妙な空気

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私がブログを始めたのは、イギリスに来て数か月が経過した時の事。
その頃、私は夫の両親と同居させてもらっていた。
ホームステイを経験した事のある私のたっての願いであった。
家族がいれば四六時中英語で話す事になり、それが暮らす事に慣れる早道だと思ったからである。

ホームシックで途方に暮れ、ホームシックに飽き飽きし、ホームシックに吐き気がするほど嫌気がさしていた。
それでも襲って来る悲しさと寂しさ。
何とか暮らしに慣れさせようと心配してくれる義両親から言われる「早く友達を作りなさい」という言葉。
それが出来たらどんなに良いか・・一体どこに友達がいるのか・・どこで出会うというのか・・それを言えずに押し殺し、英語漬けになれば良いと自分に追い込みをかけながら暮らしてた頃、ブログという存在を知った。
以来、唯一私の日本語を書く場として今に至る。

そんな中、2年前の夏にブログが書籍化された。
その時、初めて夫の兄弟は私がブログを書いている事を知る。
しかしながら日本語なので読めないと、誰も興味を示さなかったが、最近になって夫の一番上の兄が義母を通し私にお願いをしてきた。

それは「自分が描いた絵を掲載し、売って欲しい」と言うのである。
絶対いや・・
そもそも、働く事が好きではない義兄。
夢は好きな絵を描き続けて暮らす事である。
それがお金になり暮らせるならやればよい。
しかし、それが実現しないから趣味の範囲でとどめ、仕事は仕事として持ち続けるしか自分の家族を養っていく術はない。

しかし最近になり、仕事が嫌になって来た。
もともと働く事が嫌いな男が、いよいよ仕事をしたくなくなって来たのである。
そこで「ああ、そういえばアノ子が・・」と思い出したのであろう。

私は義母から相談を持ち掛けられたが、即答で断った。
自分で描いた絵を売りたいなら、自分で売れば良い。
路上で売るのか、ブログをするのか、フェイスブックで広めるのか、それは知らんが本人次第である。
彼の本気が見えない、そう思った。
私は義母に「私のブログは私のイギリスにおける唯一の日本なんです。日本人の方々から頂くコメントは私の中の日本人としての繋がりみたいなものを感じる場でもあり、大げさかもしれないが聖域みたいなものだから、身内の絵を買ってくれという文言は入れたくない」と言った。

義母は理解してくれた。
夫にも義兄から催促のメールが来ていたが、夫は断った。
以来、義兄は私に距離を置き、会ってもよそよそしい。

義兄からすれば「ちょっと記事の端っこにでも載せてくれたらエエだけやん」と思うであろう。
しかし私が最も嫌な理由は、他人に頼るつもりの50歳の男が嫌なのである。

バブル期後半、アメリカ在住の有名日本人画家の絵を金持ちらがこぞって買って行く画廊で受け付けのバイトをした事がある。
凄い値段の絵を人はあっという間に買って行く姿を見ながらも、私は何度その絵を見ても「この絵のどこに価値があるのだろうか・・」と理解できなかった。
そりゃあ、「上手に描きはるわ~」とは思ったが、パソコンで描いたんか?というような絵具感の無い絵で、絵の価値って絵心の無い私が言うのも何であるが、人ぞれぞれやなと思ったのである。

