無機質なGゲージ日記 -58ページ目

無機質なGゲージ日記

鉄道好きなオヤジの演歌ブログ?

熱は、、、恐らくは平熱に戻っています。「恐らくは」と言うのもいい加減な話ですが、体温計使ったりして本当に微熱で熱が高かったりすると言う結果を目で見てしまうと現実と本気で対峙しなければならなくなるから、きわどい時は使わないことにしているんです。ホントに明確に発熱していると判っている時は使いますが、そうでなければ使いません。「お前はもう死んでいる」とか言うなんだったかのセリフがありますが、あれだって「死んでいる」事を知らなければ未だ生きていられただろうから余計なお世話です。違うか(笑)。


反面、咳が酷いままなので結構苦しいです。咳のし過ぎで喉が少々痛いです。飲み物を飲むときにも少々引っ掛かりを感じるし、飲む時にも多少の苦労を伴います。言うなればごく軽度の嚥下障害なので、明確に強い意志を持って多少の覚悟を決めてから飲み物は飲まないと、肺に入ってしまいそうです。若くて体力のあるうちは肺に入れば激しく咳き込んで吐き出すだけなんでしょうが、年を取って肺から吐き出す体力がなくなると急性肺炎経由で急性心不全へ真っ逆さま、、、これ、私の親父の死因そのものですな。


私は医学には全くの素人なので、前術の内容が正しいという保証は何処にもありませんが、間違いなく咳が続くと体力を消耗します。「股間神経痛じゃなかった肋間神経痛」と言うような文章をどなたかのブログで拝見しましたが、咳が酷くて眠れないというのは本当に辛いですね。私は眠りに落ちるのが極めて短時間で済むのと、夜中に咳き込んで目が覚めると言う事が全くないからこの点に関しては何ともありませんが、家内は夜中に咳をして目が覚めてしまうのでかなり辛いみたいです。

再転職してもう直ぐ1か月、なんとか続いています。この先も、当分は続くでしょう。5年先の事は判らないですが、今後転職することがあったとしても運転手にしかならないだろうから再々転職したとしてもやってることは同じです。同学年の社長からは面接の際に「松本さんも俺と同じ年で若くないんだから体力的に辛いよ~」と脅かされてはいたのですが、体が順応してしまったのか、以前に運転手をやっていた頃に比べて荷物が大幅に軽いからなのか、日々少しづつ疲労程度が低くなって行きつつあります。決して楽な仕事ではないですが、、、。


20代の頃は1日に鋼材を10t担いで降ろしたりもしたのですが、今では軽ワゴン車に満載に積んでも荷物の総数は50個とか60個とか、、、350kg積の自動車で50個積んだら1個辺りの重さは平均7kgにしかなりませんから還暦間近のジジイの私でも大丈夫です。そう、運転免許の種類は大型も、けん引も、大特も取得してあるのですが、今では軽自動車に乗ってます。戦災で焼け残ったような旧市街地に乗り入れるので、軽自動車じゃないと仕事がしにくいだけなんです。なんと言うか、転職するたびに乗る自動車が小さくなります(笑)。


無機質なGゲージ日記-日産クリッパー

やってる仕事は企業間の商業貨物の個別配送と言うか、そう言う内容です。朝、出社して荷物を積み込んで自分の担当エリアの配達をして、14時過ぎに某所でドッキングして午後の荷物を積み込んで再度自分の担当エリアの配達をする、、、この繰り返しです。本部から集荷の指示があれば集荷にも行きます。いずれにしても軽自動車なので積む量はたかが知れてます。そうは言っても、私のようにスキルの低い新人が他の先輩社員と同じペースで仕事ができるわけがないので、本来の担当エリアよりも少なめにしてもらってます。目こぼししてもらっているようなものですが、そろそろ本来の自分の担当地域は全域自分で受け持たなければならないような気配は感じつつあります。

