『もしもし陽ちゃん?何処よ?』


『今、駅に着いた。』


『あっまじ?俺も、もう近いよ。それでさぁ、終わったよ。』


『終わったって?』


陽介はすぐ異変に気づいた。前方から血相を変えたSCREAMの連中が歩いて来ているのだ。

悟られないように人込みにまぎれた。


『ねえ、あいつ等、今・・・』


『おう、一部の奴らは、その辺歩いてるかもな。俺、トオル殺ったよ。ボコボコに。可哀想にさらし者になってるぜ。パーティーが早く終わって、あいつが店から出てきたんだ。俺、面倒でさぁ、行くところねぇし、あの例の通りをよぉ、ずっと行ったり来たりしててさ。バックリいっといたぜ。楽勝だったよ。』


野見山が半笑いで話し続けた。


『雨だけど、これからどーするよ?全員集合して、もう何個か潰そうか?』


まだSCREAMだけでは満足してないらしい。


『まじかよ、とりあえず皆に連絡してさ、淳とかに。』


『それがよぉ、あいつ電話つながんないのよ。あのボケと一緒なんだろ?』


『そうそう、一緒に来てカチ込む予定だったんだけど・・・あっいた。ノミ発見。』


陽介と野見山が合流した。


『うおーすげー。まじで一人で殺っちゃったのかよ。斉木に電話してみるわ』


SCREAMの奴らがウロチョロしていて危険だったが、野見山と合流し陽介も一安心していた。


陽介が斉木に電話した。


雑踏の音が気になり、半歩ほどであったが、キモチ体が電柱側に寄った体勢で野見山に背を向け、携帯のコールボタンを押した。


5コール目で出た。


『あっもしもし?』


『・・・・』


『斉木?』


『・・・はい・・・どうも三浦君(陽介)。久しぶりだね。元気にしてる?』


SCREAMの泊の声だ。


陽介は鳥肌が立った。


『はい。』


『そう、それは良かった。心配してたんだよ、先週、急にゴースト脱退したって聞いたから。』


『はぁ・・・』


『トオルが死んだよ。あっけなかった。即死だったよ。病院まですらもたなかったよ。野見山に殺されたんだ。お前も知ってるだろ?野見山。』


『まさか?』


『本当さ。今日トオルの誕生日パーティーだったんだ。出口で野見山の野郎に殺られたよ。グッサリと。』


『さ、斉木は?』


『いるよ、ここに。斉木は元SCREAMだろ?、さっき会ってさぁ、話したんだ。野見山が人殺ししたことを。やっぱまずいじゃない一応後輩だからさ、後輩が殺人を共謀したとなったら面倒だろ、色々。急なことでさ、あいつも情緒不安定になっちゃって、しばらくは電話は俺が出てるのよ。』


『・・・』


陽介は言葉が無かった。野見山がやり過ぎた?それは考えられなくもない・・・。振り返ると、血を浴びた後がくっきり残っている野見山が退屈そうに血の付いた手で長い髪の毛をかき分けていた。


『おい、斉木いんのかよ?いねーのかよ?』


野見山がバカデカイ声で陽介問いかけた。


陽介は携帯を手で押さえて、苦し紛れの返事をした。


『うん!』


どっちとも採れる返事だった。その後、電話に没頭するふりをした。


SCREAM泊に野見山と一緒にいることを知られたくなかった。

それに自分がキャンディーのメンバーだということもできれば知られたくなかったからだ。


『もう一人いないだろ?』


泊が尋ねてきた。


『はい?』


『淳だよ。淳もここにいるんだ。淳から聞いたよ、お前ら新チーム作ったんだって?元気いいねえ三浦君。』


バレていた。陽介は嘘が付きづらくなった。すべてお見とおしなのか?


『淳も元SCREAMとして話しをさせてもらったよ。偶然帰りに会ってさ。』


その時、奥の通りをパトカーが2台走りすぎた。パーティー会場の方角だ。

偶然なのか?


