米海軍の巡航ミサイル潜水艦が異世界転移して

次元潜航艇に変化するお話を作りました

転移したのは宇宙戦艦ヤマト+スタートレックな世界で

スペースオペラちっくな異世界転移モノって感じです

 

 

# 亜空間の彷徨者

北極海の深度四百メートル。
巡航ミサイル潜水艦USSミシガンは静かに航行していた。
オハイオ級弾道ミサイル潜水艦を改修したこの艦は、
百五十四発のトマホーク巡航ミサイルと
特殊部隊を搭載し、
アメリカ海軍の秘密の矛として任務を遂行してきた。

「艦長、異常な磁気変動を探知しました」

ソーナー員の報告に、
艦長のジェームズ・ハリス中佐は眉をひそめた。

「詳細は?」

「不明です。これまで観測したことのない波形で——」

次の瞬間、艦全体が激しく震動した。
照明が明滅し、計器類が狂ったように
数値を乱舞させる。
乗員たちが悲鳴を上げる間もなく、
世界が白く染まった。

---

意識を取り戻したハリス艦長が最初に感じたのは、
重力の違和感だった。
体が妙に軽い。
周囲を見渡すと、艦橋の様子が一変していた。
見慣れた計器盤は光沢のある未知の素材に置き換わり、
スクリーンには三次元の星図が浮かんでいる。

「艦長! 外部映像をご覧ください!」

副長のサラ・チェンの声に導かれ、
メインスクリーンを見る。
そこには漆黒の宇宙空間が広がっていた。
無数の星々、そして遠くに青白く輝く惑星。

「……報告を」

ハリスは努めて冷静に命じた。

混乱の中、各部署からの報告が続々と入った。
機関部からは原子炉が消失し、
代わりに「重力制御装置」なる動力源が
稼働していると報告された。
兵装部は、魚雷がホーミングフェイザータレット、
トマホークが光子魚雷なる兵器に
変化したと伝えてきた。
さらに防御シールド、レプリケーター、
亜空間ソーナーといった、
SFの世界から飛び出してきたような装備が
艦に追加されていた。

「落ち着け、全員」
ハリスは静かに、しかし力強く言った。

「我々は海軍の軍人だ。
どんな状況であろうと、パニックを起こせば終わりだ。
一つずつ状況を把握していく」

百五十余名の乗員たちは、艦長の言葉に従った。
確かに誰もが混乱していたが、
長年の訓練と規律がパニックを防いだ。
潜水艦という閉鎖空間で任務を
遂行してきた彼らには、
危機的状況でも冷静さを保つ能力が染み付いていた。

---

状況確認が続く中、
新たに「亜空間ソーナー」に変化した
探索装置が何かを捉えた。

「艦長、接近する艦艇を探知。
距離三万キロメートル、
速度は——信じられません、
秒速五百キロメートル以上です」

「回避行動を」
ハリスは即座に判断した。

「交戦は避ける。我々の能力も相手の意図も不明だ」

「艦長、潜航は——」

「亜空間潜航だ」
ハリスは新たに理解した概念を口にした。
なぜか、どう操作すればいいのか分かった。
まるで知識が頭の中に直接流れ込んできたかのように。
「探査用プローブを有線ケーブルで展開、
通常空間の監視を継続しろ」

ミシガンの艦体が、次元境界面を滑るように
通過していく。
スクリーンに映る宇宙空間が歪み、色彩が変化し、
やがて奇妙な紫色の空間に包まれた。
亜空間——通常の宇宙空間とは異なる次元層。
ここに潜れば、
通常空間からの探知は極めて困難になる。

「潜航完了。深度、亜空間第三層」

「水測、厳密な索敵を継続しろ」

かつて水中測的員と呼ばれた職種の乗員が、
新しい装置を操作する。
有線ケーブルで繋がったプローブからの
データが流れ込んでくる。

「接近艦艇、一隻のみ。中型、全長約二百メートル。
形状から判断して、長距離警備任務用の
フリゲート艦と思われます」

ハリスは艦橋の椅子に深く腰を下ろし、考えた。
このまま隠れ続けることもできる。
しかし、それでどうなる? 
艦が変容し、長期間の活動は
可能になったかもしれない。
レプリケーターとやらで食料も水も生成できるらしい。
だが、人間は機械ではない。
狭い艦内で延々と過ごせば、
いずれ乗員の精神が持たない。

どこかに上陸する必要がある。
休息、情報、そして

——故郷への帰還方法。

それには友好的な勢力と接触し、
協力を要請しなければならない。
もちろん、最悪の事態も想定しなければならない。
敵対的であれば、即座に亜空間に逃げ込む。

「通信、フリゲート艦に対して
平和的意図を示す信号を送れ。全周波数で」

しばらくして、応答があった。
奇妙な言語

——だが、なぜか意味が理解できた。
ここでも、何らかの翻訳機能が働いているようだった。

長い問答が続いた。
ミシガンの正体、目的、出自。
ハリスは可能な限り正直に答えた。
嘘は長期的な関係を築く上で有害だ。

フリゲート艦の艦長は、最初は疑い深かったが、
やがて好意的になった。
彼らは「星間連合」という組織に所属しており、
最寄りの宇宙要塞

——ステーション・エリシオンに案内すると申し出た。

「宇宙要塞……軍事施設ですか?」

「いや」
通信機から流れる声は穏やかだった。

「エリシオンは人工天体だが、
軍事基地というより居住ステーションに近い。
緑溢れる庭園もあれば、商業区画もある。
人口は約五万だ。君たちはそこで休息し、
我々の上層部と今後について協議できる」

ハリスは肩の力が抜けるのを感じた。
問題の一つが解決した。
少なくとも、乗員たちを休ませる場所が確保できる。

「全艦に通達。我々は友好的な勢力と接触し、
彼らの宇宙要塞に向かう。
各員、礼儀を忘れるな。
我々は今、アメリカ海軍として、
そして地球人類として、
初めての異星接触を行っている」

艦橋に安堵の空気が流れた。
だが、ハリスは知っていた。
これは始まりに過ぎない。
地球への帰還方法、この変容の原因、
そしてこの宇宙における
我々の立ち位置

——解決すべき問題は山積している。

戦争があるのか? 
敵対勢力は? 
経済システムは? 
法律は? 
文化は?

だが、ひとまずは休める。
それだけで十分だった。

ハリスは窓の外、
いや、スクリーンの外に広がる星々を見つめた。
USSミシガンは静かに、
フリゲート艦に先導されながら、
未知の未来へと航行を続けた。

潜水艦は海の静寂の中を進むものだ。
そして今、その海は星々の大洋に変わった。

だが、変わらないものもある。
乗員たちの絆、任務への献身、
そして未知に立ち向かう勇気。

「針路、ステーション・エリシオン」
ハリスは命じた。

「全速前進」

「了解。全速前進」

亜空間の紫色の空間を、
かつて地球の海を守った潜水艦が進んでいく。

---

三時間後、
フリゲート艦との距離は十キロメートルにまで
縮まっていた。
相手の艦長

——名をカイル・ヴォランという
——は通信で、そろそろ通常空間に
浮上してもらえないかと打診してきた。

「亜空間航行は我々も可能だが、
艦隊司令部との通信には通常空間に出る必要がある。
君たちの存在を正式に報告し、
エリシオンでの受け入れ準備を整えたい」

ハリスは副長のチェンと視線を交わした。
彼女は小さく頷いた。

「了解した。浮上準備に入る」

「艦長」
水測員が報告する。

「周辺空域に他の艦艇の反応はありません。
浮上は安全と判断します」

「よし」
ハリスは深呼吸をした。

「全艦、浮上態勢。
プローブ回収、亜空間より通常空間へ浮上する」

有線ケーブルが巻き取られ、
探査プローブが艦内に収容される。
機関部から準備完了の報告が入った。

「浮上、始め」

艦が上昇を始める。
いや、正確には「上」という概念はないのだが、
感覚的にはそう感じられた。
次元境界面が近づいてくる。
スクリーンの紫色の空間が波打ち、歪み、
そして——

世界が反転した。

紫色が消え、漆黒の宇宙が広がった。
無数の星々が瞬き、
遠くに巨大な赤色巨星が燃えている。
そして、すぐ近く
——わずか五キロメートルの距離に、
フリゲート艦の姿があった。

流線型の美しい船体。
白と青の塗装。
船体には見慣れぬ文字で艦名が記されている。
『ヴィジランス』
——警戒、という意味だろうか。

「ミシガン、浮上を確認した。
ようこそ、我々の世界へ」

ヴォランの声が通信機から流れる。

その瞬間、ミシガンの周囲に光が弾けた。
フリゲート艦が色とりどりの信号弾
——いや、ホログラム投射装置のようなものを
展開したのだ。
光の花火が宇宙空間に咲き乱れる。

