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VIKI(びき)のブログ

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オブリヴィオン/遠田潤子

 

 

表紙と裏表紙の見開き

 

 

 

そして帯

遠田潤子『オブリヴィオン』の裏表紙と帯

 

 

 

はじめての作家さんで

てっきり男性の作家さんかと思ったら女性だった

いや、潤子ってどう考えても女性の名前なのだけどね

 

 

 

「刑務所から出所」とか

「競艇」とか

「ポリタンク」とか

文中出てくるワードというワードから男性の印象を持ってしまった

 

出所の話はつい先日読んだので、

話がごっちゃになったかと読み返したけどあきらかに違う系統の話だったよ

共通項は出所のみ

記憶よ、、

 

 

 

こういう箇所とか

 

「ゆっくりと二十年ぶりの煙を回すと、肺から手足、指の一本一本にまで浸みて伝わる。軽いめまいと痺れに、俺は心地よさと安堵を感じた。そして、そんな自分に吐き気がするほどの嫌悪を覚えた。」

 

 

 

 

 

紗羅が暗い文化住宅でうつむいてバンドネオンで弾くのが

「オブリヴィオン」

圭介はギドン・クレーメルがバイオリンで弾くオブリヴィオンを聴いたという

製造中止になったipodクラッシックで

 

 

 

「森ニ、『オブリヴィオン』の意味を知ってるか?」

 

「忘却や。忘れること、無意識、人事不詳。そして、忘れ去られた状態を言う。もしくは…」

 

「恩赦。大赦」

 

 

 

 

 

「真の赦しとは忘れ去られることだ。」

 

 

 

 

 

 

これがピアソラのオブリヴィオン

Oblivion/Astor Piazzolla 

 

 

 

 

クレーメルのオブリヴィオン

Oblivion/Gidon Kremer

 

 

 

 

2CELLOSのハウザーのチェロの掠れるような泣きもたまらん

Oblivion/HAUSER 

 

 

 

 

そして2CELLOS

ルカ・スーリッチとステファン・ハウザーによる、チェロ・デュオ「2CELLOS」

クロアチア出身

これもいい〜

編成も、ヴァイオリンとのコンタクトも痺れる

え?2CELLOS解散なの?

 

 

 

 

最後の来日公演だって!

 

 

 

 

 

クロアチアといえば、2CELLOSの他にも音楽家たくさんいるよね

マキシムの革命(Op 10-12)で踊るのはたまらんかったよ

 

 

 

あれ、本の話じゃなくなってる

 

 

 

遠田さんご本人は

「人生を間違えて駄目にしてしまった人たちが、勇気を出して、もう一度、新しい一歩を踏み出す姿を描いています」

とおっしゃっています

 

 

 

解決系

希望の光差す系の物語です

 

 

 

表紙のの綺麗な写真はフリー素材?

moment /getty images

 

装幀は鈴木久美さん

 

カバー印刷は萩原印刷

 

 

 

 

光文社の特設ページ

 

 

 

 

 

 

ひと/小野寺史宜

 

小野寺史宜「ひと」の表紙イラスト

 

 

 

『ダ・ヴィンチ』のインタビューで

「ストーリーそのものを読ませるタイプではない」と言っていた小野寺さん

たしかにあらすじだけ読んでも、言いたいこと(であろう)は伝わらない

良さは道中に散りばめられている

道中が大事

「道中良ければ全て良し」

これはもはや私のモットーです

 

 

 

 

「ひと」についても

「上京したものの親を亡くして大学やめて、一人で頑張っていく青年の話です」って言われてそれだけで読みたくなる人は少ないでしょう。

と小野寺さん自ら解説

 

 

 

「細部を楽しんでもらいたい。何度も聴いた音楽をくりかえし聞きたくなるみたいに、あそこのあのシーン読みたいなとか、寝る前にちょっと読んでみようかとか、そんなふうに思ってもらえたらいちばん嬉しいです。」

細部、楽しみました

 

 

 

そうそう、それから登場人物の名前

それについても、読者が読みで引っかからないように考えていると

自分も読む人だからこその配慮

 

なんだけど、

小野寺史宜さんご本人の名前が、簡単には変換しないよ

「ふみのり」ではまず出ない

「ぎ」って打ちました

 

 

 

