水嶋ヒロの「KAGEROU」
読みましたか。最近、バカ売れの、イケ面俳優、水嶋ヒロの小説ですが。
新人作家として、初版43万部は超異例とか。
意外と面白く、気楽に読めて、1時間ほどで読めてしまいました。
自殺者が3万人いる一方で、生きるために、臓器移植を願う患者も多数いる。
その両者を結びつける新商売を描いた、一種のSFファンタジー。
設定が今日的で、シリアスな展開を期待しますが、実は・・・・。
親父ギャグ満載のお笑い小説でもあるようで・・・・。
主人公のヤスオは、ことあるごとに、ダジャレ連発。
だから、楽しく読めるんですね。
でも、ギャグセンスのある人には、不評の声がありますね。
「まさかマッカーサー」「菓子屋だけにおかしいぞ」
余りに初歩的ですよね。
しかし、重いテーマを、ファンタジーとお笑いでくるみながら、少し考えさせるところが受けたんでしょうね。
にほんブログ村
寿司が回転していない人気の回転寿司!
ランチメニューが、とってもいいとうわさを聞いたので、妻と二人で、行ってきました。
場所と店の名前もうろ覚えの妻の情報が頼りで、早く曲がってしまったり、行き過ぎたりと、ぐるぐる回って、看板で見つけました。
16号沿いなので、旧16号を八王子方面へ、走ってれば、見つかります。スーパー銭湯ロテンガーデンを通り過ぎ、そのまましばらくまっすぐ走れば、右手に見えてきます。
車が多いので、右折は気をつけて入ってください。
惜しくも、写真を撮ってこなかったので、食べログの記事で紹介します。
回転寿司ですが、回転していても、余り寿司は乗っていません。
ランチメニュー、限定のセットメニューがウリだから。
寿司が回転していない人気の回転寿司・・・面白いですね。
ここのウリは回転寿司
の中でも鮮度にこだわったネタとランチ
の充実ぶり
です!
期間限定でしたが好評で無期限延長になったようです!
月~土実施のランチ
はA、B、Cの3つの価格帯があります。
Aランチ
は\1500円で2種類
Bランチ
は\950で3種類
Cランチ
は¥500で6種類
A、Bランチ
はドリンクバー
付きです。
Cランチ
は1コイ
ンで食べれる人気のランチ
です。
天丼
なんかもあるのでお寿司
の気分じゃない人も一緒に行けますね。
ランチ
は1~2年前から始まったんですが、人気があるのかどんどん充実してます。
今後もお客さんのニーズに合わせて変わっていくんでしょう。
通常メニューも充実してます。
80円、120円、160円、200円、250円、300円、350円、480円の8段階。
通常メニュー以外にも本日の特選メニューも多数ありますよ。
特選メニューはお店に通っている人には楽しみのひとつですからね。
汁物
も常に3種類くらい提供しています。
さらに八王子
限定メニューもたくさんあって他の店舗との違いをアピールしてます。
同じ系列の店舗でも他店と差別化を図ることでお店の価値を上げています。
実際にこの店の限定メニュー「あばれあなご 」は有名な回転寿司 評論家も各メディアで紹介しています。
古い画像ですみません。
にほんブログ村
富士を捉えたよ!
昨日は雲が多く、よく見えず残念でしたが、
今日は雲ひとつない快晴、早速ビューポイント
へ出かけてみました。
何とか、捉えました。霊峰富士の頂を。
お待たせしました。

