野見山が警官と何かを話し始めた。
陽介には何を言っているか全く聞こえない。
まだ間に合うのか。今、交番に入り、自分が話しをすればチャラにできるのか?
陽介の体は動かなかった。野見山の怒りの眼差しと手遅れ感が心を占めていた。
『よう、用があんだよ、佐々木。 テメェパトロールもしねぇで、ぶくぶく太りやがって。』
野見山が警官に話し始めた。
『おっ野見山・・・』
佐々木はその体には似合わない甲高い声で言った。
『お前こそ年中ブラブラしてんじゃねーか。お前から来るとはな。派手にやったらしいじゃないの。終わったな、お前。』
『俺が終わった?だぁ?』
『汚ねぇ手を置くなよ、さっき拭いたばっかりなんだから。座れ。』
野見山はカウンターに手を付くと、跳び箱のように越えて中に入り、椅子に座った。
『入ってくんなよ、お前は外だ馬鹿野郎。』
野見山は居座った。
『そういうの迷惑なんだよなぁ、野見山君。問題なの、そっちより中に入られちゃ。』
殺人犯がこのような行動に出ても、即逮捕されないものなのであろうか?
野見山は傷害の線が濃くなったことを感じた。
但し、犯人を刺激しないよう丁寧に対応している線も考えられた。
『話しがしてぇだけだ。』
『お前、分かってるよな? 何したか言ってみろ自分の口で。』
『取り返しが付かないことをした。それだけだ。』
『ほー、珍しいね、君。 精神状態がおかしかったなんていう言い訳はあるのか?』
警官が手際よく、無線で応援の要請を始めた。
『えー野見山が出頭。本人です。直ちに戻ってきてください。』
『待ってくれ、刑事さん。』
野見山は丁寧に言った。
『俺は刑事じゃねぇよ、バカ。今日は帰れないぞ、お前、いいか?』
『それは構わない。 殺した償いがしたい。SCREAMのトオルを殺したのは俺だ。』
時間がなくなった野見山は本題に入った。
携帯電話を取り出し、陽介の画面を開いた。指をコールボタンの上にそっと置いた。
『何時、何処で?』
佐々木が聞いてきた。
『今日、20時ちょい過ぎ。メイン通り。club skyだ。』
佐々木が余計なことを言わなくなった。野見山はそう感じていた。
『ふーん、まぁ、あとは署ですぐ取り調べだな。ちゃんと話せよ。』
『俺は今後どうなる?』
『知るか!身から出た錆だな。とにかく待て。』
しばしの沈黙の後、佐々木が呟いた。佐々木が調子に乗ってきた。
野見山を逮捕することはデカイことなのであろうか。
『お前、マルくなったな。どうした?お前らの年代でどう言うかしらねぇけど、ダセぇな!
すぐゲロしちゃって、立派だよ、野見山君。』
『・・・・・』
『お前いつも単独だよな。友達もいねーのか。 空しいだろ?生きてて。クズが。』
『空しいよ・・・。』
『どうせ新しいチームにも馴染めなかったんだろ? 何やってもクズはクズだな。
これでセイセイしてると思うよ、チームの皆も。つってもあいつらも、あいつらか。
団栗の背比べか。終わったな、お前、チームには帰れないだろ。カスチームに戻っても仕方ねーか。』
『・・・・』
『お前もお前だよな。たかが傷害で。妙なプライド持って、殺人です!だなんてよぉ。余計格好わりいよ、そういうの。そうじゃなきゃ出頭できないんだろうけどな。マルくなったというか、腑抜けになったというか、俺らの時代の方が断然気合入ってたけどなぁ。小っちぇー奴だよ、ほんとに。』
『悪かったな。』
『あっお前、チームに切られたか。カスのチームに切られたか。』
警官佐々木はさっきからケラケラ笑っている。
野見山は下を向いたままだ。
陽介は絶望していた。殺人だったことをリアルに感じると、恐怖心が芽生えてきた。
野見山から吉報の着信はない。
『一つ聞いておこう、大事な話だ。冷静になって聞け。』
佐々木は言った。
『なんだ?』
首が垂れたまま野見山が返事した。
『やったのはSCREAMの一件だけか?』
『・・・多分。俺の場合、よく分からねぇ。』
『ごまかすんじゃねぇ!』
佐々木の声がとてつもなく大きくなり、四角い部屋に響き渡った。
『今日、誰を傷つけて、誰から恨まれてるなんて俺には分からねぇって意味だ。』
『誰も今日なんて言ってないだろ、尻尾出したな野見山。』
