うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~ -2ページ目

うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~

うつ病と診断されて約2年、まだ完治しない。でも生活は出来るし、生きて行ける。少し改善した今、今までの経緯を辿り、同じうつ病に苦しむ人のヒントになればと思います。

2月14日土曜日、春一番の暖かさと晴天が気持ちよかった。


久しぶりの通院。


今は抗うつ剤とビタミン剤、睡眠薬の投薬だけで過ごしている。


仕事も変わり、以前の職場と比べ、全くストレスがない。不思議だ。


また、1ヶ月分の薬をもらいに、久しぶりに先生と会う。


先生:「どうですか?」


僕:「1月末に転職して、今は希望する職種で働いています。

  

  まだ、右も左も分かりませんがストレスには感じません。

  

  自分の希望する「やりたい」と思える仕事に着けましたから。

  

  これから頑張ります。


  以前の職場では自分がうつ病である事を周囲も認知していましたし、

  

  その心苦しさがあって会社にいる事自体が苦痛でしたが、


  今の職場ではそんな事を話す必要もなく、


  一から人間関係を構築出来る良いチャンスだと思っています。」


先生:「…」今までのカルテを見返しながら。


    「抗うつ剤止めよう。」


僕:「へ?」


先生:「今までの君の言動と今の君を見ると、前向きになっているし。


    君はもう、うつ病じゃないよ。心配しなくて良い。」


自分でも、もう大丈夫かな?とか?友達にも大丈夫と言われて改善出来たと思っていたが、


先生から「大丈夫」のフレーズが聞けない状態だったので嬉しかった。


改善したっていう事の客観的な評価は先生から欲しかったから。


そう、僕は改善したんだ。


前に進んでいる。


その証拠に、自分の状況を変えようと目標(何をやりたいか?)を持って希望通り転職もした。


どん底も経験した。


後は上るだけ。


上がるのも大変だけど。


まだ、終わっていない。


僕の中で消化しきれていない事、克服しないといけない事は沢山ある。


自分を維持する努力を怠らない様に。


自分が「落ちる」原因をちゃんと把握できれば、回避できるから。


要は巷に溢れている安易はポジティブシンキングではなく、自分を愉しもうとするシンプルは発想。


帰り道、景色が少し、色めいていた様に感じた。


そう、自分の思い一つで感じ方が変わる。


僕が通っていた先生は非常に手堅い方だと思う。


もし、これから病院に行こうと思っている方がいれば、是非一度お勧めする。


【浅草橋こころのクリニック】

院長:助川先生

〒111-0053

台東区浅草橋2-1-10 松根屋ビル5階

TEL 03-5833-5233

FAX 03-5833-5234


http://www.tctv.ne.jp/kokorocl/index.html


※初回は必ず電話でアポ取ってから。

 診察時間が変則なので事前CHECKを。



うつ病を発症してから、3ヶ月…全く良くなる気配は無かった。

仕事では部署異動で負荷の軽い業務しかこなせなかった。

毎日同じ事の繰り返し。

週末は彼女と会い、出かけたりしていた。

でも別れる予兆はあった。

実は06年夏に彼女は転職前に一人で旅に出た。

3週間ほどで帰って来てから、全く連絡が取れなかった。

不安に思い、メールや電話をするが全く反応がない。

家にも行ったが居留守される始末。

「終わりかな…」

そう、頭に過ぎったタイミングで彼女と電話する事が出来た。

「好きな人が出来たから別れる」


どこにでもあるフレーズ。


ココロの中で、いずれ言われるであろうと予感したフレーズ。

彼女は旅先で大学の先輩と会い、そこで愛を育んだそうだ。

正直に聞かされた時、逃げたくない気持ちから全て聞いた事で気が狂いそうだった。

彼女は僕の全てだった。

彼女は僕にとって、無色透明の「光」だった。

彼女を通して見る風景・考え方や価値観・センスまで、その「光」を通して輝いて新鮮だった。

でも、もうその「光」を僕は見る事が出来なくなった。

卑劣だけど、彼女の携帯を見た事がある。

楽しそうに相手とメールしていた。

「愛してる」

そうメールで言い合っていた。

悔しかった。全てが終わった気がした。


僕は彼女に辛い思いをさせた。


彼女を守る事も出来なかった。


話をちゃんと聞く事も出来なかった。


全ては僕に責任があったんだ。

最初の自殺未遂をしたのもその頃だ。

結局死ねず、深く切りつけた傷のせいで今、僕の左手の半分指は動かない。

彼女が居なくなる事を直視出来ず、自分を傷つけて存在を確かめていたと思う。

その辺りから不眠症にもなった。仕事も連日深夜まで働き、余計な事を考えない様にしていた。

そう、僕のうつ病になったキッカケはこの失恋だったと思う。