にほんブログ村 ポチンとクリックお願いします。
千葉ロッテ西村監督
昨年、就任1年目にして、チームを大逆転の日本一に導いた監督の、勝負哲学は、チームの和をいかに作り上げるかというリーダー学であり、一人一人の力をいかに引き出すかという、教育学であった。
・スローガンに「和」を掲げた思いは?
以前は、能力はあるのに、心がバラバラでした。もう一度、心を一つにするところから、始める以外ないという思いでした。
・練習中の着帽など身なりから徹底をされたとか?
当たり前のことができるチームにしたかったのです。ただ言い過ぎてもいけない。多くは選手の自主性に任せています。でも、一つ小さい約束事を決めると、選手自ら、やってくるようになりました。
・監督室を開放されたとか?
自分がやろうと思うことを、事前に選手に伝え、意見をもらい、考え方を理解してもらうことを心がけました。手間隙がかかっても、心を一つにするには、コミュニケーションが重要です。
・選手会長のサブロー選手が「ここまで、腹を割って話ができた監督は、初めて」と話していましたが?
とにかく、選手が練習場に入るときから、表情などを見て、状態を知ることに心を砕きます。特に、ミスやスランプで悩む選手の接し方は、難しい。必要だと思ったら、食事に誘って、話し合った選手もいました。
・簡単には、スタメン・打順を変えない点で我慢強い?
我慢ではないんです。選手を信じようという思いなんです。ある意味、調子の悪い選手を変えるのは簡単ですが、そうではなく、関わり見守り続ける。
その中で困難を乗り越えた選手とは、信頼の絆が生まれ、チームの勝利の原動力となってくれます。
・帽子のつばの裏に、「信は力なり」と記されていると聞きました。
高校ラクビーの名将、山口良治総監督の言葉です。"信じる"とは"任せる"ことだと教わりました。結局、一人一人が自ら考えて、チームに尽くせる強さを持たなくては、本物の"和"は作れないと思います。
・選手から、「負けていても、安心感があった」との声が聞かれたようですが。
とにかく、負けを引きずらないことを意識しました。選手がミスしたときも、『切り替え』が重要です。反省することは、もちろん大切ですが、
引きずっていくと、次のことに集中できなくなる。選手が力を出せなくなる要因を取り除いていけるかが勝負です。
球史に残る激闘とも言われた日本シリーズの勝因は?
シリーズ直前に、孔子の『論語』の「知者は惑わず。仁者は憂えず。勇者は懼れず」を心に刻みました。
それまで、頑張ってくれた選手一人一人を、最後まで信じぬくこと、指揮官である私が"ぶれない"ことを肝に銘じました。支えていただいた、スタッフやファンの皆様に、ただただ、感謝の思いでいっぱいです。
参考:聖教元旦号20面
にほんブログ村 ポチンとクリックお願いします。
城山からスカイツリーがみえた!
昨日は、午前中、城山へ登った。頂上までは行かず、鷹射場の方へ行く。
天気のいい日は、こちらの方が見晴らしがよく、横浜から、東京方面まで
140度の広角の眺望が楽しめる。毎年、正月の休みに上っているが、
今年は、空気が澄んでいて、良く見える。
小学校低学年のお孫さんを2,3人連れたおじいちゃんや若いアベックさん、初老のご夫婦、70近い元気なおじいちゃんなど、いろんな年代の
人と、すれちがったり、話してみたり、地域の人々に愛され、交流の場となっている山で、楽しい一時を過ごすことができた。

写真中央のビル群の向こうに、見えていたのだが、携帯カメラでは、残念ながら、
拾えていない。すみませーん!
にほんブログ村 こりずに、ポチンとクリックお願いします。
師弟の道
池田
偉大な文化には、必ずといっていいほど師弟の系譜がある。日本の古典芸能の世界もそうである。あの大音楽家のメニューイン氏も、師への深い感謝と畏敬を込めて、「並外れたスタイルがありました」と語っている。
先生が逝去された後、日本の首相と挨拶を交わした時には、「あなたのことは、戸田会長からよく伺っております」と、丁重に迎えていただきました。弟子のために、人知れず要所要所に、的確な手を打ってくださっていました。ありがたい先生でした。
ショーター
マイルス・デイビスと一緒に仕事をするようになって、演奏スタイルは「爆発的な瞬間」へと移っていきました。まさに、演奏中に私たちが存在するとは思わなかったものが「本当に存在するのだ」と、単なる感情の次元ではなく、生命の次元で悟るような瞬間でした。
池田
「不可能を可能にする」―これが師弟の力です。自分ひとりでは越えられない壁も、師弟が一体となることで打ち破れる。その巨大な力が生まれるのです。哲人エマソンも語りました。「人生でもっとも必要なものは、自らの可能性を引き出してくれる存在です」と。
ショーター
師を広い意味でとらえれば、私には、ピアニストのアート・テイタムやショパン、ドビュッシー、ストラビンスキーなど尊敬する音楽家がたくさんおります。そして、彼らからの影響を実現化する過程は、今も進行中です。例えばモーツアルトを聴くとき、「彼はその時、どんな人生を生きていたのだろうか」と、考えるのです。
池田
なるほど。ジャズのみならず、クラシックを含めた幅広い音楽家を師と仰ぎ、学ばれてきたのですね。心に師を持つ人は、謙虚です。偉大な師という目標を持つ人に、限界はない。私は、今でも、毎日、胸中の戸田先生と対話しながら生きています。「戸田先生なら、どうされるか」と、常に思いを致しながら決断し、行動してきました。ゆえに迷いません。
ショーター
私は、師匠と弟子が目指すものは同じでなければならないと理解しています。これは、とても重要なことで、師弟が別の夢を持ってしまえば、それは、もはや正しい師弟関係ではありません。ジャズにおけるマイルスとの師弟の関係は、今も続いています。私は、彼の生命を背負って生きていると感じるのです。
池田
師弟や同志の間に麗しい心が流れ通うとき、前途は限りなく洋々と開かれるのです。仏法では、「よき弟子をもつときんば師弟仏果にいたり」と明かされています。師弟とは、弟子を自分以上の人材にと願う師匠と、なんとしても応えようとする弟子の、相互の真剣の一念から生まれる生命の紐帯です。法華経には、「もろもろの仏土に、常に師と共に生まれん」と、仏法の師弟の永遠性が説かれています。
師弟の旅は永遠です。師弟の誓願を果たしゆく挑戦も、永遠に続きます。いよいよ若々しく、魂を燃え上がらせながら!
「ジャズと人生と仏法を語る」より、抜粋(2010.12.20聖教2面)
にほんブログ村
初サイクリング!
暖かいので、久しぶりに自転車を走らせる。まずは津久井湖へ。

