メディアでは休業要請と補償について「同じことの繰り返し」がされています。

休業と補償、その補償費用はどうするのか、だけです。

税金の支出しかないのか?と甚だ疑問に思います。

 

報道で伝えられる内容では、「同じ意見の者」だけを揃えているように感じます。

飲食店の経営者が、多店舗の場合は?や、仲卸業者の意見などです。

 

共通しているのが、「経営者なのに自己防衛ができていないこと」です。

本物の経営者であれば、備えていて「普通」です。

経営に波が生じても、動じなくてよいための策です。

昨日今日できたわけではありません。

以前からあります。

 

保険です。

 

事業用の、事業者のための保険です。

各保険会社も商品を大きく改良しています。

コロナのような特定感染症による損害を補填する商品などです。

 

喚き散らすだけの経営者「もどき」は、退場してほしいと思います。

いちいち狼狽えるな、良いときは何も言わず、都合が悪くなると喚く。

非常に情けない姿と思います。

 

求めることはしない、それでも政府として何らかの助力がしたい、と考えるのであれば、この事業用の保険料の一部補助、でよいのではないかと思います。

当然、保険金の請求が来ます。

保険会社の資力が影響します。

ここで、政府が保険会社の負担する保険金を補填すればいい、と思います。

ばら撒くしか能がない、この場合、政治家を直ちに辞めるべきです。

末代まで恥をさらすべきではない、と思います。

 

保険の活用をすること、が必要な人に資金を届ける上で最重要です。

給付、とするから詐欺が横行します。

保険の場合、加入の時点で審査があります。

不正な加入はできません。

保険金の支払いも同じです。

付け焼刃の給付制度とは、次元が異なります。

政府は専門とする人や企業の力を活用すべきです。

素人集団が行うべきではない、です。

税の無駄です。

 

さて、先ほどの事業用の保険についてです。

マトモな経営者であれば、加入しているか、検討するかは行うはずです。

「知らない、習っていない」は経営者には通用しません。

今から加入でも可能なように、加入の敷居を下げることを応援するのが、政府の役割と思います。また、保険料負担が大きいと感じる場合、税の控除で対応するか、保険料を補助しても良い、等の緊急法整備をすべきと思います。

 

無いからくれ、というのは強盗レベルです。

知恵が無い、これは経営者失格です。

そこに働く従業者等が非常に迷惑します。

コロナは、経営者も選別しているように感じます。

 

給付すればいい、ではないと思います。

国民皆保険です。

であれば、その保険の仕組みから、必要とする資金を還元すればいい、と思います。

いちいち「給付してやった」のような姿勢は不要です。

マイナンバーを普及する機会にもなります。

会社員であれば天引きされている費用を「徴収されなければいい」と思います。

 

事業が停止させられた企業の場合、まず経営者が事業者として当然、加入している保険から保険金を請求し、従業員に支払えばいい、だけです。そのための保険です。対策を講じていても耐えられない部分を、国や地方が助けるというのが正しい姿と思います。東京都のように1兆円の基金を一気にばら撒いたのは、愚か者の典型と思います。一度ばら撒いた以上、当然のように次も求められるでしょう。ここで拒否した場合、使った1兆円はムダになります。恨まれるだけ、です。選挙に当選するために利用しただけ、と受け取ることもできます。

 

テレビ番組のコメンテーターは、基本的に役に立ちません。

好き勝手批判するだけ、です。

自ら生み出すことはできません。

単なる貶し屋ともいえます。

報じないといけないのは、「事実のみ」です。

個人的な「狭小な意見」は求めていません。

 

事実を速く正確に報じるだけ、で良いのです。

その事実から、対策を講じるのは各人です。

 

緊急事態宣言=「ただの飲み会止めてね」では無意味です。

ですが、これが現在の日本政府の姿です。

少なくとも幕末の志士や維新の功労者とは異なります。

平和ボケが招いた人災と感じます。

維新の時のように、大きく体制や仕組みを変更する必要があるように思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳密にはまだ年は変わっていません。2月上旬から始まります。今までは子の七赤、次は丑の6白。子の七赤では、9紫が暗剣殺を受けていたので、9紫に関係する業種に色々とマイナスの面が浮き出ていました。学者や芸能界が中心です。色々と取り出されていました。次は、七赤が暗剣殺を受けます。七赤の内容は、飲食が中心です。すでに飲食業界に暗雲が漂っています。コロナにより、大打撃を受けることが容易に想像できます。

