残りの5法則についての記述です。
何カ月も自分の願望を
朝晩、唱えているけど
実現するどころか
事態がかえって悪くなったという人がいます。
この人たちを詳しく調べたら
例外なく
自分が心の底で噓を言っていると
感じていることが判明したそうです。
潜在意識は
その人の本音しか受け付けません。
繁栄していないのに
繁栄しているといっても
潜在意識から100倍ぐらいで
「繁栄していない!!!」
と返ってきます。
このような場合は
現在進行形または単語のみを言うと
嘘ではないので
潜在意識は受け入れてくれます。
たとえば、
「私はこれから繁栄、成功しつつある。」
「富、無限、健康」
これらのフレーズや単語は
とてもパワフルなので
心身を寛がせて、ゆったりした気分で
実行してみる価値はあります。
多くの人を貧乏にしているのは
嫉妬の感情です。
嫉妬心を抱いている限り
その人は豊かになれません。
なぜなら
嫉妬心は
富に対する否定的な感情を
抱くことになるからです。
貧乏な人たちは
同じ仲間同士では
助け合ったり、美しい行為をしますが
仲間の中で誰かが少しでも豊かになると
我慢できず、悪口を言い、嫉妬する人が
ほとんどらしいです。
一方
裕福な人たちは
貧しい人たちへの同情心は少ないが
人の成功を喜ぶ傾向が強いと言われています。
あなたの周囲の人で
裕福な人や成功した人がいたら
自分の理想像であると認識して
祝福の心を持ってください。
最初はぎこちなくても
そのうち本心から祝福できるようになります。
幸福な人生を送るためには
健康生活も大切な要因の一つです。
難病の治癒にも潜在意識を活用して
治すことは可能です。
どのような宗教にも
病気治しの奇跡譚はあります。
人間が深い宗教的な気持ちに満たされると
表面意識が一時活動を停止し
無限の知性である
潜在意識に働きかけることで
天上界の治癒の光が臨み
本来の健康な身体へと回復します。
数学の問題に対する正解は一つです。
間違った数は
間違った生徒の数だけ無数にあります。
つまり
数学の原理はありますが
間違いの原理はないことを意味しています。
同様に
病気の数は無数にありますが
健康は一つであり
こちらが真理であることを意味しています。
ただし
病気は
その人の今世での魂修行と
密接に関係しているため
治らない例外ケースもあることは
理解しておくべきだと思います。
幸福の要因として
人間関係の調和も大切な要因です。
特に
伴侶のめぐり合わせは
その人の人生に大きな影響を及ぼします。
理想的な伴侶と巡り会うためには
潜在意識の活用が効果的です。
目を閉じて、リラックスし
静かに、受動的な状態で
「私は、今
正直で、誠実で、幸福で、成功している
理想的な伴侶と巡り会いつつあることを
確信します。」
このようなフレーズを潜在意識に吹き込むことで
理想の伴侶と巡り会い
幸福な家庭を築くことができると思います。
いつ、どこで出会うか悩む必要はありません。
悩んだり、心配すると
そのことが潜在意識に刻印され
良い結果を引き寄せないことになりますので
淡々としていることが大切です。
理想の伴侶と家庭を築いたら
愛、平和、調和、善意を相手に投射するよう
心がけてください。
必ず、理想の幸福な家庭が築けるはずです。
最後に
快眠について記述します。
睡眠の必要性について
医者では十分な説明ができません。
睡眠中に休んでいる臓器は一つもないので
昼の活動時間に疲れた体を休めるため
睡眠が必要であるという説明では
十分な理由になっていません。
リンカーン大統領と同世代の
弁護士兼政治家のジョン・ビゲロー(1817~1911)は
著書『The Mystery of Sleep』の中で
「私たちが眠らなければならない主な理由は
魂の比較的高級な部分が
超脱によって、私たちの高級な性質と一体となり
神々の知恵と予知に参加するためである。」
と、述べています。
快眠が維持できるようになると
潜在意識は
あなたに正しい指示を与え保護してくれます。
正しい判断に迷った時は
就寝前に次のように祈ることです。
「無限の知性はすべてを知っています。
正しい判断が神の秩序に従って
私に示されます。
その答えが現れたら
それに従います。」
そうすると
夢の中でいろいろな人が現れ
正しい方向性やヒントを示してくれます。
正夢を見せてくれる回数が増えるのです。
以上が潜在意識を活用するための
10の法則です。
皆様がこれらの法則を使って
幸福な人生を歩まれることを
心から祈念しています。
潜在意識を活用して
幸福な人生を築く方法についての考察です。
潜在意識の活用については
ジョセフ・マーフィーが有名です。
日本でもいろいろな方が翻訳本を出していますが
渡部昇一先生が
大島淳一のペンネームで書かれている書籍が
読みやすく、的確な訳になっていると思います。
今回は
マーフィー100の成功法則から
重要と思われる部分をさらに抽出して
10法則にまとめてみました。
自分とは何か?
