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Noriaki の ヒト・モノ・ココロ

NoriakiのBlogへようこそ。 
写真を主体として、日々の徒然な様を書いていければ。

さて、次に、南禅寺。
前回廻れなかった、南禅院を。

 

この庭は、とても玄人好みで、きわめて完成度が高い庭です。

ただその良さを、言葉で説明するのが、なかなか難しいという、面白い庭です。

 

例えば、京都で私が勧めるのは、全ての庭を廻ったわけではありませんが、天龍寺や銀閣寺です。

これらの庭は、誰にでも良さが分かりやすい。
理由は、広い敷地で、庭に起承転結があり、かつ良い植木や石を配置し、丁寧な管理が見て取れるからですね。

良い意味で派手です。

 

それらの庭に比べると、南禅院は、とにかくインパクトが無いのです。

つまり、地味なわけですね。

地味なのだけれど、地味の中で綺麗に完成している。
バランスが綺麗にとれている。
 

この地味な綺麗さは、同じ京都では、高台院に通じるものがあります。

 

ただ、良さがなかなか言葉では表現できない。
写真で撮って、一番綺麗な写真を撮るのも難しい。

恐らく、この写真が、一番その良さを伝えているのではないだろうかと思います。
こういう分かりにくい庭と、分かりやすい庭の違いを対比してみるのも、面白いかもしれません。

ある意味。

分かりやすい庭とは、つまりエンターテイメントなドキドキする庭。
分かりにくい庭とは、つまり心落ち着く、詫び錆びの庭と言い換えても良いでしょう。

大事なのはどちらもバランス という点では、同じだったりしますが。

最期に、綺麗だなと思ったので、この場所を。
 

 

実は、ありそうでないのが、この光景。

つまり、松の樹をメイン所ではなくて、生垣を模した配置をしているわけですね。

下の皐月と合わせて、二段垣といったところでしょうか。

下の皐月も、実に丁寧に剪定していますね。


昔はともかく、今はこういう光景は少なくなったと思います。
理由は、松の剪定にお金がかかるので、複数の松でこういう配置をしなくなったからです。
 

だからこそ、今、価値があるとも言えます。

 

貫禄ですね。

 

 

更に入って、石庭を。

 

 

「八相の庭」の一つですね。

 

この庭は、つまりは石は島を。

砂は海を表しています。

俗にいう「枯山水」の技法ですね。

 

枯山水は、そもそもは池の水を、水ではなく砂にしたのが始まりです。

つまり、砂は水を表しているわけです。

 

なので、池に見立てるか、それとも川に見立てるか、湖に見立てるか、海に見立てるかは、庭によって様々です。

この庭の場合、海というわけですね。

 

 

そして、何に見立てるかによって、石の置き方が変わります。

 

 

この庭園の石の置き方は、きわめてトリッキーです。

どこがトリッキーかというと、横石と立石の置き方です。

普通は、こういう石の離し方をして、かつ垂直ドーン、真横にドーンって置き方はしないですね

 

 

それは、この庭が海であり、石が島だからこそ成り立つ置き方です。

 

 

因みに枯山水庭園で、海に見立てる庭はそれほど多くありません。

そういう意味では、この庭園は面白いです。