悲しい事

去年の8月末で、我が職場を退職した正社員の女の子がいる。 16歳で出産し、親の助けを借りて仕事をしていたが、子供の父親であるボーイフレンド(結婚はしていなかった)と不仲になり始めた事を理由に将来の事を考え、看護師の大学へと進んだ。 先日、店長のお別れパーティにも参加した彼女であったが、私はぱっと見彼女だと気が付かないほどに痩せていた。 聞けば24キロ痩せたという。 先月に会った時は痩せていなかったのに、この1か月で激やせしていた。 本人は「彼氏と別れたから」だと言ったが、私はその痩せ方が病的であると一目で分かった。 パーティには妹と彼氏を連れて来ていたが、同僚から「あの子ら、外でコ○○○(鼻から吸引する薬物)やってる。最悪や」とパーティ中に聞かされた。 酔い方も尋常では無かったが、途中で大喧嘩が始まり、やはり普通ではないなと感じた。 パーティを台無しにされるのは嫌だと思った私の同僚が、本人らに「帰れ!お前らのせいで警察にでも入られたら、店長の顔を汚す」と言った。 結局、本人らは途中で帰った。 そんな今日、同僚とパーティの話になった。 同僚から「あんなに痩せたのは彼氏と別れたからじゃない。薬物と酒やって、誰もが知ってる。あの子の家(シングルマザーなので、一軒家が与えられている)は今や娼館と化してんねん。同級生の男らが薬中やと聞きつけて、入り浸りやで。そんな中に子供が暮らしてんねんから、可哀想で仕方ないわ」と聞かされた。 看護師という仕事を目指しながら、どうしてそんな物に手を出すのか・・ 我が子の事を考えないのか・・なんて、もっともな事を言ったとて、そんな事が分かっているなら手は出さないであろう。 あんなに良い子だったのに・・そう思うと残念でたまらない。 一度味わったソレから、抜け出せるのだろうか・・ 人気ブログランキングへ

