陽介は歩いた。振り返らずに。振り返って、あの怪物がこっちを見てぼーっと立っている姿など見たくなかったのだ。
『喧嘩以外は俺頼りかよっ。』
思考が淳モードに入って歩き出し、野見山の側を離れた途端、哀れに思えたきたのだ。
真っ直ぐ行けば駅だ。およそ150メートル。微妙にカーブしている為、駅は直接見えない。
野見山がノソノソと後をついて来ないかぎり、陽介の姿は見えなくなる。
交番まであと30メートル。四角い箱のような建物に警察を表すマークと思われる赤いランプが点灯している。10メートル程右にあるのが駅だ。
交番に警官がいるかどうかを確かめるため、歩調を緩めて、遠目にじっくり眺めた。蛍光灯が点いている部屋に黒い物体は見当たらない。パトロール中なのか?
人波に乗るように、流れのまま歩道を歩いていた陽介はどんどん交番に近づいて行く。
楽勝だ。おちついて行け。
丁寧な言葉で話そう。自分にそう言い聞かせた。
野見山は身を隠したかった。駅からのメイン通りから一本右へ外れ、自販機で缶コーヒーを買った後、すぐ隣の7階建ての雑居ビルに少し入ってみた。1階の脇にエレベータがあり、さらにその脇の細い通路を進むと階段があった。おそらく非常用の階段か、エレベータ待ちが出来ないセッカチ者用の階段だ。野見山は階段を登り、3階階と4階のを繋ぐ階段にしゃがみ込んだ。3階以上に用がある者はエレベータを使用するだろうと踏んだのだ。全く人気のない場所で、しゃがんでいれば外からも見えない恰好の場所であった。野見山はトオルの血が付着したお気に入りの白いカットソーの袖をなんとか折り畳み、血の見える面積を小さくした。妙な汗をかいていた。チームで作ったお揃いのペンダントの位置をずらし、手の甲で首の後ろの汗をぬぐった。
静かに缶コーヒーを開けて、二回続けて大きくすすり、一息つくとキャメルに火を点けた。
一本吸い終わると、足でもみ消し、携帯を取り出した。特に着信もメールも無かった。斉木のことが気になっていた。
何故、泊が電話に出る?
斉木でなく泊が何故出た? 逆に、斉木に掛ければ、泊が出る・・・か。
俺が斉木に電話すれば、陽介が俺に話したことが泊にバレル。
野見山は一個一個確かめるように、整理していった。
そもそも何故、斉木は泊について行ったんだ?喧嘩するか、その場は逃げてメンバーに連絡することは出来たのではないか?
特に、淳だ。
淳は相手がSCREAMというだけでビビるはずが無い。
淳までもが何故ついて行く?
トラップか? 泊のブラフなのか。
淳がついていくだけの理由が今一、野見山には理解できずにいた。
淳がSCREAMについて行くということは、手打ちをしようということなのか?
それなら何故、携帯が繋がらない?
何故だ。
クスブリは何処へ行った?
アイツは何処行った?
淳と一緒にいるならば、勝どきのマンションにいるケースが高いか?
あれ?淳はトオルが死ぬこと、つまり殺人をも厭わなかったはずだ。
クスブリは切り捨てれば良いと言っていたはずだ。
殺人で寝返るほどヤワじゃないはずだ。
何故、寝返る? どうやったらこんなに事態が逆転するんだ。
クスブリがいるなら、淳も向こうに居るだろう。
そして淳は俺と交信を絶つ為に携帯をOFFするのだろう。
クスブリがいて、淳がいないケースは・・・。
淳が居ない場合は?携帯をOFFする必要はあるのか?
再度淳にいコールする。 掛からない。
クスブリが居なくて、淳がいる場合は・・・。
淳がクスブリを途中で切り捨てた?
クスブリも淳も居ないケースは・・・。
あいつ寝返ったか!、クスブリの奴。
その理由は? 理由は? 動機がみえねぇ。
考えずれぇ。
斉木に電話掛けてみるか・・・?
一か八か、カマかけてみるか?泊に。
何て?
何て?
何て言えばいい? 思いつけ、俺!
陽介は交番まであと10メートル。
この交番とは相性が悪い。今日は誰が勤務しているかわからないが、恐らく、そこに勤務する一通りの警官は陽介の姿を見たことがあるはずだった。何度か補導されそうになり、盗難車であるバイクで強引に逃げようとした際に警官の体と激しく接触し、対応した警官が本気になったのを覚えている。その際バランスを崩し、パトカーを蹴って体勢を整えたことを記憶していた。何度か物凄い権力を感じる追尾はくらっている。
『ナンバー無しのバイクだったし、口にバンダナしてたし、大丈夫だろ。ってか何かあったらとっくに捕まってててもいいはずだし。何?公務執行妨害になるのか?なんだよそれ?現行犯じゃないから大丈夫だろ?
いや、ヤバイかな。ヤバイのかなぁ。』
警察だって人の子だ。俺の親の知り合いだって警察らしいし、
話せばわかる、丁寧に話せば。
何をいわれようが、キレたら負けだ。
あっ、みんな昔は子供だったって言うし、
俺のことも、仕事抜きなら可愛いヤンチャ坊主程度に思ってくれてるさ。
そういや昨日の夜見た番組に、担任と同じ年の芸人がポコチン出してたなぁ。
先生と同級生なんだなぁ。俺はあんな大人になりたいよ。
先生のようには成りたくない。
でも、きっと昔は先生も・・・あんな人だったんだろう。
子供の時とかは。いつから人は変わるんだか・・・。
今でもきっと俺たちには見せない姿があるんだろうな。
じゃなきゃ、キャバクラなんて潰れてるよな。
陽介は色々考えていた。腹を割って話せばわかると。
信じ込んだ。
交番まで3メートル。警官は居なかった。確実に居ないことが分かった。
何故かホっとしていた。
色々考えていた割には、まるで初めから居ないことを期待していたかのようだ。
左手の交番の脇道から自転車で交番に戻ってきた警官が一人いた。ガタイの良い40代と思われる警官だ。物腰の柔らかそうな優しい目をした男であった。
陽介はチラっと見られた気がした。
本当に交番に彼が居なくて良かったみたいだ。陽介の心も体もそう言っていることが分かった。
気づくと英雄の面影も無く、陽介は自然と人ごみに紛れて自動改札に吸い込まれていった。