静かな穏やかな湖面である。この湖底は桜の名所で、
以前は、多くの客が船を浮かべて
渓谷美を楽しんだようである。

昔の様子が、案内されていた。
現在は、県立公園である。「水の苑地」といわれる。
対岸の「花の苑地」とセットである。

公園を出て、ダムの様子を見てから、城山高校、
谷が原浄水場を抜け、津久井縄文遺跡まで行く。

ここから自宅まで戻り、やく40分の旅でした。
にほんブログ村
孤立から支えあう社会へ
「無縁社会」という言葉が、昨年は、心にとげのように刺さってきました。
公明党の社会保障の新ビジョンのテーマは、「孤立から支えあう社会へ」です。
浜田レポート着きました。
「新しい年が明けました。
全国7万人の受刑者も、クリスマスにはケーキを食べ、正月には雑煮を食べます。法務委員長として視察させて頂き、「塀の中」に入って初めて、このような当たり前のようなことを経験したという障がいをもつ受刑者の声を聞きました。
法務省に調べてもらったところ、知的障がいがある受刑者で、療育手帳を取得しているのは成年で6.3%、少年院で38.3%に留まっています。家族を含め周囲のサポートが壊れているのが現実です。
先日、沼津の「地域生活定着センター」を訪問しました。高齢あるいは障がい故、身元引受人がない出所者へのサポートを全国に先駆け、09年7月からスタートしています。
生活困窮ゆえ再犯を繰り返していた70歳代の障がいのある出所者。センターがお調べしたところ、年金を受給していなかったことが判明し、なんとその累計額は2000万円。その資金を元に老人ホームで余生を送られることとなったとのこと。
公明党がまとめた社会保障の新ビジョン。そのテーマは「孤立から支えあう社会へ」。浜田まさよし、一歩ずつ進めます!」
▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!
http://www.hamada-m.com/
ポチンとクリックお願いします。
にほんブログ村
初走り!
年末年始、食べ過ぎ、飲みすぎなので少し運動をする。
近くの発電用人造湖まで、走る。
山の上にあるので、登りは、40分、下りはがんばって自宅までノンストップ
20分で走る。頑張り過ぎか、後で階段の上り下りに、腿が痛む。
しかし、幸先よく、登り途中の権現様のところから、富士山が見えた。
すっかり雪化粧の真っ白な冨士である。

1冨士2鷹3なすび、おめでたい初夢ならぬ、初見である。
発電所の近くでは、とんびが悠々と、青空を飛んでいた。
2とんびでもいい。めでたし、めでたしである。
明日、ナスを食べれば、完璧であり、2011年は、大勝利、
大成功、まちがいなしである。

湖の向こうに、関東平野、つまり、東京、群馬、栃木などが
見えている。今日は珍しく、北西の方向に雲と間違えそうだが
確かに、日光連邦が見えていた。何十回もきている人が
感激の面持ちで語っていた。「こんなに見えたのは初めてだ」と。
女から母へ、そして母性へ―女人成仏
王朝文学の盛んな平安時代、女性たちは、文学を通して、自己や社会を表現していた。明治期も、同じく多くの女性が、文学に、教育に、医学にと様々な分野で活躍する姿が見えるようになった。
「君死たまふこと勿れ」の与謝野晶子、子女教育の津田梅子、初めて医者となった荻野吟子他、幾多の女性たちが活躍するようになった。
しかし、多くの女性たちが、女権論者のままで、男性と対等になることを目指して生きていくか、男性の保護の下に、女として、内助の功を果たして生きるかの2者選択ではなかったか。
確かに母として、子育てには命を尽くして生きていたが、母としての力すなわち母性の慈愛を、社会に向けて、発揮できるようになったかといえば、そうではないように思う。
なぜそのように、ならなかったのか。それは、戦いを好み、建前を重んじる男性の論理に、大勢の流れに、命を守る本音と平和への願いが押さえ込まれてしまったといえるのではないか。
もし、与謝野晶子のように、危険思想だとの批判に堂々と反論できる女性が多くいたならば、時代は、社会は、もう少し、違った様相を示していたかもしれない。
平安時代の女系社会から、鎌倉時代の男系社会へ移り行く、男女同権のカオスの時期に、女性の意義を正視眼でとらえる思想家が、政治家が時代をリードしていたならばと、つまらないことを考えてしまう。
確かに、鎌倉時代中期に、日蓮という卓越した宗教家がいたが、時の政府に弾圧、黙殺されてしまった。
女から母へ、母から普遍的な母性へと、女性の可能性を「女人成仏」として、法華経の「竜女の成仏」から導き出してきたことは、女人禁制や妻帯の可否を論じていた当時の宗教界の常識を超えていたのである。
にほんブログ村