デザート事件

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日曜日の事。 いつもは私が仕事に行っているため、義母は我が息子(私の夫)を終日独占出来るはずなのであるが、私が休みでうちの息子の学校のお友達を招いた誕生日パーティがあったため、義母はいつものようにスーパーにもガーデンセンターにもランチにも1人で行かねばならなかった。 そもそも、ここから義母の不機嫌さは始まっていたのかも知れないが、「良いわね、あなた達には予定があって。さぞかし疲れているでしょうに」と嫌味を言ってきたため、私と夫は義母の孤独を思い、日曜日の夜は義母と共に食事をしようという事にした。 カーライルから外れた田舎の村にポツンとあるパブがある。 1703年に建てられたパブは当時のままの雰囲気を残し、料理もパブというよりはビストロのような感じである。 最近そこの料理が美味しくて月2程度で通っている。 メニューもパブ料理は1割程度で、後はヨーロッパ料理を美味しく作れるシェフがおり、最近行くのが楽しみになっている。 さてメイン料理も終わる頃、娘が食べていたマカロニグラタンを1割残して「もう要らん。さあ、デザート何にしようかな~」とフォークを置いた。 私は「アカン。マカロニ全部食べなさい。それが食べられへんのにデザートが食べれるってオカシイやろ?いつも言うように、皿のもの全部食べてから次や。それが食べられへんのにデザートは許さん」と言った。 娘は義母の皿を見ながら「じゃあ聞くけど、おばあちゃんはつもこんなに残しててデザート食べてるやん。それは良いわけ?オカシイやん」と言い返して来た。 遂にこの日が来たかと思った。 いつか娘が気が付くと思っていた。 前にも記事に書いた事があるが、義母はどこでどんな料理を食べる時も、前菜を頼み3分の1だけ手を付けて皿を下げさせる。 メインも同じく、3分の1だけ食べ、後は食べない。 そしてデザートも同じく、半分程度食べて残す。 「私は牛じゃあないんだから、あなたのように全部が全部、綺麗に食べないわ」と過去14年間、義母は私に言い続けてきた。 そんな問題ちゃうねん・・・と私は腹の中で思っている。 金を払うのだから、どんな食べ方をしようと勝手・・客がそう言うのならそうかもしれない。 しかし、この14年間、義母と共に外食をしてきた中で、どれだけ店員が不安な顔付きで「何か問題がありましたでしょうか?気に入らない内容でしたか?良ければシェフに伝えますので、お教え願いませんか?」などと言って来た事か。 問題があろうがなかろうが、義母はこういう物の食べ方をする人である。 それを勿体ないとか、食材の無駄だとは思わない人なのである。 料理にほんの少し手を付け、「結構よ」と店員に皿を下げさせる。 どんな美味の料理であっても、「美味しい」とは言わず、店員には不愛想に「FINE」と言うだけ。 日曜日もそうであった。 私は娘の目だけを見て「おばあちゃんが、どう料理を食べようと、どんなに料理を残そうと私にはどうでも良い。何故なら、私には責任は無いから。しかし、あなたは私の娘。私はあなたのお母さんである以上、食べ物を食べる時、それを有難く頂き、全部食べて食事を終えるのが作ってくれた人への礼儀だと教えてきたはず。自分が作って出したものをほとんど残されたらどんな気持ちになるかと聞いた時、あなたは悲しいと言ったわね。そう、まさにそういう事。デザートが食べられるのに、なぜ目の前の料理のたったそれだけが食べられない?自分で食べたいとオーダーしたのだから、感謝の気持ちを持って食べなさい。それが出来ないならデザートを食べるのはルール違反」と言った。 義母の気まずそうな顔が視界に入った。 私は9歳まで祖母と暮らして育った。 祖母から「米粒1つ残すな。お百姓さんの苦労を想え」と言われ育った。 だから自分の皿の食べ物は今も絶対に残さない。 娘にも「感謝して食べる事」を教えたいが故、失礼なまでの量を残し、次々に料理に手を付けさせる事だけは絶対にさせたくない。 娘はわたしにいつも言われている内容だけあって、すぐに残りのマカロニ4つを食べた。 娘はデザートをオーダー、完食した息子もオーダーしたが、義母は14年間で初めて「私はデザートは要らないわ」と言った。 きっと私が言った手前、頼みにくかったのだと思う。 顔見知りのウエイトレスさんが皿を下げに来た時、義母に「まあ・・こんなに残されて・・何か気に召さなかった内容でも?」といつものように聞いた。 義母は「別に。しいて言うなら野菜が気に入らない」と言ったが、私は気分が悪くなり、トイレに逃げた。 ゲロを吐きに行ったわけではない。 こういう食べ方をする義母の言い訳を聞くのが嫌だったのである。 何故に初めから完食できないと分かっていて、前菜やら肉料理やらをガッツリ頼むのか・・。 私がシェフなら落ち込むレベルの残量である。 義母だけではない。 イギリスの飲食店では、ご飯を大量に残して平気な文化が当り前にあると暮らしていてそう思う。 この食べ物を大切に食べない文化だけは、我が子に継承して欲しくない。 日本で育った私の唯一のコダワリかもしれない。 人気ブログランキングへ

大合唱

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さて土曜日の夜は先月、定年退職した店長のサヨナラサプライズパーティであった。 40年近く働いてきた間に店長が共に働いて来たスタッフ全員に声をかけ、総勢77人が集まった。 私達が企画したため、豪華なホテルなど借りれるはずもなく、何とか集めた資金で公民館を借り、知り合いのDJを呼び、同僚らと料理を分け合って用意し、店長の家族も呼んでのパーティであった。 店長は娘さんから「夜ご飯に行こう」と誘われ家を出たもの、家を出た時から目隠しをされ公民館に到着。 目隠しを外した時、そこにはかつての同僚が勢ぞろいした感動もののパーティとなった。 今回の参加者年齢が10代から80代と幅広く、皆それぞれに踊りたい曲をDJに言いに行く。 この光景はイギリスのクリスマスパーティではよく見られる光景で、それほどまでに踊る事に熱意があるというパーティへの進撃な姿勢に毎度凄いと感銘を受ける。 今回もダイアナロスやらワムやら、最近の私の分からん何かゴチャゴチャした曲やらが入り混じったが、夜も11時を過ぎた頃、この曲が流れた。

