舞台/西加奈子
装画は西加奈子さんご自身
小説も絵も勢いがあって、この勢いは外注では決して出ないであろうと感心します
サラバの装画より断然良い!
加筆、修正なし!みたいな勢いがあって
段ボールにクレヨン?なのだとか
カバーを外すと赤黒
小説が書き上がってから装丁デザイナーの鈴木成一さんと打ち合わせをし
1週間もかからずに描いたとのこと
この勢いは、タラタラ描いていたら出ない!!のかも
ということで
装幀はサラバ!と同じくブックデサイナーの鈴木成一さん
ジャケ買いした本のほとんどに鈴木成一事務所という文字
タイムズスクエアのうそっぽい感じ
ちょっと不気味で、どこか面白い街の感じを描きたくて、
空なども書割っぽく「舞台」感を出すように描いたとのこと
書割っぽいよ
ぽすぎるよ
「舞台」の講談社文庫刊行記念の特設サイト
葉太のこじらせぶりを
「面白くて笑いながら書いたけれど、好意的に笑うことはできても、さげすむ笑いはできない」と
これ、読んだらどうしたって人間失格を読み返したくなる
~恥の多い生涯を送って来ました~
主人公は自意識過剰
その名前は葉太
これは人間失格の葉蔵を思い起こす
作中、しっかり登場します
小説を読み始めたのは、中学に入ってからだ。父の書斎で見つけた、太宰治の「人間失格」を読んで、衝撃を受けた。幼い虚栄心や、強い羞恥心や、切実な卑怯、自分が知っていること、体験していることの全てが書かれていた。
西さんはニューヨークがとても身近で大好きとのこと
この本もこんなふうにはじまる
ニューヨーク市には、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランドの5つの区があり、マンハッタン以外はアウターボロ(outer borough)と呼ばれる。
ニューヨークじゃなくても
セントラルパークじゃなくても
というかむしろそうじゃない方がいいなー
サラバの時も思った
ニューヨーカーじゃないからさ私は
そして旅の目的はこれ
葉太は、セントラルパークで寝転がって、本を読みたかったのだ!
母方の祖母が死んで初めての葬式で演じるということを意識する
葉太の手を握っていた母は、初め、じっと耐えていたが、焼香の列が短くなってくると、徐々に泣き始めた。
…
手のひらを通して、その震えが、慟哭が、葉太にも伝わってきた。
…
「泣け!」という雰囲気に気圧され、素直に泣いてしまった。そして、頬を伝う自分の涙に自分で感銘を受け、さらに泣いた。
気圧
葉太の涙は、母だけでなく、母の姉、弟、従兄弟や、弔問に来ていた見知らぬ他人にまで伝染していった。葉太は気分が良かった。自分が、世界で一番心の優しい、良い孫、そして息子になったようだった。
皆が自分を見ている。
自分の涙を見て、同じように泣いている。
そのとき葉太は、恐らく今まで知ることがなかった「演じる」快感を、初めて味わったのだった。
こういう描写がとても勢いがある
誰かが何かを演じるとき、そこには自己を満足させること、防衛すること以外に、もうそれはほとんど「思いやり」としか言えないような、他者への配慮があるのではないだろうか。こんなクソみたいな世界に、ゴミみたいな自分に疲弊し、もう死にたい、そう思っている人間も、誰かの、何かのために思いやり、必死で演じ、どこかで死なずに、生き続けているのでは、ないだろうか。
父は田舎を捨てた。両親を捨てた。つまり、自分の原点を捨てた。全力で「自分のなりたい自分」を、そして、「皆に望まれる自分」を、それが間違いであったとしても、全力で演じ、だが自分のすべてを背負って、死んでいったのだ。
その苦しみは父のものだ、それを演じたのは父の体だ。
俺は俺の苦しみを、苦しむ。誰にも代わりは勤まらない、このクソみたいな、ゴミのような苦しみを、俺だけが、最期まで、真剣に、苦しんでやれるのだ。
西加奈子さんが「舞台」についてお話しされてます

















