フィリオとショコラのちいさなおうち
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行ってらっしゃい

 

 

その朝未明頃より、息遣いに下顎呼吸が混じるようになってきたので、

かあさんは酸素室の前に座り込んで、フィリオを見つめ続けていました。

数カ月前から、酸素室を置いたリビングのソファに切れ切れに仮眠する暮らしでしたが、

その夜は何か予感のようなものがありました。

排便排尿があって、あぁ、筋肉が弛緩してきたのかなぁと感じつつ、負担にならない程度に清拭すると、

もう酸素室には戻さず、膝に彼の頭をのせて撫でていました。

皆が集まってきて彼を囲み見守りましたが、意識があるのかないのか、

シリンジで水を含ませてももういらないのでした。

フィリオ、さぁ、もう、おいき。

もう、頑張らないでいいんだよ。

 

最後に下あごを下げて大きな息を吸うと、彼の呼吸はそこで止まりました。

暫くしてから、ずっと胸に聴診器を当てていたとうさんが、「今、心臓が止まったよ」と、

静かな声で告げました。その朝の、8時15分でした。

いってらっしゃい、フィリオ、出発の時が来たよ。

さよならじゃないよ、きっとまた会えるからね。

 

かあさんは、自分がどんな修羅場を演じるか恐れていましたが、不思議に誰も泣く人はいず、

穏やかな静かな心境で、彼の出発を受け入れました。

かあさんが感じていたのは、苦痛なく旅立てた事への安堵と、18年分の感謝だけでした。

18年の間彼から貰ったものの大きさは計り知れないのに、その十分の一も返してやれませんでした。

フィリオ、それでも、かあさんの子で良かったと、君は思ってくれるだろうか?

 

これがその朝の私達のお別れです。

この後に続く、ショコラのフィリオロスのお話など、また機会があればお目にかかりましょう。

 

 

 

 

 

朝日新聞の記事より

2022・12・16夕刊に、こんな記事を見つけました。

「ペットショップでの販売 NY州、犬猫など禁止へ」

以下抜粋

「米ニューヨーク州ホークル知事は15日、州内にあるペットショップで犬や猫、ウサギの販売を禁止する法案に署名した。2024年12月から施行される。

十分な食事を与えなかったり、獣医師からの医療を受けさせなかったりして虐待を続けているブリーダーや、工場のように子犬を大量に繁殖させる「パピーミル」からの動物の売買を防ぐことを目的としている。   ー中略ー

ホークル知事は「この法案は州全体の動物へのひどい扱いを減らし、動物への福祉を保護するための重要なステップになる」と声明を出した。  ー後略ー  (ニューヨーク 遠田寛生) 」

以上転載

風が吹いています。

まだ十分ではないし、強くもないけれど、たしかに風が吹いています。

 

今年もあとわずかとなりました。

どうぞご自愛になられまして、お健やかに佳き新年をお迎えくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご報告いたします。

フィリオは、昨日8月29日午前8時15分に、天に召されました。

肝臓癌が見つかって1年8カ月、肺転移で余命1ヶ月と宣告されてから1年以上、

脳腫瘍が疑われて8カ月、最後は寝たきりになって3週間を、彼は懸命に生き抜きました。

我が子ながらあっぱれでした。

寝たきりになってからは酸素室の中で、鎮痛鎮静剤でコントロールしていましたので、

お蔭様で苦痛のない穏やかな最後でした。

彼をお心にかけて下さった全てのみなさまに、心よりお礼申し上げ、ご報告させて頂きます。

大変ありがとうございました。

 

フィリオはかあさんにとって大切な我が子であり、かけがえのない親友であり、

時には人生の師でもありました。

彼を喪って、暗闇の中に置き去りにされた幼い迷い子のようですが、

残されたショコラの為にも、頑張って前を向うと思います。  野村規子

 

 

 