そんなワケで、私は義兄からケチと思われているのであろうと思うが、少なくとも義兄の絵は上手ではあるが、私にとってはそれだけである。
自分でのし上がって行くがよい。
苦労せず義父母にお金を全て出してもらって来たツケである。
私とてイギリス生活にまだまだ馴染めていないのである。
人など助けている暇はない。
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職場の売り場でおじいちゃんが1人、子供用の商品を見ていた。
周囲に奥さんがいるでもなく、顔に近づけ熱心に見ていたので、困っているかもと思い「大丈夫ですか?」と声をかけてみた。
イギリスのお店では、よく店員が客にかける言葉である。
するとジジイは「何だね!?私が病気とでも思うのかね?!」と突っかかって来た。
冗談の顔では無い、マジの怒り顔である。
私は「いえ、サイズや色など見つからないようであればお申し付け下さいと言う意味でお声掛けしました」と説明したが、ジジイは「要らん!あっちへ行け」と言った。
ボケているのだろうか…普通の攻撃性には思えない。
その後レジが忙しくなり、私はレジにはいった。
中国人観光客がワンサカ来ていて、レジで並ぶイギリス人と横入りする中国人でごちゃ混ぜになっていた。
すると先ほどのジジイが来て「老人に順番を譲りたまえ!」と一喝した。
イギリス人のおばちゃんは怪訝な顔でジジイに譲ったが、英語が分からん中国人観光客らは譲らなかった。
私はおばちゃんに「先にお待ち頂いていたのだから、譲って頂かなくて結構ですよ」と言ったが、おばちゃんは「いいの」と諦めの顔で言った。
ジジイは中国人に睨みを利かせ、当然の顔でレジの前に来た。
すると6人の中国人観光客が一斉に中国語でジジイに言い始めた。
分からないが、多分、順番を抜かすな的な内容ではないかと思う。
ジジイは「スピーク イングリッシュ!!」と中国人観光客に向かい言ったが、中国人は絶対に譲らなかった。
「年寄りに譲らないのか!」と怒鳴ったが、中国人観光客は大量の商品をレジに乗せ、平然としていた。
こんな時ほど中国人観光客らのハートの強さを尊敬した事はない。
あんな強さが私にあれば、イギリスを1000%楽しめるであろう…

違い

今年もクリスマスパーティの時期が近付いて来た。
職場のパーティは来月末である。
最近は行って楽しいと思えるほど英語力が付いたか、イギリス人のハシャギっぷりに慣れたかパーティ慣れして来たか…いづれかであろう…。
先日、18歳の若いバイトとパーティに誰が来るのか話していた時の事。
彼女が「ベッキーは来ない。あの子は何にも来ない。飲み会にも来ないし高校の時から付き合いが悪く浮いていた」と言った。
ベッキーとは私が唯一この職場において仕事が真面目だと認めている学生バイトの女の子で、エホバの証人を信仰している。
だから当然、クリスマスパーティには来ない。
私はちょうど良い機会だと思い、「私も仏教徒やから、ホンマはクリスマス祝わへんねんで。ただ私の信仰があるようで無いから、クリスマスパーティはご飯を食べに、飲みに行く感覚で行ってんねん。別にキリストの誕生を祝うみたいなのは全く無くて、私の場合はクリスマスに関連した曲を聴いても良いし、何というか、クリスマスはあくまで普通の日やけど嫁に来た先の家庭がクリスマスの日に皆んな集まるからご飯を食べに行く的な感覚」と言ってみた。
そこに、ベッキーが来た。
バイトの女の子は「じゃあ12月25日はあなたにとって何の日?」と私に聞いたので、「日本にいた時はケンタッキーフライドチキンを食べる日で、イギリスに来てからは義母ん家にご飯を食べに行き、意味のわからんジョークを聞かされ終わる日」と答えた。
バイトの女の子は笑った。
私がそう言ったからか、ベッキーも笑いながら「そうそう。ただの休日」と笑った。
バイトの女の子は仏教徒とエホバの証人を目の前にし、目をキラキラさせながら「お酒は飲んで良いのか?」「彼氏は作って良いのか?」など質問ぜめにして来た。
なぜクリスマスを祝わないのか、これを祝うのが当然の人からすると祝わない人は変人、変わり者に見えるのだろう。
しかし、それは他宗教をよく知らないからであって、知れば「そういう事なのか」となる。
だからうちの子も私によく聞く「お母さんは誰を信じているの?」の答えに対して「お母さんはお母さんの経験で学んだ事実と自分の強さを信じている」の意味が分からないのだと思うが、違いを知れば受け入れるのも抵抗がないのでは無いかと思う。
しかしながら、ベッキーは信仰が強いから質問の答えにブレが無いが、私の適当仏教徒ほどエエ加減なものは無いなと実感した。
キリストを信じて無いのにパーティに行く…私は変な人に間違いない。