全員が大合唱するという、お決まりの光景でありながらも、それはお見せしたい位の完璧なまでのショーのような大合唱である。 実は私にとって、この曲には思い出がある。 それは昔、オーストラリアのアリススプリングスという砂漠地帯に2週間かけてアデレードからキャンプで辿り付いた時、キャンプを共にしていたドイツ人やイギリス人らとお別れ会をやった時の事であった。 パブでこの曲がかかると、そこにいた欧米人観光客全員が大合唱し始めたのであった。 年齢は関係なく、この曲を誰もが完璧に歌えるという事に感動したのであった。 英語で完璧に歌えなかった私は、そこに交われずただ見ていただけであったが、その時ほど白人になりたいと思った事はなかった。 それほどに国境を超え気持ちよく皆が熱唱していたからである。 土曜の夜も10代のスタッフからジジイババアまでが、この曲を熱唱。 私は同僚と2人、公民館のキッチンで片付けをしていたのであるが、この曲を同僚が熱唱していた為、酔った勢いもあり2人で踊った。 その年の差20歳ながらも、私はこの曲には衰えの無さと共に、世代を超えた認知度の高さに今でも驚くのである。 オーストラリア生活から19年、今尚この曲が大合唱されているのかと思うと、我が子もいつか合唱するようになるのだろうかと、ふとそんなどうでも良い事を考えるのである。 人気ブログランキングへ

まあ、その辺

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先週から娘の頬に赤身の発疹が出てきた。
5日程まえから赤身が濃くなり、娘が痒がるのでアレルギー薬を飲ませてきたが、3日経過しても治らないのでホームドクターへ行ってきた。
頬の両側は全く同じ形の赤味、発疹、広がりで、去年の今週にかかっていた林檎病に酷似していたが、しかし身体には何の発疹も見られず、赤味が林檎病とは違う。

医師は「何かのアレルギーか花粉症か・・。空気中に含まれる何かによって反応起こしてんのやろね~」と言った。
私は「食べ物のアレルギーではないという事ですかね?」と聞いてみた。
医師は「さあ、それは知らん。この子、食べ物のアレルギーあんの?」と言った。
それは私が聞いとんねん・・
私は「食べ物のアレルギーがあるか否かは調べられないんですか?」と聞いた私に、医師は「何かを食べ、呼吸困難を起こしたとかなら調べるけど、そうじゃないなら、この地球上の何かが身体に合わなくて反応しているだけ。それを調べようがない」と言った。
医師は「まあ、食べ物なら頬にだけ反応は出ないから、空気中の何かやわ。その辺やと思う」と言った。

空気中の何かて・・そんなん億単位であんのちゃうんか・・
結局、娘の頬の発疹原因は空気中の何かであった。
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義母から「あなた自分の誕生日に何も要らないっていつも言うじゃない?長男の嫁は現金をくれ、次男の嫁は何百ポンドもするナイキの新作のスニーカーを送って来いという中、あなただけは何も言わない。で、今年は私と同じグリーンハウス(ガラス製のビニールハウス)の小さいサイズにしたから。もうすぐ届くわ」と言って来た。

有難い限りである。
それを1つ持っておけば、どんな低気温の夏だって紫蘇の葉が育つ。
今持っているのはプラスチック製なので、例えば2年前の夏のような最高気温が18度以上上がらなかった夏など、紫蘇の葉は全滅、ネギも育たなかった。
100粒の種を撒くと、恐ろしいまでに紫蘇の葉は育つ。
今からウハウハしてしまう。
今年はニラも育て、餃子を満喫しようやないかい・・