愚息が夏風邪を引いたら家内にうつって、家内からさらに私にうつってしまったらしくて風邪をひきました。接触感染するような行為には及んでいないので純粋に空気感染ですが、咳が止まらないので結構つらいです。


いつもの内科の先生の所に行った際に「咳が止まらないんですぅ」と言って処方して貰った薬は受け取ってきたのですが、この薬は何故かさっぱり効きません。勝手にルルゴールドとか言う市販の風邪薬に乗り換えちゃったら大幅に咳き込む回数が少なくなったけれど、一体なんだったんだろう?。


拙宅は4人家族なんですが、そんな訳で3人が病人、無事なのは私の母親だけと言う悲惨な状態です。今日は午前中は買い物に行き、夕方は品川区内の某神社の夏祭りの歌謡ショウに以前から聴きたかったある歌手の方が出演されるので出かける予定だったんですが、、、全て予定は流れてしまいました。

未だ学生だった頃、250ft(≒76m)巻のフィルムを写真関連の某貿易会社に買いに行ったことがありまして、、、普通のフィルムは20枚撮りとか36枚撮りとかで売っていますが、プロ用やスタジオ用として売る分は中身は同じでもルピシアの紅茶の缶みたいなものに入れて売っているんですね。でもって、近所のカメラ店で空になったパトローネ(フィルムケース)は無償で貰ってきて、暗室に籠って250ft巻のフィルムを鋏でちょん切ってパトローネに詰めて、ってな作業をして使うわけなんです。


実際には拙宅に暗室なんてないので書斎の雨戸を閉めて押し入れに閉じこもって作業するんですが、、、。こうやって自分でフィルムを巻くと、普通に20枚撮りとか36枚撮りとかで売っているものよりも、かなり安く調達できるんです。真夏にこの作業をするのはちょっと辛いですけど。序でに書くと、裁断の仕方は極めてアバウトなので、31枚撮りとか42枚撮りとかの変な長さのフィルムが簡単に出来上がります。うっかり50枚撮りなんてフィルムを作っちゃうと、ベルト式の現像タンクに入れる時にベルトの長さが足りなくなって困るので短めにしておいた方が本来は好都合なんです。


でもって冒頭の貿易会社の件ですが、中小貿易会社なんてものは商品の調達先が外国と言うだけであって営業実態は単なる問屋・販売会社に過ぎないですから、大抵の場合は取引実績のない個人客が現金持っていきなり乗り込んで行っても直ぐに売ってくれます。小口現金を用意しておくのは経理担当者にしてみれば結構厄介な作業のようなので、現金払いの小売客は大抵は歓迎される筈です。当たり前ですが、100円の買い物をするのに10000円札を出して支払ったりしなければですが。


でもって、支払う段になって応対してくれた社員氏が「ちょっと待ってくださいね、え~と、今日の相場は1ポンド213円だから、、、」とかって始めるわけです。この貿易会社は時価で商品を売っていたわけなんです。普通は取引相手との決済日を基準にして1ドル**円とか、1ポンド**円とかって決める筈ですが、この貿易会社は販売日基準で決済レートを決めるようです。あるいは、個人客相手だからそのように応対したのかも知れないです。


普通に貿易やるのだったらインボイスの支払い期限は出荷後30日とか出荷後45日とかですから、その間に対円レートの推移を見ながら一番円が高くなった日に支払い決済をやったりするわけです。これ、個人輸入する時も似たようなもので為替の推移を見ながら「来週が一番円が高そう」と予想する日にFAXで発注してクレジットカードで決済するんです。なんで翌週の相場を予想してやるのかと言うと、個人輸入でクレジットカードで支払いをすると決済日は大抵は翌週になるみたいだからです。私がこの種の予想をすると大抵は外れるので(笑)、毎度毎度「惜しかったな~」の連発ではありましたけれど。1ドル180円だったかで「超円高だ」と思っていたあの頃が懐かしい、、、。