自分とは今、自分が考えていること
感じていることそれ自体であり
固定したものはないとい認識を持つことが
最初の出発点になります。
ヒル博士も
Thoughts are things.
(思考は物体化する。)
と同様な内容を言っており
潜在意識を活用する前提として
この認識を持つことが重要です。
潜在意識は
判断したり、選択したりする
能力はありません。
そのため
受け入れたものは全て
無差別に実現してしまう性質があるので
積極的で明るい言葉を
本心から繰り返し語り続ける必要があります。
潜在意識に
働きかける方法としては
視覚化が効果的で
働きかける時間帯は
床に入って眠りにつく前と
朝、目が覚めてまだ意識がはっきりしない時
が最適です。
自分の欲しいものを写真にして
常時、ワクワクしながら眺めてみる。
就寝前、起床後
自分で音声ファイルに吹き込んだ内容を聴く。
このようなことを楽しみながら
繰り返していると
その内容が実現してきます。
潜在意識を働かせるためには
くつろいだ状態に自分を置くことが重要です。
そのための方法として
足の先から、一つひとつ筋肉にゆるむことを
命ずるのが効果的です。
右の指先、くるぶし、ひざ、もも
左の指先、くるぶし、ひざ、もも
腸、胃、肺、心臓、首
右の指先、手首、肘、肩
左の指先、手首、肘、肩
下あご、鼻、耳、目、頭
慣れてくると1分程度で全身が緩んできます。
人間は
幸福も不幸も自由に選ぶことができます。
今、現在の心の状態が公・不幸を決めます。
ならば
幸福を選び取ることが、
損得勘定から言っても得でしょう。
朝起きたら、次の言葉を
静かに、ゆっくりと
自分に言い聞かせてみてください。
そうすれば、
あなたは幸福を選んだことになります。
「私は今日、幸福を選びます。
私は今日、成功を選びます。
私は今日、適切な行為を選びます。
私は今日、みんなに対して愛と善意を選びます。
私は今日、平和を選びます。」
この言葉を
命と愛と興味を注ぎ込みながら言うことで
幸福な一日が始まるはずです。
シンプルで万人ができる
幸福への道です。
皆様が幸福な人生を送れるよう
心から祈念しています。
残りの5法則は明日記述します。
一時、話題になった
加計学園問題
岡山理科大学の今治キャンパスに
獣医学部の設置認可をめぐり
「特別の便宜」が図られたかどうかで
与野党の議論が繰り広げられたが
設置認可が下り
2018年4月に開学した問題です。
安倍首相に対する忖度行政の真偽は別として
西日本に獣医学部が少ないことは事実であり
今治市は
BSEの検査体制や鳥インフル対応などに関して
畜産部門の獣医師が不足していたため
十分な対応ができず
需要が拡大する状況でした。
しかし、
文部科学省は
1966年の北里大学の獣医学部新設以来
既存権益を守るため
獣医学部の新設を認めず
獣医師数を抑制していました。
獣医師養成系大学・学部の新設に関して
以下の内容が「日本再興戦略」として
平成27年6月30日 閣議決定されています。
「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し
ライフサイエンスなどの獣医師が
新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり
かつ、
既存の大学・学部では対応が困難な場合には
近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ
全国的見地から本年度内に検討を行う。」
日本獣医師政治連盟としては
現状では
獣医師養成系大学・学部の新設はできないという
見解を示していました。
確かに
閣議決定の文言を読む限り
既存の大学・学部で対応が困難な場合など
想定できないので
その通りだと思います。
しかし、
開学3年目の岡山理科大学獣医学部は
