パパは今日から魔法使いになるからね -50ページ目

今日は子供たちからの「言葉」5 その2



「しあわせに成るための7つのポケット」プロジェクト

NPO法人「あきらめない」より

今日は子供たちからの「言葉」5 その1で綴った学園(福祉養護施設)の子供たちからの「言葉」を紹介したいと思います。


テーマ、わたしの「あきらめない」こと、山形学園の中学3年生の

作文を紹介します。


(原文のまま)


私が今、志ざしているのは「誰かのために一生懸命になれる人間」。これは私がなりたい人間そのものです。


しかし私は最初からこんな明確な目標を持っていたわけではなく、気がついたらそうなっていたのです。


私は小学五年生の時、学園に入園しました。
何もわからなかった私は、みんなに合わせようと

必死に周りの中高生を見てマネをしていました。


次第に”学園”というものが理解できる様になった私は、

みんなと同じようになり、同じ様に怒られていきました。


しかし私は納得ができず、反抗する事が普通になっていきました。

「中高生だって口が悪いのになんで小学生しか注意されなきゃいけないのか」

「中高生は先生のことを呼び捨てしているのになんでそれを注意しないのか」・・・。


でも納得がいかなかったのは先生だけではありませんでした。

先生でもないのに、自分だってしているのに、私に注意してくる中高生が私は嫌でした。


中学生になり、私はいつの間にか注意をされる側から下の子達に注意する側となっていました。

しかし小学生の時の私の様に、みんながすぐに言う事を聞いてくれるわけではありません。


ある日私に反抗してきた子の言葉を聞いて私ハッとしました。

「先生でもないのになんでしきるの?」

「るっちゃんだって小学生の時やってたじゃん」。


小学生の時の自分の目に写った中高生が自分と重なってる様な気がしました。

しかしその時感じたのはそれだけではありませんでした。


それは、反抗していた時には見えなかった『注意する方の心』です。


気がつけば私は「大きくなる前にこれだけはわかってほしい、

この気持ちが伝わるなら今自分ができる事は全てしよう」と


小さい子達の手本になるため一生懸命でした。


思いが伝わってほしい一心の私は自分が今まで注意されてきた事を見直す努力から始めました。


他人がやっていても悪い事はしない。すぐキレない。

言い訳をしない。早寝早起きをする。


当たり前の事だけどできていなかった自分に注意してくれていた先生や中高生にどれほど迷惑をかけていたかを知りました。

いまでは自分を見直す他に積極的に自らボランティアも続けています。


以前、夏休みを利用し老人ホームへ行った時、シーツの取り変えやトイレそうじ、車いすを任されました。

仕事の合間に少しでも元気を分けられたらと、お年寄りの方と交流をしました。


その時ある一人の方から「私のためにありがとうね」と涙を流しながら握手をされた時私は、人は誰かから支えられていきてることを感じ、「人の支えやために生きる人間になろう」と心に決めました。


この時の言葉と強い決意が今の私のあきらめない力の支えになっています。


一人一人と向き合い気持ちを伝えること。

誰かのために行動すること。みんなの手本となること。


決して楽ではないけどあきらめません。誰かのため、下の子達が

いつかこの事に気づき伝えていくため。


人は人から支えられ、育てられ、気づかされるのだから・・


題:誰かのための自分    渡部ルツ(中3)