どこからメスを・・

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数日前の事。
いつものようにラジオニュースを聴いていたら、今回は「英国における12歳以下の肥満が過去最高」という内容であった。
また、ここ10年で英国内で生まれた新生児の体重が過去最高となり、これも肥満児童の原因とみて改善策を・・と言っていた。
今、気付いたんか・・
日本であれだけ妊婦に体重制限を設けている中、人権を重んじる英国では体重増加をうるさく言わない。
勿論、血糖値が数値を超えれば一応「アカンで、気を付けなインスリン生活なるで!」と言われるが、糖尿について無知であれば、そんな警告もスルーしてしまう程度の緩さである。
現に私のカーライルの友人は看護師なのに妊娠中に甘いものが抑えられず、出産後もインスリン生活を続けている。看護師であってもこの程度の危機感であるから、無知ならなおの事、体重管理の意味など知る由もない。
案の定、予定日を2週間越え、帝王切開で子供は5キロ近かった。
もう何度もこのブログに書いているが、私がイギリスに来てから出会った友人知人で子供を3キロ代で産んだ人を見た事がない。
理由は妊娠中に体重を30キロ近くも増加させる事が普通になっている傾向にあると、見知った妊婦を見ていてそう思う。
イギリスに住む見知った日本人でさえ、5キロ弱で子供を帝王切開で産んでいる。
これは体重指導と体重増加による出産時のリスク説明が無いせいだと、私は思っている。

政府関係者は「まず肥満の子供を持つ親から食生活指導をすべき。比率的に肥満児童の保護者も肥満傾向にあり、これは家庭内における食生活が原因であるから、ここから意識改革をしなければ改善されない」と語っていた。
子供の肥満はイジメに繋がりやすく、子供自身の自信を失う事や辱めを受けた事によりトラウマになると、肥満児童を持つ母親がインタビューに答えていた。
母親は「食生活を強制されるのは自由を奪われる事」だと言った。
「何を食べようが、結果どんな体型であろうが、それは人からどうこう言われる事が間違いで、肥満である事で人を揶揄したり批判する事そのものを罰して欲しい」と語っていた。

私は母親の言う事に妙に納得してしまった。
肥満である事に本人がどうも思っていないのならば、確かに政府や学校が「健康な食事」と推進する事は大きなお世話の何物でもない。
そりゃあ、健康を考えれば肥満でない方が良いに決まっているが、これに膨大なお金を投資し、「健康な食事指導」をしたとて人は結局、食べたい物を食べるのではないだろうか・・よほど意識の高い人ならば意識し実行できるが、強制する事も不可能である。

税金を投資し意識改革・・これほど難しく成果の上がりにくいモノは無いのではないか・・そんな事を考えながらの通勤である。
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私の勇気

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ネットで娘に日本のお弁当の画像を見せた。
手の込んだキャラ弁が並ぶ中、そのほとんどが「無理や・・こんなん出来へん・・」と諦めねばならないのであるが、その中から娘が「これが良い!!」と指さしたものがあった。
海苔で包まれた黒猫のおにぎりである。

私は一瞬戸惑った。
持たせて本当にもう大丈夫だろうか・・
先日の件以来、気付かなかったが私のトラウマになっていると初めて自覚した。
ガッツリ日本風のお弁当で娘は大丈夫だろうか・・・
しかしコメントに頂いた中にもあった「こうなれば、思いっきり手の込んだお弁当を持たせてみては?」という意見。
これは私が自分で乗り越えねばならない不安である。
娘はもう大丈夫だと言っているのだから、自信を持つべきは私である。

下手なりに黒猫風おにぎり、炒めたウインナーや卵焼きを入れ、かつて自分が子供の頃に食べたような懐かしいお弁当に仕上げた。
喜ぶ娘、送り出す不安な私。

先日の一件があった際、夫が娘と1時間ほど2人で話をした。
その時、娘が夫に話したという「私は凄くラッキーやと思う。だって毎日、日本の子供が食べているようなご飯をお母さんが作ってくれるから、イギリスに住んでいても日本の食べ物が食べられるから。いつか日本に住んだとき、私と弟は日本のご飯が変だとは思わないもんね」という事。
私が思いつく限りの日本風ご飯を、これからも作り続けていくべきなんだと思う。

