の続きです
# 異能の転生者
## 第三十六章 王城
### 一
王城の主門は、
王国の権威を体現するような造りだった。
高さ十メートルを超える鉄と石の複合構造。
王家の紋章が両扉の中央に金で刻まれていた。
昼間であれば、その威容に圧倒される者も多いだろう。
夜の闇の中でも、松明の光に照らされたその門は、
近づく者に王国の力を無言で示していた。
門番が四名、左右に二名ずつ立っていた。
夜番の彼らは、静かな夜の続きを予想していた。
光の矢が現れたのは、突然だった。
音もなく、予兆もなく、
数十本の光の矢が夜の空気を裂いた。
門番たちの足元を、耳元を、肩の横を、
髪の毛一本の差で掠めた。
当たらなかった。
しかし、当たらないことが、
かえって恐怖を増幅させた。
狙えば当たる。しかし当てていない。
その事実が意味することを、
門番たちの本能が理解した。
「離れろ!」
一人が叫んだ。
四人が主門から飛び退いた。
石畳の上を転がるように距離を取った。
次の瞬間、単一の巨大な光の矢が、夜空を裂いた。
先ほどの数十本とは、規模が違った。
太さが人間の胴体ほどある光の柱だった。
それが音速を遥かに超えた速度で主門に向かった。
接触した瞬間、主門は存在しなくなった。
爆発ではなかった。
衝撃波もなかった。
鉄も石も、王家の紋章も、全てが一瞬で霧散した。
高さ十メートルの巨大な門が、跡形もなく消えた。
門があった場所に、ただ夜の空気だけが残った。
城内から声が上がった。
足音が増えた。
騎士たちが走ってきた。
数十人が、開いた穴に向かって殺到してきた。
松明を持つ者、剣を抜いた者、
魔法の準備をしている者
——それぞれが戦闘態勢を取りながら、
主門があった場所に集まった。
ルークは彼らを見た。
この騎士たちを傷つける必要はなかった。
命令に従って動いているだけだ。
フリーダの父を死に追いやった連鎖とは、
直接の関係がない。
ルークは空間操作を展開した。
騎士たちを囲む空間が、切り取られた。
数十人の騎士たちと、
彼らが立っている地面の一部が、
そのまま別の場所に移動した。
王都の郊外、人気のない草原だった。
城内から城外へ、一瞬だった。
騎士たちは自分たちが突然、
草原の上に立っていることに気づいた。
混乱の声が上がった。
しかし彼らが状況を把握する頃には、
ルークは既に次に動いていた。
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### 二
王城の四隅に、見張りのための円塔が立っていた。
それぞれが高さ三十メートルを超える
石造りの構造物だった。
内部に螺旋階段があり、最上部に見張り台がある。
王城の防衛において、重要な役割を担っていた。
四つの塔が、同時に消えた。
音はなかった。
ただ、あった場所に、何もなくなった。
石材を構成する分子の結合が解かれ、
それぞれの原子が大気に散った。
三十メートルの塔が、霧のように消えた。
城内から、また叫び声が上がった。
次に城壁が消えた。
王城を囲む三重の防御城壁だった。
最も外側の壁から順番に、内側へ向かって、
三つの壁が連続して消えた。
一つ目が消えてから次が消えるまで、
一秒もかからなかった。
三重の防壁が全て消えた後、
王城の本体が剥き出しになった。
これまで城壁に守られていた建物が、
夜の空気の中にそのまま立っていた。
塔が消え、壁が消え、
主門が消えた王城は、
巨大な石造りの建物だけになっていた。
王城が、みるみる丸裸にされていく。
それを見ていた者たちの間に、
新しい種類の恐怖が広まっていた。
魔法への恐怖ではなかった。
この世界の人間が知っている魔法の範疇を、
既に超えていた。では何への恐怖か。
理解できないものへの恐怖だった。
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## 第三十七章 無効化
### 一
城内から、魔法使いたちが出てきた。
王城に常駐する宮廷魔法士たちだった。
王国の中でも選ばれた者たちで、
それぞれが相応の実力を持っていた。
夜間の緊急事態に対応するための訓練を受けており、
混乱した状況でも術式を構成できる練度があった。
先頭に立った者が、
火魔法の大規模術式を展開し始めた。
術式の構成が始まった瞬間、それは止まった。
術者は感じた。
魔力が、術式の形を取ろうとした瞬間に、
その形が崩れる感覚を。水を器に注ごうとしたら、
器に底がなかったような感覚だった。
もう一度試みた。
また崩れた。
隣にいた別の魔法士が土魔法を試みた。
同じだった。
術式が形になる前に、
何かが介入して、構造を解いていた。
一人また一人と、魔法を試みて、失敗した。
何が起きているかを理解しようとした。
術式のどこに問題があるのか。
魔力の供給に問題があるのか。
結界との干渉か。
しかしどれも、当てはまらなかった。
術式が構成される以前の段階で、
何かが介入していた。
ルークがグレイとの研究で理解したことの一つが、
これだった。
魔法は術式という構造を介して機能する。
術式は魔力を特定のパターンで
組み上げることで生まれる。
そのパターンが完成する前の、
最初の段階に介入すれば、
術式は永遠に完成しない。
魔力そのものを消すわけではない。
術式の構成を、完成する前にキャンセルする。
それを、ルークは同時並行で行っていた。
一人の魔法士が術式を試みる時間は、
速い者で〇・一秒ほどだった。
ルークはその〇・一秒の中の最初の段階、
術式の核となる部分が形成される
〇・〇〇〇一秒の瞬間に介入していた。
一秒間で、
