日本のおさらい 和魂ヨガ

日本のおさらい 和魂ヨガ

前屈や開脚が出来なくたって ヨガは出来るんです。
生活の中にあるヨガと
日々の丁寧な暮らしと智慧がいっぱい詰まった日本を
一緒におさらいしましょう!

日本の三途の川に似たお話は世界各国あって
川が 境界の役割をしている感じです。

特に似ているのがギリシャ神話。

冥界の河ステュクス川(憎悪)と、
その支流アケローン川(悲嘆)の渡し守がいて
名前はカローンと言います。



エレボス(闇)とニュクス(夜)の息子で、
長い髭の無愛想な老人らしく、
死者の霊を小舟で彼岸へと運ぶ
まさに船頭さん!

渡し賃は、1オボロス銅貨。

古代ギリシアでは、死者の口に1オボロス銅貨を含ませて弔う習慣があったそうで
1オボロス銅貨を持っていない死者は
後回しにされ、
200年間その周りをさまよってから、やっと渡ることが許されると言い伝えがあったとか!

これ、やっぱり地獄の沙汰も金次第かヨォ?!

洋画でよく見るのは コインを両目の上に置く葬儀ですよね、
どう違うんだろう?
またまた 調べる材料できてしまいましたね〜

それよりも!日本のことで言えば

三途の川の渡し船の船頭さんは誰?
名前はないの?
調べたけどわからなかったんです。

どなたかご存知の方
教えてください!

お彼岸に三途の川にどっぷりハマり

とうとう5つ目のお話。


三途の川を渡りこちらから(此岸)あちら(彼岸)に渡る舟に乗るための船賃が六文。


あの世にすんなり行けるように、

穴の空いた一文銭が6枚必要です。


そこで残された家族は 一文銭無くさないように紐に通したり、頭陀袋に入れて棺桶に納めました。




現代は現金を燃やすのは違法なのでできませんが

あの世で困らないようにという

せめてもの家族の思いですねぇ。


穴の空いた丸いお金が6枚、、、、

?!

見たことある、、、、、

なんとなく、、


あ!真田幸村!


そうなんです。あの戦国武将の真田幸村の家紋!




一文銭が6枚!ですよ〜


なんと 本当の家紋は多分 これ☟




結び雁金(むすびかりがね)みたいなんですけど、


幸村は

紐に通した六文銭を体に括り付け

戦いに挑んだのですと!


最後まで戦い抜くぞ!

と言う覚悟の象徴として、

部下も皆これに従っていたようです。


仏様を信じて 最後までお任せします!

みたいな感じもあるのでしょうか?


出身地の長野県の上田城跡にある真田神社、

ゆかりのある大阪玉造の三光神社で

六文連銭の旗を見られるようですね。

なんだか見てみたくなりました。


いや、しかし、なんで六文?


と、またまた疑問に思って調べたら


六道(地獄 餓鬼 畜生 修羅 人間 天上)のどの世界でも救ってくださる六地蔵さんへのお賽銭でした。


この六道のことに関しては

過去ブログを読んでくださったら嬉しいです。






一つ前の投稿で【濡れ衣を着せる】の語源は

三途の川と、奪衣婆(だつえば)と懸衣翁(けんえおう)に関係すると書いたんだけど、


私の遠い記憶が『なんか違うのがあるよ〜』と

言うので調べてみたら


なんと!

碑まで建ってるお話がありました。

【濡衣塚ぬれぎぬづか】!




平安時代、継母が先妻の娘の美しさと、

夫の溺愛ぶりを妬み、

漁師の濡れた衣を寝ている娘にかけておいたところ、漁師との関係(衣を盗んだとも言われてます)を誤解したが、逆上して、娘を殺してしまったという昔話が

九州は博多にあり 濡衣塚という塚までありました!