先日転職したA運送会社は面接で聞いた労働条件と実際とは大違いもいい処、取締役氏とは交渉したのですが埒があかないので2週間ほどで退社しました。面接のときに聞いた話では毎週日曜は休み、拘束時間は9時間で休息1時間+残業多少、と言う話だったのですが、蓋を開けてみたらほぼ騙されたみたいなもので同じ給料の金額のままで拘束15時間+休みは精々10日に1回。こんな条件だと仕事しない方がマシですから、あっさり縁は切りました。


結局、別のB運送会社に転職しまして、チンケな労働条件(笑)ながらも少なくとも週に2回休めるし、この時期だと明るくなってから出勤して、明るい内に帰宅できます。仕事は企業向けの商業貨物の個別配送、と言うような内容なので担当エリアはごく限られています。上述のべらぼうな会社では真夜中に1日辺り180kmくらい走っていましたが、こんどは精々80kmくらいですから大違いです。


但し、運送会社なんて労働条件が良いわけではありませんから、普通の運転手だったら誰もが「(辞められるものなら)今すぐ辞めてやる」と思っているのは間違いの無い処です。毎朝荷物が多すぎて全員殺気立っていて、毎日ノホホンとして過ごしていたC貿易会社時代とは大違いです。それと言うのも、入れ替わりの激しい会社だったので、気が付いたら社長の次に社歴が長くなってしまっていて平社員なのに偉そうにやってましたから。。。


それでもA運送会社は先のことなんか考えないで次の仕事が見つかる前に辞めてしまいましたが今回のB運送会社は、、、次の仕事が見つかるまでは居座ろうと思っています。昨日の金曜日は、、、さすがに暑すぎて熱中症になり掛かったので3時頃退勤してしまいました。久々に肉体労働の連続なので、以前に平ボディの2トン車に乗っていた頃に戻って体調管理が出来るようにならないとダメですな。因みに熱中症になり掛かると意識レベルが低下して、鼻で呼吸が出来なくなって口を開きっぱなし、、、見兼ねた同乗指導の先輩社員氏が社長に電話で相談したら「今すぐ会社に戻らせろ」と言う事になったようです。

中川京美さんがアグリパークゆめすぎとと言う道の駅で行われた歌謡ショウに出演なさったので応援に行ってきました。お召し物は赤い浴衣で、なんとも可愛らしいものでした。お歌いになったのはご自身で作曲された「登竜門」や、新曲の「かくれんぼ とおせんぼ」を始め、流石に京美さんは歌がお上手だなぁ、と感心させられるものでした。


余り写真の枚数が多くないのですが、出演なさった時間が夕方だったので少々暗く、ストロボを発光させようか、カメラの感度のみ上げて何とかならないかと思って、あれこれ試行錯誤した結果歩留り?が宜しくなかったから、と言うことです。結局はストロボを発光させていない写真はやはり難アリで、しかもデフューザーを忘れたためにちょっとどぎつい感じになってしまいました。


無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

無機質なGゲージ日記-中川京美さん

お初にお目に掛かる方なのですが、美土里りんごさんがアグリパークゆめすぎとで行われた「アグリの夏祭り」にご出演なさったので聴きに行ってきました。可愛らしくて、明るくて、突き抜けるような高いお声でお歌いになって、、、ちょっと聴いただけでも「いいなぁ~」と感じさせるものがありました。また聴きに行きたい歌手の一人です。


無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん

無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん


おまけ、リハーサル中のりんごさんです。


無機質なGゲージ日記-美土里りんごさん


ご同席いただいたいさまるさん、坂東太郎さん、マツケン野口さん(お名前の50音順)、お付き合いいただきありがとうございました。機会があればまた、ご一緒しましょう。

拙宅から徒歩20分くらいの場所に某家電メーカーの工場が在りました、、、と言うか、取り壊して更地にする工事をやっているんですが、ネット上の噂ではこの工場跡地にコストコが出店するんだと言うことです。でもって、車検の代金の支払いに近所の自動車工場の社長氏がなぜか突然この工場跡地の話を持ち出して来て「松本さん知ってるか?、あそこの工場の跡地はコストコになるんだってさ」だって。