「これは……」

「歓迎の儀式だ」
ヴォランは笑みを含んだ声で言った。

「未知なる旅人を迎える、我々の伝統でね。
さあ、並走しよう。エリシオンまであと六時間だ」

ハリスは思わず微笑んだ。
艦橋の乗員たちも、
緊張が解けたように安堵の表情を浮かべている。

「了解。並走する」

二隻の艦

——地球の潜水艦と異星のフリゲート艦は、

並んで星々の海を進み始めた。

通常空間に戻ったミシガンのセンサーが、
より広範囲の情報を捉え始める。
遠方に他の艦艇の反応。
宇宙ステーション。
通商路を示す航行ビーコン。
これは孤独な宇宙ではない。
文明があり、秩序があり、
人々が生活している空間だ。

「艦長」
通信士が報告する。

「ステーション・エリシオンから
入港許可の信号です。
ドック三番への誘導を開始するとのこと」

「受領した」

窓の外、いや、スクリーンの外に、
やがて巨大な構造物が姿を現した。
ステーション・エリシオン
——回転する円環状の人工天体。
その内側には、確かに緑が見える。
大気を保持したドーム、建造物の群れ、
そして行き交う小型艇の灯火。

「見ろよ……」
若い乗員が呟く。

「本当に、人が住んでるんだ」

ハリスは頷いた。
これは夢ではない。
我々は本当に、別の世界に来てしまったのだ。

だが、ここには希望がある。
理解してくれる者たちがいる。

ミシガンとヴィジランスは並んで、
ステーション・エリシオンへと針路を取った。

新たな海で、新たな物語が始まろうとしていた。


 

クリスマスも近いので

恋愛話を作ってみました

 

 

「イルミネーションの向こう、春の隣で」

十二月の空気は、胸の奥まで冷やしてくる。
来年には高校を卒業する。
そう思うだけで、期待と不安が同時に湧き上がった。

二年の時、彼女のほうから告白されて付き合い始めた。
ひとつ下の後輩で、ロングヘアの清楚な可愛い子だ。
笑うと少し照れたように目を伏せる癖があって、
それが好きだった。

後輩の彼女は、基本的に素直だった。
嬉しい時は隠さず喜び、寂しい時は強がって笑う。
年下らしい不安定さと、
無理に大人ぶろうとする健気さが同居していた。

放課後、彼女の部活が終わるのを待つのは、
いつの間にか習慣になっていた。
冬の夕暮れは早く、校舎の影が長く伸びていた。
昇降口で待っていると、
ロングヘアを揺らしながら駆け寄って来て
マフラーに顔を埋めながら笑って言った。

「先輩、待たせちゃいました?」

その言葉が嬉しくて、毎回同じ返事をしてしまう。

「今来たとこ」

本当は十分以上前からいて冷えたけど
その言葉で寒さなんてどうでもよくなった。

寒い日は、彼女の方からそっと腕に触れてきた。
「……寒いですね」
そう言いながら、距離を詰めてくる。
触れているだけで安心するくせに、目は合わせない。
その仕草が、可愛くて仕方なかった。

試験前、図書室で並んで勉強した。
集中しているはずなのに、
ふと顔を上げると彼女がこちらを見ていて、
目が合うと慌てて視線を逸らす。

「今、見てたでしょ」

「見てません」

暫くして彼女が小声で囁く。

「先輩、ここ分かりますか?」

分からない問題でも、つい頷いてしまう。
説明しながら距離が近づき、
彼女の甘いシャンプーの香りがする。

「すごいです……」

尊敬するように見上げられて、
胸の奥がくすぐったくなった。

そんな他愛もないやり取りが、やけに楽しかった。

休日には映画を観に行った。
ポップコーンをどちらが持つかで揉めて、
結局半分こになった。
感動的なシーンで彼女が静かに涙を拭うのを見て、
何も言わずにハンカチを差し出すと、
少し驚いた顔で受け取ってくれた。

「ありがとうございます」
その声が、今でも耳に残っている。

初めて手を繋いだのは、雨の日だった。
傘が小さくて、自然と距離が近づいた。
彼女の手は思ったより温かくて、

離すタイミングが分からなかった。

「……離さないんですね」
そう言われて、何も言えずに強く握り返した。

文化祭の日、彼女のクラスの出し物を一緒に回った。
写真を撮ろうとして、彼女が少し背伸びをする。

「先輩、もうちょっと寄ってください」

肩が触れた瞬間、心臓がうるさくなった。

デートの帰り道、別れ際になると彼女は少し黙り込む。
「また、次も会えますよね?」
確認するように聞く声が、いつも小さかった。

ある日、勇気を出したように言われた。

「私、先輩の邪魔になってませんか?」

理由を聞くと、東京に行くことが決まってから、
ずっと考えていたらしい。
自分は足を引っ張る存在じゃないか、
重くなっていないか
――そんな不安を、年下なりに抱えていた。

「私、ちゃんと頑張りますから」

「大学、遠くても……」

その言葉を言い切る前に、彼女は笑った。
泣きそうになるのを、必死でこらえている笑顔だった。

手を繋ぐと、彼女は指を絡めてくる。
少し強く、離れないように。

「先輩の手、好きです」

唐突にそんなことを言われて、何も返せなかった。
ただ、指先に伝わる体温だけが、やけに現実的だった。


卒業後に僕は東京の大学へ進学する。
離れ離れになることは、もう決まっていた。

もし彼女が卒業して東京に来たとしても、
頻繁に会えない期間が最低でも一年は続く。
遠距離恋愛は破綻しやすい。
恋愛を知ってしまうと、離れた寂しさから、
身近な誰かに流されやすくなる
――そんな話を、何度も聞いてきた。

恋愛未経験の頃にはなかった感情だ。
人は上へ行くことには前向きでも、
落ちることには驚くほど臆病になる。

冬は恋人向けのイベントが多い。
彼女がいるという事実だけで、心は浮き立つ。
それでも、「来年には離れる」という不安が、
いつも影のようについて回っていた。

「もうすぐクリスマスなのに、浮かないね?」

そう声をかけてきたのは、幼馴染だった。
スポーツ好きで活発なショートヘアの彼女は、
清楚系の後輩とは正反対だ。
小学生の頃、実は彼女に片想いしていた。
でも、その気持ちは一度も口にしなかった。
今まで自分から告白した事が無い
僕には勇気が足りなかった・・・。

「来年、卒業だしな」

そう答えると、幼馴染は少しだけ真剣な顔をした。

「私は東京の大学に進学するからさ。
遊べる機会、あるかもね」

彼女も春から上京する予定だった。

「最悪、別れる事になるかもなぁ……」

自分でも驚くほど、声が沈んだ。

クリスマスイブの夜――
後輩の彼女と待ち合わせをして、
毎年イルミネーションで賑わう川沿いを目指した。
イルミネーションの下で並んで歩く彼女が、
いつもより明るく振る舞っているのを見て、
嫌でも分かってしまった。
これは、楽しいふりをした別れの前触れなのだ。

川沿いは、息をのむほど綺麗だった。
光に包まれた並木道を、
たくさんのカップルが寄り添って歩いている。
ここでデートをするために、
冬に向けて恋人を探す人がいるという話も、
妙に現実味を帯びて感じられた。

一通り歩いたあと、
混雑を避けるために予約しておいた
駅前のレストランに入る。
二人で食べるクリスマスディナーは、
確かに楽しかった。
笑って、話して、写真も撮った。
幸せな時間だった。

家路に向かう途中、彼女が足を止めた。

「……これで、別れた方がいいんですかね。
楽しい思い出だけ残して……」

胸が、きつく締め付けられた。
彼女だって、こんな言葉を言いたくなかったはずだ。

「私、結構モテるから大丈夫ですよ」

そう言って笑った彼女の目に、光るものが見えた。

「ごめん……」

それしか言えなかった。
別れ際、用意していたプレゼントを渡す。
熊のぬいぐるみだった。
彼女は抱きしめるように受け取って、
小さくうなずいた。

春。
東京のアパートに引っ越した。
荷物を運び込んでいると、
隣の部屋でも引っ越し作業をしている。
同じ大学の学生かな、と思った瞬間、
後ろから肩を叩かれた。

振り返ると、そこにいたのは幼馴染だった。

「何でいるの?」

思わず聞くと、彼女は笑った。

「同じ大学だからだよ。これからもよろしくね」

その笑顔を見たとき、
胸の奥に、少しだけあたたかいものが灯った。
失う不安に怯えるだけじゃなくて、
今度は勇気を出して自分から一歩踏み出してみよう。

春の光の中で、僕はそう決めた。

 

海外ドラマを見ていると

やたら超自然現象やら

悪魔やら天使やらの話が多いので

自分も悪魔絡みのお話を作ってみました

 

 

# 消滅者

ロンドンの秋は冷たい雨が似合う。

イーストエンドの廃工場、錆
びた鉄骨が剥き出しになった三階で、
かつて優しい保育士だった男が警官隊を睨んでいる。
いや——睨んでいるのは男ではない。
男の中の何かだ。

