痴漢、軽度の暴行、器物損壊。
これらは「犯罪」ではなく
「違反行為」として別カウントされるようになった。
また、未遂事件の多くは記録されない。
監視カメラが万引きを未然に防いでも、
それは「犯罪ゼロ」としてカウントされる。
実際には、
万引きしようとした人間がいたにもかかわらず。
さらに、前述の通り、
被害届が出されない事件が激増している。
「本当の犯罪減少率は、
おそらく15%から20%程度でしょう」
統計学者の友人が分析してくれた。
「それでも減ったことは確かです。
しかし、政府の言う42%は誇張です」
そして最も重要な事実。
「犯罪の種類が変わっただけで、
人間の本質は変わっていません」
計画的な犯罪は大幅に減った。
リスクとリターンを計算できる人間は、
犯罪を避ける。
しかし、衝動犯罪、情動犯罪、
絶望的な状況での犯罪は、ほとんど減っていない。
今も、毎日誰かが人を殺す。
毎日誰かが盗みを働く。
毎日誰かが暴力を振るう。
数は減った。でも、ゼロにはならない。
## 第六章:AI裁判官の記録
ある日、私はAIシステムの
保守担当者と話す機会があった。
「AIは学習しています。
膨大な判例を分析し、
最適な判決を導き出します」
「犯罪を防ぐことはできるのか?」
「それは不可能です」
彼は即答した。
「AIが分析した結果、
人間が犯罪を犯す理由は三つに大別されます。
一つは合理的判断。
利益が罰を上回ると判断した場合。
二つ目は衝動。理性を失った瞬間の行動。
三つ目は絶望。失うものが何もない状況」
「厳罰化は?」
「一つ目には極めて有効です。
合理的な人間は、厳罰を恐れて犯罪を避けます。
しかし、二つ目と三つ目には、
ほとんど効果がありません」
AIの結論は明確だった。
「犯罪をゼロにすることは、
現在の人間社会では不可能です。
人間である限り、感情があり、間違いを犯し、
絶望することがあります」
## 第七章:終わらない物語
三年が経ち、法改正の「成功」が祝われた。
式典で法務大臣が演説する。
「犯罪は大幅に減少しました。
我々の方針は正しかったのです」
拍手が起こる。
しかし、その夜。
十四歳の少女が父親を刺殺した。
日常的な虐待に耐えかねて。
彼女は死刑こそ免れたが、
懲役二十年の判決を受けることになる。
四十五歳の男が元妻を殺害した。
離婚後の養育費トラブルで。
彼は死刑判決を受けた。
十九歳の青年が強盗致傷で逮捕された。
奨学金が返せず、家族に迷惑をかけたくなくて。
犯罪は減った。確かに減った。
でも、今日も誰かが罪を犯す。
法廷に立つ彼らの目を見る。
恐怖、絶望、後悔。
しかし、時には諦めや、歪んだ決意すら見える。
「厳罰化しても、犯罪は無くならないんですね」
若手弁護士が呟いた。
「ああ。人間がいる限り、犯罪はなくならない」
私は答えた。
「でも、減らすことはできる。それが限界だ」
## エピローグ:光と影、そして正義の実現
統計上、犯罪は減った。
街は以前より安全になった。
子供たちが夜道を歩く姿も増えた。
ある日、公園で老夫婦が話しているのを聞いた。
「三年前は、この公園で強盗事件があったんだよ」
「今は安心して散歩できるね。
それに、孫の学校も良くなったらしい」
「ああ、あの校長が逮捕されたからな。
給食費を着服していたなんて」
「監視システムがなければ、
ずっと隠れていたでしょうね」
彼らは笑顔だった。
コンビニの店長も言っていた。
「万引きが本当に減りました。
改正前は毎日のように被害があったんです。
それも、組織的な窃盗団が法の抜け道を使って、
何度も何度も...商品を諦めて、
廃業も考えていました」
店長の表情が明るくなる。
「でも今は、監視カメラとAI分析で、
不審な行動をする人間は
入店した瞬間に検知されます。