義母は「私は後2年生きれるかな・・」とガーデンセンターで私に言った。
しかし、新しい倉庫とグリーンハウスを購入した義母。
私がイギリスに嫁に来た時、義母は2DKくらいの大きさのグリーンハウスを庭に持っており、そこでトウモロコシや茄子、ズッキーニやトマト、ピーマンなどを育てていた。
また恐ろしい数のラズベリーと苺も外で育てており、しかしそれらは義母が嫌いな野菜と果物であった。
あくまで趣味で育てていたのである。

今回は1DKくらいの広さのグリーンハウスを購入したが、義母は野菜を食べない人であるから、何で購入したのかよく分からない。
しかし育てる工程が好きなのであって、それが義母の気晴らしになり時間を潰すに良い趣味なら、是非ともやって欲しい。

しかしながら、野菜など育てた経験の無かった私にしてみれば、低気温のカーライルにおいて紫蘇の葉を10月末まで収穫できるように教えてくれたのは義母である。
感謝せねばならない。
が・・・あと2年生きるかな・・と言いながらも、再び新しい倉庫を増やす義母は、再び何かを買い、そこに納めようとしているのであろうか・・。

2年前に今の家に越して来た時に、開けないまま今日に至る段ボールがまだ20箱以上あり、それらの中身が何なのか知らない、開ける気も無い義母。
開けなくて良いと言う事は、今の生活に必要が無いという事である。
ならば断捨離して良い内容であるが、義母は自分では手を付けない。
車2台が納車できる今の車庫ともう1つの倉庫がパンパンなので、新しく買うのは良いが、老人の1人暮らしで一体何をそんなに保存しておくものがあるのか思うと、謎で仕方がない。

これが実の娘なら「そんなん買わんと、まず不必要なモン捨て!!」と言える。
しかしながら義母なので言えない。
義母が生きている限り、この倉庫は増え続けていくのだろうか。
誰も知らない箱の中身。
それを知る時は義母を見送る時である。
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春よ

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ここに暮らし、こんなにてんとう虫は可愛かったのかと思う。
大阪に育ったが、滅多に見る事が無かった気がする。
もうすぐ紫蘇の葉を植える時期になるため、てんとう虫は大事にせねばならない。

今年の我が家に咲いた桜。
この青空は長い長い冬を忘れさせてくれる。
太陽と青空がこんなに大事な物だとは、ここに暮らすまで感じた事もなかった。

今日は義母が「ガーデンセンターについて来てくれ」と言うので、連れて行った。
何を買うのかと思ったら、ホワイトチョコレートがコーティングされたアーモンドを購入。
まさか・・これを買う為にここへ・・・ならば・・シバいて良いですか・・

義母が10分ほど買うか買うまいか悩んでいた仏像・・

「これ何処に置くんですか?」と聞いた私。
「表の塀の上に並べる」と言った義母。
めっちゃ怖いですやん・・
毎朝、義母宅の前を通って我が子は通学する。
この首だけの仏像がこっちを見ているかと思うと、恐ろし過ぎちゃうか・・

義母は、真ん中の段の仏像をあるだけ買う事を真剣に悩んでいたが、トイレに行ったらそれを忘れてしまったのか、結局、庭に置く倉庫とガラス製のグリーンハウス(ビニールハウスのガラス版)を思いついたかのように買った。
ふらりとガーデンセンターに来て、2400ポンドを払ってしまう義母・・
まあとにかく、仏像をあるだけ買わずに済んだので良かったと思う。
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眠らせたい

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うちの娘は私と同じく、突然に謎の発疹が出たりする事が度々ある。
私のこれはイギリスに来てから今尚続く謎なのであるが、何かのアレルギーなのか何なのか、医者に行っても検査などしてくれないから未だ不明であるものの、酷い時は抗生物質をくれるのでそれで今まで治めて来た。
そのため、家には常備薬としてアレルギーに効果のある飲み薬を買い置きし、出たら4時間置き飲ませ、翌日に酷くなるようなら医者に行き「様子を見て」と言われて帰宅するというのを繰り返してきた。

