# 白い波の向こうに

港に立つ老人は、遠い水平線を見つめていた。
波の音が、半世紀前の記憶を呼び覚ます。

「豊かさをもたらすため」

そう言って彼らはやってきた。
蒸気船に乗り、見たこともない機械を携えて。
村の長老たちは困惑した。
だが、若者たちの目は輝いていた。
鉄道が、工場が、
新しい世界への扉が開かれると信じて。

最初の十年は、確かに何かが変わった。
道路ができ、街灯が灯り、学校が建った。
だが、その代償は静かに、
確実に村を蝕んでいった。

工場建設が始まった。
祖父が守ってきた森は、一週間で丸裸にされた。
樹齢百年の木々が倒れる音を、
村人たちは呆然と聞いていた。
その森で採れた薬草で、
村の医者は何世代も人々を治してきたのに。

巨大な煙突が空に向かってそびえ立った。
黒い煙が昼夜を問わず吐き出され、
やがて雨が降ると、それは酸っぱい匂いがした。
子供たちの肌に湿疹ができ始めた。
咳が止まらない老人が増えた。

川は工場の排水で濁り、
魚の死骸が浮かぶようになった。
村人たちが何世代も飲んできた清水は、
今では触れることさえ躊躇われる色に変わった。
井戸を掘り直すにも金がかかる。
その金は、工場で働いても簡単には貯まらなかった。

「これは投資だ」
彼らは言った。

「発展のための必要な犠牲だ」

工場で働く人々の手は荒れ、肺は煤で黒くなった。
賃金は生活に足りず、
利益はすべて海の向こうへと運ばれていった。
医者に診てもらう金もない。
抗議する者は反逆者と呼ばれ、
従順な者は愚か者と笑われた。

そして最も恐ろしいことが起き始めた。
村が、内側から壊れていったのだ。

工場の監督として雇われた村人は、
突然立派な服を着て、革靴を履くようになった。
彼は同じ村で育った幼馴染に命令し、
怠けていると罵声を浴びせた。

「俺は努力したからこの地位にいる。
お前たちが貧しいのは努力が足りないからだ」

店を任された者は、商品の値段を吊り上げた。

「これが市場価格だ」
と言って。

かつて互いに助け合った隣人が、
今は債権者と債務者になった。

学校に通える子供と通えない子供が生まれた。
通える子供たちは、工場で働く子供たちを
「下層民」と呼ぶようになった。
十歳の少女が、幼い弟の手を引いて
工場の門をくぐる姿を、
制服を着た同じ年頃の少年が蔑んだ目で見ていた。

「貧乏なのは自己責任だ」

そんな言葉が、村に広がった。
かつて天候不順で収穫が減れば、
村人は蔵の米を分け合った。
今は「施しは自立心を奪う」と言って、
飢える者を見て見ぬふりをする者が増えた。

村の寺の住職は嘆いた。
「我々は何を失ったのだろう」と。

だが、その住職の息子は工場主に取り入り、
新しい事業の話を持ちかけていた。
金の匂いは、血のつながりさえも薄めてしまう。

工場で働く女性が、原因不明の病で次々と倒れた。
だが工場は「個人の体質の問題」として
責任を認めなかった。
監督となった村人も、見て見ぬふりをした。
かつての隣人の苦しみよりも、
自分の地位を守ることの方が大切になっていた。

村は二つに割れた。
工場で「成功」した者たちは、
新しく区画された「上の町」に住むようになった。
煙突から離れた、風上の丘の上に。
病に苦しむ者たちは、
汚れた川のそばの「下の町」に残された。

同じ村人だった。
同じ井戸の水を飲み、同じ祭りで踊り、
同じ空を見上げていた。
それがいつの間にか、
互いを人間として見ることさえしなくなっていた。

老人の父は、かつて村の教師だった。
ある日、届いた教科書を開いて絶句した。
そこには「文明化された民族」と
「未開な民族」が描かれていた。
父は静かにその本を閉じ、
夜通し自分の手で新しい教材を書いた。

