つれづれフォト・日記 -16ページ目

映画「悪人」を見ました!

妻夫木聡さん主演の映画「悪人」を観ました。

共演の深津絵里さんがモントリオール映画祭の

最優秀女優賞を受賞された話題作。


幼い時に母に捨てられた人間不信がもとで衝動的に

女性を殺してしまう祐一(妻夫木)と、心のふれあいを求め


共に逃避行する光代(深津)。

疎外された社会の中で「悪人」とは何かと問いかけています。

21日、参議院法務委員長として栃木県にある

黒羽(くろはね)刑務所を訪問させていただきました。

近年、高齢者や障がいのある受刑者が増えています。

といってもこれらの人たちが犯罪を起こす性癖が


高いわけではありません。満期出所後、働けないため

更生保護施設への受け入れを断られ続け、


「前科」ゆえ福祉施設にも入れず、親・親戚からも拒絶。

頼るべき身よりもなく、無銭飲食や窃盗を繰り返してしまうという現状。

年金や住宅政策がしっかりしている欧州では刑務所に

齢者や障がい者がほとんど居ないと聞きました。

福祉政策の狭間に心が痛みます。

映画「悪人」のラストシーン。逮捕される直前、

灯台から夕日を眺める祐一と光代。初めて見せる心やすらかな表情。


だれでもがこのような表情で暮らせる社会、

浜田まさよし、一歩づつ進めます。


ハマダレポート Vol.24 2010.09.27

▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!
http://www.hamada-m.com/

多摩自然歩道を歩く!

