前回のブログの続きです。


勉強ができるようになる王道は、


まず溜めないこと。


溜めても後でやれればいいんですけれど、効率が悪いんですよね。時間と労力、精神力が余計にかかっちゃう。


というのも、溜めると今やっている授業から受け取れる情報が少なくなりますから、徐々にわからなくなっていきます。


焦って追いつこうとするので、オーバーワーク、オーバーペースになりがちで、そうなるとどうしても忘れやすくなる。たくさん頑張ったのに結構忘れてしまっている、そんな自分に、だんだんヤル気も削られていきます。


逆に溜めずにやれれば、今に余裕が生まれます。すると楽しめるんですよ、少なからず。


楽しい、おもしろい!という感情って、心に余裕がないと生まれないです。「やらされている」とか「やらなきゃならない」という状態ではなかなか楽しめない。そして、楽しさがあれば効率も上がっていきます。


次に、手順を端折らないこと。


家を建てるみたいなイメージで、順番を変えても問題ないところもありますが、変えると余計な手間がかかったり、後でやり直しをしないといけなくなったりするところが出てきたりします。変えちゃいけないところ、変えたりしたら、後で積み上がらなくなって先に進まないとか、最悪、崩れ落ちてしまったりするところすらあります。


やっぱり教科書や参考書の順番って意味あるんですよ。意味なくテキトーに並べているわけない。


日本を代表する教科書発行会社が何年も時間をかけて作成したものを、文部科学省の教科書書記官と呼ばれる方々が審査して、クリアしたものを、学校の先生や塾の先生なんかのレベルじゃない、はるか雲の上の研究者たちの組織、教科書図書検定調査審議会がチェックするんです。


素直にあの順番で積み上げて行くのがベストです。「出る順」とかは演習でするものであって、あれからスタートしちゃいけません。


この二つ、たったこの二つを自分でやれるなら塾や家庭教師はいらないです。覚えるべきことをその日に出た分だけでいいから覚えて、教科書の順番で行われる学校の授業を一つ一つ理解していく。もし授業を聞いても、教科書を読んでもわからなければ、その日のうちに先生に聞いて理解すればいいだけ。


でも、もし自分でやれないなら、こういったことを、寄り添って、一緒にやってくれる誰かを付ける。できるだけ溜まる前に。できるだけわからなくなる前に。


紀元前から世界中で行われてきたシステムです。

できるようになる方法。
うまくいく方法。

これはおそらくずーっと言われてきたことで、かつ、これからもうずーっと変わらないことなのでしょう。

にもかかわらず、勉強のノウハウ本は毎年何十冊も出版されている。

私もたまに本屋でパラパラめくってみますが、書かれていることはずーっと変わってません。

つまり勉強ができるようになる方法なんてものは、一つか二つか、そのくらいしかなくて、そしてその方法はもう世間で周知のことばかりなんです。

にもかかわらず、こんな本が毎年何冊も出版されているってことは、わかっていても、その道を歩むことができない人がいかに多いかということなんでしょう。

わかっちゃいるけど、できない。
楽してできる方法はないか。
今からでもチャチャっとできる方法はないか。

そういう人たちの心の隙間にスルッと入っていって、うまく騙くらかして儲けよう。

そんな人たちが、勉強の本質はそのままに、かつ、あたかも簡単にできるかのように、表現の仕方だけを巧みに変えて、ずーっと出版し続けているんでしょう。

かくいう自分も高校生の頃…

恥ずかしながら英単語を覚えることをサボってしまって、あっという間に英文が読めなくなってしまったことがあります。

先生や友人に相談しても、とにかく言われるのは「語彙力が足りない。」「語彙を増やすべき」。

わかっちゃいるけど、覚えなきゃならない英単語の数があまりにも多すぎる、どうにか楽してできる方法はないかと、本屋で探しまくったことがあります。

あの頃、もしネットがあれば、そんなことあるはずないだろ、ボケ!ってことがすぐにわかったものですが、90年代、もっとも信頼できる情報といえば本一択でしたから、背表紙に書かれた「中学レベルの語彙力でセンター英語は解ける」だとか、「センター英語は1000語で解ける」みたいなワードになんだ、楽な方法があるんじゃない!」なんて心躍らせ、買っては読みまくったものです。