海の向こうの国では、
豪奢な邸宅で晩餐会が開かれていた。
植民地から運ばれた絹のテーブルクロス、
象牙の装飾品、宝石。

「我々は世界に文明をもたらしている」
と彼らは乾杯した。
その足元に敷かれた絨毯が、
どんな子供の手で織られたかは、
誰も気にしなかった。

老人が青年だった頃、
同じアジアの国が立ち上がった。
その国は長く外界を拒んでいたが、
やがて扉を開き、巧みに力をつけていった。
そして国際会議の場で、ある提案をした。

「人種による差別を、撤廃しよう」

議場は静まり返った。
植民地を持つ国々の代表は、互いに目配せした。
そして採決の時、その提案は葬られた。
議長は言った。
「全会一致が必要だ」と。
たとえ賛成票が多数でも。

その瞬間から、
その国への風当たりは激しくなった。

海の向こうの新聞には、
連日その国を糾弾する記事が躍った。

「傲慢な黄色人種」

「世界秩序への挑戦者」

「危険な拡張主義国家」。

ラジオからは、その国がいかに野蛮で、
いかに危険で、いかに世界平和を
脅かしているかが繰り返し流された。

映画館では、その国の人々を猿のように
描いた風刺画が上映された。
子供向けの絵本にさえ、
「悪い東洋人」の挿絵が描かれた。
カフェで新聞を読む人々は、
眉をひそめてこう言った。

「あの国は止めなければならない」

教会の説教壇からも、
その国は「神の秩序に逆らう者」として語られた。
大学の講義室では、教授たちが
「文明の階層」を説き、
その国が「身の程をわきまえない」と論じた。
誰もが疑わなかった。
新聞に、ラジオに、政府に、教会に嘘があるとは。

だが、真実は別の場所に残されていた。

老人の村に、その国から来た医師がいた。
彼は工場の煙害で苦しむ人々を、無償で診察した。
自分の国の医学書を翻訳し、
村の若者に医術を教えた。
「人の命に、国境はない」と彼は言った。

遠い中東の地では、その国の技術者たちが
灌漑設備を造っていた。
植民地支配者たちが見向きもしなかった荒れ地に、
水を引き、畑を耕した。
現地の人々と同じものを食べ、
同じ地面に寝て、対等な仲間として働いた。

南米のある国では、その国の農学者が
新しい作物の栽培法を伝えていた。

「この土地に合った方法で」
と彼は言った。

本国から指示されたやり方を押し付けるのではなく、
その土地の気候を学び、人々の知恵を尊重した。

東南アジアでは、その国の教師たちが
学校を建てていた。
植民地支配者が禁じていた現地の言葉で授業を行い、
その国の文字と共に現地の文字も教えた。

「自分の言葉を誇りに思いなさい」と。

アフリカの港では、その国の船員たちが
現地の漁師に航海術を教えていた。
利益を吸い上げるためではなく、
技術そのものを分かち合うために。
夜には共に食卓を囲み、
互いの歌を歌い合った。

これらの話は、海の向こうの新聞には載らなかった。
ラジオで放送されることもなかった。
だが、助けられた人々は覚えていた。
その国の人々が、対等な人間として
自分たちを扱ってくれたことを。
搾取するためではなく、
共に生きるために来てくれたことを。

老人は覚えている。
村に来たその国の医師が、
最後の日に言った言葉を。

「いつか真実が明らかになる日が来る。
たとえ今、世界中が我々を悪と呼んでも、
私たちは正しいことを続ける。
なぜなら、それが人としての道だから」

彼は微笑んで、こう続けた。

「あなた方が健康でいてくれること、
子供たちが笑っていること。
それが私たちの報酬です。
新聞の見出しよりも、ずっと価値がある」

その後、世界は再び炎に包まれた。
宣伝は真実を覆い隠し、
多くの人々はその国を悪の権化だと信じた。
だが、助けられた人々の記憶の中に、
別の真実が静かに残されていた。