ヨリを戻したり、別れたりを繰り返しながらも、彼女はその先輩と愛を育んでいた。

そして07年5月、彼女は僕の前からいなくなった。

僕には何も残らなかった。

もう、あの笑顔も見れない。

触合う事も出来ない。

毎日情けない位に泣いていた。

彼女と出かけた場所に一人で向かい、面影を探したりもした。

もう何も帰って来ないのに。

でも、生きていた。

僕にとって、インドは

僕から全てを奪った場所であり、

リスタートした場所にもなった。


うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~-無

そこから数日後、僕は旅に出る事にした。


自分を否定して、再生する旅に。



うつ病に掛かってから、孤独感が増していた。


誰も頼れない。


素直になれない。


病気が治るのか?何時まで続くのか?どうしようもない不安。


自分の軸が何処にあるのか?全然分からなくなっていた。


何かにすがりたい気持ちで一杯だった。


当時、転職したての彼女ともギクシャクし始めて上手く行かなかった。


彼女にとっても僕の存在は重荷になり始めていた。


そんな時、何を思ったのか、御守りが欲しいと考えた。


僕の味方になってくれる、自分に問い掛ける、「こうなりたい」という願掛けの為のツールとして。


いつも肌身離さず持っていられるものを探した。


そこでたまたま出会ったのが、「SERGE THORAVAL」セルジュ・トラヴァルというブランドだった。


どんなスタイルにも合う普遍的なデザイン。


一つ一つに刻まれた、メッセージ。


ハンドメイド特有の非対称的な存在感。


「これを御守りにしよう。」


インスピレーションで決めて、その日からずっと着けている。


気持ちが行き詰った時、何気なく御守りに触ったり、観たり。


気持ちをリセットするツールとして僕には重要になった。



うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~-セルジュ


僕はセルジュのリングと合わせて4コリングもしている。


それぞれ、デザインや素材が違うモノ、全体でバランスが取れる様に。



うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~-いろいろ


SERGE THORAVAL SHOP

http://www.hpfrance.com/serge_catalog/index.html


〒150-0001
東京都渋谷区神宮前5-1-14
TEL 03-5485-0271
営業時間 11:00-20:00


アクセス:
●東京メトロ表参道駅から
A1出口を出て河合楽器を左に曲がり 、 突き当たり角を左に曲がり、すぐ左側半地下にあります。
B-2出口を右に出て、最初の角を左に入り直進。突き当たり手前の右側半地下にあります。
●JR原宿駅から
表参道を進み、右側の河合楽器とMax & coの間の道にはいる。突き当たり角を左に曲がりすぐ左側半地下にあります。


きっと、ひとつだけの出会いがあるはずです。








休日。


代官山UESで店長と久しぶりの再会。転職してからは今回が初めてのトークのせいか、盛り上がった。


その後、無性にラーメンが食べたくなり恵比寿の九十九ラーメンに直行。


いつも迷うが、定番の九十九ラーメンとイクラ丼を注文。



うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~-九十九ラーメン

定番。美味しいです。


うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~-いくら

これは外せない。


ラーメンは自己満足の食べ物だから、人には勧めない。


自分なりに美味しいと思える味を知っておく事は大事だと思う。


そう、うつ病が酷い時、何を食べても美味しくなかった。味覚が無かったと思う。


だから、リハビリのつもりで良く美味しいと言われるお店に出向いていろいろと食べていた。


うつ病HACK!!~こんな時こそ自分を変えるチャンス~-お店


営業時間
11:00AM~翌5:00AM
年中無休(年末年始を除く)

〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-1-36
tel&fax:03-5466-9488


限定品、「まる究ラーメン」もお勧め。必ずお腹やられます。


街を歩くと、いろいろな音と出会う。


騒音や喧騒、呼び込みや流行の音楽。


黙っていても、たくさんのメッセージや情報が耳に入ってくる。


正直、ウザったくなる時がある。


そんな時、僕はイヤホンをつけている。耳の穴にスポッと入るタイプ。


でも、音楽を聞いている訳ではない。


何も流さない。音を塞いでいるだけ。


街を音なしで歩いたりすると自分の目的地にスムーズにいけたりする。


要は意志が弱いんだろうか?(笑)