そんなワケで、今日は手抜きスロークッカー料理で「ハヤシライス」。
材料を放り込めばご飯完成。
仕事のある日は、ほぼスロークッカー頼みである。
念のためレシピを書いておきました。
≪作り方≫
①フライパンに塩コショウしておいた牛肉400~500g(私は安い肉を自分でスライスしているが、手に入れば薄切り肉使用)とスライス玉ねぎ2個分をバターで炒め、小麦粉大さじ5を加えて軽く炒める。
②①をスロークッカーに移し、クリームトマトスープ(手に入らなければ濃厚トマトジュースで代用)400g、ソース(とんかつ、お好み焼き、焼きそば、ウスターソース等)大さじ3~4、コンソメ2個、ケチャップ大さじ3を加えてスイッチオン。
③6時間~9時間(帰宅時間に合わせる)で完成。
※マッシュルームを加えても可。
※トマトの酸味が好みの方は、トマトジュースをトマト缶に変更する。

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安全

先週、うちの村に唯一ある市営住宅に住む薬中家族が、再び騒動を起こした。
明け方の2時半から4時半にかけ、男2人がこの家の玄関や窓を叩き蹴り、怒鳴る騒動があった。
明らかにヤバイ感じの男2人であった。
警察が来たのは明け方4時半。
それまでの間に隣人は特に恐怖であったはずである。
もうチャンスはあげられない。
そう確信した。
30歳の母親は、13歳からこれまでに何度と逮捕され、何度も何度も施設で治療を受けている。
イギリスは薬物とアルコール依存患者数に深刻な問題を抱えており、ここに膨大な税金が投入されている。
それでも依存性から抜けられるのは一桁だという。
私たち村人が抱えているのは、この家族だけであるが、これがカーライルだけでどれだけの数になるのだろうか、イギリス全体ならどれだけなのか。
無料の戸建てと光熱費、子供の送り迎えの個人タクシー、食費の為のクーポン、現金は持たされないよう市から徹底されているが、現状はそうではない。
薬物欲しさに女の場合は体を売るのが簡単なのだと聞く。
家族を追い出す署名が始まり、管轄先から説明会が明日行なわれる。
この家族が越して行っても、この市営住宅に来るのがどんな家族なのかは分からない。
今朝、ロンドンの地下鉄でホームから人を突き落とす男のニュースを見た。
前日まで薬物をやっていたと報道されていた。こんなのを聞くと、やはりチャンスはあげられない、そう思う。

ヘンな質問

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風邪がなかなか治らない。
咳が出過ぎて胸の筋肉が痛い。
夫から「笛飲んだんか!」と言われる程胸から変な音が漏れる。
今日は早朝から仕事で昼過ぎには帰宅できそうなので、ホームドクターに電話してみる事にした。

受付の不愛想な男が出た。
前にも同じ症状があり電話した時、「基本、風邪は薬局レベルで治るものだから薬剤師に相談してくれ。咳は2週間経過しても治らない場合のみ診察可能」と言われた事があった。

私が「咳が酷く、6日間ずっと同じ症状で苦しいのと、変な音が漏れる」と訴えた。
案の定、男性から「あと5日様子をみれますか?」と聞かれた。
何や・・その5っちゅう数字は・・

結局「5日後にまだ同じ症状なら当日予約で入れてあげましょう」と想定内の答え。
「薬局はかなり咳の症状に効果的な薬が色々ありますから、一度薬剤師さんに相談される事もお勧めです」と言われ、電話は終わった。

仕事終わりで薬局に行くと、薬局カウンターには長蛇の列。
とてもじゃないが、薬剤師さんを捕まえる事など出来ない。
仕方がないので咳用錠剤、ヴィックスベポラップ、喉にシューっとするやつ、喉飴、シロップを買ってレジへ。

セルフレジで精算していると、見た事も無い画面になった。
「あなたは未成年ですか?」
「あなたは非合法な薬剤を作る目的でこれらを購入しますか?」
誰がYESて答えんねん・・はよしてくれ・・

よう分からんので店員のおばちゃんを呼んだ。
おばちゃんは「NOで良いかな?」と聞いて来た。
ただの風邪やー!!ワシは治したいだけやー!!
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いつか来る日③

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金曜の午後、娘を学校に迎えに行くと「お弁当全部食べた!」と言い走って私の所に来た。
良かった・・校長先生が動いてくれたんや・・
校長が娘のクラスに朝にやって来て、「人のランチについて絶対に傷付ける事は言わない事」と話をしたと言う。
また、うちの娘を個別に呼び「校長先生やこの学校の全部の先生があなたを守るから。今日や明日また嫌な思いをしたらすぐに話して欲しい。決して、その言った子を怒ったりしないから信頼して全てを話して欲しい」と言ってくれたという。
娘は「もう誰もお弁当の事を今日は言って来なかったから、全部食べた」と言った。