『それで話しをすると、野見山の勝手な行動だって言うんだよ。逆に野見山のスタンドプレーにはいつも頭を悩ませているとも言ったな、つまり野見山にキレてんだよ・・・・・・。どう思うよ?』


野見山が気ダルそうにツバを電柱に吐きかけた。






淳は雨に打たれていた。家までほんの30メートルだが、それが遠かった。

人通りの少ない団地で、10年前は子供で溢れかえっていた公園だったが、今では寂れた場所であった。

雨の降る夜。血が止まらずドクドクと流れ出していた。声も出やしない。

意識を失った。


気が付くと病院のベッドの上だった。2日分の記憶が無い。


親が心配そうに手を握っていた。淳が目を覚ますと、母親の態度は冷くなった。

延々と怒られ、警察のお世話になったとワメキ散らされた。


何が何だかわからない。体は思うように動かない。


それでも最後には、母親は荷物を置いて、頭を撫でて 『良かったよ』 と言って帰った。


しばらく、体を動かす為に、しきりに体をクネらせたが、思うようにいかなかった。重症なのか。


そんな心配をしていた。


面会終了時間の間際に一人の私服の女性が現れた。手にはトートバッグを持ち、カーキ色のジャケットに白シャツの年齢は20歳前後だ。

比較的地味な女性だった。


『淳くん、起きたんだ、よかったー。ビックリしたよ、公園で倒れていたから。まさか喧嘩・・・?ってあんま聞いちゃダメかな。ゴメンネ、起きたばっかりなのに。』


田中祐子だった。その時21歳。大学3年生だった。


『トオル君にもお見舞い来てもらわなきゃね。あんま騒いじゃだめだよ!』


トオルの彼女だ。


何も聞かされていない彼女だ。正確には彼女の一人だ。


週1程度で会う仲らしい。トオルの方からあまり連絡は入れない。


トオルがチームの殆どのメンバーと会わせない唯一の彼女だ。


トオルはチームの事をほとんど話していない。大切にしているとも採れる。


トートバッグには白衣が入っていた。今日は学生実験の日だったようだ。




SCREAM泊は陽介にカマをかけていた。斉木は拉致されたが自分以外メンバーの名前をなかなか言わなかったのだ。淳と野見山がキャンディーのメンバーだということは知っていた。野見山が現場で宣伝して帰ってきたからだ。


泊は斉木を何度も殴りつけた。


『陽介もメンバーじゃねーか、こら。あと誰よ?』


斉木の口は堅かった。淳が携帯に出れないことも、斉木の携帯を使って実験済みだった。


淳の携帯はつながらないというか、コールできない状態だった。雨に濡れて故障していたのだ。


まもなくクスブリがこのマンションに到着する。

淳が刺された。


クスブリの手が淳の腹に触れている。完全にヘソの上を刺さされていた。


『これでいいんだよ。いいんだよ。やったぞ、淳を殺ったぞ。』


クスブリは完璧な演技を演じきった満足感を言葉にした。


『おい、トオルか?なあ?トオルなのか?テメェ答えろ・・・』

淳は声を震わせながらクスブリに問いかけた。


『俺の意思だよ。ナメんなよ淳。さんざんデカイ顔しやがって。野見山がいなければお前はこんなもんなんだよ。お前じゃトオル君には勝てねぇよ、このイカサマ野郎。しばらく病院で寝てろや。その頃、俺はお前の手の届かないポジションにいるぜ。お前みたいな雑種と違ってな。お前の帰る場所なんて学校以外無くなるぜ。じゃあな。』