 

緊急事態を宣言するだけ、では意味がありません。

封じ込めること、除去することが重要です。

半端な政策が原因と思います。GOTO・・・を「しないこと」が最善策だったと思います。

二兎を追うから、何も得られなかった。何の教訓も生かされていないように見えます。

 

命か金か、という選択でした。両方を求めたため、ともに失うことになっています。

命を優先した方策を行うべきだったと思います。

現時点では、本格的な悪化に向かうと感じます。

さらに、ウィルスの変異速度が増し、対策不能になることが予測されます。

 

財源の問題が出ています。

当たり前ですが、支出を減らす必要があります。公共事業の中で、必須の事業以外は中止すべきです。人件費も強引に削るべきです。

さらには、五輪費用を廃止し、給付費用に充当すべきと思います。

借金総額は軽く1,000兆円を超えています。

誰が考えても、収入の20倍以上の負債を返済できるとは考えないと思います。しかも毎年、負債が増えている状況です。さらに借金が増加します。

 

それでも政府が平気なのはなぜなのか。

理由は単純だと思います。

「踏み倒せばいい」と考えているから、かと思います。

本来の意味とは異なりますが、デノミの実施です。

数年後に新札に切り替わります。

理由もなく新札になるはずがありません。

新札に変わるのではなく、新円に変わる、が正しいのではないか、と思います。

 

1,000兆円の借金を、踏み倒す。1,000兆円分の資金をどこかから充当しないといけません。

預金封鎖、でしょう。

国民の資産から1,000兆円分を強制的に回収すればいい、という信じがたい考えがあるように思います。これが1946年に実施されました。

そのときの大蔵大臣が今回の1万円札です。

再登場です。

偉人です。

だからといって、踏み倒しの専属にしていいわけではない、と思います。

 

かといって海外に資産を移転しようとしても、その海外もコロナ等でガタガタです。

平成は終わりましたが、この文字だけを考えた時、平らに成る、と読めました。

令和で陰に隠れたように感じましたが、やはり強制的に資産と負債を消去しようと

しているように思えます。

 

現時点では、緊急事態ではなく、非常事態です。

五輪のことなど、考える余地がないはず、です。

そこに費用を使うのであれば、減収分を補填する方向に使うべきと思います。

 

あまり好ましい未来は見えません。

しかし、自棄になってはいけない、と思います。

今まで良かった人たちは、有り得ないほど変化することも予想できます。

下剋上に似た現象が考えられます。

大きな変化が訪れると思います。

そのためにも、できることから策を講じることが大切と思います。

 

 

 

 

 

 

 

69.幸せをもたらすには

せっかちで落ち着きのないのは燃えさかる炎のようなもの、周りの者を焼き尽くしてしまう。温情の無いのは冷たい氷のようなもの、皆の心を冷えびえとさせる。頑固で融通のきかないのは溜水や朽木のようなもの、生き生きとした活力を失っている。

こんな人たちはみな、成功も幸せもかちとることができない。 

 

70.幸福を呼び込む

幸福は求めようとしても求められるものではない。常に喜びの気持ちをもって暮らすこと、これが幸福を呼びこむ道である。

不幸は避けようとしても避けられるものではない。常に人の心を傷つけないように心がけること、これが不幸を避ける方法である。

 

二回目の緊急事態宣言が発出されるのは確実です。地域を限定せずに、行うべきと思います。境界を定めると、必ず争いが起こるから、です。これは菜根譚にも多数、教えがあります。大きな時代の流れが変わるようです。視点は色々とあります。その中の一つの見方では、土から風、のような表現がされています。考え方が大きく変わる可能性があります。その変革の要素の一つとして、コロナが生じたようにも受け取ることができます。

 

五輪は開催すべきではない、中止すべきです。昨年の同時期には、豪華客船の中だけの出来事でした。これが、今は万人単位になっています。それも日本国内だけでも万人単位です。

欧州、地域にもよりますが、5万人/日、という増加速度です。昨年とは桁が違います。このまま五輪を強行開催すると、ほぼ確実に感染列島となるでしょう。しかもワクチンは我先にと接種する人と、接種しない人に分かれます。すでに金の力で接種した人たちが報道されています。前回の新型インフルと似ています。ただし、有効性が正しく証明されていないのが現状です。接種しないほうが良かった、という結果も考えられます。