弁当箱を洗いながら嬉しさが込み上げた。
娘と夫、そして学校の先生達に感謝の思いでいっぱいになったからである。

夫は「娘にとってこの経験も、免疫力を増やす為には良かった。今後どこに住んでも又似たような事が起こり得る。これが最初で最後じゃないと思うから」と言った。

私がイギリスに住んで13年目に突入した。
先日も職場の売り場で上から下まで舐めるように見られ、老婆に「あなたココで働いているの?」と聞かれた。
「何かお探しですか?」と言うと、老婆と一緒にいた同じく老婆が「でもあなたには頼まないわ」と言った。
聞き間違いかと思った。
笑って「OK~」と笑顔で立ち去れるようになったのも、この13年間のあいだに、最低人間が私に吐いた暴言による免疫のおかげである。

娘に来た最初の試練。
一緒に乗り超えられる環境を作ってくれた全ての人に感謝である。
私が日本に帰りたくても帰れないのは、きっとイギリスで人間修行をしなければいけない未熟さがあるのだと、そう思う。
これも私の宿命であろうか・・
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いつか来る日②

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金曜日の朝、私は義母を町まで車で送って行く事になっていた。
ネイルサロンに行くらしい。
目の前にバス停がある家を400件もの家から見つけてやったというのに・・バスに乗らない義母・・
「帰りはタクシー拾うわ」と言う。
ならば朝もタクシー呼びなはれ・・心の中で般若の顔になる私。
「今日の午後は何するの?」と聞く義母。
「あなたを送ったら寝ます。熱がありますから」と嫌味に言う私。
「あらそう」と言う義母。
いつか、この人は私に「ありがとう」と言うだろうか・・

さて車内では前日の娘の話になった。
義母は「まあでも、この世は差別の存在する世界だから」と言い、義母が結婚した時の事を話し始めた。
義母は夫(私にとっては義父)の母親から死ぬまで嫁と認められなかった。
理由は義母の父親がアイルランド出身だからである。
つまり、義母がアイルランドの血をひくために、その血を自分の家系に混ぜたくなかった、これが理由である。

絶対白人主義でイングランド人しか系統にいなかった義母の義母家庭は、我が息子が連れてきたアイルランドの血を引く娘を拒絶した。
しかしながら強引に結婚。
結果、義母は生涯、姑にイジメられる事になる。

義母は言った。
どこに住んだって差別はある。
それに耐え抜く強さを養って行く事の方が賢い生き方だと。

トレンチコートの襟を立て、義母は颯爽と車を降りて行った。
すぐに煙草に火を付け、私に手を振った。
舘ひろしかと思った・・

憎めない義母。
この人にも苦労があったのだ。
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いつか来る日

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9月からお弁当を持参している娘。
この日の為、私は日本からカーライルでは絶対買えないスヌーピーの弁当箱と袋を3個づつ買って帰った。
お弁当は毎日、和洋折衷、色んな具を入れ色合いを考え作っている。
娘から「明日は卵サンドをお願い」と言われればソレを作るし、言われなければ日本風のを持たせていた。

ここ2週間ほど、娘がお弁当を半分残して帰って来るようになった。
理由は「時間がない」であった。
娘の学校は弁当を食べる場所が講堂なのであるが、規模が小さいために入れ替え制となる。
そのため、前の組が遅ければ講堂に入るのに列を作って待たねばならない。
そのため、私も疑う事無く娘の言う事が本当だと思っていた。

そんな木曜日の事。
お弁当箱を洗おうと弁当箱を開けてみると、ほとんど食べていない。
私は娘につい怒ってしまった。
「こんなに食べへんねやったら、作る意味ないわ!もう明日から自分で作り!」と言ってしまった。

すると娘が火が付いたように号泣し始めた。
いつもとは違う泣き方に私は戸惑い、何かあったのだと確信した。
娘を膝の上に乗せ、まず怒った事を詫びた。
すると娘は「お母さんのせいじゃない・・」と連呼する。
やはり何かあったはず・・。

