18.功績も帳消し

この上ない功績をあげても、それを鼻にかければ、せっかくの功績も帳消しになってしまう。

悪虐の限りを尽くしても、悔い改めて正直に立ち返れば、それほどの罪悪も消滅してしまう。

 

19.名誉は独り占めしない

名誉は、独り占めせず、少しは人にも分けてやるべきだ。そうすれば、ふりかかる危険を避けることができる。

悪評は、すべて人に推しつけず、少しは自分もかぶるべきだ。そうすれば、いっそう人格を向上させることができる。

 

20.何事も控えめに

何事につけ、余裕をもって控えめに対処せよ。そうすれば、人はおろか、天地の神々も、危害を加えたり、禍を下したりしない。

事業でも功名でも、とことん追求してやまなければ、どうなるか。内から足を引っ張られるか、外から切り崩されるかして、いずれにしても失敗を免れない。

 

13.一歩下がって道を譲る

狭い小道を行くときには、一歩下がって人に道を譲ってやる。おいしい物を食べる時には、三分をさいて人にも食べさせてやる。

こんな気持ちで人に接することが、すなわちもっとも安全な世渡りの極意にほかならない。

 

14.一流の人物とは

立派な人物になりたかったら、くだらない野心など捨てることだ。仮にたいした仕事はできなくても、それだけで一流の人物になることができる。

立派な学者になりたかったら、世間の雑音に耳をかさないことだ。仮にたいした業績は残せなくても、それだけで聖人の水準に達したことになる。

 

15.三分の侠気、一点の素心

友人とは、三分の侠気をもって交わり、人間としては、純粋な心を失わずに生きるべきだ。

 

16.四つの戒め

利益は、人より先に飛びつくな。善行は、人に遅れをとるな。報酬は、限度を超えてむさぼるな。修養は、できるかぎりの努力を怠るな。

 

17.進むためには、まず退く

この世の中を生きていくには、人に一歩譲る心がけを忘れてはならない。一歩退くことは、一歩進むための前提となるのだ。

対人関係においては、なるべく寛大を旨としたほうがよい結果につながる。人のためにはかってやることが、結局は自分の利益となってはね返ってくるのだ。

 

情けは人のためならず・・・という言葉を勘違いして使う人が時々います。情けは人の「ためにならない」と聞き違えたことが主因です。人のため「に」ならないのではなく、ためになる、が正しい意味です。この菜根譚-前17も同様の教えです。

 

自分を助けることになるから、人を助けることに力を入れなさい、と解釈すると分かりやすいと思います。どの仕事も同じです。誰かの役に立つ=誰かを助けることになる=自分を救うことにつながる、善行です。善行は、人に遅れをとるな、は誰もが座右の言の一つに加えてもよいと思います。

 

コロナは非常に多くの業種に影響を与えています。虚業は崩壊します。不当な利益を得ていた者も淘汰されます。本物が生き残るはずです。医療崩壊とメディアで騒がれていますが、崩壊とは思いません。医療「業者」の従来の湯水のような不当な報酬が消えていくだけ、です。医療の姿が明確になってきました。医療費に切り込んだのが、コロナと思います。おそらく10年後の医療は劇的に変わっているはずです。

 

医師、看護師は現在の状態を羨むような時代が予想されます。人が不要になるからです。医療マシンが台頭する時代が考えられます。AI、しかも恐ろしく処理速度が速く、記憶容量の大きなAIを搭載したマシンです。人間が対抗できるレベルではありません。

医療「マシン」により、正確な手術、処方、分析が極めて迅速にできる時が予想できます。すると、医療費は激減します。医療費の多くは人件費です。これが消えます。財政も大幅に健全化されます。大変なのは、この業界に関与していた人、です。いりません。別の仕事を考えないといけない時代がくるかもしれません。ですが、医療、法律関係者の場合、「つぶしがきかない」ことがあります。今のうちに想像を超えるAIを搭載した医療マシン対策を考えておくことも必要かと思います。

 

マシンが中心になる世界、映画ではありました。これが現実化しようとしています。マシンに支配される恐れもあります。あくまでも人の補助まで、であれば良いのですが、自動化、デジタル化を推進する以上、当然のように予想されます。しかも進展速度が異常に速いはずです。

 