『いちいち上げ足とんじゃねぇ。知らねぇよ。』
『お前だろ!やったのは!』
『何の件だ?本当に分からねぇ。』
『腐れたチームのトップはそうやって逃げるのかい?』
『・・・・・』
『お前しかいねぇんだよ。野見山。分かるぜ、テメーの身内を刺したことが言いずらいことぐらいよ!』
『意味が分からねぇ。』
『19時半ごろ何してた? 言ってみろよ。今日のだ。』
『・・・・・』
『チームのことで口論となって小堀淳を刺したのはお前だろうが!』
野見山は警官の足を渾身の力で踏みつけた。
『ナメんじゃねー!!!』
そう叫び、腰にある拳銃で佐々木を頭を撃ち抜いた。
もう誰も俺をナメんじゃねぇ、そう叫ぶと陽介に電話した。
野見山の発砲音が合図になったかのように、陽介は走り出していた。
ちくしょう、マイったぜ。
野見山は行き詰っていた。いくら考えても答えが見えない。
手っ取り早く、勝どきに乗り込み、泊をはじめSCREAMの連中から斉木を解放するのが
先決ではないかと考えた。淳のことは、とりあえず後回とした。
淳が勝どきに居れば、結果オーライじゃないか、そんなことを考え始めた。
『もしもし?辰市? 前にも言った通り、今日SCREAMを襲撃した。結果的に俺がトオルを殺った。
だが、淳と全然連絡がとれねぇ。例のクスブリと一緒にいると思われ、勝どきにいるという説もあるが確証はねぇ。手分けして淳を探してくれ。頼む。』
野見山はキャンディーの残りのメンバーを使い、淳を捜索させた。
『陽介遅せぇな。』
陽介は考えていた。淳がSCREAMと手打ちはしないであろうと。
陽介には行く宛てがまだハッキリしていなかった。どこに行くのが得か思案していた。しばし、構内を右往左往したのち、トイレの個室に行きついた。
和式にしゃがみ込み、ベルトを緩め、息を吐いた。
『ちくしょう』
タバコに火をつけ、しゃがんだまま急に催して来た小便を便器の池に落としていた。
できれば全部池に入れたいな、などと下らないことを考えた。
陽介の意識は和式便所の池に逃避した。
あーっと声が出そうになる。まるで体がリラックスを求めているかのようだ。
まず、池の4つの角を攻め始めた。
電話が鳴った。野見山からだ。まだ電車には乗っていなかったこともあり、かつアイツに関しては突発的なことが起こりやすいので電話に出ることにした。
ビショビショに濡れている床にズボンが付かぬよう注意しながら体勢を変え、タバコを便器に捨て、電話に出た。
『どうした?』
『いや、お前遅せぇからさ。結構いい時間たっただろ?』
『ああ、ちっとさ・・・気分的なもんでコンビニにいんだ。』
『小便してんじゃねーよ。気持ちわりーな、音聞こえんだよ。』
『あっまじ?』
入射角を変えて変えて音を強烈にした。
『遅せぇんだよ、俺ならもうとっくに話して戻ってきてるぜ。ってか音!』
『じゃあお前いけよ。』
『うん、もしだぞ、もし俺が警官にトオルを殺しましたって言ったらどうなる?』
野見山が妙なことを聞いてきた。
『捕まるだろ。どっちにしろ。傷害か殺人で。トオルをさらし者にしたんだろ?ノミの姿は絶対見られてるからな。』
『そうか。捕まるか・・・。 でも傷害なら、ラッキーだよな。』
野見山は笑って言った。
『バカなこと言うなよ。駄目だよ。それに斉木は間違えなく勝どきにいるんだ。お前が捕まってどうするよ。』
『それは・・・、そうなんだが。』
『ちょっとノミ、今どこいんだよ?妙なことすんなよ。おい!』
気づくと変な体勢のまま小便は止まっていた。
『俺が行く。お前は絶対くるな。2分後、行く。いいな。絶対動くなノミ!』
『お前だって行き辛いだろうよ。分かるぜ、そんくらい俺でも。』
『殺人の場合だったとしてもさ、いつかは捕まるじゃんよ。そんなに甘くねーよな。今日か、せいぜい一週間後の違いだろ。 傷害で捕まろうが、俺の年齢じゃ大したことねーよ。慣れっ子だし。 スグでしょ。』
『おめー自分で何言ってるか分かってるのか、こら! お前はキャンディーの代表だろうが!まんまとパクられてどーすんだよ。テメーのエゴだぞそりゃ。』
『そうだ、俺が代表だよ。TOKYO MIDNIGHT CANDY。最高のチームの代表だ。』