『殺してみろよ。俺のこと知ってるだろ、死なない限り誰にも負けねぇぞ。俺は誰にも負けな・・・』


淳はそこまで言いかけたのだが、クスブリは聞く耳も持たず、一目散に姿をくらませていた。


それもそのはず、淳と一緒にいたという姿を誰かに見られたら、速攻でその場で殺れるからだ。


この一件でSCREAMの幹部に就任し、安全ゾーンに落ち着くまで身を潜める必要があった。


一人になると淳は再び呻き散らした。痛くて仕方が無いのだ。ズボンが完全に血で染まり、雨が冷たく感じてきた。仕舞には口元の振るえが止まらなくなり、過呼吸を起こしそうになっていた。打ち付ける雨が出血を早めている気さえしてくる。刺さった包丁が腹に固定されており、その局部を見つめるだけで痛みが押し寄せてくる。自分が盗ませた包丁で弱小団体のクスブリに刺されたのだ。情けなくて仕方がなかった。それも特別な日に。SCREAM襲撃の日であり、キャンディー立ち上げの日である。


キャンディーとは淳が立ち上げた新チームの名前だ。

飴(キャンディー)。一般的には、万人に噛み潰されたり、ナメられたりするものである。

淳が立ち上げたキャンディーは『誰もが舐めたがらない飴』というのがコンセプトであった。

キャンディーにするかキャンディーズにするかで迷ったが、昔のアイドルのような名前は却下され、

キャンディーに決定した。正式名称はTOKYO MIDNIGHT CANDY (TMC)である。TMの部分は野見山が後で付け加えたものである。TOKYOとMIDNIGHTの順序をどうするかというのも野見山の中で一悶着あったようだ。




クスブリから一報が入った。トオルの所にだ。


『トオルさん、なんとか刺しました。けっこう根元まで・・・』


『どうもどうも、おう了解。ああ俺、電波あって良かったな。地下なんだ、へへへっ』


『・・・』


『嘘だよ、計算済み。とりあえず今すぐパティーは切り上げる。すぐにだ。お前は勝どきのマンションに来い。

いいか、面倒なことはするなよ。余計なことも考えるな。調子もコクな。さっさと来いよ。』


『はい、わかりました。失礼します。』


パーティーは予定通りだいぶ早めに打ち切られた。さりげなく終わった。例年より短いパーティーだったが、

余計な挨拶を省いたりして、タイトに詰め込んだ密度の高いパーティーが行われた。

おそらくほとんどの者が疑問を抱くことは無かったであろう。


『今日は本当にどうもありがとう。いつも本当に助かってます。最強のチームをであることに誇りを持って堂々とデカイ顔をしてくれ。今、間違いなくウチがNo1だ。これからも宜しく。 以上 解散』


トオルが慣れた口調で終わりの挨拶を行った。90人を越す傘下の幹部と関係者が続々と店を出始め、道路にはタクシーがずらっと並んでいた。


キャンディーの集合予定時間の15分前の出来事だ。まだ誰も現地前に姿を現していない。メンバー5人が一瞬にして同時刻に店前に姿を現すことになっていたからだ。パーティーが早く終わることは想定外であった。


解散の合図が出たが、幹部同士の話しが盛り上がっているところが多くあり、店からなかなか出ない。

よくあることではあるが、早く店から出たいトオルは本部No2の泊に指示しマイクでアナウンスをかけた。


『えー本部より、速やかに店から出て下さい。上への挨拶はいりません。店前を去るまであと3分以内でよろしく。タクシーに乗る者は速攻で乗って下さい。店の前に人が溜まるのは格好悪いので絶対避けて下さい ・・・・・・ 以上トオルさんより』


このアナウンスの時点で、トオルは誰よりも早く店を出ようとしていた。階段を半ばまで上り始めていたところだ。雨の音がかすかに聞こえてきた。 肌寒い風が頬に触れ始める。すべて上手くいっている。そう心の中で思いながら口元を緩めた。笑いがこぼれそうだった。淳の出鼻を挫いたのだ。俺に敵う奴などいない!そう確信を深めるように階段を一歩一歩上がった。