古典からは色々と学ぶことができます。古典が書かれた時代と今の時代は全く違います。古典の時代から見れば、夢見ることもできないレベルです。それが信じがたい速度で進みます。人の生き方が非常に重要になってくると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11.節操を守るためには

粗衣粗食に甘んじている者には、清らかな心の持ち主が多い。これに対し、美衣美食にふける者には、上級者に卑屈な態度をとる者が少なくない。

思うに、志操は質素な生活によって磨かれ、節操は贅沢な生活によって失われるものであるらしい。

 

12.広い心をもって生きる

この世に生きている間は、広く大きな心をもって生きなければならない。そうすれば、どんな人にも不平不満の気持ちを抱かせないであろう。

死んでからのちには、いつまでも尽きることのない恩沢を残さなければならない。そうすれば、どんな人にも道足りた感じを与えることができよう。

7.平凡の中に非凡

酒や料理など、こってりしたものはいずれも本物の味ではない。本物の味とは、あっさりしたものだ。

並みはずれてきらびやかな才能の持ち主は、達人とは言えない。達人とは、平凡そのものの人物を言うのだ。

 

8.静中の動、動中の静

天地は動かずに静まり返っているが、陰陽の気はやむことなく働いている。日月は昼となく夜となくめぐっているが、それが放つ光芒は永遠に変わらない。

これが自然の摂理であるが、人間について同じことが言える。

平穏無事なときには万一の場合に備えることを忘れず、いったん有事の際には悠々たる態度で対処するように心がけなければならない。

 

9.静思の時を持て

ひっそりと静まり返った深夜に、独り坐って自分を観照すれば、もろもろの煩悩が消え去って清浄な心が現われてくる。そこから、必ずや大いなる悟りを開くことができよう。

清浄な心が現われても、なお煩悩から逃れきれないと悟ったときは、必ずやそこから大いなる懺悔の心が芽生えてくるにちがいない。

 

10.得意の時と失意の時

厚い待遇が仇となって、かえって災難に見舞われることがある。何でも思い通りになるようなときこそ、むしろ気持ちを引き締めて事に当たらなければならない。

挫折した後で成功のきっかけをつかむこともある。たとえ八方ふさがりの状態に陥っても、あきらめて投げ出してはならない。

 

やはり菜根譚は日常生活において、とても有益な書と思います。

今までは読む=入力だけでしたが、今は書く=出力することを重視しようと思います。

身に付き方がまるで違うように感じます。

書く(打つ、入力作業も含む)ことが、脳の記憶分野に影響を与えることは間違いないはずです。

 

賃貸物件、売買物件の情報を改良、追加中です。

可能な限りデータを公開するように改良しています。

賃貸の場合、賃料等の内容だけではなく、入居時の初期費用も明示することにしました。

重説で追加項目となったハザードマップも、重説時に初めて説明するのではなく、事前にHPに掲載することで、「契約前、検討の段階で」内容を把握できるように改善中です。

初期費用に余計な費用がなく、正しい情報をもとに契約する、自然なことのはずですが、しない・できない場合には、何か理由がある、と疑義を持たれるかと思います。業者によっては不必要と思われる費用が計上されていることがあります。

 

賃貸住宅では、新法が施行されました。

転貸借=サブリース規制法、と考えたほうが良いと感じる法律です。

サブリース業者の淘汰が始まると思います。

正しい、優良な企業は普通に存続可能ですが、そうではない企業には厄介な法律のはずです。人の生き方だけではなく、企業=法人の生き方も菜根譚で学ぶべきと感じます。

 

 

 

 

 

 

3.才能は秘めておく

立派な人物であるための心構え2つ。

心の中は、誰から見てもそれと分かるように、いつも明白にさせておく。

持てる才能は、容易に外から伺い知ることのできないように、奥深く秘めておく。

 

4.知りながら使わない

華美権勢に近づかないのは清廉な人物である。だが、それに近づいても染まらない人物こそ、もっとも清廉だと言える。

権謀術数を知らないのは高尚な人物である。だが、それを知りながら使わない人物こそ、もっとも高尚だといえる。

 

