今日は子供たちからの「言葉」5 その2
NPO法人「あきらめない」より
今日は子供たちからの「言葉」5 その1で綴った学園(福祉養護施設)の子供たちからの「言葉」を紹介したいと思います。
テーマ、わたしの「あきらめない」こと、山形学園の中学3年生の
作文を紹介します。
(原文のまま)
私が今、志ざしているのは「誰かのために一生懸命になれる人間」。これは私がなりたい人間そのものです。
しかし私は最初からこんな明確な目標を持っていたわけではなく、気がついたらそうなっていたのです。
私は小学五年生の時、学園に入園しました。
何もわからなかった私は、みんなに合わせようと
必死に周りの中高生を見てマネをしていました。
次第に”学園”というものが理解できる様になった私は、
みんなと同じようになり、同じ様に怒られていきました。
しかし私は納得ができず、反抗する事が普通になっていきました。
「中高生だって口が悪いのになんで小学生しか注意されなきゃいけないのか」
「中高生は先生のことを呼び捨てしているのになんでそれを注意しないのか」・・・。
でも納得がいかなかったのは先生だけではありませんでした。
先生でもないのに、自分だってしているのに、私に注意してくる中高生が私は嫌でした。
中学生になり、私はいつの間にか注意をされる側から下の子達に注意する側となっていました。
しかし小学生の時の私の様に、みんながすぐに言う事を聞いてくれるわけではありません。
ある日私に反抗してきた子の言葉を聞いて私ハッとしました。
「先生でもないのになんでしきるの?」
「るっちゃんだって小学生の時やってたじゃん」。
小学生の時の自分の目に写った中高生が自分と重なってる様な気がしました。
しかしその時感じたのはそれだけではありませんでした。
それは、反抗していた時には見えなかった『注意する方の心』です。
気がつけば私は「大きくなる前にこれだけはわかってほしい、
この気持ちが伝わるなら今自分ができる事は全てしよう」と
小さい子達の手本になるため一生懸命でした。
思いが伝わってほしい一心の私は自分が今まで注意されてきた事を見直す努力から始めました。
他人がやっていても悪い事はしない。すぐキレない。
言い訳をしない。早寝早起きをする。
当たり前の事だけどできていなかった自分に注意してくれていた先生や中高生にどれほど迷惑をかけていたかを知りました。
いまでは自分を見直す他に積極的に自らボランティアも続けています。
以前、夏休みを利用し老人ホームへ行った時、シーツの取り変えやトイレそうじ、車いすを任されました。
仕事の合間に少しでも元気を分けられたらと、お年寄りの方と交流をしました。
その時ある一人の方から「私のためにありがとうね」と涙を流しながら握手をされた時私は、人は誰かから支えられていきてることを感じ、「人の支えやために生きる人間になろう」と心に決めました。
この時の言葉と強い決意が今の私のあきらめない力の支えになっています。
一人一人と向き合い気持ちを伝えること。
誰かのために行動すること。みんなの手本となること。
決して楽ではないけどあきらめません。誰かのため、下の子達が
いつかこの事に気づき伝えていくため。
人は人から支えられ、育てられ、気づかされるのだから・・
題:誰かのための自分 渡部ルツ(中3)
とても立派な作文です。
どんな事情があって学園に来たのかは知りませんが、
この子が触れた全ての事が必要、必然、ベストだったのかもしれません。
「人は人から支えられ、育てられ、気づかされるのだから・・・」