理由を問いただすと、クラスメイトからこの1か月間、ずっと「あんたの弁当、変や」「美味しくなさそう」「何で弁当にチキンナゲットなんか入ってんの?」「何で弁当にウインナーなんか入ってんの?」「またカップに入った変なモン(カップで作ったキッシュ)入ってる」などと言われ続けているという。
それで食べられなくなってしまい、遂に木曜日のようにほとんどを残す結果になったと言った。

私は娘にからかった子の名前を聞き出した。
はらわたが煮えくり返るほど腹が立ち、吐き気がするほど悲しかった。
こんな日が来るかもしれないと、娘を産んだときから分かっていた。
国際結婚している先輩ママから似たような話を聞いていたし、冷静に対処すれば良いだけの事だと頭では理解していても、娘の心の傷を思うと申し訳なく、しかし涙を見せるワケには行かなかった。

娘は私が悲しむと思い、ずっと胸に秘めていたと言った。
ちょっとでも日本を感じて欲しいと思い買ったランドセルや日本の弁当箱、それに日本風の手の込んだお弁当、これらは私が自己満足でやっていた事で、実は娘に大きなプレッシャーをかけていたのではないか、実は娘は嫌だったのではないか、そう思うと申し訳なくなり震えが止まらなかった。
こんな田舎の外国人も稀な地域で、それをすべきではなかったのではないか、私は自分を責めるばかりである。
「話してくれて有難う」私は娘に言った。
娘は「どうか明日からも変わらず日本風弁当を作ってほしい。こんな事があったからって、あの子達みたいに毎日サンドイッチばっかり持っていきたくない。ただ、これ以上あの子達に批判されたくない」娘はそう言った。

もっと早くに気づいてやれば良かった。
悔やし涙が溢れてしまう。
娘に「お父さんとお母さんに任せて」と言い、私は帰宅した夫に話した。

夫は「国際結婚してここに住み、子供が生まれた時からいつかは起こる出来事やと想定内やったけどな」と言い、こんな話を聞かせてくれた。
前に勤めていた学校で、こんな事があった。
給食時に、食事をオーダーするカウンターで女子生徒がジャケットポテト(日本人にはベイクドポテトと言う方が馴染みがあるだろうか。大きなジャガイモを丸ごとオーブンで焼きあげ、中に具を入れて食べる)を配膳係のおばちゃんに頼んだ。中身の具には、ツナマヨネーズとチーズを頼んだ。
すると配膳のおばちゃんが「えー?ツナマヨとチーズ入れんの?聞いた事ないわ、そんな組み合わせ。そんなん頼んだ子、今までいてへんで!」と言ったと言う。

その子は以来、その自分の大好きなジャケットポテトを頼むとき、おばちゃんに再び言われるのが嫌でチーズだけしか頼めなくなってしまったと言う。
しかし、それを誰にも言わずに半年が過ぎた頃、女子生徒が母親に言った事で発覚した。

おばちゃんは「母心で言った」と弁明。
しかし、学校側は厳重注意し、おばちゃんをキッチンに回し、今後は生徒に一切の何もを言わない事を約束させたという。
夫は「大人でも子供を傷付けてしまう事がある。だから今回の事も子供ゆえに珍しさがそうさせたと思うけど、これはきっちり学校側に言わなあかん」とし、夫が翌日の朝、娘の学校校長に話しをしに行った。

校長はショックを受けている様子であった。
「今日のランチタイムまでに子供達には、友達のお弁当を批判しては行けない事、ここにはイングランド出身者だけではなく、様々なバックグラウンドを持った家族が住み、この学校に通っている事、だからこそお弁当の中身があなた達の馴染みある内容ばかりではない事、あなた達が普段食べている食事内容が全ての食事では無い事、国によって様々な食べ方があるという事を話します。もう今後は二度とこんな事が起こらないよう約束します」と校長が言ったという。

また、夫から「僕で良ければ空いている日に、日本文化を紹介する臨時授業をします。そうする事で、そこにさりげなく日本食を紹介し、例えば海苔や寿司が日本人にとって昔から食べられている食べ物であり、それに代わるものはイングランドなら何なのか、またそれを他国の人から否定されたらどんな気持ちになるかなどを話す機会を設けてみてはどうでしょうか?」と提案したところ、校長から「是非、近日中にお願いします」と言う事で話が決まった。

知らないから非難する。
だから知ってもらえば変わるかもしれない。
地道に溶け込んでいくしかないのだろう。
今日からまた頑張るのである。
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