「トーマス・ハリス! 投降しなさい!」

拡声器からの呼びかけに、男は笑った。
それはトーマス・ハリスという
三十二歳の保育士が決して浮かべることのない、
残酷で愉快そうな笑みだった。

「投降? 」
男は言った。
英語に、どこか古めかしい響きが混じる。

「この器はもう私のものだ。お前たちに何ができる? 」

警部のマーカス・ウェストンは歯噛みした。
十三人。老人も子供も、男も女も。
トーマスの手によって
——いや、トーマスの体を使って殺された
犠牲者の数だ。
遺体はどれも異様な力で引き裂かれ、
現場には硫黄の匂いが漂っていた。

ウェストンは確信していた。
これは人間の犯罪ではない。

「神父様、お願いします」

ウェストンの横で、
老神父のギルバート・ホークスが十字架を掲げた。
ラテン語の祈祷が静かに、しかし力強く響く。

「エクソルシズモ・テ、
オムニス・スピリトゥス・インムンデ——」

その瞬間、トーマスの体が震えた。
苦痛の表情が浮かぶ。
だが、それだけだった。
悪魔は男の体から出ていかない。

「だめだ」
ホークス神父は汗を拭った。

「強すぎる。私の力では追い出せない」

膠着状態が続いた。
トーマスの体には既に七発の銃弾が
撃ち込まれているが、男は平然としている。
武装警官たちは恐怖に震えながら銃を構え続けた。

その時だった。

現場に、一台の黒いベントレーが静かに停まった。

スリーピースのスーツ姿の男が降りてくる。
三十代半ばに見える。
整った顔立ちだが、どこか生気に欠けている。
まるで精巧な蝋人形のように。

「おい、そこの者! ここは立入禁止——」

警官の制止を無視して、
男はトーマスのいる建物へ向かって歩き出した。
ゆっくりと、まっすぐに。
霧雨に濡れても気にする様子もない。

トーマス——の中の何かが、
その男を見て初めて動揺の色を見せた。
いや、動揺ではない。恐怖だ。

「まさか——貴様は——」

悪魔の声が震えている。
地獄の住人が、初めて恐怖を知ったかのように

男は無言のまま、工場の階段を上っていく。
警官隊も、神父も、
ただその姿を見守ることしかできなかった。

三階の広いフロアで、二人は対峙した。

「来るな! 」
トーマスの口が、恐怖に歪んだ声で叫んだ。

「来るな、フレデリック・D・マクミラン!
 お前だけは——お前だけは——」

かつて傲慢に笑っていた悪魔が、後ずさりしている。

「我々の間には協定があったはずだ! 
お前は干渉しない、我々もお前に触れない! 
それが——」

フレデリックと呼ばれた男は答えなかった。
ただ、右手をゆっくりと前に伸ばした。

「やめろ! 」
悪魔が叫ぶ。

「頼む! この器を返す! 今すぐ出ていく! 
だから——だから手を出すな! 」

だが、フレデリックの表情は変わらない

フレデリックは静かに手を握った。

握り潰すように。何もない空間を。

トーマスの体が激しく痙攣した。
口から黒い霧のようなものが噴き出す。
それは形を成そうともがいたが、
フレデリックの握られた拳の中で、
見えない何かに圧縮されていく。

「やめろォォォ! 」
悲鳴が響く。

「殺すな! 我々を殺すな! 
お前は——お前だけは禁忌だ! 
地獄の全ての悪魔が恐れる
——存在してはならない——」

悲鳴は途中で途切れた。

黒い霧が完全に消失した瞬間、
トーマスの体から力が抜けた。
男は糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。
ただの人間に戻った彼は、銃創の痛みに呻いた。

フレデリックは踵を返した。

階下に降りると、武装警官隊が道を開ける。
誰も彼を止めようとはしなかった。
止められる気がしなかった。

「お待ちください! 」

ホークス神父が走り寄った。
老人は息を切らしながらも、
フレデリックの前に立ちはだかる。

「あなたは——」

神父は問いたかった。
あなたは何者なのか。
どうやって悪魔を祓ったのか。
いや、祓ったのではない。消し去ったのだ。
存在そのものを。
そして——悪魔が、
地獄の住人があれほどまでに
恐れていたのは何故なのか。

フレデリックは神父を見下ろした。
その瞳には何の感情も宿っていない。
灰色の瞳は、ロンドンの曇り空のように虚ろだった。

「私はフレデリック・D・マクミラン」
男は静かに言った。
完璧な英国アクセントで。

「悪魔はもう消滅したので、心配ありません」

「消滅——? そんな、悪魔は不死の存在のはず——」

「いいえ」
フレデリックは首を横に振った。

「この世に不滅のものなどありません。私が証明です」

そう言って男はベントレーに向かって歩き出した。

ホークス神父は立ち尽くした。
男の顔は涼しげだった。
穏やかでさえあった。
なのに神父は、
生涯で最も恐ろしいものを見た気がした。

悪魔を消し去る男。

存在を無に還す男。

ホークスは震える手で十字を切った。
神に祈るのではない。
今目撃したものが何であったのか、
自分の理解を超えていることを認めるために。

黒いベントレーは霧雨の中を走り去っていった。
テムズ川の方角へ。

トーマス・ハリスは救急車で運ばれ、
一命を取り留めた。
彼は殺人の記憶を持っていなかった。
ただ、夢を見ていた気がする、
と繰り返すだけだった。
長い、長い悪夢を。

事件は解決した。

だがウェストン警部もホークス神父も、
あの日見たものを忘れることはできなかった。

悪魔よりも恐ろしい何か。

救済者なのか、破壊者なのか。

フレデリック・D・マクミランという名の男が、
この古き英国のどこかに存在している。

その事実だけが、二人の心に重く残り続けた。

ビッグベンの鐘が、夕暮れのロンドンに響く。

いつもと変わらぬ音色で。

                                                  (了)

 

特殊作戦部隊ものの映画を見ていて

妄想したので作ってみました

 

 

# 改革の夜明け

## 第一章:疲弊

特殊作戦群のマイク・カーソン軍曹は、
診療所の椅子に座りながら、
自分の両手を見つめていた。
三十二歳。本来なら体力の絶頂期にいるはずの
年齢だが、彼の身体はもうボロボロだった。

慢性的な腰痛、両膝の半月板損傷、難聴、PTSD
――十二年間の作戦行動の代償は、
あまりにも大きかった。

「また鎮痛剤を増やしましょうか」

軍医の声は機械的だった。
予算不足で、まともなリハビリ設備すらない。
痛み止めを渡して次の患者へ
――それが現実だった。

だが、カーソンはまだ幸運な方だった。
特殊作戦群の隊員の多くは、
身体に不具合があっても申告しなかった。
申告すれば解雇される
――その恐怖が、彼らを沈黙させていた。

痛みを押し殺して任務を続ける。
それは、長く続ければ続けるほど、割合が多くなった。
十年選手のほぼ全員が、
何らかの深刻な身体的問題を抱えながら、
それを隠して戦い続けていた。

いつか身体が完全に壊れる。
だが、それまでは任務を続けるしかない。
退役すれば待っているのは、
医療費の請求書と、路上生活だけだから。

基地の食堂で、カーソンは同僚たちと夕食をとった。
誰もが同じような身体の問題を抱えていた。
だが、給料は民間警備会社の半分以下。
装備は旧式。福利厚生は名ばかり。

「俺たちは使い捨てなんだよ」

ベテランのトム・リーが吐き捨てるように言った。

「上層部は安全な場所で勲章をもらい、
俺たちは泥の中を這いずり回る。いつもの話さ」

カーソンは、先月退役した先輩のことを思い出した。
腰を壊し、PTSDを抱え、
満足な治療も受けられないまま除隊。
身体がボロボロで定職に就くこともできず、
最後に聞いた時は路上生活をしているという話だった。

退役軍人の多くが同じ運命を辿っていた。
国のために戦った者たちが、ホームレスになる
――それは珍しいことではなかった。
カーソン自身、いつかそうなるのではないか
という恐怖を、常に心の片隅に抱えていた。

カーソンは黙ってコーヒーを飲んだ。
軍隊だけではない。
企業でも、実際に働く人間が
低賃金でこき使われるのは、よくある話だった。
世界はそういうものだと、彼は諦めていた。

だが、その常識は間もなく覆されることになる。

## 第二章:新大統領

ジョン・トンプソンが大統領に就任したのは、
その年の一月だった。

強硬派の右翼政党出身の彼は、
選挙戦中から「軍の再建」を掲げていた。
多くの人々は、それを軍事予算の増額と解釈した。
だが、トンプソンの考えは違っていた。

就任二週間後、
彼はペンタゴンに軍上層部を招集した。

「諸君に問いたい」

トンプソンは会議室の全員を見回した。

「この国の特殊部隊員たちが、三十代で身体を壊し、
まともな医療も受けられない状況を、
諸君はどう説明するのか? 
退役軍人の多くが身体的にボロボロで
定職に就くことができず、
ホームレスになっている現実を、
諸君は知っているのか?」