 

コロナだけが報じられています。個人的には、コロナは変異を続け、医薬品では対応できないレベルに変化するように思います。そうなると、個々人の免疫が重要になります。または、天の意思と受け取るべきかと思います。必要かどうか、天の意思で生き残る者、そうではない者と選別されるのかもしれません。

 

天の意思であれば、慌てる必要はない、とも考えることができます。無為無策で良い、わけではありません。講じることができる手は打つべきです。その後は、天の判断でいいのではないか、という考えです。

 

通常とは異なる風景もあります。毎年、各テレビ局が初日の出を放送します。富士山上空から撮影されます。今年は大きく異なる点がありました。初日の出は快晴の地域もあり、かなり良かったと思います。大きく異なるのは、富士山頂付近です。冬の富士山の姿ではありません。

炭鉱地域の人から見ると、近所のボタ山のような姿に見えます。「雪が無い」ことです。富士山頂、皆南無、と観光で訪れた時にタクシーの運転手さんが言われました。皆、南無。3776。覚えやすいこと、その通りであること、感心しました。3776mで雪が無い、異常に少ないです。

これが大きな異変を象徴しているように思います。

近隣の大きな河川も水量が相当に不足しています。通常ではない、状況です。

コロナ、噴火、地震、洪水、巨大台風など、自然災害は減る傾向がみえません。

特にウィルス災害は見えないことが厄介です。

色でも付いていれば対応しやすくなりますが、無色で無臭です。

人間の五感では対応できません。

 

予言等は信ぴょう性が問題となり、活用できるかどうかは個人の判断になります。

多数の予言「らしきもの」はあります。

全て偽物、と言っても良いレベルです。

しかし、稀に本物がいる場合があります。

生きている人の場合、すでに死者の場合の両方です。

死者の中には有名な人がいますが、日本にもいました。

その人の著書、正しくは自動筆記です。本人の意思とは関係なく、記録された内容があります。その一部分が、今の状況を示唆しているようにも受け取ることができます。

昨年、子の年を境に人間の選別、ふるいが始まる、というような内容です。

コロナのことを示しているのか、新たな脅威のことかは不明です。ですが、似ています。参考にし、対策を講じることに役立つと思います。

 

生きている人の場合、直近の状況を伝えている人もいます。真偽は不明ですが、要素として考えることは大切と思います。

新年は1月1日とされていますが、これは新暦です。やはり旧暦を重視すべきと思います。旧暦であれば、今日(1月4日)は、まだ11月21日です。旧暦であれば、2月12日が新年となります。昨年、中国の人民大移動は、この旧暦の正月から始まりました。一気にコロナは拡散し、変異し、世界的な脅威となりました。地域の封鎖レベルでは対応できないと思います。

鎖国、関所のような厳しい対応が必要になると思います。対策が遅れるほど、死者数が増加し続けると思います。

 

 

 

 

58.失意は得意のなかに

苦労しているさなかにこそ、喜びがある。ときめいていると、途端に失意の悲しみが訪れる。


51.忘れて良いこと、悪いこと

人に施した恩恵は忘れてしまったほうがよい。だが、人にかけた迷惑は忘れてはならない。
人から受けた恩義は忘れてはならない。だが、人から受けた怨みは忘れてしまったほうがよい。

47.善人と悪人との違い

善人は、何事につけ穏やかな態度をとるばかりでなく、寝ているときでも和気に満ちて親しみやすい。

悪人は、やることなすこと狂暴なばかりでなく、寝ているときでもその中にすごみをきかせている。

 

48.人の目の届かない所でも

肝臓が冒されれば目が見えなくなり、腎臓が冒されれば耳が聞こえなくなる。このように、病気というのは人の目の届かない箇所に発症して、やがてその症状が表に現れてくるものだ。

君子も人前で恥をさらしたくないと思ったら、人の目の届かない所で過ちを犯さないように心がけなければならない。

 

50.時代によって

秩序が確立している時代なら、あくまでも正義を貫いて生きよ。秩序が混乱している時代なら、柔軟な処世を心がけよ。秩序が失われた末世においては、正義を貫きながらしかも柔軟な処世を心がけよ。