自分のココロが乱されそうな時、イヤホンで音を塞いでみる。何も音は流さずに、ただ、塞ぐ。


意外と冷静になれて、効果的。


是非、試してみて下さい。

NO TRAVEL, NO LIFE


J-WAVEのポッドキャストでロバート・ハリスの「PLANET GREEN」という番組がある。


毎月1回、ゲストを呼んで旅・エコロジーなどをテーマにトークしている。


1月のゲストには海洋冒険家の白石康二郎さんが来ていた。


率直な感想、話が上手い。


どんどん聞き入ってしまう。


自分の経験で得た事を豊富な知識で味付けして盛り上げる。


話の中で、白石さんのポリシーとして言っていたのが、


「あきらめること、逃げ出さないこと」


というのが印象的だった。


「あきらめる」の語源はもともと仏教用語の「明らかに、見極める」から来ているそうだ。


物事の先を読み、感じて自分がどうすべきか?を考える。


決して悪い意味ではないのだ。


負けてもいい。


笑われてもいい。


自分にとって大事な事は何か?


それを考えた言葉だった。


うつ病が酷かった時、全てを悲観的に捉えていた。


単純にネガティブなんて言葉では片付けられない位酷かった。


だから、友人や同僚もどんどん遠ざかっていった。


そりゃ、当然だ。


面白くないんだもの。


楽しくない奴と一緒にいたくはないからだ。


一人で過ごす時間は増えていく度に、僕はどうしたら良いか?余計分からなくなった。


「自分の価値観を最初から作ろう」


そう思って今までの自分でしてきた事を棚卸して、リスタートを決めた。


転職もそれが理由だった。


「うつの世界にさよならする100冊の本」




是非、この本を読んで見て欲しい。


うつ病に掛かると、最初はまともに本が読めない。


一度で読もうとせず、何度も繰り返してページを開いて欲しい。


そのうち文字が意識出来て、何が書いてあるか?が少しずつでも理解できるようになる。


最初は文字の少ない本から~徐々に慣らして行く事や、復帰までの過程など書いてある。

読んでいて気が楽になる本。

お勧め。





治療を始めた当初、僕は掛かりつけの「心療内科」にか行かなかった。

先生は問診として、


「最近どうですか?薬で具合悪くなってない?」


などを聞いてくれる。


自分の症状、状況などを話すが基本的には「聞くだけ」だった。


このまま、先生の言うとおりでいいんだろうか?