三好不動産さんのhpに詳しくありましたのでどうぞ☟




他にも ありましたが

良いなぁと思ったのは最古の説


古今和歌集から


かきくらし ことは降らなむ

春雨に

濡衣きせて 君をとどめむ


『こんな春雨が降る中を、衣を濡らしてまで帰らなくても良いでしょうと言って、愛する人を留めようとした』と言う感じです。

愛する人を引き留めるために春雨よ

もっと降ってよ。

衣が濡れてしまうから帰らないで欲しいと、

春雨に罪を着せてもう少し居てもらいたいじゃないの〜!

というなんという 艶めかしい女こころ。


さて、あなたは 

どの説が有力候補と思われますか?

通説によると

三途の川をこちら側(此岸)から

あちら側(彼岸)へなんとか渡ると


一本の大きな樹🌴があるそうです。

これは

衣領樹えりょうじゅ」と呼ばれる樹で

大樹の前には
脱衣婆だつえば」というお婆さんと、
懸衣翁けんえおう」というお爺さんがいて、

衣服をはぎとられ、木の枝にかけられます。

罪の重さによって、枝がしなります。

当然深瀬を歩いてきた罪人の衣類の方がビシャビシャだから重い!

重いと枝がしなる。

そのしなり具合で 行き先が決まるからたまったもんじゃありません。

なんとかあんまり濡れてない衣類の人のと交換したい!

私の衣類を他人に着せて、その人のあんまり濡れてない衣類を自分が着る。

これが【濡れ衣を着せる】の語源だと言うこと。なるほど〜

伊邪那岐命は黄泉の国から戻って、川で禊ぎをし、三貴神を産んだわけですが、

この三途の川は渡っちゃうと 地獄行きは決定したのと同じと言うことですね。

三途の川の三は『地獄・餓鬼・畜生』の六道のうちの半分のことと言われています。

ここでちょっと気になったので調べてみました。

以下 仏教学院のページからコピペさせていただきました。

〜〜〜〜〜

三途の川は仏教?

三途の川の「三途さんず」は「三塗」とも書き、「三悪道さんあくどう」のことです。
三悪道」とは地獄餓鬼畜生の3つの苦しみの世界です。

地獄は火に焼かれるので「火途かず
畜生は互いに食い合うので「血途けつず
餓鬼は刀で責められるので「刀途とうず」と言うので、
火血刀の三途」ともいいます。

この3つの世界は、渡りにくく、沈みやすいので、川にたとえられます。

また、人は死ぬと、冥土の旅の途中に、あの世とこの世を分ける大河を渡らなければならず、それを「三途の川」と呼ばれています。

このような言い伝えは世界中にあり、三途の川も、もともとは仏教本来のものではありません。


より

〜〜〜〜〜〜


しかし奪衣婆、怖い!


詳細

埼玉県川口市・西福寺地蔵堂の奪衣


お彼岸話の続きです。


三途の川を渡るのは

橋なのか舟なのか?

って話。


どうやら元は 『橋』のよう。


お徳のある善人は『橋』を渡ることができると言うのが通説で、

平安時代末期に、渡し舟システムが登場!したようです。





ちょっと怖いけど、絵を見ると

徳のある善人は 馬に乗って橋を渡ってますね。


その他大勢の人は、生前の罪の深さによって

川を渡る深さが違うのは同じ。


罪の軽い人は上流の浅瀬へ

罪の重い人ほど 流れの早い、そして深いところへ、、、。


渡し舟には 船賃?通行賃?の

六文が必要です。(ちゃっかりしとうわぁ)


で、ここで 棺桶に一文銭を6枚繋げたものを入れる風習ができるわけです。そうこれがよく聞く

六文銭!



そういえば

私はおばあちゃんの亡くなった時に(中1の時)

『穴の空いたお金を紐に通して入れるんよ』

と教わり

5円玉を連ねたものと50円玉の連ねたものを

おばあちゃんの手元に入れた記憶があります。


今回調べていくと

お金を持ってなかったら

身ぐるみを剥がれたり

生皮まで剥がされるとありました。

恐ろしいわぁ


亡くなってから渡る川にもお金が要る

閻魔様の裁判(沙汰)もちょいとお金で、、、

みたいな【地獄の沙汰も金次第】となるわけですなぁ