お休みいたします。

フィリオは昨日、深夜から未明にかけて呼吸困難になり、

酸素室に入れたり出したりしながら、やっと朝を迎えました。

脳への転移である脳腫瘍の疑いが濃くなりましたので、

今日はステロイドテストの為、短期入院を致しました。

これからの拙ブログは彼の闘病記になりそうですが、

それはかあさんの望むところではありませんので、

暫くブログをお休みさせて頂きたく思います。

お出で下さる皆様には、大変申し訳ございません。

どうぞお許しくださいませ。

 

又いつか必ず、お目にかかります。

 

 

コラム『杉本彩のEva通信〜看取り〜』より

コラム『杉本彩のEva通信〜看取り〜』

よりご紹介します。字は転載です。

 

人も動物も、いつか「死」を迎える。

そして、長く生きることができれば、必ず「老い」と向き合うことになる。

とは言え、自分が若く元気だと、

リアリティを持って「老い」と「死」について考えることは難しいかもしれない。

けれど、人間よりはるかに短い動物の一生を通じ、「老い」「病い」「死」がどういうものか肌で感じてきたことで、いつしか自分の人生にも訪れる「死」について、はっきりと思いを巡らせるようになった。

そうなったのは、自分の年齢による影響も否めないが、

何よりも、家族同然の犬や猫たちの「看取り」の経験によるところが大きいと思う。

 

看取りには絶えず緊張感

21年前、2001年に最初の愛猫を看取ってから、今まで13頭の猫と3頭の犬を看取ってきた。

1頭として同じ最期はなく、おそらく100頭いれば100通りの最期があるのだと思う。

老いていく過程、病いの種類や症状、その進行速度もすべてが違う。

だから、たとえ心構えがあっても、何度経験しても慣れることはない。

看取りには絶えず緊張感が伴う。

自分の判断で状況が大きく変わることもあるので、

後悔しないためには、何が最善かを必死に考えなければならない。

体調が悪化すると、一晩中眠れないこともある。夜中に病院へ走ることもしばしばだ。

看病が長期に及ぶこともあれば、心の準備が整わないうちに、状況が一変することもある。

たとえば緊急時、気管挿管の選択が迫られたとする。

それを行うかどうか、最終的にはどんな時も飼い主である家族の許可や判断が求められる。

動揺で押しつぶされそうになる心を必死に保ちながら、どうすべきかを考える。

そんなとき一番大切なのは、現実をしっかり理解し、「少しでも長く一緒にいたい」「愛するこの子を失うのは嫌だ」、そういう自分の気持ちよりも、その子にとって一番良い選択、もっとも苦痛の少ない選択はなんなのかを、最優先に考えることだ。

それは、ときに別れを早めてしまうことになるかもしれない。

だから自分の気持ちと格闘しながら、その答えを導き出す。

けれど、どれだけこれが最善の選択だと思っても、そこに明確な正解を求めることは難しい。

もちろん、時には導かれるように、自分の中ですべてが納得できる、そんな最期を迎えられることもあるが、もはや、それは人の力の及ぶところではないと感じたりする。

看取りに必要なもの

とにかく、少しでも穏やかな最期になるよう、そのためには、看取る家族の惜しみない愛情という力が必要だと思う。

どう看病して、どんな時間を過ごしたかにもよるが、その最期の瞬間が訪れた時、

精も根も尽き果てることがある。真剣に命の最期と向き合えば、心身をすり減らすこともある。

「看取り」は、それくらい大変なことなのだ。
看取った直後よりもしばらくすると、その現実がじわじわと心に染みてきて、とてつもない悲しみに襲われる。そして、少し気持ちが落ち着いた頃、深々と寂しさや切なさが胸に押し寄せる。