室内に緊張が走った。

「国のために戦った者たちが、路上で寝る
――これが、我々が彼らに与えた報酬だ」

トンプソンは資料を取り出した。

「さらに悪質なのは、隊員たちが身体の不具合を
申告できない状況だ。
申告すれば解雇される。
だから、彼らは痛みを隠して任務を続ける。
十年、十五年と続ければ続けるほど、
その割合は高くなる。ベテラン隊員のほぼ全員が、
重大な健康問題を抱えながら、
それを隠して戦っている」

彼は資料を机に叩きつけた。

「これは、兵士の健康管理ではない。
人間の消耗だ」

「現場の兵士たちの給与が
民間警備会社の半分以下で、装備は旧式のまま。
一方で、情報部門や調達部門の予算は
年々増加している。
この矛盾を、誰が説明できる?」

誰も答えなかった。

トンプソンは続けた。

「私は改革を命じる。
特に、味方兵士を使い捨てにするような作戦を
提案・承認した将校や情報部員を、
過去数十年に遡って徹底的に洗い出せ。
彼らの判断が、どれだけの命を無駄にしたか、
全て明らかにする」

会議室は凍りついた。

「そして、その部署の予算を削減し、
現場兵士の福利厚生に回す。
装備の近代化、医療体制の充実、給与の改善、
そして退役後の生活保障――全てだ」

ある将軍が口を開きかけたが、
トンプソンは手を上げて制した。

「抵抗は無駄だ。諸君には、もう隠し事ができない」

## 第三章:一億の目

トンプソン大統領の改革を可能にしたのは、
L'sコーポレーションとの提携だった。

この謎の多い巨大企業は、蚊ほどのサイズしかない
超小型ドローンを開発していた。
自律型AI搭載、超長時間稼働、完全ステルス性
――軍事技術の結晶だった。

トンプソンは、L'sコーポレーションの支援を受けて、
全ての政府機関に約一億個の
超小型ドローンを配備した。

ペンタゴン、CIA、各軍基地
――あらゆる施設に、
目に見えない監視網が張り巡らされた。

効果は即座に現れた。

秘密裏に予算を流用していた情報部員。
架空の調達契約で私腹を肥やしていた将校。
現場の報告を無視して、
無謀な作戦を強行した指揮官
――次々と炙り出された。

逮捕者は数百人に上った。
削減された予算は、数十億ドル。

「全てが浄化されるわけではない」

トンプソンは側近に語った。

「だが、以前と比べれば、かなり健全化された」

## 第四章:技術革新

改革は軍事技術の分野にも及んだ。

長年、アメリカの兵器開発は停滞していた。
既存の軍事企業は、高コストで
旧式化した兵器を作り続け、
イノベーションは起きていなかった。

L'sコーポレーションの参入は、その状況を一変させた。

彼らがもたらした技術は、
既存の常識を覆すものばかりだった。
エネルギー効率が従来の十倍の推進システム。
完全自律型の戦術AI。
量子暗号通信――

「一社独占は避けたい」

トンプソンは、
L'sコーポレーションのCEOに直談判した。

「既存のメーカーにも技術移転をしてほしい。
健全な競争があってこそ、技術は発展する」

L'sコーポレーションは、
意外にもあっさりと同意した。

「我々の理念は、他国への介入の抑制です」

CEOは静かに語った。

「アメリカ軍には、いざという時のための
軍事的支援が求められます。
そのためには、強固な防衛力が必要です」

技術移転は進み、各メーカーは飛躍的に能力を
向上させた。
結果として、アメリカ軍は戦力を維持したまま、
予算を三十パーセント削減することに成功した。
運用コストも大幅に下がった。

トンプソン大統領の支持率は、
八十パーセントを超えた。

## 第五章:現場の変化

マイク・カーソン軍曹は、
新しい医療施設で理学療法を受けていた。

最新のリハビリ機器。
専門の理学療法士。
痛み止めに頼るのではなく、
根本的な治療を目指すアプローチ
――全てが変わっていた。

給与も五十パーセント増額された。
装備は最新式に更新された。
何より、無謀な作戦が激減した。

そして、退役後の生活保障も大幅に改善された。
医療保険の拡充、職業訓練プログラム、住宅支援
――かつてホームレスになる運命だった
退役軍人たちに、新しい人生の選択肢が与えられた。

「信じられないな」

トム・リーが感慨深げに言った。

「俺たちが、
ちゃんと人間として扱われる日が来るなんて」

基地の士気は、明らかに向上していた。
退役率は下がり、志願者は増えた。
アメリカ軍は、質の面で圧倒的に強化されていた。

だが、カーソンの心には、一抹の不安があった。

「これで平和が続くといいんだがな」

## 第六章:大統領の懸念

ホワイトハウスの執務室で、
トンプソン大統領は窓の外を見つめていた。

改革は成功した。
軍は健全化され、効率化され、強化された。
支持率は高く、国民は彼を称賛した。

だが――

「L'sコーポレーションが本気になれば、
我が国の軍が行かなくても大丈夫なんだろうけど」

彼は呟いた。

あの企業の本当の力を、トンプソンは垣間見ていた。
超小型ドローン。革新的な兵器技術。
そして、その背後にある膨大な資源と、
謎めいた組織力。

彼らの理念は「他国への介入の抑制」だと言う。
だが、それほどの力を持つ存在が、
本当に平和を望んでいるのか?
それとも、別の思惑があるのか?

トンプソンには分からなかった。

だが、彼らの意向に従うことが、
今のアメリカにとって最善の選択だった。
少なくとも、現時点では。

「このまま何事もなく平和が持続すると思うほど、
俺も能天気ではない」

大統領は深くため息をついた。

世界は変わりつつあった。
アメリカは強くなった。
だが、その強さは、
見えない糸に操られているのかもしれない。

トンプソンは、窓の外の夕暮れを見つめながら、
来るべき未来に思いを馳せた。

改革は成功した。

だが、これは始まりに過ぎなかった。

本当の試練は、これから訪れる。

---

*第一部 完*

「大人の対応」程 

無責任で傲慢な言葉は無いと思います

これをしても

結局は無意味で何の解決にもなりません

ただの自己満足です

それが解ってない人が多過ぎると思います

相手を馬鹿にしているとも思ってないようで

どこが大人なんだ?と思います

 

 

# 同じ土俵

講義が終わり、教授が私の名前を呼んだ。

「君のレポート、非常に良かった。
こういう視点で論じた学生は初めてだよ」

廊下に出ると、いつも学食で顔を合わせる
グループの一人、
田村が嫌そうな顔でこちらを見ていた。

「チッ、真面目ぶりやがって」

聞こえるように吐き捨てられた言葉。
私は軽く会釈だけして通り過ぎた。
まあ、人それぞれ考え方は違う。
そういう人もいるだろう。

その日の夜、
友人の佐藤と高橋に愚痴をこぼすと、
二人は呆れたように言った。

「あんな低レベルな奴ら、相手にする必要ないって」

「そうそう。同じ土俵に降りることないよ」

その通りだと思った。
無視していれば、そのうち飽きるだろう。

だが、田村たちの嫌がらせはエスカレートしていった。

講義中、後ろの席から消しゴムが飛んでくる。
学食では、わざとぶつかってきて
「おっと、邪魔だったか」と嘲笑う。
図書館で勉強していると、
近くの席に座って大声で雑談を始める。
ロッカーを開けると、
中の教科書がゴミ箱に捨てられていたこともあった。

教授に質問しようと研究室に向かう廊下で、
肩を強く叩かれる。

「先生のお気に入りは大変だなあ」

無視を続けた。
友人たちの言う通り、
相手にしないことが最善だと信じていた。

でも、彼らは止まらなかった。
SNSで私を匂わせるような嫌味な投稿をする。
すれ違いざまに「優等生様」と囁く。
講義のグループワークで同じ班になると、
露骨に協力を拒否する。