一万人近くの魔法をキャンセルできる計算だった。
目の前にいる宮廷魔法士の数は、
多く見積もっても百人に満たなかった。
魔法士たちは自分たちの状況を理解し始めた。
魔法が使えない。
どれほど試みても、術式が完成しない。
剣を持つ者は剣を構えた。
しかし目の前には、姿が見えなかった。
何もない空間から、攻撃が来ていた。
何もない空間が、城壁を消した。
戦いようがなかった。
魔法士たちの間に、
戦意とは別の何かが広まり始めていた。
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### 三
ルークは王城の中を進んだ。
隠蔽を維持したまま、廊下を歩いた。
内部の構造は、遠隔探査で既に把握していた。
第一王子の居室は東棟の最上階にあった。
廊下は混乱していた。
走り回る騎士、状況を把握しようとする文官、
叫び声と足音が交錯していた。
ルークはその全てをすり抜けた。
誰も気づかなかった。
東棟に向かう廊下の角を曲がった時、力が来た。
魔法攻撃だった。
ルークのバリアがそれを受けた。
しかし今夜受けた攻撃の中で、明確に質が違った。
他の宮廷魔法士たちの攻撃は、
バリアに触れる前にキャンセルされていた。
しかしこれは、キャンセルが間に合わなかった。
術式の構成速度が、他の者とは桁が違った。
ルークは攻撃が来た方向を見た。
廊下の向こうに、一人の女性が立っていた。
背が高かった。
自身の身長の倍はあろうかという長杖を、
右手一本で持っていた。
杖の先端に、水属性の魔力が静かに渦を巻いていた。
渦は小さかったが、密度が高かった。
衣装は宮廷魔法士のものではなかった。
青を基調とした外套だった。
その外套に、細かな紋様が刻まれていた。
王国の紋章ではない。
別の、より古い権威を示す紋様だった。
顔は、整っていた。
非常に整っていた。
造形としては完璧に近かった。
切れ長の目、高い鼻梁、水のように静かな目元。
しかしその完璧さが、ルークには何かを感じさせた。
整いすぎていた。
人間の持つ不完全さが、その顔にはなかった。
「もしかして、アクア・ヴォルフィード先輩ですか」
ルークは隠蔽を解いた。
廊下に、ルークの姿が現れた。
女性——アクアは、ルークを見た。
年齢を確認した。
学院の制服を確認した。
それから、
この少年が今夜やったことを思い合わせた。
「先輩、という言い方をするということは」
アクアは言った。
声は水のように透き通っていた。
よく通る高音だった。
「あなたもグレイ教授の教え子ですか」
「そうです」
「グレイ教授が」
アクアは少し間を置いた。
「あなたを教え子にした」
繰り返したのは、確認のためだった。
その前提が成立するかどうかを、アクアは測っていた。
グレイが誰かを教え子にする時の基準を、
アクアは知っていた。
自分自身がその基準を通過してきた。
だからこそ、目の前の少年が
その基準をどう通過したのかが、理解できなかった。
「そうです。ただ」
ルークはアクアを見た。
「あなたとは気が合いそうに思えませんね」
アクアは表情を変えなかった。
「なぜ」
「何せ僕は、魔力量『微量』ですから」
廊下に、沈黙があった。
アクアはルークを見た。
それから周囲を見た。
消えた城壁。
消えた塔。
郊外に転移された騎士たち。
魔法をキャンセルされた宮廷魔法士たち。
それらを行った存在が、
魔力量「微量」と言っている。
頭の中で反射的に言葉が動いた。
ハッタリだ。
グレイ教授がそんな魔力量の者を
教え子にするわけがない。
それに、これだけのことができる者が
魔力「微量」などということが——
「グレイ教授は変わったんですよ」
ルークが言った。
アクアは止まった。
自分の思考に、外から答えが返ってきた。
口に出していなかった。
頭の中だけで動いた言葉に、この少年が答えた。
思考を読まれた。
その理解が来た瞬間、
アクアの中で何かが切り替わった。
この少年は、自分が今まで相対してきた
どの存在とも違う。
その認識が、感情ではなく事実として確定した。
「もう、あなたの知っているグレイ教授とは別人です」
ルークは続けた。
「僕との研究で、彼は変わりました。
魔力量が全てではないということを、
今のグレイ教授は知っています」
アクアは長杖を持ち直した。
感情的な反応ではなかった。
この状況で取れる最善の行動として、戦闘を選択した。
水天の称号を持つ者として、
ここで退くことは選択肢にない。
王城で何が起きているかを把握し、
対処する責任がある。
多重起動を始めた。
一つ、二つ、五つ、十——術式が積み重なっていった。
アクアの多重起動は、
この時代の魔法使いの中で最も高水準にあった。
通常の魔法使いが同時に維持できる術式の数が
五から十であるのに対して、
アクアは安定した状態で
五十の術式を同時に展開できた。
五十の術式が、廊下の空気を変えた。
水属性の魔力が、複数の形を取って渦巻いた。
それぞれが独立した攻撃として機能しながら、
互いに補完し合う構造になっていた。
アクアが在学中にグレイから学んだ、
複合的な魔法運用の真髄だった。
ルークはその五十の術式を見た。
構成の精巧さを確認した。
速度を確認した。
それぞれの術式が持つ出力を確認した。
アクア・ヴォルフィードが
現役最年少で水天になった理由が、
この展開に全て詰まっていた。
術式の速度、密度、相互補完の設計
——全てが、
この時代の魔法使いの頂点に位置していた。
ルークはそれを認めた。
この世界の魔法使いとして、
アクアは到達できる最高点に近い場所にいた。
しかし。
五十という数字は、
ルークの基準で換算すると十桁以上、少なかった。