そんなペットロスの克服には、どう看取ることができたか、それが大きく影響すると感じている。

看取りをするすべての家族の願いは、愛する愛犬や愛猫に、穏やかな最期を迎えさせてあげることだが、場合によっては、壮絶な最期を目の当たりにすることもある。

仏教の教えである「生老病死」、それは動物にとっても同じ。

この世に生まれてきた命が避けられない宿命だ。

人生の諸苦の最後が「死」、それと向き合うことが人生最後の試練だと、動物たちの一生に自分の人生を重ねたとき、教えられることがある。

そんな「死」に感じる脅威と、命の尊さとその重みが心に刻まれたとき、自分の人生を、いっそう大切に、何があっても強く生きようと思う。

そう思えるようになったのは、動物たちの「看取り」による学びが大きい。

正直、看取りは辛く悲しいことばかりだ。ともに人生を歩んできた愛おしい愛犬と愛猫。

その存在を慈しめば慈しむほど、その痛みと苦しみが大きくなることは間違いない。

けれど「看取り」の中に、人として知るべきこと、学ぶべきことがたくさんある。

それは、どんなものにも変えがたい、自分の生き方を左右するほど、尊い経験であることは確かだ。

命を預かる責任

飼い主となる人間次第で、幸せにも不幸にもなる動物たち。

幸せにするための努力には、愛情もお金も必要だ。

適切な医療には、それ相応の医療費がかかる。

保護動物の多頭飼育の場合には、私のように保険に加入せず、医療費を実費で支払う人も多いと思う。たとえ保険に加入していても、医療費はそれなりに高額だ。

犬種や猫種によっては、そもそも体に問題があり弱いため、莫大な医療費を必要とすることもある。

高度医療を取り入れるかはいろんな考え方があるが、適切な医療にかけることは飼い主の義務である。その命への責任をまっとうするには、こういった現実から逃げることは許されないし、

「看取り」という厳しい未来を避けることもできない。

今、目の前にいる若く元気な仔犬や仔猫も、いつか老い、病気にもなる。

老いを感じはじめたら、さらに多くの手間とお金がかかるようになる。人間と同じなのだ。

目の前の調子を崩した愛犬や愛猫をよそに、仕事で忙しいからと動物病院へ行くことを二の次にするなら、その愛情は疑わしいし、命を預かる責任に欠ける。

愛情があれば、いくらでも病院へ連れて行く手立てはあるはずだ。

中には、介護や看病までできない、看取るのが辛いから手離す人もいると聞くが、やむを得ない事情がないかぎり、そのような理由で飼育放棄する愛情や責任感の希薄な人に、動物を飼う資格はない。

逆の立場ならどう感じるのか、しっかり想像してほしいものだ。

現在、動物と暮らしている人、これから迎えようと思っている人にも、是非考えてほしい。
命を終えるということは、生涯最後の、一度だけのとても大切な瞬間である。

そこへ向かって確実に時を刻みはじめたら、ありったけの愛と全力を尽くすことが、真の愛であり、

命への敬意でもあると、私は思う。(Eva代表理事 杉本彩)

 

※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。

  ×  ×  ×

 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。

犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。

動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

 

 

今日もお出で下さいまして、ありがとうございました。

 

”農業高の犬「リン」、アイドル歴15年卒業式にも参加”

 

 

動物たちがいなくなれば私たちもいなくなる。

 

 

 

日本の現行法では、動物殺傷罪は器物破壊罪より、罰が軽いのです。

法律上ペットは命ではなく、モノ=所有物です。

これって、おかしいと思われませんか?

犯した罪に見合う正当な罰が与えられないと、小動物への虐待がはびこり、

小動物への犯罪は、人間への犯罪に繋がる恐れもあります。

動物愛護法の適正な改善を強く希望します。

画像はEvaさんよりお借りしました。

 

 

 

 

「私に何の関係があるというのだ」さんのブログよりご紹介します。

いつも転載させて頂きありがとうございます。お元気でいらっしゃいますか?