昨日は、いい天気で仕事の帰り、多摩自然歩道を歩いてきた。

職場から40分ほどで、小田急よみうりランド駅に着いた。

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駅前の道を横断し、細い路地を入っていくと

ログハウス風のカフェがあり、

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その先10mほどのところから左に入り自然歩道に入る。

よみうりランドへの道であるが、雑木林があり、

里山の風情が残る山道である。

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「神奈川のハイキングコースベスト50」神奈川新聞社刊の

文庫の案内にしたがって歩くが、迷ってしまう。

表示板は出ているのだが、どうも分かりにくい。

犬を散歩させているおばさんに聞くと、

目的地の小沢城址が、よみうりランドの先、

巨人軍のグランドの先にあるという。

ある程度の道順を聞き、よみうりランドの駐車場を抜けて、

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正面入り口を抜け、巨人軍グランドへ。

そのグランドの通用門のようなところから、

中には入らず、左の山道に入ると、

15分程度で、小沢城址へ着いた。

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何もないところだが、歌のうまい老人が、

朗々と美声を張り上げて、藤山一郎を歌っていた。

老人施設へ慰問に行くための練習だという。

土地の人のようで、小沢城址のことを、詳しく語ってくれる。

頼朝の重臣、小沢小太郎の居城だったとか。

北條政子の妹を娶っていたらしい。また、時代は下って、

足利尊氏と戦った新田義貞の居城となったこともあるとか。

何も残っていないのが残念である。

詳しく調べれば分かっていることもあろうが。

帰りは、近くの神社で名水が涌いているとの看板に引かれて、

そちらへ行くが、地域の人がペットボトル2,30本を持って

並んでいるので、待てず京王よみうりランド駅へ向かう。

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歴史観

一雨降る度に、秋色が深まっていくようです。 


猛暑から一転、晩秋へとなりそうな涼しさですね。

皆様、お体には、留意してくださいね。


猛暑日も 雨降る度に 急降下 冨士に冠雪 肌に秋色


最近「昭和史」を読んでいます。半藤一利さんの力作です。

歴史は40年を一区切りとして変わっていくという書き出しに

惹かれて、文庫本を購入。上巻を読み終えて、

下巻に少し入ったところです。


なぜ40年に惹かれたか?私もそのような考えを持っていたからです。

明治維新から40年で日露戦争勝利、ここで一区切り、

舞台は変わって下り坂の日本


「坂に上の雲」を目指して生きてきた日本人は、

坂を上がってしまって、下り坂になってしまいました。


そして、約40年、太平洋戦争の終結で、

日本は谷底まで降りてしまいました。


何の因果か、冷戦時代の始まりとしての原爆の洗礼を受け、

それゆえに始まった朝鮮戦争を経済復興のつばさとして、

また、「陽のあたる坂道」を上り始めました。


そして約40年、日本はアメリカに次ぐ経済大国に

成長したかと思いきや、バブルがはじけて下降し始めました。

1990年の頃です。それから、約20年、


現在「失われた20年」といわれていますが、

40年周期説からすると、まだ、下降の中間点を過ぎた辺り、

まだまだ下降線は続きそうですね。


政治的には韓国、中国に押され、経済的には、

東南アジアに貿易の主導権を奪われつつあります。

アジアの優等生だった日本も、「老人大国」となりつつあり、

新しい特色を出していかない限り、今までの延長線上では、

敗色濃厚。


東南アジアの森を破壊してきた日本が、今度は中国などの

資本で東北や北海道の森林がどんどん買われている

事態となっている。


因果応報というべきか。早く手を打たないと、

世界に誇るべき日本の森が、アジアの資本によって

買い占められ、自由に伐採されて、破壊されることにもなりかねない。


私は思うのです。明治維新は「廃藩置県」でしたが、

今日、中央集権の弊害で、政治や司法の中枢部が

腐りきってしまった。平成の政治改革は「廃県置藩」を

やらなくてはなりません。


うなれば、大胆に、「地方分権」でなく、

「地方主権」でいくべきであり、地方といってもあまり小さくては

心配なので、「道州制」でいきたいと思うのです。


九州、四国、西日本、東日本、北海道の5州が独立、

連邦制の日本ができるのです。日本はもう一度、

地域の力、地方の力を引き出し、地域に根ざし、

風土に根ざした産業を興していくべきなのです。


すみません。誇大妄想的になってしまいました。

でも、元気な知事さんたちの孤軍奮闘を見ていると、

「いや妄想ではない」とも思うのです。


司馬遼太郎さんと鶴見俊輔さんの対談

「司馬遼太郎対話選集6P73」(文春文庫)で、

鶴見さんは自らの戦争中の決意を「自分が殺しそうになったら、自分を殺す、自殺する権利があるんだ」と思い定め、「いつも薬を胸に忍ばせていた」と話されながら、


世界の飢えに対して我々に責任があると考えると、「殺しそうになったら自分を殺すという考え方を幾らか緩めてでも、自分に適用したいという気がします」と話されます。


どういうことか。「今、自分が楽をしている分に歯止めをかける」ということ、難しいことだけど、「なんらかの方法で歯止めをかけなければいけない」といわれているのです。


この文を読んで、私は襟を正しました。

極限状況の中で、信念を曲げないで生き抜かれた

思想家の魂に触れた感じでした。


この文章は、1979年、7月号諸君に掲載されたものです。

まさに日本が、2番目の上り坂をかなり頂上付近まで

来たところのものです。


慢心しつつある自分に、日本はまたも気づかずに

バブル崩壊を迎えてしまいました。


長くなってしまうので、今日はこの辺で、お開きにします。

付き合っていただいた方は、本当に有難うございました。

福岡の街を歩く

青春の多感な時期に学びし福岡大学へ。

しかし昔の面影は何もない。さびしいが、それが人生。


総合大学として発展してきたことはうれしいが、

大学構内に、緑が少ないのが気になる。


教養教育は大丈夫であろうか?

専門学校化していないだろうか?

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若き日に 一時学びし 福大の 校舎に立ちて 過ぎにし思う