…あの時間、マジで返して欲しい笑い泣き

語彙なくして、言語が読めるわけないじゃん。
っていうか、言語なんてむしろ語彙がほぼすべてじゃんか。

つまるところ確実にうまくいく「王道」はみんなわかりきっていて、でも、その「王道」をやれない。やりたくない。

だからどうしても先延ばしになっていって、期限となる入試日はどんどん減っていって、やむなくヤマをはってダメ元で賭けにでるしかなくなる。

始末が悪いことに、その賭けに運良くたまたま勝てる人が何割いるかわからないけれど、何割かはいて、その人の声ばかりが甘言として知れ渡っていく…。

他の人がコツコツ積み上げていっているのに、それをしないで楽に進める近道なんてあるはずない。あったらみんなやってる。広まってる。

他の人がコツコツ積み上げていっているのに、自分だけが楽にうまくいく方法を見つけられると思ってしまう思考は、気持ちわかるけれど、変えていかないと大人になって騙されちゃうよ。

2023年のブログです。

 

ここでも書きましたが、まず語彙がなければ語学は始まりません。

 

中学3年生になってからとか、高校3年生になってから、そこから単語を勉強し始めても遅すぎなんです。だって、単語が無ければ、文法の指導も、読解の指導も、リスニングの指導も、生徒の理解は限定的なものになってしまうから。

 

一昨日、英語科全講師ミーティングでも挙がったのですが、中学校2年生までに履修済みである英単語を、ランダムで150個出題して、30個にも満たないような状態だと、もうそこから事実上の入試が始まる9月まで、およそ5か月で偏差値60以上にするなんてことは、よほどのやる気と根性がなければ至難の業です。

 

たとえばウィルでは、小学生で単語の重要性と覚え方を1年かけてみっちり育てます。

 

そして、中学1年生では年に4回、中学2年生では年に3回、基礎学力テストと称して、教科書に出てくる英単語から出題。100個中80個、つまり80点に満たなかった場合には「試練」として、毎日呼んで100点とれるまで対応しています。

 

そのメンバーの中に、英語だけは他塾でやっていたけれど、中3からは英語もウィルで、なんて生徒が入ってきたりすると、結構な確率で英単語が壊滅的、上に書いたように教科書からランダムで150個出題して、30個以下というようなとんでもない状態だったりします。

 

中学校3年生までに履修する英単語はおよそ2,400個。もしその生徒が150分の30の割合そのままの習得率だとすれば、480個しか習得していないことになります。

 

実際は、ウィルで最低限覚えてほしいとして出題した150個というのは、

 

tired

dish

parent

each

experience

ask

bring

different

time

surprise

 

のようなものですから、その480個すら危ういかもしれない。

 

これでは他の生徒たちについていけないので、とにかく早く覚えるよう声かけしまくることになりますが、やれ!やれ!急げ!と言われて、やれる生徒はそうはいません。

 

多ければ、一日のやる量が増えるだけ忘れやすくもなります。


多ければ、やりたくない、めんどくさい気持ちも、より湧き上がります。


多ければ、数日がんばったくらいでは目に見える成長を感じにくい。本当はそんなことはないのに、焼け石に水かのように本人は感じてしまいます。


そして人間の本能、「(誰かに)〜させられる」ということ自体がヤル気を奪っていきます。


そうです。溜めたら苦しいんです。日々小分けにやる方がはるかに楽なんです。


英語は少なくとも高校までは続きます。その間、単語は少しずつ出てきます。そして、もし大学受験を考えているなら、そこの大学に必要な単語数は概ね決まっています。そして、受験日までの日数は日々1日、必ず減っていきます。


今日やらないということは、未来の1日あたりのやらなきゃならない単語数をわざわざ増やしているんです。


どうせやるのなら今やろう。すでに多くなってしまっているかもしれないけれど、それでも今やらなければ明日はもっと増えていく。どんどん追い込まれていってしまう。なぜに未来の自分を苦しめようとするの。

 

英語なんてぶっちゃけ語彙だけでもいいんです。語彙だけあれば、後は指導者次第でなんとでもなるんです。

 

ですから語彙だけは気にしてあげてください。あれがないと授業すら実は受けられていないんです。本人は気づいていないだけで、耳からも目からも、教室で隣に座っている他の生徒より情報を受け取れていないんです。

 

高校生も一緒。英語ができない高校生の90%以上が単なる語彙力不足だって、日本でもっとも有名な英語指導者である大西泰斗先生もおっしゃっています。

 

単語は先生が教えてできるようになるものじゃありません。教えてどうこうなるものじゃない。とにかく触れる。とにかく使う。とにかく見る。自分でやるしかないんです。なんとかしてあげたいけれど、助けてあげたいけれど、助けてあげられる人はいないんです。