とても立派な作文です。


どんな事情があって学園に来たのかは知りませんが、

この子が触れた全ての事が必要、必然、ベストだったのかもしれません。


「人は人から支えられ、育てられ、気づかされるのだから・・・」
























今日は子供たちからの「言葉」5 その1

「あきらめない」というNPO法人をご存知でしょうか


「しあわせに成るための7つのポケット」プロジェクト



虐待問題や児童養護施設が抱える問題、実態を多くの方に

しってもらうために2007年9月にこの団体が立ち上がりました。


活動を通じて多くの子ども達に夢を持つ喜び夢を叶える楽しさ

知ってもらいながら、自立支援に役立つ活動をしていきたい。


そして子どもを持つ親、将来子どもを持つ若者に虐待問題の重大さ、

児童養護施設が直面している問題を知ってもらいたい。

活動を通じて、子ども達と『触れ合う』という事を体感していただき

『愛情』の大切さを認識していただきたいと思います。


このような活動をしています。



僕が中学生の頃、クラスには男子と女子の2人の施設の子がいました。

なぜ彼らが施設暮らしをしていたのかは、聞いてはいませんでしたが、

仲の良い友達でした。


名前は「新沼」といって、あだ名は「けんじ」と付けられていました。

歌手に新沼謙治という人がいたから・・ただそれだけで。


当時、給食はなく毎日弁当持参でした。

自分は男親だったので、菓子パンだったり、

自分で弁当作ったりしていましたが、

昼ヌキも多かったかもしれません。


彼らとの思いでは、昼めしの事しか憶えていませんが、よく憶えています。


彼らの弁当は、ほぼ毎日同じおかずのヘビーローテーションでした。

が故に飽き飽きの状態でした。もちろん僕も自分で作った弁当に

飽き飽きでした。


ここで2人の利害が一致し僕のマズイ弁当や菓子パンと彼の弁当との

トレードが成立しました。

うん十年経ってしまったので、このくらいしか記憶がありませんが、

彼らは元気でいるのだろうか・・・


さて、この「あきらめない」のHPのなかで、

児童福祉施設を要する児童についてこう書かれている。


父母と死別または遺棄された児童。

家庭環境不良の児童。

保護者がいても虐待されている児童。

保護者の健康、経済上の理由や保護者の元で生活させるのが不適当な状況  


以前は孤児院と呼ばれていたが、現在はむしろ孤児は少なく、

親はいるが養育不可能になったため預けられている場合が

圧倒的に多いらしい。

中でも、虐待のため両親から離れて生活をせざるを得なくなった

児童の割合は年々増加している。


また、施設でおきている問題の一部には、


施設で働く職員の中は子供達の幸せを願い、奉仕と教育の精神を持って

この仕事を選択した保育士や指導員がほとんどであるが、
少数の倫理意識の薄い職員もおり、虐待や児童間のいじめが

日常的に行なわれているところもある。


現在、児童養護施設への国都道府県からの予算は十分とは言えず、

全国の約560ヶ所の施設、また3万人以上の 施設で生活している子ども達は、

決して恵まれている環境で生活をしていません。


施設の内部構造や冷暖房等の老朽化が進み問題視している施設は少なくありません。


子ども達は、精神的な問題を含め、数名の相部屋で、一人になれる時間もなく生活しています。


また、18歳で施設を出ていかなければならない現状の子ども達、

「あきらめない」は社会的自立支援 をしていきます。


施設外からの精神的に支えてくれる人が求められています。


                                 つづく









今日は絵本からの「言葉」4



「おへそのあな」


今日はこの絵本が読みたいなぁと思います。絵もかわいいし。


お腹の中の赤ちゃんの視点で描かれた絵本です。


あたらしい命を待ち望む家族の様子で、ほんわかした気分になります。


「なおくんは、こうやっておへそからゆっきを毎日のぞいていたんだよ」とか


特にお母さんに読んでもらいたいです。きっと素敵な「言葉」メッセージがあるはずです。


子供たちと一緒に「君たちもこんなにまち望まれて生まれてきたんだよ」って言いながら読みたいです。


「おへそのあな」


作・絵  長谷川 義史 (BL出版)    



1つ目のポケット「言葉」3

もう何年も前に放送されたある番組の中で、今でも忘れられない男の子の「言葉」を書こうと思います。


その事を話す度に何故か涙が出て止まらなくなりました。


僕は霊能的なものや宇宙的なものには余り興味は無かった(どちらかというと?派)のですが・・・

どうぞ興味が無ければ飛ばしてください。m(u_u)m


宜保愛子さんという霊能者をごぞんじでしょうか。その宜保さんが出演した番組での事です。


宜保愛子さんが小学校低学年くらいの男の子を亡くされたお母さんを霊視するという内容でした。


番組では再現映像が流れはじめ・・


その日、何かお母さんを怒らせる事をしたのか、男の子を朝から激しく叱りつけていました。

そのまま、ふたりは口をきくことも無く、やがてお母さんは出かけて行きました。


それが彼との永遠のお別れだったのでした。


夕方になり帰宅したお母さんが見た光景は男の子が首を吊って死んでいる姿でした。

その時の衝撃は察するに余りあります。 

男の子がそこまでする衝動はなんだったのでしょうか。


それからの毎日は、何年も何年も自分を激しく責める毎日でした。

「なぜ、あんなに怒ってしまったんだろう  なぜ、このようにしなかったんだろう  なぜ・・・・ 」


苦しい毎日だったと思います。映像を見ているこちらも胸が痛くなりました。

突然のサヨナラは、辛すぎます。ましてこの様なお別れは・・・


やがて、霊視がはじまり宜保さんが彼の言葉を伝えはじめました。


「お母さん、ごめんなさい。」


「僕、お母さんを驚かそうとして・・・ごめんなさい。」


彼は誤って事故になってしまったのでした。お母さんを困らせ様としただけなのでした。

それがこんな悲劇になってしまったのです。


彼は、お母さんにいろいろな事をおしゃべりしていました。


そして最後に・・・・こう言ったのです。


「お母さん、もう悲しまないでね。」

「すぐ会いにいくから、僕ね、お姉ちゃんの子供になってお母さんのところへ行くよ。」


そう言ったのです。彼には少し歳の離れた姉がいて妊娠中でした。


僕は、それを聞いて、もし嘘だとしてもこんな嘘は思いも附かないし、逆に嘘でも見事だと思いました。

きっと、今日からその子が産まれてくる事を、今まで以上に何倍も何倍も待ち遠しく嬉しく思う事だろうと


今まで何年も後悔の毎日がこの「言葉」によって癒され前向きにされた事だろうと。

これから、この赤ちゃんが笑い、やがて、しりもちを付きなが歩き、たどたどしく話す姿を

どんな顔をしてみるのだろうと・・・


なんだか胸がグッときた「言葉」でした。


「僕ね、お姉ちゃんの子供になってお母さんのところへ行くよ。」





最後までお付き合いいただきありがとうございまいた。











1つ目のポケット「言葉」2

お気に入りの書籍や今までに出会った方のエピソードの中から今の自分に心地の良い「言葉」の数々を綴っていきたいと思います。(文才はないのであしからず)


私は仕事柄、自ら買おうとはしませんが、時々多くの漫画本を手に入る事があります。以前、ドラえもん全巻が我が家にやって来ました。


さすがドラえもんです。この歳で今読んでも面白いです。


ある本に


昔、ドラえもんのポケットには、ケータイ電話が入っていた


今、私は、ケータイ電話を持っている


町のいたるところで、ケータイ電話が売られている


もうすぐ「どこでもドア」が売り出されるかもしれない


できたらいいなぁ と思う夢は必ず実現する


と、どこでもドアは、ともかくとしても「思いの強さ」で結果が変わるのだと思う。