そんな疑問が湧いてきた。


そのうち、治療に対する考え方が少し変わってきた。


「心療内科」⇒フィジカル面を担当してもらう。

「臨床心理士(カウンセラー)」⇒メンタル面を担当してもらう。


という2正面作戦を考えた。


しかし、カンセリングは保険が利かない。


通常、都内であれば、50分で8,000円位が相場のようだ。


有名な先生であればウン万円飛ぶ事になる。


就労時間が少なくなり、残業代も減る。

給料が少なくなるのに、出費が増える事は避けたかった。


そこで会社が契約しているカウンセラーを利用する事にしてみた。


会社によっては、福利厚生の一環で団体契約している場合がある。

会社の担当に連絡先を聞いてみたところ、当時10回までは無料で受ける事が出来た。


心療内科には2週間に1回、カウンセラーには1ヶ月毎、もしくはメンタル的に負荷が高くなった時に行くようにした。


ここで注意しなければいけないのは、


カウンセラーが何かしてくれると言う受身な期待はしない事だ。



カウンセラーは自分の悩み事ではないから適度な距離感で話が出来る。


悩みは聞いてくれる。


でもアドバイスは違う。


今の不満・悩みを話す。


それと同時にそれに対して自分が何を考えて、どう行動しようとしているのか?を話した方がいい。



最初は支離滅裂で理解してもらえないかもしれない…なんて考えるかもしれない。



まず、考えている事をアウトプットすることが大事。



キーワードだけでもいい。まずは話すこと。



あとはカウンセラーが言葉を繋げてくれる。



何に対して自分が悩んでいるのか?を相手に説明しないと理解してもらえない。


思考の訓練にもなる。


是非、会社で契約しているところがあれば、通ってみる事を勧める。

うつ病にかかってから、同じ部署で同じ業務をこなす事が難しくなっていた。


今までの業務は関係会社や社内との調整役、業務改善の施策を作ったりと大きなプロジェクトを抱えていた。

「重度のうつ病」と書かれた診断書を見た当時の上司に、


「コイツは今、正常な判断は出来ない」


とハッキリ言われていた。


何かに負けた気がした。

一生懸命仕事した。

結果も残した。


でも何かに負けた気がした。


それから間もなく、異動。


4月から全く違うセクションで業務負荷の少ない仕事を始めた。


勤務していた会社には意外とうつ病に掛かる社員が多い事を産業医から聞いた。


一般的にうつ病に掛かった人は、

・業務負荷を少なくする

・休職する

などの選択肢がある。


でも僕は休職しなかった。

というより出来なかった。


稼がないと喰えないからだ。


今まで、毎日0時近くまで残業していたのに、殆ど定時で帰る日々が始まった。

夕方に退社しても行く宛も無く、街をうろついて同じ時間に帰った。


夕暮れを見るたび、

「自分は負けたんだな。みんなガリガリ仕事してんのに。何で俺だけ…」

と完全に塞ぎこんでいた。


同僚の腫れ物に触る様な対応にますます惨めになった。

うつ病に掛かると感受性が強くなった気がする。

敏感になるというか…。


死んだほうがマシかも。


と当時、まじめに考えた。

実行もした。


でも死ねなかった。


「周りに迷惑掛けれない」という恐怖心があったからだと思う。


死に方は何通りもあるだろう。

でも、人に迷惑を掛けない死に方は意外と少ない。


自分の死体を処理する人の手間を考えたら、もう少し生きてみようと考え始めた。

この病気とどう向き合うか?

長いインナートリップに入った気がした。


誰でも負ける時はある。


誰でも人を疑う時もある。


誰でも自分に嘘を付くときがある。


誰でもどん底になる時がある。


それでも生きていける。


それでも生きて行こうとする。


なぜか?


それはどんな人の心にも、ほんの小さな希望があるからだ。


その希望はとても小さいかもしれない。


人にバカにされてしまう事かもしれない。


こころに灯った小さな「火」を消すな。


その火はあなた次第でどうにでもなる。


絶対に消すな。


そこから全てが始まる。


出来る事から始める。


布団を畳むでもいい。


1日1回でも人に挨拶するんでもいい。


小さな達成を積み上げてもう一度、やってみよう。


自分で諦めない限り、「失敗は絶対にない」

07年1月からうつ病を発症して、投薬が始まった。

「まずは普通の生活のリズムに治す」


これが大事。


うつ病の種類にもよるが、寝れなくなる場合が多いようだ。

フィジカル面を正常な状態に持って行き、体調を整える。


うつ病で辛いのは、ウィルスの様に「目に見えない」事だと思う。


だから、自分がどの程度良くなったか?どの程度酷い状態なのか?が分かりにくい。


「長いトンネルに入ってしまったな…」と言うのが正直な感想だった。

僕の場合、家族に説明しても


「うつ病なんて心が弱い奴が掛かるんだ!!気の持ちようなんだ!!」


なんて乱暴な言い方をされる始末。結局、家族の理解は得られないまま、闘病生活に入る。


僕は酷いほうじゃないかも知れないが、今までの投薬履歴を振り返って見る。


07年1月~10月…アモキサン(朝2、夕2)、パントシン(朝2、夕2)、メイラックス、デパス、マイスリー、サイレース

     ↓

07年11月~12月…アモキサン、メイラックス、パントシン

     ↓

08年1月~4月…アモキサン、パントシン、メイラックス、リボトリール、レスリン

     ↓

08年5月~11月…アモキサン、パントシン

     ↓

08年12月~現在…アモキサン、パントシン、ハルシオン、メイラックス


今までこんなに薬を飲んだことが無かったので、正直しんどかった。

薬漬けのイメージ。


自分はこんなはずじゃない!!

と自己否定ばかりしていた。


でも、先生に言われた一言で少し考えが変わったかも知れない。


「弱っている時は薬に頼ろう」


事実、寝れなくなっていたし、動悸や震え、思考能力の低下や記憶力低下があった。

自己否定しても治らない。


まずは、

「今の自分(状況)を認める事」

で冷静になる事が出来る。


全てはそこからだと実感したのを覚えている。