トオルが思い出したかのように言った。
『淳、大変だったみたいだな。』
このことはマリーンも当然知っている。
『うん、去年でしょ。かなりヤバかったらしいよ』
淳はトオルが率いるチームSCREAM(スクリーム)に所属していた。たったの1年間だけだったのだが。13歳から14歳にかけてのことだ。どこかのチームに所属していないと派手に粋がれないのが現実であったが、どの団体に所属しようが厳しい上納金に追われる者が後を絶たなかった。淳は幹部から可愛がられていた。淳は年齢的にまだ幼かったが、喧嘩が強く、なにより集金力が抜群にあったのだ。チーム同士がかち合えば、特攻隊長のように派手に飛び込んで行き、勝利するまでゾンビのように起き上がり、延々と冷酷に相手チームを叩きのめした。口も達者な淳は、戦いの後はスポークスマンとしても活躍し、すぐにSCREAMの顔となった男である。
その淳が中2の秋、10月のトオルの誕生日パティーの前日にチーム脱退を直訴し、図ったかのごとく翌日の誕生日に新団体を立ち上げ、ことに及んだのだ。初期メンバーは同じ中学の同級生8人。色んな団体から脱退したメンバーで結成した過激な武闘派である。その中には陽介もいた。この日の誕生日パーティーを切っ掛けに、知名度はうなぎ上りとなった。さらに上納金を一切課さないチームであり、他のチームからのメンバー流出が大きく噂され知名度向上に拍車をかけた。、完全対立姿勢をとったのだ。これは淳の集金力がなせる業であった。淳はNo2のポジションに付き、トップには、知名度では淳を上回るかもしれないロン毛男、誰に対してもタメ口な喧嘩の天才である野見山を置いたのだ。とにかく旬であることにこだわっていた。SCREAMを否定したのだ。オッサンチームとすら呼んだ。
そして、野見山がトップにいるだけで、他のチームの幹部ですら近寄り難い様子であったのだ。
即攻で団体のNo1になりデカイ顔をする為に、手っ取り早いのは死人が出たことを広めることだ。
あそこと喧嘩になったらとんでもない武器で本当に殺れるぜ、と思われたら楽だなと淳は考えていた。
そしてどこまでも、何回でも相手を追い詰めるという冷酷な淳の噂がそれを加速させると読んだ。
噂が噂を呼べば、そんなに楽なことはない。
その格好の的となったのが知名度、実力ともにNo1と言われているSCREAMである。
そしてSCREAMを潰せば、その傘下から膨大な上納金が回ってくるというオマケつきだ。
野見山は、カリスマとしてふんぞり返ったトオルを刺して引退に追い込めば、SCREAMなど3日で潰れると豪語した。
根回しの天才である淳が、ウチに入りたければトオルを刺して来いと、上納金の厳しさに耐えかねた他団体のクスブリに対し入れ知恵して、パーティーにカチ込んだ。刺して死んでも、コイツは所詮、淳達とは他団体のクスブリである。淳は白を切るつもりでいた。
そして都合のいいことに、そのクスブリも”なんかデカイことしたいっす”というような男であった。
パーティーは10月28日、19時スタートであった。
いつものごとく外に護衛を付けない余裕のパーティーであった。
地下1階。人通りの多い道に面している。外は勢い良く雨が降っていた。
無免がバレたら面倒なので、淳の家の前の公園でクスブリと待ち合わせた。
野見山や陽介、あと一人のメンバー斉木は現地に同時刻で自然と集まる計画を立てていた。
合計5人である。
19時20分、窓から公園を覗くとクスブリは傘をさして立っている。
淳は外へ出て、クスブリに声をかけた。
『おうおう、よく来たじゃない。緊張すんなよ。』
『ああ、どうも。来ちゃいました。緊張はしてないっす。』
『頼もしいね、幹部候補!今夜、革命を起こそうぜ、一緒に。』
『はい、淳さんや野見山さんみたく派手にいきたいっす。』
淳はこのクスブリが本当に本気かはまだ疑っていた。
クスブリの表情をチラっと見ながら、何気なく聞いた。
『おおっと、殺る気まんまんだね、どこ刺す?』
『ど、どこがいいっすか?』
『バッコリいけよ! 心臓!』
『マジすっかっ』
『テメぇ、怖気づいてんじゃねーよ。』
『バッコリっすか?』
『バッコリだよ。』
『昨日、野見山さんが腹に一発キメればいいって・・・』
淳は沈黙した。実は淳は野見山のことで気に入らない点があった。
品がないところだ。トップに立つものが品が無いというのはチームとしてスマートじゃないと考えていた。
それは皮肉にも完全にSCREAM時代のトオルの影響だ。淳はトオルに似て、身なりに気を使い、本もよく読んだ。自分を守る為なら綺麗な敬語も使ったのだ。淳はどっちかと言えば、自分がトップに相応しいのではないかという矛盾を抱えていた。野見山をトップに担いだのは淳であり、野見山のネームバリューも捨てがたいところではあるのだが。
要は、いかにも野蛮人で不器用な野見山が、自分の仕事の領域に入ってきたようで、面白くなかったし、アイツが勝手に調子コキ始めたら緻密な計画が狂い、痛手となるのではないかということを案じた。
『他には、アイツから何か言われたか?』
『いえ、別に・・・』
『じゃあ、何も考えずに腹でも何でも刺してこいよ。ビビんなよ。それ最悪だかんな。
事によっちゃ、お前生きていけないようにしてやるよ。』
淳は新聞に包んだ包丁をクスブリに渡した。
『細身だろ、突き刺すには丁度いい。』
刃渡り20センチはあると思われる包丁だ。実はこの包丁はクスブリの家にあったものなのだ。
どことなく情報を発し、誰の指示で、何の為に使うかが分からないようにクスブリの家からこの包丁を盗ませたのだ。まるで伝言ゲームのように2日で色んな奴の手を渡った。勿論、淳が終点であることも知られていない。恐怖が全てを支配していた。
淳の得意分野だ。
雨の中、クスブリは周りを気にしながら傘の中で背中を丸めて、新聞を解いて包丁を確認した。
クスブリはまさか自分の家の包丁とは気づいていないようだ。
クスブリは呟いた。
『すごいっすね、これ』
『これなら、簡単にエグれるぜ』
その時、案の定、野見山は現地付近をウロウロしていた。
タバコを買おうと300円を入れてキャメルを押した。
『テメェ・・・ ああー。』
淳が嗚咽をもらした。
クスブリは笑っている。
遠回しにトオルが送った刺客だったのだ。
『バッコリっすよね淳クン。 へへっ。』
野蛮人、野見山は現地の裏通りでタバコをふかしていた。
今が今かと携帯で時間を確認している。目は血走っている。
斉木もパーティー会場の最寄駅の改札を出ていた。
クスブリだけには任せておけない野見山もナイフを用意して裏ポケットに入れていた。
右手で裏ポケのナイフの柄をこっそり触り、目を閉じてイメージにふけった。
今夜が勝負だ。