定員割れしていません。
既存権益を守るため
参入障壁を作るのに
政治家を利用することも
その参入障壁を突破するために
政治家を利用することも
望ましいことではないと思います。
憲法第23条には
「学問の自由は、これを保障する。」
と述べられており
学問研究の自由として
何を研究するかは自由であり
研究発表の自由も
教授の自由も
基本的に認めれています。
私塾でしかなかった
松下村塾から
優秀な人材が多数輩出された事実を
しっかり受け止め
文部科学省は
国公立大学は別として
学問研究の自由を阻害するような
私立大学の認可行政に
関与すべきではないと考えています。
教科書検定などもってのほかです。
日本企業の国際競争力が低下している原因は
文部科学省にもあるはずです。
人気のある大学や学部には
教授も生徒も集まり
人気のないところは
集まらない。
それが健全な競争だと思います。
役人の天下り先確保のため
現状のまま認可行政を続けていけば
文部科学省の存在自体が疑問視され
将来的になくなることも危惧されます。
日本再興戦略としては
極力規制を排除し
組織も個人も
健全で自由な競争の下
切磋琢磨していくことだと考えています。
サミュエル・スマイルズの
自助論が
再度、わが国で読まれ始め
不必要な許認可行政が
我が国の経済的発展を阻害しないことを
希望しています。
最後に釈尊の場合について
考察してみます。
釈尊の前に現れた悪魔はナムチという悪魔で
釈尊の成道を妨げようとして
この世の常識をベースに誘惑してきます。
釈尊と悪魔の対話が
スッタニパータという経典に出ており
「ブッダのことば」(中村元訳)として書籍になっています。
参考になる個所を以下に記します。
ネーランジャラー河の畔にあって、安穏を得るために、つとめはげみ専心し、努力して瞑想していたわたくしに、
ナムチはいたわりのことばを発しつつ近づいて来ていった。
「あなたは痩せてして、顔色も悪い。あなたの死が近づいた。
あなたが死なないで生きられる見込みは、千に一つの割合だ。
きみよ、生きよ。生きたほうがよい。
命があってこそ諸々の善行をもなすこともできるのだ。
あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、
聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。
(苦行に)つとめはげんだところで、何になろうか。
つとめはげむ道は、行きがたく、行いがたく、達しがたい」
かの悪魔がこのように語ったときに、
尊師(ブッダ)は次のように告げた。
「怠け者の親族よ、悪しき者よ。汝は(世間の)善業を求めてここに来たのだが、
わたしはその(世間の)善業を求める必要は微塵もない。
悪魔は善業の功徳を求める人々にこそ語るがよい。
わたしには信念があり、努力があり、また知慧がある。
このように専心しているわたしくしに、汝はどうして生命をたもつことを尋ねるのか?
肉が落ちると、心はますます澄んでくる。
わが念いと智慧と統一した心とはますます安立するに至る。
わが心は諸々の欲望にひかれることがない。見よ、心身の清らかなことを。
汝の第一の軍隊は欲望であり、第二の軍隊は嫌悪であり、第三の軍隊は飢餓であり、第四の軍隊は妄執といわれる。
汝の第五の軍隊はものうさ、睡眠であり、第六の軍隊は恐怖といわれる。
汝の第七の軍隊は疑惑であり、汝の第八の軍隊はみせかけと強情と、誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉と、
また自己をほめたたえて他人を軽蔑することである。
ナムチよ、これは汝の軍勢である。
勇者でなければ、かれにうち勝つことができない。(勇者は)うち勝って楽しみを得る。
このわたくしがムンジャ草を取り去るだろうか?(敵に降参してしまうだろうか?)