 

少々長文ですが、是非お読み頂きたいのです。

かあさんなど、賛同して擦り切れるほど読み、ほとんど丸暗記している位です。

 

愛がモチベーションだ

 

愛がモチベーションだアメリカの生物学者、動物行動学者、動物権利擁護者マークべコフの著書「Animals Matter」(2007) の最終章1.動物への慈愛は人間への慈愛へ通じる。動物への残酷さは人間へも向けられる   すべての生命は価値があり敬意を払われるべきである。   どの動物もそれぞれの輝く生を持つ。動物は所有物ではない。   苦しみや恐怖などの拷問から自由であり、  …リンクcatsanddogs75.blog136.fc2.com

 

アメリカの生物学者、動物行動学者、動物権利擁護者
マークべコフの著書「Animals Matter」(2007) の最終章

1.動物への慈愛は人間への慈愛へ通じる。
動物への残酷さは人間へも向けられる


   すべての生命は価値があり敬意を払われるべきである。
   どの動物もそれぞれの輝く生を持つ。動物は所有物ではない。
   苦しみや恐怖などの拷問から自由であり、
   神から与えられたそれぞれの特性を生きる権利を有する。

2.  自分がして欲しくないことを他者にしない

   罠にかけられ、檻に監禁され、自由を奪われ、孤独に苦しみ、
   腹をすかせ、切り刻まれ、ショックの中で、逆さまにつるされ、死ぬのを待つだけ。
   あるいは仲間が殺されている場面を見せられる。
   動物は心身ともに痛みを感じるのは科学的に証明されている

4.力を持っているから支配をしてよいということではない。

   人間は知的な面において動物たちよりパワフルであるが、
   それは私たちが倫理的に優れているということではない。
   抵抗できないものを搾取する権利を持っているのではない。
   残酷さから慈愛へと変動させよう。
   冷たい無関心から寄り添う気持ちへと。

5. 人間は動物王国の一部である

   独立したものではない。仲間か否かのめがねで見ると
   人種、宗教、政治、社会的な強者、弱者をうみだす。
   私たちのハートを「与えそして受け取る」という 双方の流れにしよう。

6.動物の大切さを思い起こそう

   動物がいない世界を想像してみる。鳥の鳴き声がない。
   ネクターを探しまわるハチの羽音が聞こえない。
   コヨーテの遠吠えもなく、野原では牛や馬の鳴き声が聞こえない。
   レイチェル・ハートはその状態を沈黙の春という言葉を使って 私たちの心を凍らせた。
   このままだと、沈黙の夏、秋、冬がいつかやってくる。

7 動物たちの中に深く踏みこまないようにしよう。

   関わってよいのは動物に益があるときのみ。
   動物に慈愛を持ち敬意を表した世界を想像してみよ。
   私たちは意識的にせよ無意識的にせよ罪の意識から、解放されるのである。

8. エシカルな選択をせよ

   客の購買によって成り立っている社会では、
   動物や自然に優しいものへの個々の選択は 法律よりも早く世界を変えることができる

9. 告発することを恐れるな

   できないと決して言わない。今やる。先制せよ。
   虐待が始まる前に動け。 
   地球の大切な動物たちを守るために声を上げるのをためらうな。

   私たちは動物たちと 驚くべき大地、水、空気とともに
   自然と調和して生きていくのだ

10. 一人一人、大切である。役割がある。
   私たちの行動は違いをもたらす。

   強い民意で社会は変化してきた。動物もそうだ。
   実験室で、サーカスで、屠殺場、その他いろいろな場所で
   勇気をもって警鐘をならしてきた人々がいた。
   多くの場合は自分たちの首を賭して。
   ウサギをレブロン社の動物実験から解放したヘンリー・スピラは、

     動物を使わない実験研究所を設立させた。
   リングリング・ブラザーズ・サーカースも、
   英史上最長の裁判でスティーブとモリスがマクドナルドに勝利を収めたことも、