『これから伝説を作ってくんだろうが、みんなで話しただろ!』
『ワン・フォー・オールってやつだ、陽介。俺はお前に言うのは、ちとあれなんだが、
俺はキャンディーが好きだ。今まで、あんま俺は他人の力を借りずに何とかやってきた・・・・』
『格好つけてんじゃねー。だったら勝どきにカチ込めや。ノミ違うか?』
『それはお前らでやれ。残り5人の内、3人を勝どきに回せ。 俺は喰らってもたかが傷害だ、すぐ出てくる。最悪、殺人でも数年だろ。またお前らが高校行ったら、そん時は頼むな、入れてくれよ、脂の乗り切った絶頂のCANDYに。楽しみだな。 陽介さん!とか言われたりしててな。』
『バカヤロー。そんな数年後のことなんて知らねーよ。そんな先見てるか?ボケ。夢見てんじゃねーよ。
夢なんか持ってんじゃねーよ!テメーみたいなのが夢語ってんじゃねーよ!』
『テメェ、俺はたった今、まだキャンディーのトップだ。俺の言うことを聞け。ぶっ殺すぞ。何が夢を持つなだ。夢みてーなこと散々言ってたじゃねーか。この腑抜けが。みっともねーぞ。追い詰められて、のたまってんじゃねー。ビシっとしろや!』
『どっちがだよ!』
『お前はキャンディーのメンバーだろ。俺らは最強だ。間違いねぇ。胸を張れや、陽介。
お前は日本一のチームのメンバーだ。誇りを持て。じゃあ、行ってくるな。頑張んだぞ、陽介。お前にかかってんだかんな。俺が傷害か殺人かなんていう結果はほんのすぐで出る。俺がワン切りしたら傷害だ。吉報を待て。またな!
ありがとうな陽介。皆にも伝えてくれ、ありがとう、と。 わりぃ。 じゃ。』
野見山が電話を切った。
『テメー行くんじゃねーよ。おい!行くんじゃねーよ! 一人でいくなよ!コラ! あーーーーー!』
陽介はドアと蹴り開けると全力で走った。野見山を取り押さえるか、野見山より先に交番へ行き自分で尋ねに行くのだ。
人の流れに逆らい、逆走した。人にぶつかりまくり、老若男女問わず、かき分け、なぎ倒して進んだ。
ダッシュしながら時間をかせぐために野見山にコールした。陽介の携帯は相手が取ると自分の携帯のバイブが振動する。右手に携帯を握り締め、振動を期待しつつ全力ダッシュした。
野見山、変な学習すんなよ。
お前は、お前でいんだよ!!
自首したってよぉ、そんなに意味ねぇぜ。
このセッカチ野郎!
自動改札のゲートを跳び越し、小さい階段を4段まとめて飛んだ。
右に曲がると長髪の男。野見山が5メートル先をテクテク歩いていた。
『ノミヤマーーーー!!!』
『誰かそいつを押えろ!押えろよ! 押えろバカヤローー!!』
家路を急ぐ周りの人達に叫んだ。
陽介は足がもつれ、失速していた。
『押えろって言ってんだろ!ブッ殺されてーのか!!あー、誰からだ?』
足を速めた野見山が振り返り、怒りの眼差しを陽介に注いだ。
その瞬間、ゼエゼエ息が上がっていた陽介は、つまづいて前のめりに倒れた。
『ノミヤマーーーー!!!!』
『おい、戻ってこいよ。野見山。』
野見山は”じゃ”と言わんばかりに手を上げ、悠々と交番の扉を横にスライドさせた。
そして中に入り、扉を立ち塞ぐように、仁王立ちしていた。
『ちくしょーーー!!!!ありがとうなんて要らねぇんだよ!あぁああああーーー!!!』
陽介は叫びながら、野見山への携帯コールを切った。
野見山からの吉報を待つ姿勢をとっていた。
陽介は歩いた。振り返らずに。振り返って、あの怪物がこっちを見てぼーっと立っている姿など見たくなかったのだ。
『喧嘩以外は俺頼りかよっ。』
思考が淳モードに入って歩き出し、野見山の側を離れた途端、哀れに思えたきたのだ。
真っ直ぐ行けば駅だ。およそ150メートル。微妙にカーブしている為、駅は直接見えない。
野見山がノソノソと後をついて来ないかぎり、陽介の姿は見えなくなる。
交番まであと30メートル。四角い箱のような建物に警察を表すマークと思われる赤いランプが点灯している。10メートル程右にあるのが駅だ。
交番に警官がいるかどうかを確かめるため、歩調を緩めて、遠目にじっくり眺めた。蛍光灯が点いている部屋に黒い物体は見当たらない。パトロール中なのか?