この場合、命はどうでもよい。わたくしは、敗れて生きながらえるよりは、戦って死ぬほうがましだ。
或る修行者たち・バラモンどもは、この(汝の軍隊)のうちに埋没してしまって、姿が見えない。
そうして徳行ある人々の行く道をも知っていない。
軍勢が四方を包囲し、悪魔が象に乗ったのを見たからには、わたくしは立ち迎えてかれらと戦おう。
わたくしをこの場所から退けることなかれ。
神々も世間の人々も汝の軍勢を破り得ないが、わたくしは智慧の力で汝の軍勢をうち破る。──焼いてない生の土鉢を石で砕くように。
みずから思いを制し、よく念い(注意)を確立し、国から国へと遍歴しよう。──教えを聞く人々をひろく導きながら。
かれらは、無欲となったわたくしの教えを実行しつつ、怠ることなく、専心している。
そこに行けば憂えることのない境地に、かれは赴くであろう。」
(悪魔はいった)、
「われは七年間も尊師(ブッダ)に、一歩一歩ごとにつきまとうていた。
しかもよく気をつけている正覚者には、つけこむ隙をみつけることができなかった。
烏が脂肪の色をした岩石の周囲をめぐって
『ここに柔かいものが見つかるだろうか?味のよいものがあるだろうか?』
といって飛び廻ったようなものである。
そこに美味が見つからなかったので、烏はそこから飛び去った。
岩石に近づいたその烏のように、われらは厭いてゴータマ(ブッダ)を捨て去る。」
悲しみにうちしおれた悪魔の脇から、琵琶がパタッと落ちた。
ついで、かの夜叉は意気消沈してそこに消え失せた。
釈尊が悟りを開かれ
成道する直前に悪魔が現れ
誘惑を試みますが
すべての手口を見透かされた悪魔は
釈尊に取り付く島がなく
釈尊の成道を妨げることができませんでした。
釈尊はイエス様の場合よりも
悪魔の手口を
より具体的に見抜かれていますので
私達の教訓として具体的に見ていきたいと思います。
まず、欲望が言われています。
人間として肉体を持って
この地上で修行している限り
欲望を完全になくすことは死を意味します。
欲望に振り回されず
上手にコントロールすることが大切で
そのための修行としては
信仰生活をベースに
教学、反省、瞑想、祈りを
凡事徹底することと考えています。
二番目の嫌悪を克服することは
かなり難しいと思います。
怨憎会苦は八苦の一つで
万人に仏性が宿っていることを深く実感しないと
この境地に達することは容易ではなく
八正道の実践を根気強く続けていくことが大切だと思います。
三番目の飢餓は
ヒル博士、イエス様にも共通した手口なので
普遍的な悪魔の誘惑手段なのでしょう。
4番目の妄執とは迷いによる執着で
死後、天上界への移行を妨げ
この世で徘徊することになります。
生前であっても
物質や肉体への執着を取り除いていくと
静寂な安らぎの境地を体験できます。
ものうさ、睡眠が習慣化されると
勤勉の美徳から遠ざかって
怠惰な生活をすることになります。
悪魔の好む人間へと堕していき
そこから抜け出すことが困難になります。
恐怖はヒル博士が特に強調していた手口で
恐怖の伝搬力は強力です。
勇気をもって自分の中から締め出したいところです。
疑惑はマスコミや既存権力者が
自己保身のために使う手段でもあり
嫉妬を煽ったり
正しい教えを伝えている教団を
誹謗中傷するのに
常時使われる手口です。
強情と信念の違いは微妙なところがあり
自分以外の考えも一度受け入れ
検討してみるだけの度量があるか
自問自答してみるとよいかもしれません。
トップになってくると周りはイエスマンばかりになり
下からの諫言に耳を貸さなくなると
これも悪魔の餌食になります。
自己顕示欲や周りの人を軽蔑することは
優しさや愛の欠如となりますので
これも悪魔の支配下に入ることになります。
悪魔は最初親切を装って
言葉巧みに
釈尊へ既存の宗教修行を勧めます。
世間の常識を上手に使ってきますので
注意が必要だと思います。
「地獄への道は善意で舗装されている。」
この諺を肝に銘じて
惑わされないように注意したいところです。
そして
釈尊もイエス様も
降魔成道後に伝道を開始しています。
救世主が法を説かれるとき
悪魔は必ず妨害してきます。
なぜなら
正法が説かれ
みんながそれを実践し始めると
悪霊や悪魔が地上の人間に憑依できなくなり
自分たちの住処を奪われることになるため
必死になって妨害してくるのです。
一部の宗教学者や宗教家も
この対話を比喩にしか捉えていないようです。