小野寺さんの本

はじめて読んだのが「ひりつく夜の音」で、

てっきり『中年男性の諦念』を書く人なのだと思い込み

それ以来なんとなく敬遠してました

 

 

 

 

 

 

『ダ・ヴィンチ』のインタビュー記事はこちらです

インタビュアーは立花ももさん

インタビュアーの力が発揮された、素晴らしいインタビューだと思う

https://ddnavi.com/interview/539570/a/

 

 

 

 

 

 

「ひと」の中でとても共感したエピソード

「横断歩道を挟んで向き合った時点である種の関係性はできている」

 

 

 

 

そういうのに無頓着な高瀬くんと

二人でいると気持ちのどこかが削れちゃう、と

 

 

 

 

「何もかもあきらめなくても、いいんじゃない?」

あぁ。僕はこの人が好きなんだな。

 

 

 

 

はい、と、そうですね、をいったい何度言わされるのか。こういう人は男女どちらにもいる。すでにそうとわかっている事実を挙げて、相手の肯定させる。それは事実ですと認めさせる。

 

 

 

 

何もかもあきらめなくても、いいんじゃない?と銀座の山野楽器で青葉は言った。

 

 

 

 

 

僕は二十一歳。急がなくていい。一つ一つだ。急がないがとどまらない。

 

だって僕は生きてる。

 

 

 

 

 

ひりつく〜のことをすっかり忘れて、めずらしくジャケ買いでした

装画は田中海帆さん

装幀は多田和博さん+フィールドワーク

 

 

 

裏表紙は腰辺りまで見える

こういう感じの人、本屋さんにいてもすぐ隣にいそう〜

 

小野寺史宜「ひと」裏表紙の青年

 

 

 

 

 

シズコさん/佐野洋子

 

佐野洋子「シズコさん」の表紙

 

 

〜帯より〜

あの頃、私は

母さんが

いつか

おばあさんに

なるなんて、

思いも

しなかった

 

ずっと母さんを好きでなかった娘が、

はじめて描いた母との愛憎。

 

佐野洋子「シズコさん」より、母への愛憎

 

 

 

「100万回生きたねこ」の佐野洋子さん

 

 

佐野さんが亡くなってもうすぐ12年になるのですね

 

 

 

とても貴重な新聞の切り抜きを見つけました

北京時代の佐野洋子さん一家写真

 

 

 

北京時代(1940年頃)の佐野洋子さん一家

左奥が母シズコさん、その右が洋子さん

(新潮社提供)

佐野洋子一家、北京時代(1940年頃)

 

 

 

「母を憎んでいる人も、愛している人も、みんな母が重たいのだった」

30〜40代の女性に、母親との関係をテーマにインタビューしたという

梯久美子さんの記事

 

 

 

◇◇

「人間は正しくない」

 

 

 

「母さん何人子供産んだの」

中略

「男の子いた?」

「居なかったと思うわ」

母さんあんなに兄さんを愛していたのに。あの悲しみも忘れてちゃったのか、無くなっちゃうのか。人は悲しみを持ちこたえられなくなるのだろうか。

 

 

 

私は母さんが母さんじゃない人になっちゃって初めて二人で優しい会話が出来るようになった。

私は正気の母さんを一度も好きじゃなかった。

 

 

 

あゝ世の中にないものはない。

ごくふつうの人が少しずつ狂人なのだ。

少しずつ狂人の人が、ふつうなのだ。

 

 

 

母は終戦後の貧しさをぐちった事はない。

母が我慢ならなく、思い通りに行かなかったのは嫁との生活だった。

たった一人の人間との感情生活が耐えられなかったのだ。

 

 

 

七十歳になる私は、毎日が恐怖である。もの忘れの加速が尋常ではない。

 

と書いた佐野さん

この2年後、72歳でお亡くなりになっている

 

 

 

シズコさんの最後の5行で、母さんの幻影を見ると書く

幻影は

「静かで、懐かしい思いがする。」

 

「静かで、懐かしいそちら側に、私も行く。ありがとう。すぐ行くからね。」

 

 

 

 

梯さんの記事の終わりに

呆けたシズコさんが娘である著者の佐野さんに言う言葉の引用がある

 

「私とあなたの間には、いることも、いらないこともあったわねェ」

 

そして梯さんはこう結ぶ

「すべての母と娘の間には、ないほうがよかった出来事がたくさんある。でも、なかったことにはできない。そのまま、まるごと、許しあうしかないのである。」

 