   流れを劇的に変えた
   
11. 情熱をもった洞察者となれ。勇気のある改革運動者となれ。
  
   虐待と闘え、慈愛の触媒となれ。愛がモチベーションだ。
   恐れる必要はない。
   どんなに曇りの日々が続くようが、
   楽観的に構えていればよい理由はたくさんある。
   不屈の人間魂を見せよう。地球をすべての生物のためのより良い場所にできる。

   子供たちのために、孫たちのために。
   ずっと続いていく子孫のためにそうしなければならない。
   動物たちから立ち去るのではなく、動物たちと一緒に歩むのだ。

動物たちがいなくなれば私たちもいなくなる。
一緒に住んでいるこの素晴らしい地球も。


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今日もお出で下さいまして、ありがとうございました。

 

 

大ちゃんの話

 

フィリオはこの頃、頑固爺さんになりました。

先日の入退院をきっかけに、初期の認知症が進んだのではないかと思われます。

若い頃は老人ホームで癒し犬もして、何をされても怒ったことのない、

優しく聞き分けの良い子でしたのに、毎日の皮下点滴に怒って騒ぐのです。

君、性格、変わった?

起きている時は、チッコをポタポタ漏らしながら、ウロウロ歩き回っていますが、

頑固、いいとも!認知症、いいとも!

彼はもう17歳5か月で人間なら90歳を超えているのですから、

大いばりで頑固爺さんで良いはずです。

 

今朝の子供達です。

    

 

     

 

 

 

毎年この時期になりますと思い出すエピソードがあります。

7年程前とうさんとかあさんは、フィリオの妹か弟を迎えたいと思い、お見合いを重ねていました。

老夫婦に見合った老犬なら、どんな子でも犬種も状態も条件なく受け入れるつもりでしたが、

条件が悪かったのは高齢で先住犬がいる私達の方だったらしく、先方から断られてばかりでした。

2020.1.26に書いた一文はこうです。

 

『 もう5年位前になりますが、近くの愛護団体さんがウエスティの里親募集をされているのを見つけて、

申し込んだことがあります。

その子は肝臓癌がわかって飼い主に捨てられ、

その愛護団体さんが引き出して手術をしてくれたのでした。

まだウエスティという犬種が珍しい頃で、いくつかの応募があった中でかあさん達は好運にも、

最終面接の2家族の一つに残りました。

始めてその子に会った時、かあさんは息を飲むほど驚きました。

生年月と出身地が同じで、大き目の体型がそっくりで、顔立ちも、なにより雰囲気が瓜二つでした。

その子とフィリオはとても気が合って、同じお皿から一緒にお水を飲み、仲良く並んで座りました。

 

フィリオは兄・姉・彼の三頭兄弟です。

ママは雪ちゃんという名の小柄で優しい雌犬で、

パパは骨格の大きな雄犬で元気に駆け回っていました。

ご自分のアパートで犬と一緒に住みながら、

一家族だけを繁殖させている良心的なブリーダーさんでしたが、

フィリオだけがシッポの長さが半分しかない商品価値のない子だった為、売れ残っていました。

そしてフィリオはうちの子になりました。

フィリオの穏やかな優しい性格はママ似で、10キロある大き目の体格はパパゆずりだと思います。

 

愛護団体さんは、若くて先住犬のいないご夫婦を、その子の里親に選ばれました。

勿論、それで良かったのです。

かあさん達は高齢の夫婦で、先住犬もいるのですから、

その方たちの方が条件が良いのは決まっています。

それでも母さんは今でも、その子が実はフィリオの同胎の兄さん犬で、

10年を経て奇跡の様に巡り合い、仲良く慈しみあって老後を過ごしている姿を、夢に見ます。

 

その後かあさん達は、アークさんでのお見合いでも相手の子にふられ、

やがてゆずを迎えてゆずを送り、今はショコラと暮らしています。

ごめんなさい、つい、長話を致しました。』

 