それから一週間後。

我慢の限界が近づいていた。
このままでは学業にも支障が出る。
私は意を決して、
田村たちに話しかけることにした。

講義の後、
中庭のベンチに座っている
田村たちのところへ向かった。

「田村、少し話せないか」

田村は仲間たちと顔を見合わせ、鼻で笑った。

「は? 何の用だよ、優等生君」

「最近の嫌がらせのことだ。
何か俺が気に障ることをしたなら謝る。
でも、もうやめてくれないか」

周りの仲間たちが笑い声を上げた。

「嫌がらせ? 被害妄想じゃねえの」

「俺たち、別に何もしてないけど?」

田村は腕を組んで、私を見上げた。

「お前みたいな奴が鬱陶しいんだよ。
真面目ぶって、先生に気に入られて。
で、俺たちに説教か? 偉そうに」

「そういうつもりじゃない。ただ――」

「帰れよ。お前と話すことなんてねえから」

田村は立ち上がり、
わざと肩をぶつけて去っていった。
仲間たちも後に続く。
一人が振り返って言った。

「次は気をつけろよ、夜道は危ないぜ」

笑い声が遠ざかっていく。
話し合いなど、最初から無意味だったのだ。

その週の終わり。

深夜のバイト帰り、駅から自宅への道。
暗い路地から、田村たちのグループが現れた。

「よう、真面目君」

逃げる間もなく囲まれ、
人気のない河原へと引きずられた。
最初の一発が顔面に入った瞬間、
意識が飛びかけた。
その後は、ただ身体を丸めて耐えるしかなかった。

翌日、
痣だらけの顔で大学に行くと、
友人たちは驚いて駆け寄ってきた。

「どうしたんだよ、それ!」

「ひどい...警察に言った方がいいよ」

でも、それだけだった。
証拠はない。
目撃者もいない。
田村たちは何食わぬ顔で講義に出ている。
私の怪我を見て、
むしろ満足そうな笑みさえ浮かべていた。

夜、部屋で一人考えた。
友人たちの言葉が頭をよぎる。

「同じ土俵に降りるな」。

でも、その土俵にいない人間の言葉に、
どれだけの意味があるんだろう。

二週間後、またバイトの帰り道。

予想通り、田村たちが待ち伏せていた。

「また会えたな」

ニヤニヤしながら近づいてくる。
また河原へ連れて行かれた。
暗闇の中、田村が拳を振りかぶる。

私は避けた。

そして、反撃した。

幼い頃から十五年間続けてきた総合格闘技。
週四回の稽古を欠かしたことはない。

田村の拳が空を切る。
その腕を掴み、体重移動と共に引き込みながら、
反対の手で掌底を顎に叩き込んだ。
鈍い音。
田村の目が一瞬白目を剥く。
膝が崩れかけた身体に、
腹部への膝蹴りを追加した。

「てめえ!」

左から二人目が掴みかかってくる。
私はその腕を取り、相手の勢いを利用して投げた。
背負い投げの要領で、相手の体が宙を舞い、
地面に叩きつけられる。
受け身も取れずに落ちた身体から、
呻き声が漏れた。

「殺す気か、このやろう!」

右から三人目が蹴りを放ってくる。
ローキック。
私は半歩引いて蹴りをかわし、
軸足になっている相手の膝に自分の蹴りを叩き込んだ。
関節が逆に曲がりそうになり、
相手は悲鳴を上げて倒れ込む。

四人目が後ろから羽交い締めにしようとした。
私は腰を落とし、相手の体重を利用して
前方に投げ飛ばした。
巴投げ。
相手が地面に激突する音が、静かな河原に響く。

五人目は躊躇していた。
だが仲間への義理か、
あるいは引くに引けない状況か、
覚悟を決めて向かってくる。

私は前に出た。
相手のジャブをパーリングでいなし、
ストレートを頭をわずかに傾けて避ける。
そして踏み込みながら、ボディへの左フック、
顔面への右ストレート。
ワンツー。
相手は数歩よろめいて膝をついた。

最初に殴られた田村が、
よろめきながら立ち上がろうとしている。

「くそ...くそっ...」

顔を歪ませながら、何とか立ち上がった田村。
血走った目で私を睨みつける。

「てめえ...調子に乗んな...!」

田村は拳を振りかぶって突進してきた。
怒りに任せた、粗雑な攻撃。
私は冷静に観察する。

右ストレートが飛んでくる。
私は最小限の動きで頭を傾け、
拳が頬を掠めるのを感じた。
田村の体勢が崩れる。

その瞬間、私は踏み込んだ。

田村の鳩尾に、正確に拳を叩き込む。
空気が抜ける音。
田村の顔が苦悶に歪む。

「がっ...」

だが田村は倒れない。
歯を食いしばって、もう一度殴りかかってくる。
左のフック。

私は腕でブロックし、そのまま田村の懐に潜り込んだ。
足を払う。
田村の体が浮く。
そのまま地面に叩きつけた。

「ぐあっ!」

土煙が上がる。
田村は咳き込みながら、
それでもまた起き上がろうとする。
両手を地面につき、
震える腕で身体を支えようとする。

「まだ...まだだ...」

私は田村の前に立ち、
彼の襟首を掴んで引き起こした。

「もういい。終わりだ」

そして、最後に顔面への掌底。
今度は手加減した。
それでも十分な衝撃。

田村の身体から力が抜け、完全に地面に崩れ落ちた。
もう立ち上がる気配はない。
荒い呼吸だけが聞こえる。

私は息を整えながら言った。

「友人たちは、同
じレベルに落ちる必要はないって言ってくれた。
でもあれ、結局は君たちを見下す言葉でしか
なかったんだと思う」

田村が呻きながらこちらを睨む。

「その上、同じレベルまで降りて、
実際に痛い目を見せないと、
君たちには理解できなかったんだろうね。
最初から、こうすべきだったよ」

河原を後にする。振り返らない。

それから、
田村たちが私に因縁をつけることはなくなった。
廊下ですれ違っても、
目を逸らして通り過ぎるようになった。

佐藤が不思議そうに聞いてきた。

「なんか、あいつら大人しくなったよな」

「そうだね」

私は短く答えた。

大人の対応が通じるのは、
相手が大人の場合だけだ。
改めて、そう思い知った。

 

最近 SNSでこういう人をよく見かけます

いつも不自然に感じるけど

多分 本人は自分は間違っていない

と思っているんでしょうねぇ・・・

 

 

 

# 評価者の盲点

夜の10時、
スマートフォンの画面が暗闇の中で青白く光っている。

「今期のアニメ、また全部見終わった。
『星降る夜のメロディ』は8点。
作画は良いが脚本が凡庸。
『魔法戦記エターナル』は3点。
こんな駄作を褒めてる奴、
本当にアニメ見る目あるのか?」

田中裕也、32歳。
彼の日課は放送されているアニメをすべて視聴し、
SNSで10段階評価を投稿することだった。
フォロワーは5万人を超え、
彼の評価を参考にする者も多い。

「この作品は稀に見る傑作。
ここ5年でベスト10に入る神作だ」

「この作品を褒める人間は感性が狂ってる。
人間としておかしい」

最初は個人の好き嫌いを述べているだけだった。
だが、いつからか彼の言葉は変わっていった。
自分が嫌いな作品を好きだと言う人を、
彼は攻撃し始めたのだ。

「『魔法戦記エターナル』を絶賛してる 

@anime_lover123 、お前マジで頭大丈夫? 
こんなゴミを良作とか言ってる時点で、
お前の人生全てが間違ってるわ」

リプライ欄には擁護のコメントが並んだ。

「作品の好みは人それぞれでは?」

「あなたの意見も一つの意見だけど、
他人の好みまで否定するのは違う」

だが裕也は聞く耳を持たなかった。

「俺に否定的なコメントする奴も人間的におかしい。
俺の評価が正しいって分からない時点で終わってる」

矛盾していた。
自分は他人の好みを否定するくせに、
自分が否定されることは許さない。
だが裕也にはその矛盾が見えなかった。
彼の中では、自分が好きな作品は誰もが好きで、
嫌いな作品は誰もが嫌いであるべきだった。

非難のコメントは日に日に増えていった。
炎上と呼べる状態になっても、
裕也は自分の正しさを疑わなかった。

---

11月のある夜、
裕也は残業を終えて帰路についていた。

コンビニで弁当とビールを買い、
アパートへの道を急ぐ。
街灯の少ない住宅街、足音だけが響く。

ふと、背後から気配を感じた。

振り返る。誰もいない。

「気のせいか」

裕也は足を速めた。
だが、足音は一つではなかった。
自分の足音に、もう一つの足音が重なっている。

アパートに到着し、3階の自室のドアの前で鍵を探す。
ポケットに手を入れた瞬間——

「全て自分が正しいと思うなよ」

耳元で囁かれた声に、裕也は振り返ろうとした。
だが、背中に鋭い痛みが走った。

刃物が、深く、深く、彼の体を貫いた。

コンビニ袋が落ち、弁当の容器が割れる音がした。
裕也は血の海に倒れ込み、
薄れゆく意識の中で最後に思った。

*俺は何も悪いことなんてしてないのに……*

---

翌朝、ニュースは一人の男の刺殺事件を報じた。

SNS上では、裕也の死を悼む声もあれば、
因果応報だと言う声もあった。

だが誰も気づいていなかった。

彼が最後まで理解できなかったこと——

他人を否定する自由と、
他人から否定される結果は、
コインの裏表だということを。

自分の意見を述べる権利と、
他人の意見を尊重する義務は、
セットだということを。

そして何より、言葉には重さがあり、
時に人を傷つけ、時に憎しみを生むということを。

裕也のアカウントは今もSNS上に残っている。

無数の評価と、無数の批判が、
デジタルの墓標として。


 