5.自分を向上させるには

たえず不愉快な忠告を耳にし、思い通りにならない出来事を抱えていてこそ、自分を向上させることができる。

耳にこころよいことばかり聞かされ、思い通りになることばかり起こっていたら、どうなるか。

自分の人生をわざわざ毒びたしにしているようなものだ。

 

6.心に喜びを持て

激しい雨や風に襲われれば、鳥まで震え上がる。これに対し、晴れた穏やかな日和に恵まれれば、草木まで喜びにあふれる。

これで明らかなように、天地には一日として和気が欠かせず、人の心にも一日として喜びが欠かせないのである。

今日は前集の2です。

2.むしろ愚直であれ

人生経験が浅ければ、世の中の悪習に染まることも少ない。経験を積むほどに、さまざまな駆け引きが身についていく。

立派な人物は、なまじ世故にたけるよりも、愚直でありたい。バカ丁寧であるよりも、むしろ率直でありたい。

 

ホームページに情報を追加していきます。

土地の履歴など、土地調査報告書や測量図、公図など、添付できる資料を追加しています。事前に当事者が予習できることで、何を確認すべきか、要点を絞ることができます。

賃貸も改良します。

入居時に必要な費用等を、一目で把握できるようにします。ハザードマップも追加添付します。借りる前に確認できることで、いちいち聞かなくてよい、からです。

見れば分かる、という人は多いです。確認できていれば、残りは個別の要素のみです。

これらを愚直に進めていこうと思います。

菜根譚は原文では読解が困難に思います。

優秀な訳者が書いた訳文があると、とても有用と感じます。

何度も読み返すことべき良書の一つと思います。

その優秀な訳者として、個人的には守屋 洋氏を挙げます。

何度も推敲され、十数年前に完成版を出版されました。

それを電子版で読むことが可能になりました。

訳者だけでなく、優秀な出版社のおかげです。

PHP出版の書籍には、厳選された著者が中心です。

愚かの者で悪党の自慢話にすぎない、文字の羅列の本の体裁をした町会議員のゴミ書など、入る余地がありません。やはり出版社の力も重要とあらためて感じます。

 

菜根譚の著者は洪応明氏、字は自誠、号を還初道人と称していました。相当に優秀な人であったこと、程度しかわかりません。多くの読者がいます。各々の読み方があります。この菜根譚は、義務教育で学ぶべき書の一つと思います。

前集、後集になっていることがあります。守屋氏の訳書の場合、前後集となっています。

まず全体を数回読み、その後、毎日、一つずつこのブログ内にも記載しようと思います。

まず、前集から始めます。

 

1.人たるの道を守る

人としての道をしっかりと守っていれば、仮に不遇な状態に陥っても、一時のことにすぎない。権勢にこびへつらえば、仮に得意の状態にあっても、長続きしない。

道を極めた人物は、世俗の価値にとらわれず、死後の評価に思いを致す。一時は不遇な状態に陥っても、人としての道を守って生きるほうがはるかに賢明ではあるまいか。

 

本は読むだけでは記憶に留めることは難しいです。

読む=入力とすると、書く・話す=出力と思います。

良書の場合、出力することを心がけていきたいと思います。

 

 

 

 

政府の対応に疑問点があります。

gotoトラベル等のキャンセル料についてです。

50%のキャンセル料を税金で補填することに疑問があります。

1年で最高値のこの時期のキャンセル料を50%「も」税負担する

建設的な意見があるのか?という点です。

 

ただでさえ足元を見た価格の宿泊料金です。

その半額を税負担しないといけない理由を理解できません。

完全に「無宿泊」になるのであれば、損害が発生するので負担する

ことを理解しようと思うことはあります。

しかし、「無宿泊」ではなく次の予約で消化するのであれば、キャンセル料は

事業者の「無仕事での報酬」ではないか、と疑問に感じます。

キャンセル後の予約があり、消化する場合に、キャンセル料があるので

「残金のみ負担」するのであれば、構いません。

 

二重取り、搾取になるのであれば、しかも「税」負担であれば、恩恵と

無縁の人たちに適切な説明か、同額の給付や減税をすべきと思います。

どこが公平な考え方なのか、政府は問われると思います。

曖昧な対応であれば、来年の強制選挙で結果は悲惨なことに

なると感じます。野党は政権交代のカードになるかと思います。

 