人波に乗るように、流れのまま歩道を歩いていた陽介はどんどん交番に近づいて行く。
楽勝だ。おちついて行け。
丁寧な言葉で話そう。自分にそう言い聞かせた。
野見山は身を隠したかった。駅からのメイン通りから一本右へ外れ、自販機で缶コーヒーを買った後、すぐ隣の7階建ての雑居ビルに少し入ってみた。1階の脇にエレベータがあり、さらにその脇の細い通路を進むと階段があった。おそらく非常用の階段か、エレベータ待ちが出来ないセッカチ者用の階段だ。野見山は階段を登り、3階階と4階のを繋ぐ階段にしゃがみ込んだ。3階以上に用がある者はエレベータを使用するだろうと踏んだのだ。全く人気のない場所で、しゃがんでいれば外からも見えない恰好の場所であった。野見山はトオルの血が付着したお気に入りの白いカットソーの袖をなんとか折り畳み、血の見える面積を小さくした。妙な汗をかいていた。チームで作ったお揃いのペンダントの位置をずらし、手の甲で首の後ろの汗をぬぐった。
静かに缶コーヒーを開けて、二回続けて大きくすすり、一息つくとキャメルに火を点けた。
一本吸い終わると、足でもみ消し、携帯を取り出した。特に着信もメールも無かった。斉木のことが気になっていた。
何故、泊が電話に出る?
斉木でなく泊が何故出た? 逆に、斉木に掛ければ、泊が出る・・・か。
俺が斉木に電話すれば、陽介が俺に話したことが泊にバレル。
野見山は一個一個確かめるように、整理していった。
そもそも何故、斉木は泊について行ったんだ?喧嘩するか、その場は逃げてメンバーに連絡することは出来たのではないか?
特に、淳だ。
淳は相手がSCREAMというだけでビビるはずが無い。
淳までもが何故ついて行く?
トラップか? 泊のブラフなのか。
淳がついていくだけの理由が今一、野見山には理解できずにいた。
淳がSCREAMについて行くということは、手打ちをしようということなのか?
それなら何故、携帯が繋がらない?
何故だ。
クスブリは何処へ行った?
アイツは何処行った?
淳と一緒にいるならば、勝どきのマンションにいるケースが高いか?
あれ?淳はトオルが死ぬこと、つまり殺人をも厭わなかったはずだ。
クスブリは切り捨てれば良いと言っていたはずだ。
殺人で寝返るほどヤワじゃないはずだ。
何故、寝返る? どうやったらこんなに事態が逆転するんだ。
クスブリがいるなら、淳も向こうに居るだろう。
そして淳は俺と交信を絶つ為に携帯をOFFするのだろう。
クスブリがいて、淳がいないケースは・・・。
淳が居ない場合は?携帯をOFFする必要はあるのか?
再度淳にいコールする。 掛からない。
クスブリが居なくて、淳がいる場合は・・・。
淳がクスブリを途中で切り捨てた?
クスブリも淳も居ないケースは・・・。
あいつ寝返ったか!、クスブリの奴。
その理由は? 理由は? 動機がみえねぇ。
考えずれぇ。
斉木に電話掛けてみるか・・・?
一か八か、カマかけてみるか?泊に。
何て?
何て?
何て言えばいい? 思いつけ、俺!