異世界転生モノの最後だけを作ってみました

こういう感じの異世界転生モノって多いですよね

 

 

 

# 贖罪の刻

玉座の間は静まり返っていた。

国王ヴェルナーは震える手で金の杯を握りしめていた。
中身のワインは既にヌルくなっている。
窓の外では、かつて栄華を誇った王都が
静寂に包まれていた。
民は逃げ、兵士たちは姿を消し、
同盟国からの援軍も二度と来ることはない。

「陛下」

老宰相が震える声で呼びかけた。

「彼が...あの男が、
王都の門に立っているとの報告が」

ヴェルナーは目を閉じた。
ああ、ついにこの時が来たのか。

思えば全ては三年前から始まった。
いや、正確には百年以上も前から、
この王家は誤った道を歩んでいたのだ。
魔族との戦争。
それは確かに始まりは真実だった。
だが、いつしか戦争は目的ではなく手段となった。

一部の魔族貴族と密約を交わしたのは、
ヴェルナーの祖父の代だった。
互いに民を戦場に送り、適度に犠牲を出し、
しかし決して終わらせない。
戦時経済は王家と魔族の支配層に
莫大な富をもたらした。
武器商人、傭兵、復興事業
——全てが金を生み出す仕組みだった。

そして三年前、
体裁を整えるために異世界から勇者を召喚した。
召喚の儀式には膨大な奴隷の命が犠牲となった。
だが、それも計算のうちだった。
勇者たちは前線に送られ、
一人、また一人と「英雄的に」戦死していった。
これほど戦争が過酷であると示すには、
これ以上の証拠はない。

だが、あの男——カイト・ミズシマは違った。

召喚された二十人の勇者の中で、彼だけが異質だった。
測定の魔石は彼の能力値をほとんど示さなかった。
平凡な市民と変わらぬステータス。
目立ったギフトもスキルも表示されない。

「無価値だ」
とヴェルナーは断じた。

「こんな外れを養う余裕はない。追放しろ」

カイトは何も言わずに王城を去った。
その背中を見送りながら、
ヴェルナーは「どうせ野垂れ死にするだろう」
と笑っていた。

それが、取り返しのつかない過ちだった。

カイトの力は、この世界の測定魔法では
計れないほど桁外れだったのだ。
彼は神にも等しい存在だった。
大地を割り、天を裂き、時を止め、
死者すら蘇らせることができる
——そんな力を持つ者を、
ヴェルナーは何の躊躇もなく路頭に迷わせたのだ。

追放されたカイトは、
奴隷として売られようとしていた少女を助けた。
それが始まりだった。
彼は虐げられた者たちの側に立った。
スラムの住民、奴隷、重税に苦しむ農民
——王家が何の躊躇もなく犠牲にしてきた人々が、
彼のもとに集まった。

そして彼は知ってしまった。

王家と魔族の密約を。
戦争という名の茶番劇を。
勇者たちが計画的に殺されていたことを。
全ての真実を。

ヴェルナーは軍を差し向けた。
一万の精鋭が、カイト一人に挑んだ。
結果は惨憺たるものだった。
カイトは指一本動かさず、軍勢を眠らせた。
ただ眠らせただけだ。殺しすらしなかった。

次に暗殺者を送った。
王国最高の刺客たちが影から襲いかかった。
だが、カイトの周囲では時間の流れが異なっていた。
刺客たちの刃は彼に届く前に錆び果て、
彼ら自身は老いさらばえて倒れた。

同盟国に援助を求めた。
五カ国が連合軍を組織し、
禁呪級の魔法を惜しみなく使った。
山脈を吹き飛ばすほどの魔力が解き放たれた。
だが、カイトはそれを手のひらで受け止め、
そっと空に返した。
魔法は星々の彼方へ消えていった。

最後の手段として、
古代に封印された魔獣を解き放った。
不死身と謳われた災厄の化身が咆哮を上げた。
カイトはその魔獣を見つめ、静かに語りかけた。
魔獣は涙を流して跪き、
彼の足元で子犬のように丸くなった。

全てが無駄だった。

ヴェルナーはついに理解した。

自分たちは敵にしてはならない存在を

敵に回してしまったのだと。

そしてその原因は、果てしない欲望だった。

支配を続けたい。
富を得たい。
贅沢な暮らしを永遠に——。

そのために何万、何十万の命を犠牲にしてきた。
国民の命も、奴隷の命も、召喚された勇者たちの命も。
全てを数字としか見ていなかった。

「父上」

王子が震える声で言った。

「逃げましょう。まだ秘密の通路が——」

「無駄だ」
ヴェルナーは静かに首を振った。

「あの男から逃げられる場所など、
この世界のどこにもない。
いや、もしかしたら別の世界に逃げても
追いつかれるだろう」

カイトは復讐のために虐殺を行うこともできた。
王都を一瞬で消し去ることもできた。
だが、彼はそうしなかった。
ゆっくりと、一歩ずつ王城に向かって歩いてきた。
その道すがら、彼は投獄されていた人々を解放し、
奴隷の首輪を外し、病める者を癒した。

彼は殺戮者ではなかった。
ただ、間違いを正そうとしているだけだった。

足音が近づいてくる。
玉座の間の扉が、静かに開いた。

カイト・ミズシマが立っていた。
三年前と変わらぬ姿。
だが、その目には深い悲しみと、静かな決意があった。

「あなたが、私を追放した王ですね」

カイトの声は穏やかだった。
怒りも憎しみも感じられない。
それがかえって恐ろしかった。

ヴェルナーは玉座から降り、跪いた。

「私の罪は...計り知れない。
何万の命を踏みにじり、
欲望のためにこの国を腐らせた。
言い訳はできない。ただ一つだけ——」

ヴェルナーは顔を上げた。

「苦しまずに逝かせてほしい。それが唯一の望みだ」

カイトは長い沈黙の後、ゆっくりと首を横に振った。

「あなたを殺しはしません」

ヴェルナーは目を見開いた。

「なぜ...?」

「死は救済になってしまうからです」
カイトは静かに言った。

「あなたには永遠に生きてもらいます」

カイトは手を掲げた。

「不死の魔法をかけます。
あなたは二度と死ぬことができません。
病も老いも、飢えも渇きも、
あなたを殺すことはできない。
ただし、苦痛は全て感じます」

ヴェルナーの体が淡い光に包まれた。
それは温かくも冷たくもない、
ただ絶対的な力だった。

「そして、あなたが犠牲にしてきた
全ての者たちの名前と顔が、
常にあなたの心に刻まれます。
一人一人に謝罪し続けなければ、
苦痛は増していきます。
炎で焼かれるような、氷で凍らされるような、
千の刃で切り裂かれるような
——言葉にできないほどの苦しみです」

カイトの声には感情がなかった。
ただ、事実を告げるだけだった。

「謝罪を止めれば、苦痛は倍増します。
眠ることも許されません。休むことも許されません。
永遠に、永遠に、あなたは謝り続けるのです。
数万、数十万の名前を、
一つ一つ呼び、頭を下げ、
許しを乞い続けるのです」

光が玉座の間を満たした。

「これがあなたの罰です。
真の地獄とは死後の世界にあるのではありません。
永遠に生き、永遠に苦しみ、永遠に謝罪し続けること
——それこそが、あなたに相応しい運命です」

ヴェルナーの視界が白く染まった。
そして次の瞬間、彼は見知らぬ荒野に立っていた。

すぐに苦痛が始まった。

心臓を握り潰されるような痛み。
骨が軋む音。皮膚が裂ける感覚。

そして脳裏に浮かぶ無数の顔。名前。

「申し訳ありませんでした、エリック・ハンセン様」

ヴェルナーは思わず叫んでいた。
謝罪の言葉を口にした瞬間、
苦痛がわずかに和らいだ。

「申し訳ありませんでした、マリア・シュトラウス様」

次の名前が脳裏に浮かぶ。
謝らなければ、苦痛が倍増する。

「申し訳ありませんでした、トーマス・ブラウン様」

一人、また一人。

数万の名前。
いや、数十万の名前。
全員に謝罪しなければならない。
そして最後まで謝り終えても、
また最初に戻る。永遠に、永遠に。

ヴェルナーは泣き叫んだ。
だが、涙を流す暇さえなかった。
次の名前が、次の顔が浮かんでくる。

「申し訳ありませんでした、

申し訳ありませんでした、

申し訳ありませんでした——」

彼の声は荒野に響き渡った。

そして、その声は永遠に途切れることがなかった。

***

カイトは崩壊した王国を再建し始めた。
だが、彼は新たな王にはならなかった。
代わりに、かつて奴隷だった者たち、
虐げられていた者たちに、
自分たちで国を治める力を与えた。