霊的真実を隠すことは
悪魔たちにとってはとても都合のよいことなのです。
真実語を信条としていた釈尊が
単なる比喩でこれらの話をしているはずがありません。
悪魔は過去にも現在にも実在しています。
皆様方が悪魔の軍勢を敗れる一助になれば幸いです。
悪魔との対話で
悪魔の正体が明確に示されているのが
イエス様の荒野の誘惑です。
ここに出てくる悪魔はベルゼバブといって
ルシファーに次ぐNO2の悪魔です。
ヘブライ語で「ハエの王」という意味があり
この悪魔が暗躍するところでは
ハエが大量に発生するとも言われています。
旧約聖書の預言者エリヤが
バアルの預言者と雨乞いの儀式をもって争った相手が
崇拝していたのもこのベルゼバブです。
この悪魔がイエス様との対話で
以下の試みをしています。
1.もしあなたが神の子であるなら
この石に、パンになれと命じてごらんなさい。
イエスは答えて言われた
『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある。
イエス様のこの言葉は旧約の申命記8:3に書いてある
それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、
あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって
あなたを養われた。
人はパンだけでは生きず
人は主の口から出るすべてのことばによって
生きることをあなたに知らせるためであった。
からの引用で切り返しています。
2.悪魔はイエスを高い所へ連れて行き
またたくまに世界のすべての国々を見せて言った
「これらの国々の権威と栄華とをみんな、あなたにあげましょう。
それらはわたしに任せられていて、だれでも好きな人にあげてよいのですから。
それで、もしあなたがわたしの前にひざまずくなら
これを全部あなたのものにしてあげましょう。」
イエスは答えて言われた
『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある。
この言葉も申命記6:13に書いてある
あなたの神、主を恐れてこれに仕え、その名をさして誓わなければならない。
からの引用です。
3.悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、宮の頂上に立たせて言った、
「もしあなたが神の子であるなら、ここから下へ飛びおりてごらんなさい。
『神はあなたのために、御使たちに命じてあなたを守らせるであろう』とあり、
イエスは答えて言われた
『主なるあなたの神を試みてはならない』と言われている。
悪魔は旧約の詩篇91篇11節~12節を引用して
イエス様を誘惑しますが
この時も
申命記6:16に書いてある
あなたがたがマッサでしたように、あなたがたの神、主を試みてはならない。
と言って切り返しています。
この時に悪魔が使った誘惑の手口は
・飢餓に対する恐怖
・この世だけの栄誉栄華
・神への試み
しかも
旧約の内容を言葉巧みに使ってきますので
智慧がないと見抜けません。
この誘惑は我々に対しても
常に試みられていることだと思います。
飢餓から死への恐怖を煽り
犯罪へ導こうとする手口は悪魔の常套手段でしょう。
自己中で己の出世だけを求め
他者への優しさや愛を忘れた出世欲は
エリートが陥りやすい罠でしょう。
神への試し、信仰の試しで
無神論者へと転換してしまう人は
後を絶ちません。
自分が真剣に祈ったことが実現しない時
その背後にある神仏の真意を見抜こうとせず
神仏の存在を否定することは
ギブアンドテイクで
神仏を裁いていることに気付くべきです。
イエス様は
幼少時に神童と言われるぐらい
旧約の聖書を暗記し、
大人たちと議論していましたので
自由自在に聖書の言葉を使って
切り返しています。
救世主といえども
悪魔を破折するためには
聖句を暗記して
ディベート能力を高める訓練が
必要であるという事が分かります。
ただし
この世的に尊敬されている人々を
鮮やかなまでに
ディベートで破折した場合は
相手からの嫉妬、憎しみを買うことも
教訓として覚えておくべきだと思います。
イエス様にもう少し時間があれば
長期的な戦略で伝道を進めていたと思われます。
悪魔の手口を見破れるよう
教学をしながら
智慧を持てるよう
謙虚に精進していきたいと考えています。
皆様の参考になれば幸いです。