長細い灰色の空の欠けらが大きくなってきた。

タバコと酒の人の温い空気の場所から出てきたことを体が実感する。


『ちくしょう、雨か・・・降ってんなぁ、けっこう。ダリィ色の空だなぁ、誕生日だってのに。』


階段を上りきり、店の敷地から右足がようやく出た。新しい門出だ。


左足が靴の泥取り用マットを踏んだ。


トオルは心の中で言った。


『だーっ飲んだな。帰るぞ。タクシー乗ろう。』


灰色の空を見上げた。


トオルの目の前が真っ赤になった。空が赤く染まった。


『遅せえよー、トオル』


右の歩道から勢い良く体当たりしてきた、180センチを越す長身の男がいた。


トオルの右目じりから頬にかけてアーミーナイフが深く線を描いていた。


トオルは反射的に身をかがめて防御したが、互いの体が衝突してブレたナイフはトオルの顔面をエグった。


次々にヒザやパンチ、再びナイフが飛んできた。ナイフは右腕上腕に突き刺さった。


トオルの顔は完全に戦闘モードに切り替わり、鬼の形相を呈していた。


『テメェ・・・』


『俺がキャンディー代表の野見山だ。SCREAMは今日で終わりだぜ。お前もな。』


しゃがんで悶えているトオルに対し、ナックルで鼻をベコベコに叩き、安全靴をものすごい勢いの蹴りで口に押し込んだ。トオルの歯が歩道に飛び散った。上半身血だるまになったトオルは尻を着いたまま上を向くことができなかった。

意識を失っていたのかもしれない。


野見山の特有のイレギュラーな行動がトオルを逃さなかった。


血の気が荒く、気が短い野見山ならやりそうなことだ。


野見山は言った。


『俺達は確実にNo1になる。』


トオルの体からナイフを抜き、折れ曲がった鼻に刺した。


『とことんやるよ、俺ら。俺の名前をよく覚えておけ。すぐに300万用意しろ、わかったな。』


振り返ると支部のメンバーが階段を上りきるところだった。


血だらけの拳の野見山が正面に突っ立っている。


OBに部類するかなりのベテラン以外、野見山のことを知らないやつなどはいない。


『こいつSCREAMやってく自信ないって。そんでタクシーに突っ込んでいったぜ。』


そういうと野見山はキャンディーのバンダナをトオルの頭に被せるとライターで火を付けた。


その火でキャメルに火をつけ、一吸いするとすぐに支部のメンバーの額に押し付けた。


『淳とキャンディー始めました野見山です。』


『・・・』


『シカトかよ、上等だぜおっさん。』


先頭の奴を蹴飛ばし、階段の方へ落として立ち去った。


メンバーはバンダナを外し、トオルさん、トオルさんと連呼するばかりだった。


幸い、バンダナには火が付きづらかったようで、大火傷を負うことは間逃れた。


メンバーがトオルの顔を持ち上げると、血まみれでどす黒く変色し、変形した顔面を目の当たりにした。


ひたすら雨に打たれた。遠くからは大勢の見物人がトオルの姿を見ていた。


地元でさらし者になったのだ。最強グループSCREAMの代表が地べたに這いつくばっていた。


『ざまあみろ』という声が聞こえてきそうだ。


野見山は帰り道、ガードレールにキャンディーのバンダナを幾つも巻いて歩いて帰った。


携帯でまず淳に電話をかけた。


つながらない。なぜだ。たまたまか?野見山なりに考えていた。


淳がこんな時に携帯を切っているとは考えずらい。


思い過ごしか。 


あきらめて陽介に電話することにした。


『もしもし陽ちゃん?』



トオルが思い出したかのように言った。


『淳、大変だったみたいだな。』


このことはマリーンも当然知っている。


『うん、去年でしょ。かなりヤバかったらしいよ』


淳はトオルが率いるチームSCREAM(スクリーム)に所属していた。たったの1年間だけだったのだが。13歳から14歳にかけてのことだ。どこかのチームに所属していないと派手に粋がれないのが現実であったが、どの団体に所属しようが厳しい上納金に追われる者が後を絶たなかった。淳は幹部から可愛がられていた。淳は年齢的にまだ幼かったが、喧嘩が強く、なにより集金力が抜群にあったのだ。チーム同士がかち合えば、特攻隊長のように派手に飛び込んで行き、勝利するまでゾンビのように起き上がり、延々と冷酷に相手チームを叩きのめした。口も達者な淳は、戦いの後はスポークスマンとしても活躍し、すぐにSCREAMの顔となった男である。