天神までの途中駅、薬院大通りで降りてバスに乗り、

植物園のある南公園を目指す。


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南公園の樹齢100年ほどの大樹に頭を垂れる。

命の大先輩かな。


次は地下鉄にて大濠公園へ向かう。

天神で乗り換えたが、地下街の乗換えが大変である。

福大方面の地下鉄と、西新方面の地下鉄は地下街の端と端。


でも、一日乗車券さえあれば、600円でどこでも乗り降り自由。

これは良かった。


大濠公園は、私の青春時代の憧れの地。

福岡に来ると必ず立ち寄るパワースポットだ。

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この水路は、新しい造形。2年前にはなかった。

最近できたらしい。夕立がぱらぱらときたので、

最近できたスターバックスでアイスコーヒーを飲む。


大濠の 水辺に立てる バックスに  夕立避けて しばしくつろぐ


私が大学時代に暮らした辺り。

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この建物は、40年前の面影は全く残っていないが、

私がよく通ったところ。特に予備校、大学時代は、

月1回ぐらいは訪ねていたかもしれない。


建物の手前は、道路になっているが、ここには、

元寇の防塁跡があって、すぐ海になっていた。

海を眺めながら、700年の昔を思い、

自分の将来を夢見ていた。


今は、この道を出てすぐに大きな道路が走り、

それを横断すると、前面に福岡市立博物館や図書館が、

その堂々たる威容を見せている。


しばらく右のほうへ歩けば、ヤフードームだ。

遠浅の海に、福岡の新名所となる大市街地が出現している。

記念にモニュメントを写してみた。

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自分の下宿後辺りを歩いたが、古い木造の建物は、

僅かで昔の面影は消えている。40年の歳月を悲しむ。


古きよき時代の心は、今、形を変えて、

どこかにその姿を、刻んでいるだろうか?


この後は、天神に戻り、甥との午後4時の再会となった。

お腹がすいたので、新天町の長浜ラーメン屋さんで、


みどりちゃんを食す。名前の如く、野菜てんこ盛りの

ラーメン。がんばって食べきる。


その後は甥とぶらぶらしば新天町を歩く。

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九州新幹線の新しい駅ビルがかなり出来上がってきた。


福岡は不思議なエネルギーを秘めて常に新しい姿を示していく。


さびしくもあり、頼もしくもあり。

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阪急デパートが進出している。


この後は、義理の兄夫婦の家でくつろがせてもらった。

夜は、大好きな手巻き寿司をご馳走になる。


余り食べられず、申し訳ない。

夕方、ラーメンを食べたことをひそかに後悔する。


翌朝10時30分、博多を発つ。

700系には帰りもお世話になった。

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鶴太郎記念館から草津白根山へ

草津温泉街の狭い路地の奥まったところに、記念館はある。

駐車場がないので、近くのお土産屋に入って買い物をし、

車をおかせてもらうと良い。私は、お土産を買う予定がないので、

5分程度歩くが、スーパーでおにぎりとお茶を買い、

そこに駐車して記念館へ向かった。

『叩かれても、干されても、味を出す』という言葉が添えられた、

鯵の絵を購入。団塊の世代の人生訓なのだ。

その後、白根山へ向かう。

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ケーブルカーで1000M以上登り、

後は歩いて頂上へ向かう。

高山植物が色とりどりの花を咲かせる。

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この写真の頂を頂上と考えて

上り下りしてきて、写真を撮る。

群馬2泊3日の旅

初日の予定は、富弘美術館から榛名山を回り、長野原温泉へ。

富弘美術館は草木湖の畔に建っている。

花の絵と飾らない言葉で、いのちの大切さが伝わってくる。

作品の一つ一つが、何気ない日常のかけがえのない尊さを

伝えている。

「私にできることは 小さなこと 

でもそれを 感謝してできたら

きっと 大きなことだ」

こんな言葉が、さくらんぼの絵と共に

深い何かを語りかけてくる。

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富弘美術館正面

この後は、榛名湖へ向かう。かなりな距離で、

2時間半ほどかかってロープウエイ乗り場へ到着。

ロープウエイに乗ると数分でほぼ頂上へ。

天気もよく眺めは抜群、周囲の山々、街並みが良く見える。

群馬のよさは、山々の稜線のやわらかさ、優美さである。

やまなみが、これほどまでに心をやわらげてくれるとは。

榛名湖と榛名冨士は絵になる風景。

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ボートの上で、釣り人が糸を垂れる。

この後は、あの工事が中断されている八ツ場ダムのある

長野原温泉へ。今晩の宿は、水車とムササビの見える山木館。

創業は明治前期か?部屋は、江戸時代の建付けが随所に。

囲炉裏のある部屋は、冬に来て味わいたいものだ。

24時間貸切の風呂がめあてで投宿したが、

旅館自体が、私たち夫婦の貸切のようだった。

素泊まりの若者3人は、渋川へ食事に出たとか。

朝も他の客とは顔をあわせることはなかった。

ここもあと1年で終わり、高台へ越すことが決まっているという。

寂しくなるな。突然の中止命令に戸惑い、もう諦めましたと

ため息をつく女将の声が痛々しい。何とか再開できないものか。

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食事は地元の山の幸がふんだんに使われ、心もお腹も十分満足できる