年末が近づくと、毎年のように飲酒運転の問題がニュースに

なります。

今日も賃貸物件の借主から、扶養する子が通う中学校の教師が

飲酒運転で逮捕され、保護者に緊急の説明会があったことが話題に

なりました。テレビでも報じられていました。

教師としては論外です。

反面教師、という最後の教えにはなるかもしれません。

ニュースの続きに別の人が逮捕されたことも報じられていました。

教師の逮捕が優先されていたので、サラッと流されていました。

ところが、このサラッと流された逮捕者の氏名と年齢が気になりました。

比較的、近いときに聞き覚えがある氏名だったからです。

職業等は「自称、自営業、34歳」とされていました。

ですが同姓同名と分かりました。

ありふれた氏名なので、同姓同名の人はいるとは思いました。

そこに年齢が重なりました。

同年齢でこの地域となると、そこまで重なる可能性は無いのでは?と

思いました。

受け取っていた名刺があったので電話をしてみました。

もし、逮捕されたのが別人であれば、本人が出るはず、だからです。

しかし、本人の名刺の電話番号が誤植されていました。

仕方がないので、同席されていた店長さんに電話をしました。

すると、逮捕されていたことが確認できました。

なぜ飲酒運転をしたのか、理由は分かりません。

この後のことを考えると、非常に面倒と思います。

会社員でも飲酒運転で逮捕となると、ほぼ間違いなく解雇事由です。

公務員であれば免職されることが多いです。

今回は会社の代表者です。

宅建業の免許と宅建士が関係しています。

逮捕の時点で「前歴」です。

その後の内容によっては、有罪=前科、となります。

この前科となると、宅建業では非常に厄介なことが発生します。

大多数の宅建業者は青ざめるでしょう。

良いことは何もありません。

おまけに時間が限られます。

ほとんどが2週間以内しかありません。

自分であれば、どう対処するか、何から解決するか、悩みます。

本人は留置場です。

基本的に外部との連絡はできません。

時間は過ぎます。

宅建業の免許、当然のようにそのままでは業務停止等の可能性がでてきます。

行政処分は重大です。

業務停止、何もできません。

電話応対もできません。

 

賃貸物件で管理をしていれば、貸主、借主ともに連絡できません。

賃料等の送金、入金確認、賃貸管理の基礎ができません。

おまけに年末年始です。さらにコロナです。

関係者の資金に大きな影響が出ることが予想されます。

代表者がいない、最悪の事態の一つです。

会社によっては代表者、代表取締役を2名の場合や、緊急時の代理者等を

明確に決めている場合もあります。

そうではない場合、右往左往することがあります。

経営者と従業者の違いです。

従業者だけになった場合、経営者の仕事を基本的に知りません。

何をしたらよいのか、全くわからない、というケースもあります。

時間が限られている場合、余計に対応が重要になります。

依頼者も信用問題になります。

依頼して良いのかどうか、という基本から考え直すことになります。

 

飲酒から始まる不幸と思います。

禁酒法を作ること、極端な考えであっても、飲酒運転撲滅には

酒を造らせないこと、が最後の手段です。

加害者保護ではなく、被害者救済が重視されるべきです。

そのため、人間的には良くても、行いの事実から擁護することはできません。

これも、先の教師と同じく、反面教師として考えることにします。

 

酒と人について、多くの人が考えることが重要ではないか、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電子版の書籍は、あらためて感心します。

非常に便利だからです。

タブレットを今頃になって活用できるようになってきました。

電子機器の性能がどれほど高くても、使う人の能力がないと

ムダです。ようやく性能を少し発揮させることができるようになりました。

 

さて、朝は読書に適していると思います。

少なくとも1冊、は読めます。

音声化しない読書であれば、数分で完了します。

特に気になった部分については、速度を落とし解読するように

読むようにしています。

読み方については、音声化しようが、しまいが変わりません。

時間をかけて読んだ、と思う個人的な満足感など不要です。

本から使える何かを得たかどうか、と考えています。

 