陽介は交番まであと10メートル。
この交番とは相性が悪い。今日は誰が勤務しているかわからないが、恐らく、そこに勤務する一通りの警官は陽介の姿を見たことがあるはずだった。何度か補導されそうになり、盗難車であるバイクで強引に逃げようとした際に警官の体と激しく接触し、対応した警官が本気になったのを覚えている。その際バランスを崩し、パトカーを蹴って体勢を整えたことを記憶していた。何度か物凄い権力を感じる追尾はくらっている。
『ナンバー無しのバイクだったし、口にバンダナしてたし、大丈夫だろ。ってか何かあったらとっくに捕まってててもいいはずだし。何?公務執行妨害になるのか?なんだよそれ?現行犯じゃないから大丈夫だろ?
いや、ヤバイかな。ヤバイのかなぁ。』
警察だって人の子だ。俺の親の知り合いだって警察らしいし、
話せばわかる、丁寧に話せば。
何をいわれようが、キレたら負けだ。
あっ、みんな昔は子供だったって言うし、
俺のことも、仕事抜きなら可愛いヤンチャ坊主程度に思ってくれてるさ。
そういや昨日の夜見た番組に、担任と同じ年の芸人がポコチン出してたなぁ。
先生と同級生なんだなぁ。俺はあんな大人になりたいよ。
先生のようには成りたくない。
でも、きっと昔は先生も・・・あんな人だったんだろう。
子供の時とかは。いつから人は変わるんだか・・・。
今でもきっと俺たちには見せない姿があるんだろうな。
じゃなきゃ、キャバクラなんて潰れてるよな。
陽介は色々考えていた。腹を割って話せばわかると。
信じ込んだ。
交番まで3メートル。警官は居なかった。確実に居ないことが分かった。
何故かホっとしていた。
色々考えていた割には、まるで初めから居ないことを期待していたかのようだ。
左手の交番の脇道から自転車で交番に戻ってきた警官が一人いた。ガタイの良い40代と思われる警官だ。物腰の柔らかそうな優しい目をした男であった。
陽介はチラっと見られた気がした。
本当に交番に彼が居なくて良かったみたいだ。陽介の心も体もそう言っていることが分かった。
気づくと英雄の面影も無く、陽介は自然と人ごみに紛れて自動改札に吸い込まれていった。
『ど、どう思うって、まぁ、淳の言うことも分かります。』
陽介はてきとうな返事で逃げた。
『あっそう。それじゃ、こっちにとりあえず来なよ。話そうぜ。勝どき駅着いたら連絡くれ。』
泊が畳込んできた。
『はぁ、では失礼します。』
優柔不断な陽介は心が揺れたが、泊が上からモノを言うように話を畳み掛けてきたので、バランスを取るかのごとく反射的に自分から電話を切った。勝ち気な性格というかプライドが高い部分があるというか、陽介特有の性格である。
『ノミ、SCREAMの泊が電話にでた。トオルが即死だと・・・。斉木と淳は勝どきに泊といるらしい。はっきりしたことは分からないけど。』
『泊?あの泊? で、勝どき来いって?』
『ああ』
『フカシだろ、泊の。』
『死んだと思うか?トオル?』
『死んではいないだろ。そこまではやってない、多分。』
『多分だろ?』
『逆にトオルが死んでなければ、泊の嘘なわけだろ?』
『どーすればそれが分かる?病院でトオル君いますか?死んでませんか?って探すのか?』
『怒んなよ。トオルの友達、それから彼女・・・その辺さぐればさ・・・』
『ほとんどSCREAMのメンバーだろそれ。』
『じゃあ、親だ、親。死んだら親に連絡いくぜ、絶対。』
『番号わかんねーよ。なんかねーかなぁ?』
『淳はよ?淳だよ。あいつ何で電話繋がらねーんだよ。あのバカが!』
『だから、勝どきに居るかもって。』
野見山は淳にコールした。
『だめだ。あいつ何やってんだよ、こんな時に。マジムカつくぜ。』
『警察は?交番でさっきの騒動、殺人ですか?って聞けばいんじゃねぇ?』
陽介が言った。
『お前行くか?』
野見山はダントツで行けないので陽介に振ったのだった。
陽介は陽介で一応ゴーストで派手にやっていた。交番はできれば行きたくない。
