世界を変えるのは容易ではない。しかし、変えようとしなければ、変わることはない。
だったら、変えようとする機会を、変えた経験を、生徒たちに与えている学校というのは、この上なく魅力的なのではなかろうか。
子どもたちにとって、学校は彼らの世界のほとんどを占めていると言っても過言ではない。その学校を、自分たちが動くことで変えることができた。そんな経験を手に入れた者たちは、世界を変えるというハードルが確実に下がる。
今の世界は普遍なものではなく、自分たち次第で変えられるものなんだと思うようになるだろう。
逆に言えば、何でもかんでも杓子定規に上から押さえつけていれば、子供たちは世界を、社会の仕組みを普遍なものと捉え、変えることはできないもの、してはならないものなのだ学んでいくことになる。
もちろん、社会には秩序が必要だ。だから、義務教育まではモラルを教え込み、ルールを守ることを強いることは絶対だと思う。
しかし、「守る」を学び、身に付けた子たちに対しては、「破る」を教える場があっても良いのではないか。
だって、もしそうじゃなかったら、いったい誰が理想を描き、語り、挑めるのだろう。
願わくば、せめて47都道府県の最難関校くらいは、社会を変える人を育てるために、理想を語れる場所であって欲しい。
シンガポール、カンボジア、ベトナム、タイ、ここ1ヶ月の間で様々な国を巡り、様々な人たちと出会っては、たわいも無いおしゃべりをした。
一つとして同じ国はなかった。
言うまでもなく塾は民間ゆえに、保護者のニーズに応えられてナンボだ。でも、ニーズに応えることを最優先にしつつ、微力ながらも最難関にあるような空気も流したい。
これをいいカッコしたいだけ、自己満足だと言う人もいるだろうけど、それも含めてウィルの特徴として認めてもらえる方々がいてくれたらありがたいです。