 

 

 

 

初出は「波」2006年1月号〜2007年12月号

これを書いた時佐野さんは、乳がんで余命2年と告げられた、その最中だったのですね

完結を迎える準備を整えていたのかな

本当の心中はどうだったのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はあなたの記憶のなかに/角田光代

 

角田光代「私はあなたの記憶のなかに」表紙

 

 

 

角田さんの短編集

自ら「千本ノック」と名づけて数多くの短篇小説を発表する角田さん

アスリートだな

 

 

 

表題作よりもまず冒頭の

「父とガムと少女」

良いねーたまらん味わい

 

少し前に読んだ扉関係の本(これでわかる方いるかな)がひどく期待はずれだったので

角田さんの扉の描き方にすっぽり心を持っていかれる

扉と聞いて期待するのはこんなお話

 

 

 

やっちゃいけないことなんて世のなかにはないのだと、十歳の私は思った。初子さんが開けた扉の向こうの世界には、やってはいけないことなどただのひとつもない。

 

 

 

 

 

【猫男】

おそらく、それほど興味はないだろうに、私がまだそのことを考えていると察して恋人は質問を続けてくれる。こういうとき、私は彼を、とても礼儀正しい人間だと思う。尊敬の念すらいだく。

 

こういう優しさを行動に出す方も

そうと気づく方も、両方優しい

 

 

 

なんらかのかたちで彼にたすけられ、すくわれ、たちなおり、傷を癒し、現実に戻り、ふたたび前を向いて歩きはじめた経験を持つはずの彼らは、そこに、K和田くんのいる場所に、未だ無力にたたずんでいる自分の弱さを見たのだ。そしてある嫌悪を持って、そそくさと背を向けたのだ。

 

 

 

 

 

【神さまのタクシー】

「うるさいわ。ドアを閉めて」

真冬の水道水みたいな声で言った。

 

うーん容赦ない冷たさ

 

 

 

泉田さんは、どんどん中学生に戻っていくようにわたしには見えた。泉田さんはもともと中学生なのだから、戻るというのはおかしいけれど、けれどそう見えたのだ。どんどん無力になっていくように。どんどんがんじがらめになっていくように。どんどん退屈に埋没していくように。そのことがこわかった。あるいはかなしかった。

 

思ってたのとちがーうとなった時の

拠り所のない気持ちって正にこんなふう

 

 

 

 

【水曜日の恋人】

イワナさんと私も、イワナさんと母も、またイワナさんの思う母と私も、みんなばらばらの無関係で、学園祭が終わったらもう二度と会うこともなく、言葉を交わすこともなく、闇に吸いこまれるようにひっそりと消えていく、目を凝らしてももうだれもみえない。そんな光景が、映像のように目の前をよぎった。その心許なさは恐怖にも似ていた。

 

これは根源的な不安

生老病死に通じる

 

 

 

母はずっと私の母だが、けれど同時に知らない女でもあり続ける。私が恐怖したのは、たぶんそういうことだった。私たちはだれかと家族でいたり好きになったり恋をしたりするけれど、突然そんな全部を無にすることもできるのだ。だれとも会わなかったみたいに。会ったことにこれっぽっちも意味なんかなかったかのように。そうしてそれきり忘れてしまうことだってありえる。忘れてしまったら、もうその人は存在しないのと同じことだ。忘れることも、忘れられることもこわかった。こわいものなのだと、はじめて知った。

 

ー自分の感情を「あるいは」でつなげる

ひらがなの使い方で、気持ちにそっと寄り添う、あるいは想像するということができる

角田さんの、ひらがな表記と句読点の位置が、何ともすき

 

 

 

 

カバーの装画は室越健美さん「沈黙のトルソ」

 

 

 

 

装丁は藤田知子さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の運動会/向田邦子

 

冬の運動会 向田邦子 文春文庫

 

 

 

向田邦子さんの放送台本を

中野玲子さんが小説化したとのこと

 

 

 

だいぶ前に、生徒さんに何冊か本をいただいた中の一冊

文庫だったので(目の都合で)なかなか手に取れずにいたのだけど

読み始めたらおもしろい

さすが向田邦子さん

 

 

 

文庫本ならではのお楽しみに巻末の「解説」があるのだけど

その解説が藤田弓子さん!