これが物理的な大きさの本の場合、めくること、厚み、重量で

疲れが大きくなります。さらに古い本や著者が恐ろしく天才の場合、

用いる語彙が複雑なうえ、文字を読むこともままならないことが多々あります。

たとえば、日本屈指の宰相、安岡正篤氏の凄まじい数の著書の場合です。

多くは講和ですが、他にも論文や研究書のような著書も多数あります。

個人的に国語については、ある程度の自信はありました。

しかし、門前払いされます。

字が読めない、という次元から始まります。

読めても、意味を理解するのに激しく苦労します。

今まで数十冊を保有していましたが、ごく一部を除き処分しました。

理由は、毎日読むことは無いこと、少なくとも各々数回以上は読んだ、

目にしたこと、からです。

 

ですが、たまに読み返したい時があります。

その時は中古で買えばいい、と考えていました。

それが電子版で読めることが分かりました。

とても感謝しています。

出版社は地獄のような校正と、可能な限りルビをつけてくれるなど

改良してくれています。

しかも現代語に変えてくれました。

とても読みやすくなりました。

電子版だと拡大も自由です。

 

本なら何でもいい、と考える人もいるかもしれません。

私は違います。

著者の生き方を重視します。

ドラマの表現を利用するなら、「死んでもイヤだね」という類の著者はいます。

たとえば、鑑別所に5回、中等少年院に2回、特別少年院に1回ぶち込まれ、被害者への謝罪も具体的な償いもなく、町会議員になったことを自慢話するだけの本、です。どの本もタイトルだけでは誤解することがあります。しかし、目次と著者の経歴をみると、ほぼ間違いのない解釈は可能です。このような輩の自慢話など、タダでも断ります。

安岡氏の「初版」をまともに読み、正しく解釈できてから、偉そうな本は書け、とつくづく感じます。

 

さて、悪党の自慢話はゴミなので無視します。

重要なのは、本物の良書を読む、ことです。

最近は、さきほどのゴミのような輩でも出版可能です。

腐るほど出版されている中で、本物を見つけないといけません。

こういうときに出版社は重要です。

何でも出版する会社と、厳選した著者しか扱わない会社があります。

そのなかで、さらに電子化までしてくれる会社が助かります。

久しぶりに読むと、やはり受け取り方が違うことに気づきました。

20年前、10年前、現在と読み方が違います。

社会経験とリンクします。

 

著者は基本的に一方的に語り掛けてきます。

話し言葉が中心です。

それを聞くだけ、が通常です。

中にはともに考える場合もあります。

授業のような場合もあります。

先の天才の場合、もし今、存命であれば内閣は何が何でも教えを乞うはずです。

ただし、存命であっても相手にしてもらえない可能性は十分にあると思いますが。

 

天才と言われる人は、日本にも相当数いる、と思います。

何の天才なのか、が変わります。

学業であれば点数化されます。

点数で表せない次元、が天才の姿と思います。

日本人には天才が多数いました。

それが著書として残っていることが、ありがたいと思います。

その天才を厳選して出版している会社は、社会的に重要と思います。

今は電子版で読むことが可能です。

とても感謝しています。

年に何冊、一日に何ページ読む、という決めごとをしている人もいると思います。

いいこと、と思います。

読み方は自由なので、誰に文句を言われることはありません。

個人的に読み方を変えてきたので、数は増えてきました。

費用と置き場の問題が解決できたので、安心して読むことができます。

すると、1冊は数分で読めます。

二度、三度読むこともあります。

できる限り偏らない読み方、を心がけています。

精神面を鍛えたら、ビジネス書で実務を鍛える、などです。

マンガの場合もあります。

4コマ漫画などです。

ただ楽しむだけではなく、よく考えると4コマで、起承転結されている

ことに最近、気づきました。これ以上ないほど少ない文字で、起承転結させる

著者、という視点で考えたことはありませんでした。

多種多様な著書から、学ぶことができます。

ただし、悪党の文字の羅列は、「死んでも読みません」。

 

費用の心配がない、これは重要です。

本の置き場を考えなくていい、これも重要です。

本は並べることに意味は無いから、です。

特に「上に重ねる」ことはしません。

むしろ、馬鹿だと感じます。

読まないことを公言していることと同じ、だからです。

常に参考にする場合、置くことは当然です。

並べ方にも理由がある、ことが普通です。

これは研究者レベルが多いです。

一般的には、書棚の飾りと化しているケースがあると思います。

私自身、そう感じたので処分しました。

代わりに電子化された書籍をダウンロードしています。

どれだけ読んでも、傷みません。

常に清潔で新鮮な状態で読むことができます。

余計な線や書き込みもありません。

 