それは、いつか花開く種のように。

しかし、その種が芽吹くことは許されなかった。

植民地を持つ国々は、その国を包囲した。
経済制裁、資源の封鎖、外交的孤立。
そして最後には、戦争を仕掛けた。

「世界の平和のために」という名目で。

老人は今でも覚えている。
戦火の中で、若者たちが叫んだ言葉を。

「対等な世界を」

「尊厳を」

「自由を」。

戦争は多くのものを奪った。
そしてその国は、敗北した。

勝者たちは、歴史を書き換えた。

その国が世界各地で行った医療支援も、
教育も、技術移転も、すべて記録から消された。
新しい教科書には、
その国が「侵略的拡張主義」を取り、
「誤った選択」をしたとだけ書かれた。
差別撤廃の提案については、
一行も触れられなかった。

世界中の図書館から、
その国の貢献を記した文書が消えた。
助けられた人々の証言は
「敵国のプロパガンダに騙されたもの」
として否定された。
子供たちは学校で教わった。
「あの国は間違っていた。我々が正義だった」と。

一方、植民地を持っていた国々は、
戦後ゆっくりと、とても慎重に植民地を手放し始めた。
もはや直接統治を維持するコストが
割に合わなくなったからだ。
彼らは独立を「恩恵」として与えた。

だが、謝罪は一切なかった。

数百年にわたる資源の略奪について、
賠償は支払われなかった。
強制労働で死んだ何百万もの人々について、
追悼の言葉さえなかった。
破壊された文化について、奪われた尊厳について、
引き裂かれた家族について、
誰も責任を取らなかった。

それどころか、彼らは言った。

「我々は文明をもたらした」

「鉄道を敷き、学校を建てた」

「彼らを近代化させた」と。

まるで善行であったかのように。

教科書には「大航海時代」「産業革命」
「近代化の促進」という言葉が並んだ。
「植民地支配」という言葉は、
まるで中立的な制度であるかのように説明された。
「奴隷貿易」については、
小さな注釈で触れられるだけだった。

そして今も、その構造は続いている。

老人は今でも覚えている。
戦後、村に戻ってきた者たちの言葉を。
「我々は間違っていたと教えられた。
でも、あの医師の顔を、あの教師の言葉を、
私は忘れられない」

今、港には様々な国の船が停泊している。
かつて植民地だった国々は、独立を果たした。
だが老人は知っている。
搾取の形は変わっただけだと。
今度は爆弾ではなく、契約書によって。
軍艦ではなく、投資という名の鎖によって。

かつての植民地の資源は、
今も「公正な取引」という名目で、
かつての宗主国へと流れている。
現地で作られた製品は安く買い叩かれ、
完成品は高く売りつけられる。
借金という名の支配が、
独立した国々を縛っている。

国際機関の重要な地位は、
今も白人国家が占めている。
世界銀行、国際通貨基金、安全保障理事会。
「実力主義」という名目で、
かつての植民地国家は常に周縁に置かれる。

教育の場でも、白人の思想、白人の歴史、
白人の基準が「普遍的」として教えられる。
他の文明の知恵や哲学は、
「民族学」という特殊な分野に追いやられる。

そして最も巧妙なのは、
かつて植民地だった国の人々自身が、
この序列を内面化してしまったことだ。
白人のアクセント、白人の美的基準、
白人の生活様式を「上」とみなし、
自らの文化を「遅れたもの」として恥じる。

老人の孫娘は、
肌を白くするクリームの広告を見ている。
テレビには、白人モデルばかりが映る。
「成功者」として紹介される人物は、
ほとんどが白人か、
白人の価値観を完全に受け入れた者だ。

「おじいさん、何を見ているの?」

孫娘が尋ねた。老人は笑顔で答えた。

「未来を見ているんだよ。お前たちが作る未来を」

歴史は繰り返す。
だが人は学ぶこともできる。
真の豊かさとは何か。
真の文明とは何か。
それは他者を踏みつけた先にあるものではなく、
互いの尊厳を認め合う先にしかない。

ただし、その学びは容易ではない。
勝者が書いた歴史、勝者が作った制度、
勝者が定めた基準。
それらすべてを疑い、問い直す勇気が必要だ。

そして今、新たな支配の形が生まれている。

老人は新聞を広げる。

「グローバル化」

「ボーダーレス社会」

「世界市民」という言葉が躍っている。

国際会議では、巨大企業の経営者たちが
政治家たちと肩を並べ、
いや、時には政治家たちの上に座っている。

「世界平和のために国境を越えよう」
と彼らは言う。

「自由な貿易が繁栄をもたらす」と。
「規制は時代遅れだ」と。

だが老人は知っている。
それが何を意味するのかを。

かつて植民地を支配したのは国家だった。
今、支配しようとしているのは、
国家をも超越した資本そのものだ。
彼らに国籍はない。
忠誠を誓う国もない。
あるのはただ、利益だけだ。