ここ数日また頬に赤い湿疹が見られていたものの、広がる様子もないので観察していたが、今朝になり色が濃くなり更に広がっていたので、いつものようにアレルギー薬を飲ませた。
1時間ほどして赤身は引いたが、スーパーに行くついでに薬局に寄った。
今、自宅に買い置きしているのは1歳から飲んで良い薬であるが、今回は6歳から飲んで良い少し効果の強いものを買おうかと思い、薬剤師さんに相談してから購入しようと思ったのである。

薬局に行き薬剤師さんに相談すると「あんたも睡眠薬代わりにアレルギー薬買おう思てんの?」と怒気を含み言われた。
何の事か意味が分からず、「いえ、うちの娘のよく出る原因不明の発疹の・・」と言いかけると「ああ、それならエエわ。いつも飲んでんの?」と聞かれた。
そうだと答え、今回から6歳以上12歳以下のアレルギー薬を試してみる事になった。

薬剤師さんから説明を受けていると、横から「すいません、やっぱり買えないですか?」と話しかけてきた私よりも10歳ほど若い女性が薬剤師に声をかけた。
薬剤師は私に「ちょっとゴメンね」と言いながらも面倒な顔付きになり、「だからね、薬剤師としてはあくまでアレルギー症状を鎮静させる目的なら売る事は出来るけど、2歳の子供を長時間フライトで長く眠らせる為に飲ませるのは安全を保障できないから、聞かなかった事にして売ろうと思えば売れるけど、眠るとしても数時間、逆に覚醒する場合もあると報告もあるし、睡眠薬として使うのは反対」とその女性に言った。
書くまでも無い。
この女性は近く長時間フライトで子供と旅をするのであろう。

イギリスでは、昔は医者に行くとその類の睡眠剤を赤ちゃんでも出してもらえていたらしい。
私が子供を産んだときは既に廃止になっており、医者から「重度のアトピーやアレルギー症状で睡眠障害が起きている子供にのみ処方する」と言われた。
そう、私も子供が1歳の時に日本に連れて行ったから、もしかしてそんな睡眠薬があるのではないかと思い、念のため医者に相談に行ったのであるが、当たり前に出してもらえなかった。

そのお母さんは「じゃあ、他の薬局でアレルギーだと言って買えるわけでしょ?」と言い怒って帰って行った。
薬剤師は私に向き直し、「オーストラリアに行くかららしい」と言った。
合計24時間近く飛行機に乗っていなければならず、2歳児を連れては大変であると察するだけにお母さんの気持ちは理解できた。

私は薬剤師さんに「アレルギー薬を睡眠薬として買いに来る人いるんですね」と聞いた。
薬剤師さんは「そうやねん。今はネットでどの市販の薬が睡眠薬効果が高いかを互いに情報交換して買いに来る人、結構いてんねん。イギリス本土からアイルランドまでの短時間飛行でも、何とか睡眠薬的な物を飲ませて眠らせたいと言って来る親も多い。でもそれは素人情報やから危険やと私は言うようにしている。実際に覚醒効果が認められる場合も多数あって、逆効果になればそれこそ長時間のフライトは悲惨になる。この薬の効果も実際に薬で効いたのか、たまたま子供が寝たのかは誰も分からん」と言った。

ただ私は買いに行っただけであったが、今後またそんな質問を薬剤師さんからされかねないと思うと、このお母さんが横から入って来て少しためになったなと思う今日である。
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たったこれだけの事

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娘の同級生サマンサが我が家に遊びに来た。
実は私にとって、娘のお友達を家に迎えるは初めての事である。
娘が3歳の頃から、既に周囲のお母さんは子供を互いの家に遊びに行かせたり、お泊り会をやっていた。
しかしながら子育てを始めた頃の私は英語面に自信がなく、何となくお母さん達とは距離を置き、挨拶程度の会話をするのがやっとであった。
それでも声をかけ話すようになり、今では互いの家を行き来したり、月1で茶に行く何でも話せる友達が2人出来た。

