不殺主人公の成れの果てを作りました
不殺の刃
異世界に転移した日、俺は“英雄”のスキルを得た。
剣を振るえば魔物は倒れ、
街を脅かすゴブリンやオーガを狩っては魔石を換金し、
糊口をしのぐ日々。
魔物は敵だ。
だが、人は違う。
それが、俺の譲れない線だった。
街を守るために結成した小さなパーティーは、
俺の信条を理解してくれていると思っていた。
軽やかに走る小さなスカウトは、
皆の笑顔の中心だったし、
巨躯の僧侶は壁のように仲間を守った。
魔法使いの彼女は、
戦場にあっても俺の帰る場所だった。
ある日、街に影が落ちた。
魔物ではない――大規模な盗賊団の襲撃。
俺は剣の腹で打ち倒し、気絶させ、追い散らした。
「殺すな。人だ」
その判断が、戦場の空気を歪ませていくのを、
俺は感じ取れなかった。
最初に倒した盗賊を、俺は地面に伏せて去った。
最初に崩れたのは、
いつも一番前を走っていたスカウトだった。
戦闘が一段落し、街路に静寂が戻りかけた頃、
彼は瓦礫の影からひょいと顔を出して手を振った。
「大丈夫だよ、みんな気絶してる!」
だが俺が最初に叩き伏せた盗賊の一人が、
そのすぐ背後にいることに、誰も気づかなかった。
地面に伏せていた男は、息を潜め、
時間を待っていたのだ。
短い悲鳴すら上がらなかった。
小さな体が、力なく崩れ落ちる音だけが路地に響いた。
駆け寄ったとき、スカウトの瞳は見開いたまま、
何かを言おうとしていた。
だが声は出ず、指先が俺の袖を掴もうとして、
空を切った。
「……俺が、殺さなかったからだ」
理解する前に、次の戦場が始まった。
僧侶は最後まで踏みとどまった。
巨体を盾に、祈りと拳で仲間を守り続けた。
骨がぶつかる鈍い音、荒い呼吸、
それでも彼は立っていた。
だが盗賊は人間だった。
恐怖を知り、怒りを覚え、
数で押すことをためらわない。
俺が剣で吹き飛ばした男たちが、
再び包囲を完成させた。
「戻ってくるな!」
俺の叫びは、騒音に飲まれた。
僧侶は囲まれ、四方から刃を突き立てられた。
倒れる瞬間、彼は俺を見て、かすかに笑った。
――守れなくて、すまない。
その表情が、今も脳裏に焼き付いている。
彼女がやられたことを、俺はその場では知らなかった。
後方で魔法を放ち続けていたはずの彼女が、
いつの間にか姿を消していた。
盗賊たちの怒号と嘲笑が重なり、
嫌な予感だけが胸を締め付けた。
戦いが終わり、駆けつけた先で見たのは、
倒れ伏した彼女だった。
服は乱れ、身体には無数の手の痕が残され、
魔力の灯は完全に消えていた。
抵抗した痕跡は、はっきりとあった。
魔法陣の焦げ跡、砕けた指輪、握りしめられた地面。
最後に、刃が一度だけ振り下ろされたことも、
すぐに分かった。
叫び声は、俺のいない場所で尽きていた。
俺は、その直後に「人助け」をした。
震える少女の手を取り、守ったつもりで背を向けた。
仲間たちの死は、俺の選択の延長線上にあったのに。
不殺は、慈悲ではなかった。
ただの独りよがりだった。
その代償を、仲間たちが先に払っただけだった。
気づいた時、俺は路地で震える少女を庇っていた。
「ありがとう」
そう言って近づく彼女の足取りに、
言いようのない違和感があった。
痛みが走る。
胸元に、冷たい感触。
少女は笑った。
「刃には毒が塗ってあるの。もう助からないよ」
理解できなかった。
人を殺さないと決めた俺が、なぜ――。
彼女は、天使のような笑顔で言った。
「見逃された屈辱が、どれだけ悔しかったか。分かる?
あんたは不殺を振りかざして、私たちを生かした。
だから、私たちは誓った。
必ず復讐してやるって。
女や子供に甘いあんたなら、
私が近づけると思ったよ」
視界が暗くなる。
初めて、分かった。
俺は優しさを選んだつもりで、恨みを蒔いていた。
俺の行いの果てに、守るべき人を失い、
自分の命すら守れなかった。
剣は、誰も救わなかった。
不殺の刃は、すべてを失わせただけだった。