あの子は今どうしているだろうと、かあさんはよく思い出します。

癌を克服して、元気に幸せに暮らしているだろうかと。

今、フィリオはあの子と同じ肝臓癌になりました。

あの子のようにまだ10歳だったら、きっと手術を選択していたでしょうが、

私達家族は長く辛い熟慮の結果、手術も抗癌剤もしないことに決めました。

肝臓癌告知から1年、肺転移して余命1ヶ月の宣告から5か月が過ぎましたが、

入退院などもありながらも、彼は穏やかに生き続けています。

 

上の一文に出てくるゆずは、繁殖場レスキュー犬でしたが、助け出された時は末期癌で、

たった3ヶ月だけうちの娘でいてくれてから、天に召されました。

この子のお話は、また別の機会に、どうぞ聞いてください。

 

 

ヤフーニュースよりご紹介します。字は転載です。

 

ヤフーニュース

「虐待を受けていた柴犬ダイちゃんが救出され、

人間の愛を知り心おだやかになった実話」

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishiimasumi/20200124-00159970/?fbclid=IwAR0VK9luHEFLuD90EQ4nCuCIPk0QeKGp6hI0cKmo2LS1BwVVf4fJLuxiwXk

石井万寿美 | まねき猫ホスピタル院長 獣医師 

 

手記は次の項目にそって記されています。

ダイちゃんの保護されたときの様子

ダイちゃんの治療

なぜ、ダイちゃんは過去に虐待受けたかわかるの

虐待を受けた子のケア

ダイちゃんの晩年

まとめ

 

虐待され、噛んで攻撃的で4本の犬歯を全て半分まで削られていたダイちゃんが、

再び人を信頼し穏やかになって、やがて亡くなるまでの実話です。

とても胸を打ち、説得力があります。ぜひリンクよりご覧ください。

「ダイちゃんの晩年」の項を転載させて頂きます。

 

田中さんの元でダイちゃんは、小さい頃から飼ってもらっていたように、

仲良く診察にやってくるようになりました。

目が優しくなり、診察中でも「噛む」という気配を見せることもなくなりました。

数年して、ダイちゃんは、腺がんを患いましたが、手術もして、そして、術後のがん治療もして

手厚い治療をされました。保護犬だから、お金をかけないということはなかったです。

最後は、脳の疾患で、寝たきりになりましたが、最期まで、看病をされて、

ダイちゃんは、人間の温かみを知って、天に召されました。

田中さんは、「最期ぐらい、安らかに温かいところで逝って欲しかったのでね」と

静かに話されていました。

 

石井万寿美 まねき猫ホスピタル院長  獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は栄養療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医師さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らす。

 

 

 

 

今日もお出で下さいまして、ありがとうございました。

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日焼け止めクリームの為に、焼かれる

あなたが必要としている全ては、愛・・・と

そして、犬。

犬曰く、賛成!

(訳:フィーママ)

 

 

「弥生、スコットランドはエジンバラ発!」さんのブログより転載します。字は転載です。

 

日焼け止めクリームの為に、焼かれる

http://scotyakko.exblog.jp/26573881/


私たちが使用する日焼け止めクリーム
それを作る過程で、試薬の為に動物たちが使われる。
ひとつの方法は …身体の毛を剃られて身体を固定されたネズミ …。

 

 

その皮膚に、熱を当てていく。
その熱は、徐々に上昇していく。
そして、ネズミたちは生きたまま焼かれる。


私たちが …
動物テストを許している会社の日焼け止めを使う限り …
小さな命が、生きたまま焼かれる。
    

 

 

 

医薬や人間の生存に関わるのならいざしらず、

オシャレや化粧品や日用品や娯楽のために、動物達の犠牲はいりません。

シャンプーをわざわざウサギの眼に注入して悶死させなくても、人間はシャンプーを使えます。

私達消費者が動物実験をしない商品を選ぶことで、救われる命があります。

 