窃盗団のメンバーは顔認証で即座に特定され、
警察に通報される。
もう、彼らは入ってくることすらできません」
駅前の居酒屋で、サラリーマンたちが話していた。
「うちの部長、逮捕されたんだってよ」
「ああ、取引先からのキックバックを
受け取ってたやつだろ。
十年以上やってたらしいな」
「監視システムがなければ、絶対にバレなかった。
証拠を隠すのが上手かったから」
「で、内部告発してた田中さんが
部長に昇進したんだって。
正直者が報われる時代になったな」
救われた人々が、確実にいる。
被害を受けずに済んだ人々が、確実にいる。
そして、
正直に生きてきた人々が、ようやく報われている。
三万七千人。
これは統計上の数字だが、一人一人に人生がある。
トラウマを負わずに済んだ人生。
財産を失わずに済んだ人生。
命を奪われずに済んだ人生。
さらに、
真面目に働いてきたのに不正をする上司の下で
苦しんでいた人々。
内部告発したのに左遷された人々。
理不尽な解雇をされた人々。
彼らが、証拠によって名誉を回復し、
正当な地位を得ている。
それは、喜ぶべきことだ。
心から、喜ぶべきことだ。
私の友人の弁護士、佐藤も言っていた。
「改正前は、証拠不足で
立件できない事件がたくさんあった。
被害者は泣き寝入り。
加害者は法の抜け道を探して逃げ続ける。
でも今は違う」
彼は満足そうに頷いた。
「監視記録がすべてを証明する。
どんなに巧妙に隠しても
、AIが分析して真実を明らかにする。
正義が実現される確率が、劇的に上がったんだ」
しかし。
毎日、法廷には被告人が立つ。
毎日、誰かが泣く。毎日、人生が壊れる。
数は減った。でも、ゼロにはならない。
なぜなら、人間は完璧ではないから。
感情に流される。絶望する。間違いを犯す。
法律は行動を縛れても、
心を変えることはできない。
厳罰は抑止力にはなっても、
人間性を書き換えることはできない。
深夜、また事件の一報が入る。
傷害致死。被告人は二十三歳の女性。
私はため息をつき、資料を手に取る。
しかし、その前に、今日の統計を見る。
「本日の犯罪発生件数:7件(前年同日:18件)」
十一人が、被害を免れた。
十一の人生が、守られた。
「隠れていた犯罪の検挙件数:
本日3件(改正前平均:0.2件/日)」
法の抜け道を探していた者たちが、炙り出された。
正直者が、報われた。
それは、確かに価値がある。
明日も、法廷は開かれる。
犯罪は減った。
多くの人が救われた。
悪人は隠れられなくなった。
善人が報われるようになった。
でも、終わらない。
それが、人間社会の現実だ。
光と影。
救われた命と、失われた命。
炙り出された悪と、報われた善。
快適で安全な街と、それでも消えない人間の闇。
その両方を見つめながら、私たちは歩み続ける。
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*犯罪統計・改正三年後*
- *全体犯罪件数:42%減(実質15-20%減)*
- *窃盗:78%減*
- *詐欺:81%減*
- *殺人:32%減*
- *傷害:44%減*
- *被害を免れた推定人数:年間37,000人*
- *改正後に検挙された隠れていた犯罪:39,140件*
- *検挙率:改正前平均35% → 改正後91%*
- *正義が実現された事案
(名誉回復・賠償等):8,580件*
*数字は改善した。多くの人が救われた。*
*隠れていた悪人が炙り出された。
正直者が報われるようになった。*
*街は安全で快適になった。*
*しかし、今日も誰かが罪を犯す。*
*それが人間だから。*
*救われた命を喜び、失われた命を悼む。*
*報われた善を讃え、炙り出された悪を裁く。*
*それが、私たちにできることだ。*