しかも、「あなたを加代ちゃんにと言ったのはわたしなのよ。」

とあるではないか

えええ

加代ちゃん役??

加代ちゃんを囲っているのは

 

 

 

藤田さんといえば、一番記憶に新しいのは

NHKBSのドラマ、内館牧子さん原作の「今度生まれたら」

の主人公、松坂慶子さん演じる佐川夏江の年子の姉、島田信子役!!

 

つまりはおばあさん

藤田さんにも当然若い頃はあったわけで

でもなかなか想像できない

 

 

 

いただいた本の帯には

28年ぶり、V6岡田&ハセキョーで復活。

とある

 

この新旧ドラマのキャスティング表を見比べながら読むのもまた楽しかった

新、と言っても2005年

今から17年前

加代ちゃん役は寺島しのぶさん

を囲っているのは植木ひとしさん

 

 

 

 

 

旧の方は主人公菊男に根津甚八さん お相手はいしだあゆみさん

 

冬の運動会 TBSドラマ キャスト

 

 

 

 

これがV6岡田&ハセキョーとなる

 

 

 

◇◇

「調書っての、おっかしいな。へんな文章でさ。『私、北沢菊男は、昭和四十四年五月二十一日、午後四時頃、渋谷駅前の山本書店二階売場におきまして、原色世界の美術全集・金笠書院発行、金、九千八百円相当を万引きした事について申し上げます』」

 

 

 

笑う材料は何でもよかった。自分の手で振ってしまった就職。一番みじめな傷口を見せ合ってしまった二人の、ちょっとした気恥ずかしさ。父の冷たい視線。それらを吹きとばしてくれるものなら、菊男は何でも歓迎だった。

 

 

 

「あんまり罪なことはしない方がいいと思うの」

「あの二人ね…靴屋の…菊男さんの一言一言、胸ドキドキさせて聞いてるのよ。真にうけてるのよ」

「冗談で言ってんじゃないよ」

「冗談だとは言わないけれど…気まぐれよ」

「気まぐれ?」

「菊男さんのうちへ行ってわかったの。あなた、あのうちのこと、好きなのよ。お父さんのことも本当はとても好きなのよ。好きなのに愛してもらえないから…スネてるのよ」

「君にはわかんないんだよ」

「じゃあ捨てられる?あのうちやおじいさんやlお母さんや…本当に捨てられる?あしたから靴屋の息子になりきれる?なれないわよ。あの北沢のうちがあるから、帰るうちがあるから、靴屋の店が楽しいのよ」

 

 

 

だが、菊男にはわかっていた。ここで見せたにこやかな笑顔の分だけ、帰り道の父は不機嫌な顔をしている。物分かりのいい父親の役を演じた分だけ、心を開かない頑なな父親の顔をして家へ帰る…。

 

 

 

ーーじいちゃんが泣いている…。

生き残った人間は、生きなくてはならない。生きるためには、食べなくてはならない。そのことが浅ましく悔しい。だから健吉は泣きながら、のり巻きを呑み下す…。

 

 

 

「めぐり合わせが悪くて、何やってもうまくいかない。家族は足引っぱる、恋人には裏切られるし、もう、生きてるの、いやになって、ボンヤリしてるときに、『よしよし』って背中さすってくれる人がいたら…いろんなこと

忘れて、とにかく今日一日、誰かを信じて安らかに暮らしたい。そう思ったのよ」

 

「五年先、十年先のことなんかどうでもよかったのよ。年の差とか、結婚とか…将来よりも、今日一日の幸せが欲しかったのよ」

 

 

 

「ニュウって何よ」

「…貫入って言ってね、焼きもののヒビのこと言うのよ。年代が経てば…どうしても欠けたり、ヒビが入ったりしてしまうのね」

 

「入が入ると、価値が下がるって嫌う人もいるけど、趣があって悪くないって言う人もいるの…心なく扱えば、カシャンと割れてしまうけど、いたわって使えば、まだまだ大丈夫なものなのよ」

家族は「入」の入った茶碗のようなものだ…あや子はふっと思った。

 

 

 

ーーお互いに見せ合った恥のぶんだけ、いたわりと温かみが生まれたんじゃあないか。

 

 

 

舞台版というのもあったらしい
主人公菊男は岡本健一さん

 

冬の運動会 ドラマキャスト一覧

 

 


今ならどんなキャスティングになるかな…

 

 

 

 

 

 

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