ものだった。

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周囲の様子は、次の朝のデジカメで報告します。

大和心ー大いなる和の心ー

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『和歌の心と情景』という科目。受験票を良く見なかったので、

教室を間違えてしまい、呼び出され、急遽正しい会場へ移動。

落ち着かないスタートとなったが、35分ほどで終わり

早めに退出することができた。


昨日の『日本の思想』と『和歌の心と情景』の2科目

は、それほどに関連性を意識せず、申請したが、

学んでみると、深い関わりを感じた。


日本の思想の源流に近いところに位置するのが和歌

であることが、分かってきた。

和歌こそ、日本の思想の原型ではないか。


特に紀貫之の「古今和歌集」の仮名序の

和歌の効用を説いた部分は、古事記、日本書紀、

万葉集の総括的到達点であり、

次の時代の源氏物語に代表される

国風文化への確かなる出発点となるものであった。


「力をもいれず、天地を動かし、目に見えぬ竜神をも哀れと

思わせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは

歌なり」


この文章の中に込められた思想こそ、

言葉の意義を述べたものであるとともに

深き思想を湛えたものである。


「大和心」という日本人の心の源は

大いなる和の心であり、これこそが

和歌の心であった。


古事記、万葉から古今にいたる

和歌に日本人の精神の原型を

観ることができるのである。


私が、図らずも選んだ『日本の思想』と

『和歌の心と情景』を同時に学べたことは、

私には、天啓的な導きさえ

感じられるものであった。


仏教、儒教、国学と学んできて、第2次世界大戦で

敗れた後、日本人は「精神的支柱」を喪失してしまった。


半藤一利さんの『昭和史』(平凡社)を読みながら、

私たちは「精神的支柱」となりえないものを

支柱としてしまったのかもしれないと思った。


新たなそして真の「精神的支柱」となる

「生きる力となる思想」を生み出していくことを


私たちは、歴史から求められているのでは

ないだろうか?

試験受け、おいしい昼食でお祝い!

放送大学1年生、初めての試験でした。

落ち着いてでき、合格点取れていると

いいです。8割はできたかな?


午前中だったので、明日の試験に備え

ビデオを2本視聴して、センターを

出ました。


食事を探していたところ、

センタの通りから大通りに出て

信号をわたった向こう側の信号脇に


目立たない小さなカフェふうのお店を

発見。ランチタイムのメニューの

ドライカレーセットに注目。


スパイスの効いたカレーに、

豪華な5点セット、満足しました。


コーヒーとサラダとスイカ、葡萄のゼリー、

一口ロールケーキ


マスターやママさんと気軽に

お話もでき良かった。

また寄りたくなるお店です。

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いよいよ明日は試験です!

いよいよ明日は、放送大学の単位認定試験2科目

張り切ってきましょう。

昨日は、試験会場の神奈川学習センターで


視聴をもらした6本分のビデオを見て


さすがに疲れました。


新しいことを学ぶので多少のワクワク感はあるものの


つらいものですね。


帰りは、のんびり弘明寺のかんのん通りを歩いて


帰ってきました。


どこか、巣鴨の刺抜き地蔵通り


に似ていて”懐かしい”商店街でした。

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休日の楽しみ!!

先々週の日曜日だったか?近くの城山パークセンターへ出かけ、


山城、津久井城址へ登ってきた。


山百合が綺麗だった。

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先週の日曜日は、前の職場の仲間と箱根へ


彫刻の森美術館で楽しんできた。足湯は実にくつろぐ。


暑いのに足湯なんてと思っていたが、


なんと、なんと、頭寒足熱で


さわやか、さわやか!!


そのあとは、バイキングで食欲を満喫!!


クロワッサン、実にうまかった。3回のおかわりに


必ず、クロワッサン取りました!!

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