教育現場では、物理的な書籍は廃止すべきと思います。

持ち運ぶことにプラス面の効果はありません。

タブレット1台で良いはず、です。

しかも通学することも不要になってきます。

優秀な教員が対面授業をオンラインで行うことができます。

録画でも十分です。

一から十まで、再生速度を変えずに聞く必要はありません。

予習も好きなだけできます。

不勉強、悪党を基準にしたカリキュラムは、不公平です。

努力を惜しまない、本当に学びたい人を最優先にすべきです。

教育「業者」としかいえない教員は多数います。

教育者の範となるのは、日本では「森 信三」氏、海外では「ペスタロッチー」氏と

思います。修身教授録のような著書すら未読の教員は、教育現場に出るべきではない、強く思います。また、安岡正篤氏の著書すら未読の教員は、人として恥じ入るべきと思います。

何をもって偉そうに教員といえるのか、疑問に思うからです。

現代は、著書をはじめ色々な知識や情報は入手しやすくなりました。

単なる知識ではなく、見識、胆識と高めていく、深めていくことが重要と思います。

これは著者から学ぶしかない、と思います。

その重要な要素となる読書を、朝、徹底しようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電子書籍のおかげで、物理的な本が増えずに感謝しています。

電子化は非常に良いと感じます。

好きなだけ、読めます。

会員等になっておけば、定額です。

まともに本を購入していれば、費用と本の置き場に悩むことに

なります。

今は、部屋に置いていた本は徹底的に売却・処分しました。

おかがで全くと言っていいほど、本の無い家、になりました。

本が占有していたスペースが、空きました。

おかげで他の備品の置き場になりました。

本の重量分、軽量化もできました。

電子化のおかげです。

あきれるほどの分量でもデータ化されていると、困りません。

読みたいときに、読めます。

電子書籍のおかげで、今まで書店では気づかなかった本に出くわす

ことがあります。分野ごとに色々ありますが、今回は社会・経済分野の

本を読みました。

いくら読んでも費用が変わらないことは、本代に悩んでいる人には

相当に嬉しいことです。

さて、本の内容は外資系金融機関、投資専門の会社についてでした。

読み終わってから、発行時期を知りました。

2012年でした。

リーマンショックから数年後の本です。

ですが読むほどに、頭に来ました。

著者ではなく、当時の外資系金融機関に対してです。

実態の一部とはいえ、知ると腹立たしいです。

そして現在、国内の株価は高値です。

しかし、実態経済は好景気とは思えません。

むしろ不況です。

平成から令和に続く、負の流れです。

それなのに株価だけは高値です。

なぜか。

高値で大量に購入しているから、です。

誰が?

株主です。それも恐ろしいレベルの資金を持つ大株主です。

日銀です。

だから株価が下がりません。

国策で株価を維持させているだけ、と感じます。

そうすると、いつか、どこかで破綻するときが考えられます。

株式市場の関係者は、先の本のように天から地へ叩き落される

ことが予想できます。

反対に、株価が暴落しても実体経済は安定していると思います。

虚業が崩壊するだけ、です。

実業が重視されるはずです。

株価が暴落、崩壊すれば大きなニュースになるでしょう。

ニュースでは大騒ぎしているのに、一般人は大して影響がない、と

感じることが考えられます。

約90年前の大恐慌とは、異なります。

今回はコロナ恐慌です。

通常、災害等が発生した時、富裕層は安全地域に避難します。

金の力です。

しかし、今回は簡単には避難できません。

地球上に安全な場所が見当たらないから、です。

避難しても、延々とその場所で生活することは、耐えられないでしょう。

すると、避難ではなく、籠城するという選択になる可能性があります。

これも一定期間は可能ですが、いつまでも続くものではありません。

コロナは富裕層であっても、移動させないという効果を発揮します。

そこに真の災害が発生した場合、どう対処するのか、です。

いままで良かった人たちは、過去の遺物になる恐れがあります。

これは世界恐慌や日本での成金が例です。

また、繰り返すように思います。

成金は聞こえも良くありませんが、下剋上であれば少し異なります。

色々な仕組みが変革される時期にあるように思います。