その淳が中2の秋、10月のトオルの誕生日パティーの前日にチーム脱退を直訴し、図ったかのごとく翌日の誕生日に新団体を立ち上げ、ことに及んだのだ。初期メンバーは同じ中学の同級生8人。色んな団体から脱退したメンバーで結成した過激な武闘派である。その中には陽介もいた。この日の誕生日パーティーを切っ掛けに、知名度はうなぎ上りとなった。さらに上納金を一切課さないチームであり、他のチームからのメンバー流出が大きく噂され知名度向上に拍車をかけた。、完全対立姿勢をとったのだ。これは淳の集金力がなせる業であった。淳はNo2のポジションに付き、トップには、知名度では淳を上回るかもしれないロン毛男、誰に対してもタメ口な喧嘩の天才である野見山を置いたのだ。とにかく旬であることにこだわっていた。SCREAMを否定したのだ。オッサンチームとすら呼んだ。

そして、野見山がトップにいるだけで、他のチームの幹部ですら近寄り難い様子であったのだ。


即攻で団体のNo1になりデカイ顔をする為に、手っ取り早いのは死人が出たことを広めることだ。

あそこと喧嘩になったらとんでもない武器で本当に殺れるぜ、と思われたら楽だなと淳は考えていた。

そしてどこまでも、何回でも相手を追い詰めるという冷酷な淳の噂がそれを加速させると読んだ。

噂が噂を呼べば、そんなに楽なことはない。

その格好の的となったのが知名度、実力ともにNo1と言われているSCREAMである。

そしてSCREAMを潰せば、その傘下から膨大な上納金が回ってくるというオマケつきだ。



野見山は、カリスマとしてふんぞり返ったトオルを刺して引退に追い込めば、SCREAMなど3日で潰れると豪語した。


根回しの天才である淳が、ウチに入りたければトオルを刺して来いと、上納金の厳しさに耐えかねた他団体のクスブリに対し入れ知恵して、パーティーにカチ込んだ。刺して死んでも、コイツは所詮、淳達とは他団体のクスブリである。淳は白を切るつもりでいた。


そして都合のいいことに、そのクスブリも”なんかデカイことしたいっす”というような男であった。


パーティーは10月28日、19時スタートであった。


いつものごとく外に護衛を付けない余裕のパーティーであった。


地下1階。人通りの多い道に面している。外は勢い良く雨が降っていた。


無免がバレたら面倒なので、淳の家の前の公園でクスブリと待ち合わせた。


野見山や陽介、あと一人のメンバー斉木は現地に同時刻で自然と集まる計画を立てていた。


合計5人である。



19時20分、窓から公園を覗くとクスブリは傘をさして立っている。


淳は外へ出て、クスブリに声をかけた。


『おうおう、よく来たじゃない。緊張すんなよ。』


『ああ、どうも。来ちゃいました。緊張はしてないっす。』


『頼もしいね、幹部候補!今夜、革命を起こそうぜ、一緒に。』


『はい、淳さんや野見山さんみたく派手にいきたいっす。』


淳はこのクスブリが本当に本気かはまだ疑っていた。


クスブリの表情をチラっと見ながら、何気なく聞いた。


『おおっと、殺る気まんまんだね、どこ刺す?』


『ど、どこがいいっすか?』


『バッコリいけよ! 心臓!』


『マジすっかっ』


『テメぇ、怖気づいてんじゃねーよ。』


『バッコリっすか?』


『バッコリだよ。』


『昨日、野見山さんが腹に一発キメればいいって・・・』


淳は沈黙した。実は淳は野見山のことで気に入らない点があった。

品がないところだ。トップに立つものが品が無いというのはチームとしてスマートじゃないと考えていた。

それは皮肉にも完全にSCREAM時代のトオルの影響だ。淳はトオルに似て、身なりに気を使い、本もよく読んだ。自分を守る為なら綺麗な敬語も使ったのだ。淳はどっちかと言えば、自分がトップに相応しいのではないかという矛盾を抱えていた。野見山をトップに担いだのは淳であり、野見山のネームバリューも捨てがたいところではあるのだが。