サマンサの家には何度か娘もお邪魔している。
広大な敷地に住んでいるサマンサ家族は、100人前後の客を迎えるパーティを自宅で開催したりする。
テニス、ゴルフ、乗馬クラブに通い、自分の馬も持つサマンサ。
しかし両親には気取ったところがまるでなく、1人っ子であるサマンサのお母さんがうちの娘と遊ばせたいと切望した事から、この行き来が始まった。
1人っ子のサマンサは、いつも広大な敷地を1人で自転車に乗ったり歩いたりして遊んでいるという。
庭には公園顔負けの遊具が揃っており、遊ぶに不自由はないが、しかしサマンサのお母さんが言うには「窓から見てたら1人で寂しそうにしている」と言っていた。

私は娘とサマンサ、うちの息子が遊ぶのを見て感動してしまった。
自分にである。
遂に我が家に・・我が家にお友達が・・などと思いながら、勝手に感無量になったババアの私である。

夕方、サマンサを迎えに来たお母さんに私は「来てくれて有難う」と言った。
少し立ち話をし、サマンサは帰って行った。
誰もが当り前に出来るお母さん付き合いが、私にはプレッシャーでもあった。
今でも息子の同級生の保護者には壁がある。
周囲のお友達が互いの家を行き来するのを見て「どうして私はお友達の家に行けないの?」と娘に聞かれた数年前、心から娘に申し訳ないと思うと共に、「必ず実現させるから待ってて」と約束した時、娘はちゃんと理解した。
焦っても仕方がなかった。
会話など100%で成立しない。
言葉の壁があれど互いの人間性は分かり合え、そうなると不思議と会話が通じていなくとも通じるという不思議な信頼関係が出来上がっていく。
今こうしてそれが言えるのも、娘が私を待ってくれたからだと思う。

「また来てね」
これを正直な気持ちで言えた昨日は私にとって記念日にも値するかも知れない。
しかしながら息子の保護者は20代の保護者が多いので、明らかなく距離を置いてしまうのは何故だろうか・・
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みんなやっている

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10年以上前、イギリス人(当時3歳)の女の子が旅行先のホテルの部屋から就寝中に行方不明になった事件があった。同じ部屋には双子の弟も寝ていたが、女の子だけが消えた。両親は部屋にはおらず、子供だけを部屋に寝かせて大人9人でレストランで食事を楽しんでいた。
大人達は30分交代で子供の様子を見に行っていたというが、見回り間の30分の間に行方不明となった。
現地の警察は事件か誘拐かは断定していない。(詳しい内容が知りたい人はネットで検索されたし)

この事件があった時、私は「異国の地で子供を部屋に放置して、毎夜毎夜、何時間も食事を楽しんだ両親に同情出来ない」と言った私に義父母が「皆んなやってる。但し、僕ら夫婦は一度も子供だけを部屋に残した事は無いけど」と言った言葉がとても印象に残っている。
これに関するニュースが当時あちこちで流れたが、事件があった現地ポルトガル人のジャーナリストも「僕らも旅行に行けば子供を部屋に寝かせて食事に行っていた。皆んなやっている事だった。過去一度もこんな事件は無かったかった」と同じ事を言っていた。

以前義母が言っていたのであるが、義母の長男が生後18か月の時、友人家族5組でスペインに2週間のホリデーに行った事があった。隣の部屋の友人にヘアピンを借りに行く際、18か月の長男がベビーベッドで昼寝中であったため、連れて行かずに部屋にカギをして2分で戻って来たという。
義母は「絶対に1、2分しか部屋を空けていない」と言ったが、部屋に戻った時、ベビーベッドから長男が消えていた。
心臓が止まるほどショックを受け、部屋中を探すと長男はトイレにおり、便器の中に洗面台に置いてあった全ての化粧品を投げ込んで遊んでいたという。
目を覚まし両親の姿が見えなかったが泣く事なく、ベッドを乗り越え部屋を移動したかと思うと、義母は「たとえ2分でも絶対に幼い子供だけを部屋に残すのはいけない」と心に決めたという。

