世の中 ズルをする人が多いのに
全く罰せられないから
そっちの方が得だと
自分もズルをしないと損だ
そう思う人も増えて来ていると思います
ズルは悪い事
これを徹底する事が
必要な段階に来てしまったのでは?と思います
# 予約キャンセル
朝のバスターミナルは、
いつもと変わらない喧騒に包まれていた。
田中は二枚の予約券を握りしめ、深呼吸した。
隣に人が座ると落ち着かない。
それだけの理由で、
彼は二席分の予約を取っていた。
「問題ない。
乗ってから一席キャンセルすればいい」
心の中でそう繰り返しながら、
田中はバスに乗り込んだ。
こうやって、ちょっとした嘘やごまかしで
切り抜けるのは、彼にとって日常だった。
小学生の頃からずっとそうだ。
雨が降れば、傘立てから適当な傘を拝借する。
宿題を忘れれば、朝早く登校して
クラスメイトの答えを写す。
体操着を忘れた日は、隣のクラスの
大人しそうな子を脅して借りる。
「貸してくれないと、
お前が俺の財布盗んだって先生に言うぞ」
——そんな言葉で、何度も他人を利用してきた。
中学でも高校でも、そして社会人になっても、
田中のやり方は変わらなかった。
会社の会議資料は同僚のものをコピーして
自分の名前をつける。
取引先との約束をすっぽかしても、
「部下が日程を間違えて伝えた」と責任転嫁する。
飲み会の予約をドタキャンしても、
「急な仕事が入った」と嘘をつく。
誰かが困っても、自分さえ楽ならいい。
それが田中の生き方だった。
席に着くと、すぐに車内係員を呼んだ。
「すみません、
友人が急に来られなくなったので、
この席をキャンセルしたいんですが」
いつもの嘘。
いつものように、すんなり通ると思っていた。
係員は端末を操作しながら、
穏やかな表情で尋ねた。
「承知いたしました。
では、そのご友人様に
連絡を取っていただけますか?」
「え?」
「ご友人様が来られなくなった理由を、
ご本人から確認させていただく必要がございます」
田中の背中に冷たい汗が流れた。
友人などいない。
いるわけがない。
「そんな説明の必要があるのかよ!」
声を荒立てた田中に、
係員は変わらず丁寧な口調で答えた。
「法改正により必要になりました。
予約制度適正化法第三条に基づく確認でございます」
その瞬間、数名の警備員が近づいてきた。
田中を取り囲むような形で立つ彼らの表情は、
硬く真剣だった。
「ちょっと待てよ、俺は何も悪いことを——」
田中の言葉は、
バスターミナルに入ってきた警察官の姿で途切れた。
三人の警官が真っ直ぐこちらに向かってくる。
係員が警官に状況を説明すると、
一人の警官が端末を操作し始めた。
そして顔を上げると、田中を見据えた。
「田中浩二さん、あなたは二週間前、
『和食処 さくら』での予約を
当日キャンセルした件で指名手配されています。
予約制度適正化法違反
および公共秩序維持法違反の容疑で逮捕します」
冷たい金属の感触が手首に伝わった。
手錠だ。
「待ってくれ!
たかが飲食店の予約じゃないか!」
田中は必死で抗弁した。
だが、心のどこかで分かっていた。
自分がこれまで積み重ねてきた
小さな嘘と裏切りの数々。
それらが、ついに自分の首を絞めようとしている。
「『たかが』ではありません」
警官は静かに言った。
「三年前の法改正をご存じないはずはない。
予約の無断キャンセルは、
営業妨害罪として懲役三年以下の刑に処されます」
警官が端末を操作すると、
田中の過去の記録が次々と表示された。
「二週間前の飲食店キャンセル。
一ヶ月前の映画館の予約無断キャンセル。
三ヶ月前のホテル予約の直前キャンセル。
さらに遡れば、会社での勤怠不正、
取引先への虚偽報告……全て記録されています」
連行される田中の耳に、
周囲の乗客たちの声が聞こえてきた。
「また逮捕者か」
「当然よ。
ルールを守らない人は厳罰に処されるべきだわ」
「正直者が報われる時代になって良かった」
パトカーの中で、田中は窓の外を見つめた。
街中に掲げられた巨大なスクリーンには、
今日執行された死刑囚のリストが流れている。
万引き累犯者、交通違反常習者、
そして予約無断キャンセル三回目の男。
「以前なら考えられなかったことだ」
助手席の警官が言った。
「でも、社会の秩序を守るためには必要なんだ。
一部の人間は息苦しいと批判するが、
それは今まで好き勝手やってきた連中だけさ」
田中は何も言えなかった。
小学生の頃から、ずっと他人を利用し、
嘘をつき、ごまかして生きてきた。
それが当たり前だと思っていた。
少しくらいズルをしても、
誰も本気で罰したりしない。
そう高を括っていた。
だが、世界は変わった。
そして自分は、変われなかった。
警官は続けた。
「皆が普通に暮らしていくには、
ある程度の制限が必要だ。
公共の場で自由を謳歌するなんて、
他者の迷惑でしかない。
正直者が馬鹿を見る時代は終わったんだ。
ズルをすることができない社会になった。
君もそう思うだろう?」
田中の脳裏に、様々な顔が浮かんだ。
雨の日に傘を盗まれた同級生。
宿題を写されたクラスメイト。
脅されて体操着を貸した下級生。
自分の成果を横取りされた同僚たち。
彼らは今、どこかでこのニュースを見て、
何を思うだろうか。
パトカーは警察署に向かって走り続けた。
窓の外では、人々が整然と列を作り、
誰一人として列を乱す者はいない。
完璧に秩序立てられた街。
田中は目を閉じた。
二席分の予約。
ただそれだけのことから、
彼の人生は大きく狂い始めていた。
いや、違う。
狂い始めたのは今日ではない。
小学生の頃から、ずっと狂っていたのだ。
ただ、そのツケを払う日が、
ついに来てしまっただけだった。