淳が刺された。
クスブリの手が淳の腹に触れている。完全にヘソの上を刺さされていた。
『これでいいんだよ。いいんだよ。やったぞ、淳を殺ったぞ。』
クスブリは完璧な演技を演じきった満足感を言葉にした。
『おい、トオルか?なあ?トオルなのか?テメェ答えろ・・・』
淳は声を震わせながらクスブリに問いかけた。
『俺の意思だよ。ナメんなよ淳。さんざんデカイ顔しやがって。野見山がいなければお前はこんなもんなんだよ。お前じゃトオル君には勝てねぇよ、このイカサマ野郎。しばらく病院で寝てろや。その頃、俺はお前の手の届かないポジションにいるぜ。お前みたいな雑種と違ってな。お前の帰る場所なんて学校以外無くなるぜ。じゃあな。』
『殺してみろよ。俺のこと知ってるだろ、死なない限り誰にも負けねぇぞ。俺は誰にも負けな・・・』
淳はそこまで言いかけたのだが、クスブリは聞く耳も持たず、一目散に姿をくらませていた。
それもそのはず、淳と一緒にいたという姿を誰かに見られたら、速攻でその場で殺れるからだ。
この一件でSCREAMの幹部に就任し、安全ゾーンに落ち着くまで身を潜める必要があった。
一人になると淳は再び呻き散らした。痛くて仕方が無いのだ。ズボンが完全に血で染まり、雨が冷たく感じてきた。仕舞には口元の振るえが止まらなくなり、過呼吸を起こしそうになっていた。打ち付ける雨が出血を早めている気さえしてくる。刺さった包丁が腹に固定されており、その局部を見つめるだけで痛みが押し寄せてくる。自分が盗ませた包丁で弱小団体のクスブリに刺されたのだ。情けなくて仕方がなかった。それも特別な日に。SCREAM襲撃の日であり、キャンディー立ち上げの日である。
キャンディーとは淳が立ち上げた新チームの名前だ。
飴(キャンディー)。一般的には、万人に噛み潰されたり、ナメられたりするものである。
淳が立ち上げたキャンディーは『誰もが舐めたがらない飴』というのがコンセプトであった。
キャンディーにするかキャンディーズにするかで迷ったが、昔のアイドルのような名前は却下され、
キャンディーに決定した。正式名称はTOKYO MIDNIGHT CANDY (TMC)である。TMの部分は野見山が後で付け加えたものである。TOKYOとMIDNIGHTの順序をどうするかというのも野見山の中で一悶着あったようだ。
クスブリから一報が入った。トオルの所にだ。
『トオルさん、なんとか刺しました。けっこう根元まで・・・』
『どうもどうも、おう了解。ああ俺、電波あって良かったな。地下なんだ、へへへっ』
『・・・』
『嘘だよ、計算済み。とりあえず今すぐパティーは切り上げる。すぐにだ。お前は勝どきのマンションに来い。
いいか、面倒なことはするなよ。余計なことも考えるな。調子もコクな。さっさと来いよ。』
『はい、わかりました。失礼します。』
パーティーは予定通りだいぶ早めに打ち切られた。さりげなく終わった。例年より短いパーティーだったが、
余計な挨拶を省いたりして、タイトに詰め込んだ密度の高いパーティーが行われた。
おそらくほとんどの者が疑問を抱くことは無かったであろう。
『今日は本当にどうもありがとう。いつも本当に助かってます。最強のチームをであることに誇りを持って堂々とデカイ顔をしてくれ。今、間違いなくウチがNo1だ。これからも宜しく。 以上 解散』
トオルが慣れた口調で終わりの挨拶を行った。90人を越す傘下の幹部と関係者が続々と店を出始め、道路にはタクシーがずらっと並んでいた。
キャンディーの集合予定時間の15分前の出来事だ。まだ誰も現地前に姿を現していない。メンバー5人が一瞬にして同時刻に店前に姿を現すことになっていたからだ。パーティーが早く終わることは想定外であった。
解散の合図が出たが、幹部同士の話しが盛り上がっているところが多くあり、店からなかなか出ない。
よくあることではあるが、早く店から出たいトオルは本部No2の泊に指示しマイクでアナウンスをかけた。