要は、いかにも野蛮人で不器用な野見山が、自分の仕事の領域に入ってきたようで、面白くなかったし、アイツが勝手に調子コキ始めたら緻密な計画が狂い、痛手となるのではないかということを案じた。


『他には、アイツから何か言われたか?』


『いえ、別に・・・』


『じゃあ、何も考えずに腹でも何でも刺してこいよ。ビビんなよ。それ最悪だかんな。


事によっちゃ、お前生きていけないようにしてやるよ。』


淳は新聞に包んだ包丁をクスブリに渡した。


『細身だろ、突き刺すには丁度いい。』


刃渡り20センチはあると思われる包丁だ。実はこの包丁はクスブリの家にあったものなのだ。


どことなく情報を発し、誰の指示で、何の為に使うかが分からないようにクスブリの家からこの包丁を盗ませたのだ。まるで伝言ゲームのように2日で色んな奴の手を渡った。勿論、淳が終点であることも知られていない。恐怖が全てを支配していた。

淳の得意分野だ。


雨の中、クスブリは周りを気にしながら傘の中で背中を丸めて、新聞を解いて包丁を確認した。

クスブリはまさか自分の家の包丁とは気づいていないようだ。


クスブリは呟いた。


『すごいっすね、これ』


『これなら、簡単にエグれるぜ』



その時、案の定、野見山は現地付近をウロウロしていた。


タバコを買おうと300円を入れてキャメルを押した。







『テメェ・・・ ああー。』


淳が嗚咽をもらした。


クスブリは笑っている。



遠回しにトオルが送った刺客だったのだ。




『バッコリっすよね淳クン。 へへっ。』


野蛮人、野見山は現地の裏通りでタバコをふかしていた。


今が今かと携帯で時間を確認している。目は血走っている。


斉木もパーティー会場の最寄駅の改札を出ていた。


クスブリだけには任せておけない野見山もナイフを用意して裏ポケットに入れていた。


右手で裏ポケのナイフの柄をこっそり触り、目を閉じてイメージにふけった。


今夜が勝負だ。










『うそ・・・』


『俺もう18だし。秋には19だよ。パクられるのはご免だよ。半年前にもう降りてるんだ。いい年してつるんでてもしょうがないだろ?いつまでも母校に帰ってくるダサい先輩にはなりたくないな。それに下の奴には、無茶してでもどんな武器使ってでも勝ってこいって言ってたんだ。上納金のノルマも厳しくしてたし。だから下が無茶すれば必ず俺にそのツケは回ってくる、当たり前だけどな。常にナメられないようにNo1のチームでいる為にはこれしかないんだ。でも、俺はもうできないと思った。だから譲ったんだ。』


『知らなかった。じゃあもう会ってないんだ、チームの人と。』


『うん、ほとんど無いな。』


マリーンは内心嬉しかった。トオルは他から睨まれようが、デカいパーティーをいっぱいやる派手なヘッドだったし、オシャレで最強の名を欲しいがままにしたブランドのあるチームだったので、色んな女が常に付きまとっていたからだ。トオルが前に年上の女と付き合っていたこともマリーンは知っていた。今は大学生らしい。名前は噂で祐子と聞いていた。