国家が定めた労働基準は「競争力を損なう」
として撤廃を求められる。
環境規制は「投資の障壁」として攻撃される。
税金は「不当な負担」として、
より安い国へと逃れていく。

「これは世界の人々のためだ」と彼らは言う。
「繁栄は皆に行き渡る」と。
かつて植民地支配者たちが
「文明化」を唱えたように。
同じ論理、同じ嘘、ただ言葉を変えただけ。

巨大企業は、どの国の法律にも完全には従わない。
本社はタックスヘイブンに置き、
生産は賃金の安い国で行い、
利益は株主のポケットに流れ込む。
国家は彼らに課税することさえ難しくなった。
「規制すれば他国に逃げる」と脅されるから。

テレビでは、著名な経済学者たちがこう説く。

「国家の時代は終わった」

「規制緩和こそが成長の鍵だ」

「市場に任せれば最適な解が得られる」。

大学でも、企業でも、政府でさえも、
同じ言葉が繰り返される。

孫娘の教科書には「グローバル市民」という
新しい概念が載っている。

「国境にとらわれず、
世界中どこでも働ける人材になろう」と。

だがそこには書かれていない。
その「自由」を手に入れられるのは
一握りの者だけで、大多数は故郷を追われ、
より安い労働力として
消費されるだけだということを。

老人の友人は、こう嘆いた。
「孫が大企業に就職したが、
三年で五つの国を転々とさせられた。
家族も持てず、根を下ろす場所もない。
これが『グローバル人材』の現実だ」

反対する声は、確かにある。
一部の学者、活動家、労働組合、
そして現場で苦しむ人々。
彼らは警告する。

「これは新しい植民地主義だ」

「民主主義が企業に乗っ取られている」と。

だが、その声は小さい。
メディアは彼らを
「グローバル化に反対する時代遅れの人々」
として描く。

「保護主義者」

「競争から逃げる者」と。

かつて植民地支配に抵抗した人々が
「反逆者」と呼ばれたように。

大多数の人々は、騙されている。
あるいは、騙されていることに気づいても、
どうしようもないと諦めている。
システムはあまりに巨大で、複雑で、
どこから手をつければいいのかわからない。

「便利になった」と人々は言う。
世界中の商品が手に入り、どこへでも旅行できる。
だが、その便利さの裏で、誰かの村が工場に変わり、
誰かの森が消え、
誰かの子供が学校にも行けず働いている。

老人は港を見る。
巨大なコンテナ船が、昼夜を問わず行き交う。
かつての軍艦よりもはるかに大きな船が、
かつての植民地支配よりも
はるかに多くの富を運んでいく。

だが今回は、占領軍もいなければ、
総督府もない。
だから多くの人は、
自分たちが支配されているとさえ気づかない。

「自由な選択」だと信じている。

「市場の原理」だと受け入れている。

老人は孫娘の手を取り、歩き出した。
波の音が、希望と警告を同時に運んでくる。
真実は水面下に沈められたままだ。
だが、いつか誰かが潜り、
それを引き上げる日が来るかもしれない。

その日まで、記憶は受け継がれなければならない。
あの医師の言葉を、あの教師の笑顔を、
あの技術者の誠実さを。
そして、葬られた提案を。

「人種による差別を、撤廃しよう」

その言葉を発した国が、なぜ悪とされたのか。
そして今、「国境を越えよう」と唱える者たちが、
本当は何を求めているのか。

歴史は形を変えて繰り返す。
だが、その本質は変わらない。
支配する者と支配される者。
搾取する者と搾取される者。
そして、真実を語る者と、それを覆い隠す者。

その問いに答えられる日が来るまで。
老人は、孫娘に語り続けるだろう。
波の音に消されぬよう、
静かに、
しかし確かに。