『えー本部より、速やかに店から出て下さい。上への挨拶はいりません。店前を去るまであと3分以内でよろしく。タクシーに乗る者は速攻で乗って下さい。店の前に人が溜まるのは格好悪いので絶対避けて下さい ・・・・・・ 以上トオルさんより』
このアナウンスの時点で、トオルは誰よりも早く店を出ようとしていた。階段を半ばまで上り始めていたところだ。雨の音がかすかに聞こえてきた。 肌寒い風が頬に触れ始める。すべて上手くいっている。そう心の中で思いながら口元を緩めた。笑いがこぼれそうだった。淳の出鼻を挫いたのだ。俺に敵う奴などいない!そう確信を深めるように階段を一歩一歩上がった。
長細い灰色の空の欠けらが大きくなってきた。
タバコと酒の人の温い空気の場所から出てきたことを体が実感する。
『ちくしょう、雨か・・・降ってんなぁ、けっこう。ダリィ色の空だなぁ、誕生日だってのに。』
階段を上りきり、店の敷地から右足がようやく出た。新しい門出だ。
左足が靴の泥取り用マットを踏んだ。
トオルは心の中で言った。
『だーっ飲んだな。帰るぞ。タクシー乗ろう。』
灰色の空を見上げた。
トオルの目の前が真っ赤になった。空が赤く染まった。
『遅せえよー、トオル』
右の歩道から勢い良く体当たりしてきた、180センチを越す長身の男がいた。
トオルの右目じりから頬にかけてアーミーナイフが深く線を描いていた。
トオルは反射的に身をかがめて防御したが、互いの体が衝突してブレたナイフはトオルの顔面をエグった。
次々にヒザやパンチ、再びナイフが飛んできた。ナイフは右腕上腕に突き刺さった。
トオルの顔は完全に戦闘モードに切り替わり、鬼の形相を呈していた。
『テメェ・・・』
『俺がキャンディー代表の野見山だ。SCREAMは今日で終わりだぜ。お前もな。』
しゃがんで悶えているトオルに対し、ナックルで鼻をベコベコに叩き、安全靴をものすごい勢いの蹴りで口に押し込んだ。トオルの歯が歩道に飛び散った。上半身血だるまになったトオルは尻を着いたまま上を向くことができなかった。
意識を失っていたのかもしれない。
野見山の特有のイレギュラーな行動がトオルを逃さなかった。
血の気が荒く、気が短い野見山ならやりそうなことだ。
野見山は言った。
『俺達は確実にNo1になる。』
トオルの体からナイフを抜き、折れ曲がった鼻に刺した。
『とことんやるよ、俺ら。俺の名前をよく覚えておけ。すぐに300万用意しろ、わかったな。』
振り返ると支部のメンバーが階段を上りきるところだった。
血だらけの拳の野見山が正面に突っ立っている。
OBに部類するかなりのベテラン以外、野見山のことを知らないやつなどはいない。
『こいつSCREAMやってく自信ないって。そんでタクシーに突っ込んでいったぜ。』
そういうと野見山はキャンディーのバンダナをトオルの頭に被せるとライターで火を付けた。
その火でキャメルに火をつけ、一吸いするとすぐに支部のメンバーの額に押し付けた。
『淳とキャンディー始めました野見山です。』
『・・・』
『シカトかよ、上等だぜおっさん。』
先頭の奴を蹴飛ばし、階段の方へ落として立ち去った。
メンバーはバンダナを外し、トオルさん、トオルさんと連呼するばかりだった。
幸い、バンダナには火が付きづらかったようで、大火傷を負うことは間逃れた。
メンバーがトオルの顔を持ち上げると、血まみれでどす黒く変色し、変形した顔面を目の当たりにした。
ひたすら雨に打たれた。遠くからは大勢の見物人がトオルの姿を見ていた。
地元でさらし者になったのだ。最強グループSCREAMの代表が地べたに這いつくばっていた。
『ざまあみろ』という声が聞こえてきそうだ。
野見山は帰り道、ガードレールにキャンディーのバンダナを幾つも巻いて歩いて帰った。
携帯でまず淳に電話をかけた。
つながらない。なぜだ。たまたまか?野見山なりに考えていた。
淳がこんな時に携帯を切っているとは考えずらい。
思い過ごしか。
あきらめて陽介に電話することにした。
『もしもし陽ちゃん?』