時折、荒野を通りかかる旅人が、
不思議な声を聞くことがあった。

誰かが延々と謝罪を続けている声。
休むことなく、昼も夜も、雨の日も嵐の日も。

「あれは呪われた王の声だ」と人々は噂した。

「永遠に謝り続ける、不死の亡霊だ」と。

そして人々は、こう語り継いだ。

「権力を濫用し、
命を軽んじた者の末路を忘れるな」と。

ヴェルナーの永遠の苦しみは、
後世への教訓となった。

二度と、同じ過ちを繰り返さないための。

**〈終〉**

自分で歩けない男が

全身黒いスライムで覆われた

そんなイメージで作ってみました

形状も硬さも変えられる

大きさも体温も変えられる

そんな何でも変えられるヒーロー

って感じにしてみたいです

 

 

 

# 黒い男

## 一

六畳一間のアパートで、
俺は今日も天井を見つめていた。

三十歳。下半身麻痺。自立歩行不可能。

五年前、ながらスマホの自転車に轢かれた。
相手は学生で、保険にも入っていなかった。
賠償金なんてほとんど取れなかった。
両親は事故の二年後、相次いで病気で亡くなった。
「息子の面倒を見られなくてごめんな」
と父は泣いた。
母は何も言わずに、ただ俺の手を握り続けた。

就職先は見つからない。
障害者雇用枠に応募しても、
「車椅子での通勤は難しい」
「設備が整っていない」と断られ続けた。
今は生活保護を受けている。

買い物はネットスーパー。
月に二、三回、高校時代からの親友の
健太が来てくれる。
掃除を手伝ってくれたり、ゴミを出してくれたり。
「気にすんなよ」と笑う健太に、
俺は何度礼を言えばいいのか分からない。

パソコンでネットサーフィン。
動画サイトで映画を見る。
電子書籍で漫画を読む。
それが俺の一日だ。
外の世界は、窓の向こうにしかない。

急に死にたくなる時がある。
理由なんてない。
ただ、このまま消えてしまいたいと思う。

## 二

その日も、そんな日だった。

インターホンが鳴った。
ネットスーパーの配達時間ではない。
宅配便か。
車椅子に乗り移り、玄関へ向かう。
ドア越しに確認すると、誰もいない。
ドアを開けると、
足元に小さな段ボール箱が置いてあった。

差出人は書いていない。
宛名は確かに俺の名前だ。

部屋に持ち込み、開封する。
中には小瓶が一つ。
透明な液体が入っている。
そして紙切れ。

『病気に効く薬です。
薬を飲んだ後に「変身」と唱えてください』

何かの悪質ないたずらか。
それとも詐欺の一種か。
俺は小瓶を机の隅に放り投げた。

三日後。

その日は特に辛かった。
SNSで高校の同級生たちの投稿を見てしまった。
結婚報告、子供の写真、海外旅行。
みんな輝いている。
俺だけが取り残されている。

健太からメッセージが来た。
『来週行けなくなった。ごめん』

分かっている。
健太にも健太の生活がある。
でも、俺には健太しかいない。

自暴自棄になった。
もう死んでもいいや、と思った。

机の隅の小瓶を手に取る。
蓋を開け、一気に飲み干した。
無味無臭。水のようだった。

「変身」

呟いた瞬間、激痛が走った。

全身の細胞が引き裂かれるような痛み。
声も出せない。
床に転がり、のたうち回る。
皮膚の感触が変わる。
硬くなる。
まるで革のような、いや、それ以上の硬さ。

そして、両足。

五年間、何の感覚もなかった両足に、力が漲る。
熱い。痛いけど、熱い。生きている感覚。

痛みが引いた。

荒い息を整えながら、俺は膝に手をついた。
力を入れる。

立ち上がった。

五年ぶりに、自分の足で立った。

信じられない。
夢か。
いや、感覚がある。
確かに床を踏みしめている。

腕を見る。黒い。真っ黒だ。

鏡に向かう。
歩く。
歩ける。
足が動く。

鏡に映った自分は、全身が漆黒だった。
目も鼻も口も、輪郭だけが分かる。
まるで影が立体化したような姿。

自分の腕を握ってみる。
硬い。
金属のように硬い。
でも、柔らかい方がいいな、
と思った瞬間、柔らかくなった。
硬い方がいい、と思うと、また硬くなる。

意思で硬度を変えられる。

さらに試してみる。
腕を伸ばしたい、と思うと伸びる。
太くしたい、と思うと太くなる。
形状まで変えられる。

超常的な力。
まるでヒーローだ。

でも。

この姿で外には出られない。
全身真っ黒。
完全に不審者だ。

「解除」

試しに唱えてみた。

黒い皮膚が元に戻る。
人間の肌色に。
そして、力が抜けていく。
足から。

崩れ落ちた。
床に倒れ込む。

また、歩けなくなった。

## 三

何度も試した。

「変身」すれば歩ける。
超常的な力も使える。
でも見た目は真っ黒。
「解除」すれば元に戻る。
でも歩けない。

嬉しいような、嬉しくないような。

それでも、変身ヒーローみたいで、
ちょっといいな、とも思った。

窓の外を見る。
夕暮れの街。人々が歩いている。
犬を散歩させている人。
ジョギングしている人。
自転車に乗っている人。

俺も、あの中に混ざりたい。

「変身」

黒い姿になる。
窓を開ける。
外の空気。
五年ぶりに感じる、外の匂い。

でも、一歩も踏み出せない。

この姿で外に出たら、通報される。
警察が来る。
怪物扱いされる。

また部屋に戻る。
「解除」。
車椅子に座る。

スマホが鳴った。
健太からだ。

『やっぱり今日行けるわ。今から行っていい?』

俺は返信した。

『ありがとう。待ってる』

インターホンが鳴る。健太だ。

「よう」

「悪いな、いつも」

「気にすんなって。
あ、コンビニでお前の好きなプリン買ってきた」

健太は相変わらずだ。明るくて、優しい。

コーヒーを淹れながら、健太が言った。

「なあ、最近調子どう?」

「まあ、いつも通りだよ」

「そっか。無理すんなよ」

黒い姿のことは言えない。
言ったところで信じてもらえないだろう。
それに、この力をどう使えばいいのか、
俺自身まだ分からない。

健太が帰った後、俺は再び「変身」した。

鏡の前に立つ。黒い自分。

「俺は、何をすればいいんだ」

鏡の中の黒い影は、何も答えなかった。

でも、確かに言えることがある。

五年間失っていた、「立つ」という感覚。
「歩く」という自由。
それが、今、ここにある。

たとえこの姿でしか得られないとしても。

俺は、もう一度、生きてみようと思った。

(完)

親が大切

まぁ普通の家庭に育った人なら

そう思うのも当然でしょう

だが全ての家庭がそういうわけではない

だから誰彼構わず親が大切

そう言うのは間違いだし

親は必ず子供を大切に思っている

というのも必ずしも正解とは言えません

自分の親もまともな人物ではありませんでした

だから余計 親なんて信じられません

でも全ての親がそうとは思いません

悪い親もいれば良い親もいる

個々にみんな違うだけです

 

 

 

# 裏切りの代償

雨が窓を叩く音だけが、倉庫の静寂を破っていた。

俺は銃を構えたまま、目の前の女を見つめていた。
母親だった人物を。

「お願い、聞いて。これには理由があるの」

母は両手を上げ、震える声で言った。
だが、その目には俺が知っている温かさはなかった。
あったのは、追い詰められた獣の狡猾さだけだ。

三ヶ月前、俺は偶然に真実を知った。
大企業の社長たちが結託した犯罪組織。
違法な取引、脅迫、
そして何人もの命を奪った事件の数々。
その中心人物の一人が、俺の母親だった。

俺が愛していた母親。
俺を育て、
笑顔で「おかえり」と言ってくれた母親。

すべてが嘘だった。

「あなたのためだったのよ。
この生活を維持するために、
あなたに良い教育を受けさせるために――」

母の言葉が続く。
だが、それは言い訳ですらなかった。
「仕方なかった」
「選択肢がなかった」
「愛していた」。
意味のない言葉がただランダムに
並べられているだけだった。
内容のない、空虚な音の連なり。

悪人は自己保身のために嘘をつく。
それが彼らの本質だ。
追い詰められた時、真実を語るのではなく、
自分を守るための言葉を紡ぐ。
母もまた、その例外ではなかった。

俺の手は震えなかった。

引き金を引いた。

銃声が倉庫に響き渡った。

母は倒れながら、何かを叫んだ。
「なぜ」とか「愛しているのに」とか、
そんな言葉だったと思う。

だが、それは悪人の最後の悪あがきに過ぎない。

俺は銃を下ろし、
冷たい床に倒れた母親を見下ろした。
血が広がっていく。
だが、俺の心には何の波紋も立たなかった。

統計は明確だ。
この世で最も人を殺すのは他人ではない。
身内だ。
家族だ。
親が子を、子が親を、兄弟が兄弟を。
そして最も多くの人が犯す過ちは、
「身内だから」という理由で目をつぶることだ。