対人関係でも、善人に対しては寛容、悪人に対しては厳しい態度で臨み、普通の人に対しては寛容と厳しさの両面を使い分けなければならない。

44.一つの目標に集中する

学問に志す者は、たえず精神を集中し、一つの目標に向かって歩み続けなければならない。

人格の向上を心掛けながら、その一方で、功績や名誉に心を惹かれたのでは、成果が上がらない。また、せっかく勉強しても、道楽や風流に興味を示していては学んだことが身につかない。

 

45.至る所に楽しみ

人は誰でも大慈大悲の仏心を持っている。維摩居士のような立派な人物であろうと、人の嫌がる職業に従事している人間であろうと、その点では変わりない。

この地上には、至る所に人生の楽しみがある。立派な邸宅に住もうが、粗末なあばら家に住もうが、その点では全くかわらない。

ただ、欲望や感情に心をくらまされて、すぐ近くにあるものも見えなくなってしまうのだ。

38.自分の心に勝つ

まず、自分の心に打ち勝とう。そうすれば、あらゆる煩悩を退散させることができる。

まず、自分の気持ちを平静にしよう。そうすれば、あらゆる誘惑から身を守ることができる。

 

40.道理は一歩も譲るな

労せずして欲望がかなえられるからといって、うっかり手をだしてはならない、一度手を出せば、どんどん深みにはまりこむ。

道理が貫けないからといって、少しでも後に退いてはならない、一度退けば、どこまでも後退を余儀なくされる。

 

41.極端は避ける

自分にも他人にも細やかな配慮を働かせ、何事にも行き届いている人物がいる。そうかと思えば、一方には自分も他人もいたわらず、何事にもあっさりした態度をとる人物もいる。

行き届き過ぎてもいけないし、あっさりしすぎてもいけない、君子はそのような生活態度を貫くべきだ。

 

42.天地をも動かす

相手が財産を振りかざしてくれば、こちらは「仁」で対抗する。相手が地位を振りかざしてくれば、こちらは「義」で対抗する。君子は、たとえ相手が上級者でも、意のままには動かないものだ。強い意志と固い覚悟をもって当たれば、天地でも動かすことができる。これなら、神様でも邪魔立てできない。

30.引き際

事業が行き詰って進退きわまったときには、初心に立ち返って失敗の原因を考えてみるがよい。事業が成功してすでに頂上を極めた時には、その先どうなるかをよく考えなければならない。

 

31.富貴、聡明な人物は

富貴な人物は、人に対して鷹揚であるべきなのに、かえって刻薄である。これでは富貴でありながら、やっていることは貧賤な人間と変わりがない。どうして幸せを保つことができようか。

聡明な人物は、才能を包み隠しているべきなのに、かえってそれをひけらかす。これでは聡明といいながら、愚かな人間と少しも変わりがない。どうして失敗を免れることができようか。

 

32.立場を変えて見れば

低い地位にいれば、高い地位についている者の危なっかしさがよくわかる。暗がりにいれば、明るみにいる人間のしていることが透けて見える。

じっと静かにしていれば、動き回っている人間の空しさが分かってくる。沈黙を守っていれば、多弁な人物の騒がしさが見えてくる。

 

37.華美を排して

利口ぶらずに朴訥な生き方を心がけ、少しは充実した人生を送りたい。

華美を排して質素な生活を心がけ、この大地にしっかりと清名を留めたい。

今日からは全てを記載するのではなく、抜粋していこうと思います。

 

25.から元気と迷いの心

高慢や不遜は、すべてから元気のなせるわざだ。これを克服したとき、はじめてその人本来の姿が現われてくる。

欲望や打算は、すべて迷いの心から生まれてくる。これを克服したとき、初めてその人本来の心が現われてくるのだ。

 

28.大過なく過ごす

この人生においては、無理に功名を求める必要はない。大過なく過ごせること、それが何よりの功名なのである。

人と交わるときには、与えた恩恵に見返りを期待してはいけない。人の恨みを買わないこと、それが何よりの見返りなのだ。

 

29.淡泊すぎるのも考えもの

仕事に苦心するのは美徳である。だが、苦心も度が過ぎると、喜びが失われて苦役と化してしまう。

淡泊な態度もまた美徳には違いない。だが、淡泊も度が過ぎると、社会有用の働きができなくなる。