『あっ、お前タバコ吸ってるだろ。』


ほんとに恐かった。さっきまでチームの話しをしていたこともあるが、トオルの目つきが違った。

それにトオルにはずっと内緒にしてきたことなのだ。トオルに会う日はタバコを我慢してた程である。


『ご、ごめんなさい』


トオルは笑った。


『謝ることないよ。別に何々禁止とか面倒じゃん。それにお前タバコ似合うしな。いんじゃない。

まぁ、格好良く吸えよ。俺、眉間にしわ寄せてすってる女はちょっと苦手かな。いやいやそれにしても、タバコ吸いつつ杏ちゃんに勝つかぁ。そりゃ天才のすることだな。』


マリーンはすごくいけないことをしている気分になった。


『大丈夫だよ、お前は天才だから。今回は勝てるよ、きっと。自信持て。だって今までそうやってやってきたんだろ?』


それよりも、マリーンにとってトオルに嘘を付いていたことが気まずいことであり、後ろめたくてしょうがないことであった。


『うん自信はある。あとごめんね、タバコ黙ってて。』


『好きなだけ吸いなさい。俺の真似したんだろ?ほんとダメな彼氏だな俺は。まあレースで勝つとか、巻けるとか、あるじゃない。タバコ吸って吐き出している様とかあるじゃない。その辺が格好悪くなったら、考えどきだよな。』


『要は自分で考えろってこと?』


『そうだね。それが一番。俺、小学校から中学は千葉なんだ。で、先輩が卒業したあとコンビニや中学の校門とかでたむろってて。それ見てて悲しくなったんだ。なんかタバコ吸って散々威張ってた奴が外に出たら、外でも威張り散らして欲しいじゃない。最強の面影なんてないわけさ。俺もああなっちゃうのかなと思うと焦ったな。その時は色々考えさせられたよ。』


『それで東京の学校行こうと思ったの?』


『そうだね。ここでもう一回天下を取ってやると。それって格好いいことなんじゃないかと思ったんだ。正解かは良く分からないけど、数年後わかるんだろうな、その答えが。でも大好きなお前に格好いいって言われてすごく嬉しいよ。東京一の天下は取ったから俺も次を模索しないと、さらに格好付かなくなるなぁ。ところで、アメリカの不良ってやっぱカッコいいのかな。格好とかも含めて。』


『ああ、格好いいかもねぇ。普通にアメ車に乗って、ピストルもって。イタリアとかも格好良さそうねぇ。』


『俺も拳銃は何度も欲しいと思ったな。』


『トオル君には拳銃持たせたくないよね。』


『拳銃持たせたくないタイプって最悪じゃん!それ。』


『二人で銀行強盗する時は私が銃をもつ役割だから。トオル君すぐ撃っちゃいそうなんだもん。』


『いやいや銃は2丁用意しようぜ。俺、車のドライバーかよ。なにやってんだよ俺。女に銃持たせて。』


『で、やばくなったら車でブーン。うそうそ。だってトオル君って頭いいし、勉強もできるから冷静なドライバーの方が向いているよ。アタシじゃ無理。』


『褒められてるんだか、なんなんだか。』


下らない話しをしていると、ふと、二人の頭に同じ人物が浮かんだ。



『淳、元気にしてんのか。』


『淳先輩? ああうん。普通に元気。かなりスポーツマンになってるけど。』

トオルは満更でもなくこう答えた。


『うん。美味かったらな。』


『いいの?なんで?』


『尊敬してるから。』


『年下を尊敬するの?』


『ああ、あんまその辺は関係ないけど。背中は好きだよ。お前の姿勢が。目も。』


『恥ずかしいなぁ、もう』


『髪も』


『それは嘘でしょ。』


『嘘だよ。 お前は俺のどこがいいわけ?』


『格好いいから。あとヘッドだし。』


トオルは箸を止めて、右上に目をやった。


『ああそう。うん、実にいい。内面が、性格がって言われたらどうしようかと思ったよ。そんなもんほめ言葉にもならないからな。喜ぶ男は五万といるかもしれないが。』


マリーンのカップに烏龍茶を注ぐとトオルは呟いた。


『俺、もう3代目じゃないぜ。』