今日もお出で下さいまして、ありがとうございました。


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「ペットショップにいくまえに」

「ペットショップにいくまえに」をご紹介します。字は転載です。

 

「ペットショップにいくまえに」は、

誰かが犬や猫を新しく家族に迎えたいと思ったとき、お金で買うというのではなく、

飼い主のいない動物をもらい受ける、ということが当たり前の世の中になってほしい、

そんな思いをこめて作ったフリーペーパーです。

また、各地の自治体や、保護活動をしているボランティアの情報を集めて、

みなさんの参考にしていただけたら、と考えています。

一匹でも多くのわん&ねこちゃんが、幸せになることを心から願って。 どいかや

 

「ペットショップにいくまえに」は、複製・配布自由です。

自由にコピーしてお友達や、イベント等で、配っていただけたらうれしいです。

また、保護活動されているボランティア団体さんが配布してくださる際、

その連絡先や、お住まいの自治体の殺処分数のデータなど、

追加したい情報を書き加えて印刷してくださってもかまいません。

http://bikke.jp/pet-ikumae/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらから画像データダウンロード可能

http://bikke.jp/pet-ikumae/

どいかや(絵本作家)
東京都出身、現在は千葉県の小さな山の中で、猫8匹と暮らしている。
絵本に「チップとチョコのおでかけ」(文溪堂)「チリとチリリ」(アリス館)
「パンちゃんのおさんぽ」(BL出版) 「ハーニャの庭で」(偕成社)など。
HP 
http://ikimono-gasuki.jp/

 

 

 

先進国の中で、ペットショップが存在しているのは日本位です。

改善されつつあるとはいえ、日本はいまだにペット後進国です。

追いつけ日本、追い越せ日本。

 

今日もおいでくださいまして、ありがとうございました。


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「愛すべく違う を受け入れる」

 

 

 

 

チッコ大魔神が帰ってきました。

データがかなり改善されましたので通院治療が許可されて、フィリオは我が家に戻ってきました。

24時間の静注点滴を皮下点滴に替え、ステロイドなどの注射も毎日の通院で可能です。

酸素室もレンタルしていますので、自宅で見てやれます。

ご存じかと思いますが、皮下点滴は血管ではなく、

ラクダのこぶのように皮下にたっぷり薬液を貯め、徐々に吸収させる方法ですが、これがチッコの元!

でも、そのチッコ漏れ騒動も嬉しいかあさんです。

フィリオをご心配下さり、力づけて下さった皆さまに、心よりお礼申し上げます。

 

今後のことも考え、寝た体勢で通院出来ますように、カートを買い換えました。

いままでかご型のカートに2頭をギュウギュウに詰め込んでいましたので、

ショコラも並んで寝転べて快適になりました。

 

  

昨夜の二頭。

相変わらずのくっつき兄妹です。

 

今日の二頭。

お兄ちゃんのベッドにショコラが、妹のベッドにフィリオが寝る点も、

いつもの通りです。

 

お帰り、フィリオ。

フィリオとショコラのちいさなおうちに。

ようこそ。

 

 

 

 

「弥生、スコットランドはエジンバラ発」さんのブログより、

心に響き、納得し、同意する一文をご紹介します。

 

「愛すべく違う を受け入れる」

 

 

 

 

私とあなたの間には、沢山の 違う があります
私は、あなたが出す音を、同じように出しません
だけど私はその音で、あなたの様子を知ることはできるのです

 

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私は、あなたが味わうものを、同じようには味わいません
あなたが美味しいと食べられる物が、時に、私の身体を苛めるのです

 

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私は、あなたが楽しいと思うことを、いつも楽しいと感じるわけではありません
愛するあなたと共にいる為に、その状況を受け入れる我慢をしていることもあるのです

 