しかも同級生だ。後で問題になりかねない。キャンディーのSCREAM襲撃の件が警察にチクられているケースも考えられる。下手に動きたくなかった。
しかも普段中指立ててる警察だしな。カッコ悪ぃな。
背に腹は変えられないか・・・。
揺れている。
こんな時、淳ならどうする。淳なら。あいつならこんなピンチも軽々乗り切るのかな?あいつならいったいどうするよ。
陽介は考えた。
陽介はどこかに電話をかけた。
『あっ、三浦と申しますが、淳君いらっしゃいますか?』
淳の家の電話だ。
『兄ですか、えーちょっと外してまして。』
小学5年の淳の弟の声だった。弟は兄が刺されたことは勿論、知っていた。すぐに警察と救急車が来て、両親は病院に行っていた。弟は詳しい話しをまだ聞かされていなかったが、なんとなく察していたのだ。誰かに刺されたなどという事を、他人に大っぴらに言うことはなかった。
『ああそうですか。わかりました。』
『淳、家にはいねーみたい。』
『じゃあ、やっぱ勝どきの方なのか?あれ?あのボケは?クスブリ。』
『一緒にいるはずなんだけどなぁ、淳と。どうなってんだよ。』
なぁ、淳どうなってんだよ。殺人とかよぉ。何やってんだよ俺。どうしたらいいよ、淳。こんな時お前ならどうするよ。教えてくれよ。お前はいつも笑ってピンチを切り抜けたよな。感服するぜ。俺はこの野蛮人と2人で一体何やってんだよ。クソがぁ!
無力さを嘆いた。
それと同時に自分がなんとかしなければ、と駆り立てられた。
淳のことを考えたら自然とそんな気分になったのだ。
あいつになりきるか。
しれっとやってやる。
淳のように、自分の頭で全部切り返してやるんだ。
『俺、交番行ってくるよ。』
『マジかよ、駅前のか?』
『ああ、大丈夫、大丈夫。まかしといて。それに多分、淳ならきっとウマくやりそうだろ。
俺もやって見るよ。やってやる。』
『ワリぃな、なんか。俺のせいで、後で何でも言ってくれ。な、陽介。ワリぃ。』
野見山が自分の無力さを思い知らされた。
『ここは現場が近いだろ、どこか隠れてろよ。SCREAMの奴らもウロチョロしてるし気を付けろよ。』
『お、おう。すまない。あのさ、淳、怒ってるかなぁ? 怒ってるよな。 俺、先に手出しちゃって、勝手に・・・。』
野見山が珍しく弱気になっていた。
『バカ、大丈夫だよ。何弱気になってんだよ、らしくねぇよ。後で電話するから、またな!』
陽介は英雄のような背中を見せて消えてゆく。
野見山が一人になった。
今日自分がやったことと、さっきまで陽介が言っていたことをフィードバックしていた。
思考の方向が打って変わって、少し逆戻りした。
そんな大したことねーか。SCREAMがウロチョロしてる?なら、そいつ等に聞くのが手っ取り早いかもな。
俺だってたまには器用にやるよ。役に立つぜ。
怪物もまた揺れていた。
いや、これ以上はまずいな。俺だけのチームじゃない。
淳に怒られるな。これ以上迷惑はかけられない。
俺は何をすべきか。俺に何ができる。
俺なら何ができる。俺は何が得意だ。
喧嘩か。喧嘩だけなのか。
ごめんな淳。勝手に先に手を出して。
いや、やりすぎて、ご免だ。そっちだな、そうだろ淳。
許してくれ。
お前と始めたキャンディーじゃないか。
始まったばっかだぜ。
勝どきにいるって・・・。
終わりなのかよ、俺ら。 もう終わりかよ。
ずっと一人だったし。お前だけが一緒に・・・。
人殺しなんて、何遍も言われてきた。今さらだぜ、本当だよ。
お前は分かってくれるやつだったよな、俺のこと。
俺と始めてくれて内心、嬉かったんだぜ。
もうお前について行くよ、淳。
帰ってきてくれよ。
一人で戦って、家帰ってさぁ。
気楽だったぜ。
お前ら面倒くせぇじゃん。
ペチャクチャ、ペチャクチャよぉ。
俺がどんな気分かわかるかい?
縛られることが、口出しされることが。
すげぇ、ウザったかったぜ。ああウザってー。
もうさぁ、
一人で喧嘩したってよぉ。
空しいだけだろうが!
もう戻れはしねぇんだよ、淳よぉ。