そんな訳で、全く関連性の無い2方向からコストコ出店情報が入って来ました。現時点では単なる噂に過ぎませんが、自動車工場の社長氏は地元商店会の顔役みたいなこともやっている人なので、情報の確実さは比較的高めなのかも。


私自身はコストコとは全く無関係なので好悪の感情は何も無いんですが、コストコが開店したお蔭で土曜・日曜・祝日には近所の某県道が激しく渋滞するようになるのは気に入らないなぁ、とまぁ、それだけです。因みに、コストコ出店予定地?と細い道路を挟んだ向かい側には「しまむら」が開店しました。家電メーカーの工場跡地とは無関係の場所ですが、流石に「しまむら」が一店舗開店したからと言って県道が大渋滞になると言うことは無いようです。

昨日は所要のため茨城県南部やら、千葉県やらの方を一回りしてきました。途中で、JR常磐線の我孫子から成田へ移動するために、JR成田線に乗りました。「成田線」とは言っても東京駅の地下から成田空港行きの快速電車が走ってゆく方ではなくて、「成田線の支線?」の方です。下の写真、昨日乗ったのと同じ系列の電車です。
無機質なGゲージ日記-成田線E231系


実はこの路線に乗車するのは2回目、しかも電化してからは初めてです。「電化」と言うのは架線を敷設して電車や電気機関車が走れるようにすることなんですが、前回乗った時にはまだ電化していませんでした。この区間を電化したのは1973年(昭和48年)ですからこれでも十分古い話ですが、私が乗ったのは1966年(昭和41年)ですからさらに古いです。しかも、普通はディーゼルカーが走っている路線なんですが、常磐線の上野から直通してくる列車は、、、下の写真と同じ形式の機関車がけん引していました。
無機質なGゲージ日記-C58

要するに、一番最近に乗った列車が一昨日までは「蒸気機関車が引いていた」と言うことだったんですねぇ。このまま、この路線だけは絶対に乗車しないで「一番最近に乗ったら蒸気機関車だった」と言い続けながら身罷ってやろうと思わないでもなかったのですが、さすがに休日の日中に田んぼと畑しかないような路線で10輛編成の電車なんかがやってくるとガラ空きで、冷房も入っていて快適そうだったのであっさり宗旨替えして乗車してしまいました。


わたくし、鉄分が多い割には蒸気機関車がけん引する列車には余り乗っていないので、この成田線の列車に乗った次の体験は一昨年だったかに東京駅から名古屋駅まで5分間ほど乗った、、、ブランクが45年近くあります。明治村ですけど(笑)。


上の電車の写真は昨日私が撮影したもの、下の蒸気機関車の写真は知人のご子息が撮影したものですので念のため。

従来は普通のゴールド免許だったのですが、今年の初めに大特1種の免許を追加で取得した際に免許の色はブルーになりました。有効期限は5年有効のままですが、色がゴールドでなくなってしまったのは何となく損したような気分ですが、、、。


運転免許を取得して、最初の更新は、、、現在のことは知りませんが、私が免許を取得したころは3年目で更新だったと思います。実は初回の更新期限が来る少し前に大型1種の免許を追加しちゃったので、更新期限が追加取得の時点から自動的に延長されます。さらに翌年にはけん引1種を追加取得したので、、、結果的には初心者のくせにゴールド免許の人よりは更新間隔が長くなっていた筈です。初心者マーク貼っている大型車って、あまり目撃したくないでしょうけど(笑)。


この理屈で行くと、比較的遅い時期に小型特殊とか原付とかの免許からスタートして順番に取り足してゆくと、免許の取り方次第では、死ぬまでに一度も免許の更新をしないということも出来るんじゃないかと思います。そんな事をしても、実利は何もないと思いますけど。