血のつながりは免罪符にはならない。
むしろ、身内こそが最も危険な敵になり得る。
なぜなら、彼らは俺たちの心の奥深くに
入り込んでいるからだ。
信頼という名の武器を使って。

親を信じるな。
兄弟を信じるな。
親族を信じるな。

俺は倉庫を出て、雨の中を歩き始めた。

これから先、俺は人を信じる時、
もっと慎重になる。
血縁も、過去の思い出も、優しかった記憶も、
すべてが欺瞞になり得る。
信頼は証明されなければならない。
毎日、何度も、繰り返し。

そして、たとえそれが母親であっても、
裏切り者には相応の報いがある。

それが、俺がこの日学んだ教訓だった。

雨は降り続いていた。

 

 

第百十一弾の続きです

 

 

 

# 記憶の迷宮

都心の夜景が眼下に広がる高層ビルの最上階。
勘解由小路建設の社長室は、
まるで東京という巨大な獣を見下ろす
鷹の巣のようだった。

「記憶喪失、だと?」

野村征一郎は葉巻を灰皿に置き、
向かいのソファに座る国会議員、藤堂隆文を睨んだ。
六十を過ぎた野村の目には、
まだ若き日の土建屋としての獰猛さが宿っている。

「黒沢会長からの連絡です」
藤堂は冷静に答えた。

「矢沢竜也が三日前、突然倒れた。
病院で検査したが、脳に異常はない。
だが、ここ数年の記憶が
完全に消えているそうです」

野村の拳が革張りの肘掛けを叩いた。

「都合が良すぎる。あまりにも」

二人の間に重苦しい沈黙が落ちた。
窓の外では、無数の光が瞬いている。
この街の繁栄の裏側で、
どれだけの闇が蠢いているか。
それを知る者は少ない。

矢沢竜也。龍誠会の中堅幹部。
表向きは不動産仲介業を営む、ただのヤクザ。
だが、二年前のあの夜、
彼は四人の男を率いて桐生隆司と
その妻を「事故」に見せかけて始末した。
完璧な仕事だった。
警察は事故として処理し、
桐生コンツェルンは
混乱の中で内部から崩れ始めた。

すべては計画通りだった。
野村の建設会社、藤堂の政治力、黒沢の実行部隊、
そして桐生コンツェルン内部の裏切り者、滝川修。
四者が結託し、東京の経済界を
牛耳る桐生コンツェルンを乗っ取る。
壮大な陰謀は、完璧に進行していたはずだった。

「田村の件は?」
野村が訊いた。

「心配ありません」
藤堂は眼鏡の奥で目を細めた。

「実行犯の一人、
田村健二は獄中で自殺したことになっています。
私の息のかかった看守が処理しました。
検死も私の息のかかった医師が担当した。
完璧です」

「ならば、なぜ矢沢の記憶喪失なんだ?」

藤堂は立ち上がり、窓際に歩み寄った。
夜景を背に、その影が野村の顔に落ちる。

「誰かが嗅ぎつけた。確実に」

「まさか......」

「桐生隆司の息子たちです」

野村の顔色が変わった。
桐生隆司には二人の息子がいる。
長男の桐生隼人は警視庁の刑事。
次男の桐生蒼太は父の跡を継ぎ、
形だけの重役となった。

「隼人は優秀だと聞く」
野村が呟いた。

「だが、所詮は一刑事だ。コネも権力もない」

「油断は禁物です」

藤堂は振り返った。

「彼は二年間、父の死を追い続けている。
執念深い男です。
そして弟の蒼太......こちらは一見、
無能な坊ちゃんに見えますが」

「滝川の報告では、ただの飾り物だと」

「それが罠かもしれない」

野村は立ち上がり、藤堂の隣に並んだ。
二人の男が、東京の夜を見下ろす。

「どうする?」

「徹底的に調べます」

藤堂の声は冷たかった。

「私が隼人を、滝川が蒼太を監視させる。
彼らの動き、接触する人間、すべてを洗い出す。
そして、もし彼らが真実に近づいているなら......」

言葉の続きを、野村は待たなかった。
もう十分、理解している。

「後戻りはできない」
野村が低く言った。

「ここまで来たんだ。
東京を、この国を支配するまで」

「その通りです」
藤堂が頷いた。

「明日、滝川と黒沢を呼びましょう。
四人で今後の対策を練る必要がある」

野村は葉巻に火をつけた。
紫煙が天井に向かって昇っていく。

「矢沢の記憶喪失が本物かどうかも確認しろ」

「既に手配しています。
黒沢会長が、信頼できる医師
に再検査させるそうです」

しばらく、二人は黙って夜景を眺めていた。
足下に広がる無数の光。
それは欲望の光であり、野心の光であり、
そして時には、誰かの人生が消える
瞬間の光でもある。

野村の携帯が震えた。
メッセージを確認した彼の顔が、一瞬強張る。

「滝川からだ。
桐生蒼太が今夜、怪しい動きをしている、と」

「どこに?」

「歌舞伎町。龍誠会系列の店がある地区だ」

藤堂の目が鋭く光った。

「偶然ではない」

「ああ」

野村は携帯を握りしめた。

「戦いは始まっている。我々が気づかぬうちに」

窓の外で、救急車のサイレンが遠くに響いた。
この街では毎晩、誰かが倒れ、
誰かが消え、誰かが這い上がる。
そして今夜、新たな駒が動き出した。

「藤堂」

野村が振り返った。

「本気だ。この戦いは」

「野村さん」

藤堂は冷たく微笑んだ。

「我々はとうの昔に、
引き返せない場所まで来ています。
今更、迷う余地などありません」

社長室のドアが開き、秘書が顔を出した。

「会長、明日の会議の資料です」

「机に置いておけ」

秘書が去り、再び二人きりになる。

野村は窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。
そこには、かつて泥にまみれながら
建設現場で働いていた若者の面影はない。
今あるのは、権力を手に入れるためなら
何でもする、老獪な男の顔だった。

「始めよう」
野村が言った。

「この街の、真の支配者になるために」

藤堂は無言で頷いた。

そして二人は、それぞれの戦場へと
向かうために社長室を後にした。

高層ビルの窓から見える東京の夜は、
相変わらず美しく、そして残酷だった。

その時だった。

ヒュッ、という空気を切り裂く音。

次の瞬間、何かが壁に突き刺さる鈍い音が響いた。

「なっ......!?」

野村と藤堂は同時に振り返った。

社長室の壁、重厚な木製パネルに、
一本の矢が深々と突き刺さっていた。
黒塗りの矢柄に、白い紙が結ばれている。

二人は凍りついた。

「馬鹿な......」
野村が呟いた。

「ここは四十五階だぞ......」

藤堂は窓ガラスを見た。
小さな穴以外は傷一つない。
この窓は特注の防弾ガラスだ。
拳銃の弾丸すら貫通しない。
それなのに、矢が......

野村はゆっくりと矢に近づいた。
手が震えている。
結ばれた紙を慎重に解く。

開いた紙には、墨で力強く、
たった二文字が書かれていた。

**「天誅」**

紙を持つ野村の手が震えた。
藤堂が背後から覗き込み、
その文字を見て顔色を失った。

「誰だ......誰が......」

野村は窓に駆け寄った。
外を見渡すが、
周囲に矢を射かけられるような建物はない。
この勘解由小路建設本社ビルは、
この一帯で最も高い。

「不可能だ」
藤堂が震える声で言った。

「物理的に、絶対に不可能なはずだ」

だが、矢は確かにそこにある。
防弾ガラスを貫通し、壁に突き刺さっている。

野村は矢を引き抜こうとしたが、
あまりに深く刺さっていて微動だにしない。
まるで、超人的な力で射られたかのように。

「これは......警告か?」
野村が呟いた。

「いや」
藤堂は青ざめた顔で答えた。

「宣戦布告だ」

二人の間に、今までにない恐怖が走った。

彼らは権力を、金を、暴力を支配してきた。
この街で恐れるものなど何もないはずだった。

だが今、
得体の知れない何かが、彼らを狙っている。

防弾ガラスを貫通し、
四十五階という高みに矢を届かせる、
人間離れした存在が。

「桐生の息子たちか......?」
野村が震える声で訊いた。

「わからない」

藤堂は矢を見つめた。

「だが、これは......人間業ではない」

社長室に、重苦しい沈黙が落ちた。

窓の外の東京の夜は、相変わらず美しく輝いている。
だが今、その光の中に、
得体の知れない闇が潜んでいることを、
二人は理解した。

狩る者だと思っていた彼らが、
今、狩られる側になったのだ。

---

**終わり**