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私は、あなたが腹を立てるように、同じようには怒りません
あなたには、その気になれば沢山の武器がありますが、私の武器はたった一つ ・・・
それは、くれぐれも使わないように、使わないように生きています

 

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私は、あなたが誰かの目を見つめるようには、目を見ることができません
決して、恥かしいとか嫌いだ、というのではなく 畏れ と教えられてきたのです
直接に目と目を合わせることが、争いのきっかけになることを知っているのです

 

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私は、あなたが感じる温度を、同じようには感じません
私が舌を出して大きな口を開けているのは、ただ笑っているのではないことも ・・・
あなたはよく、それを笑顔だと言うけれど ・・・
暑かったり、怖かったり、緊張していたりで、私はあの表情をするのです

 

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私は、あなたが言うところの 清潔 と、同じ価値観を持ちません
排泄物も、あなたにとってはただ汚いものでも、私には意味があるものなのです
足にかかるオシッコを汚いと感じるとは限りません ・・・
特定のウンチに背中をこするのにも、生きる為と教えられた意味があるのです
だけれども、愛するあなたが嫌ならば、あなたの指示に私は従います

 

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私は、あなたが望む 自由 を、同じように願うわけではありません
愛するあなたが、あっての私の犬生です
狂おしいほど愛おしいあなたが、与えてくれる指示や教えは、私の喜びです
私は、あなたと生きる中で、あなたの 足手まとい にはなりたくないのです

 

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私はあなたのように、見た感覚を、それほど重要視しません
可愛いとか、綺麗とか、あなたが大切にする感覚を持ち合わせません
私があなたを見つめる時には、他に例えようのない感覚を覚えるのですが ・・・

 

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私は、あなたが思うより、まだまだ野生の記憶を持ち合わせています
傷があれば舐めるだろうし、身を守る為には牙を見せます

 

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私は、あなたが恐怖を感じる時のような表情を、するわけではありません
恐怖は、得体が知れないものですから ・・・
隠れたり、穴を掘るようにして潜ろうとしたり、容赦なく震えたり ・・・
時には、戦う為に牙を見せることもあるのです

私の牙は、あなたの犬歯と違います
私にとっての、唯一の 武器 であり ・・・
私は子供の頃から、身体的な争いを防ぐ為に牙を使うことを教えられてきました
だから、私が牙を見せる時 ・・・
私は、その相手と不必要な争いをしたくないと訴えているのです

 

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どうか、そんな時は ・・・
私に触れないで下さい
私の目を直接に見ないで下さい
私を無視して背中を向けて下さい
そう、相手に伝えて下さい

 

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愛するあなたと、より長く共に生きる為にも ・・・
私は、あなたとの 違う を受け入れているのです
ただ、あなたからの 違う を受け入れる様子が見られないと ・・・
私はとても、困惑してしまいます
私にとって、知らないこと、新しいこと、違うこと、は不安に繋がります

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あなたも、私と同じように 違う を受け入れて下さい
私は、あなたとの 違う を愛しています
2本の足で私を散歩に連れていってくれるのも ・・・
私には見えない高い所で、美味しそうな香りのする食事をするのも ・・・
その下で、何か落ちてこないか、ずっと待つのも ・・・
柔らかいベッドの上で眠るあなたを、丸い私のベッドから見つめるのも ・・・
時々 おいで と、そのベッドに導いてくれるのも ・・・
2本の腕で、体中を撫でてくれるのも ・・・
ボールを投げてくれるのも ・・・
引張りっこをしてくれるのも ・・・
ただ、抱いてくれるのも ・・・

 

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私はいつも、あなたとの 違う という意識を愛し、あなたを愛するのです 
あなたも私を 愛している という時きっと、私との 違う を愛してくれている
私とあなたの間にある 愛すべく違う を受け入れて下さい

 

 

九州で大きな地震があったようです。

被害を受けられました皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

 

今日もお出で下さいまして、ありがとうございました。


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