娘が学校に通い始めた頃の事。
9月のまだ少し暑さの残る朝であった。
学校専用駐車場に車を停め学校に行こうとすると、駐車されていた車の中から新生児のギャンギャン泣く声が聞こえた。
学校に唯一いる中国人夫婦の一番下の子である事は明白であったが、お母さんの姿は見えなかった。
多分、子供が寝てたから車の中に置いていったのであると思う。
それを見た私のママ友が学校に通報、本来なら警察に通報するところであったが、その時は厳重注意で終わったらしい。

それ以降もお母さんは下の子が寝ていると車内に残して学校に子供を連れて行っていた。
保護者専用駐車場であるから悪い事を考える人はいないと信じるが、この母親の行動パターンを把握した悪い人ならば、窓を割って新生児を連れ去る事も出来るわけである。

私がまだ日本にいた頃は夏になると、パチンコ屋の駐車場で子供が車内で亡くなる事件が毎年あったが、今はもう無くなったのであろうか。
事件を教訓にする親はどれくらいいるのであろうか・・
親になってそう思う。
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3人目

私が暮らす村に唯一ある市営戸建て住宅には、薬物中毒の母親とその子供達が暮らしている。
越して来てから何度も警察が来ては逮捕され、先日も自転車を盗んで警察が来ていた。
母親はまだ30歳を過ぎたばかりであるが、上の娘は17歳になる。
妊娠中に薬物を過度に使用したため、二番目の子供は脳障害を持って生まれた。
村内では、この親子を巡って何度も会議がなされたが、市としてもどこかに住まわせねばならず、親子3人暮らしであるから、3ベッドルームと庭のある戸建てが今のところここしか見つからず、追い出す理由としても、たかだか窃盗や近所迷惑などでは追い出す事も出来ないという。
隣人を襲い、傷害罪で逮捕されても翌日には保釈され、市の人が「殺人」の危険でもない限り、今の住居から追い出す事は不可能だと説明会で言っていた。

母親は12歳の頃から逮捕歴は数知れず、その度に刑務所で養う経費もかさむこんな人の場合、足首に自分では絶対に外す事の出来ないセンサー付き足かせを付けさせ、今は警察が監視している状態にある。
そのため、夕方5時以降に家から出る事を許されておらず、もし出た事が察知されるとすぐに警察車両がやって来る。
そもそも、何故この家が市営住宅になったかというと、過去の持ち主が破産し、お金が払えなくなったために国に取られたのだという。そこを市営住宅とし、生活援助を受けている人に無償で貸すようになったのだと、村の人から聞いた。

一昨日、隣の御主人とうちの夫が話していたら、御主人から「そうそう、あの母親・・妊娠したらしい。夏に出産やて」と言った。
これにより母親は3人の子供を持つ事になるから、今度は4ベッドルームの家に移る権利が与えられる。
うちの村には4ベッドルームの市営住宅がないから、夏以降はこのまま住むのか否か・・ということになる。

この母親は薬物中毒と認められ、そのために働く事ができないから生活の全てを国が支払い暮らしているが、子供を育てる権利は与えられている。
先日、フォスターをやっている娘の同級生のお母さんから聞いた話によると、薬物中毒の母親の場合、親権を剥奪される事はあまりないという。たとえ薬物使用により子供に怪我を負わせた経緯があっても、チャンスを与えられるという。
しかしアルコール中毒症の場合は依存性が高く、また危険性が高いので子供を育てる権利を剥奪される事が多いといっていたが、そのお母さんにしてみても私にしてみても、違いが分からない。
しかし、これはちゃんとした検証に基づき決められたものらしい。
どちらも同じだと私には思えるが・・
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