私はあなたの記憶のなかに/角田光代
角田さんの短編集
自ら「千本ノック」と名づけて数多くの短篇小説を発表する角田さん
アスリートだな
表題作よりもまず冒頭の
「父とガムと少女」
良いねーたまらん味わい
少し前に読んだ扉関係の本(これでわかる方いるかな)がひどく期待はずれだったので
角田さんの扉の描き方にすっぽり心を持っていかれる
扉と聞いて期待するのはこんなお話
やっちゃいけないことなんて世のなかにはないのだと、十歳の私は思った。初子さんが開けた扉の向こうの世界には、やってはいけないことなどただのひとつもない。
【猫男】
おそらく、それほど興味はないだろうに、私がまだそのことを考えていると察して恋人は質問を続けてくれる。こういうとき、私は彼を、とても礼儀正しい人間だと思う。尊敬の念すらいだく。
こういう優しさを行動に出す方も
そうと気づく方も、両方優しい
なんらかのかたちで彼にたすけられ、すくわれ、たちなおり、傷を癒し、現実に戻り、ふたたび前を向いて歩きはじめた経験を持つはずの彼らは、そこに、K和田くんのいる場所に、未だ無力にたたずんでいる自分の弱さを見たのだ。そしてある嫌悪を持って、そそくさと背を向けたのだ。
【神さまのタクシー】
「うるさいわ。ドアを閉めて」
真冬の水道水みたいな声で言った。
うーん容赦ない冷たさ
泉田さんは、どんどん中学生に戻っていくようにわたしには見えた。泉田さんはもともと中学生なのだから、戻るというのはおかしいけれど、けれどそう見えたのだ。どんどん無力になっていくように。どんどんがんじがらめになっていくように。どんどん退屈に埋没していくように。そのことがこわかった。あるいはかなしかった。
思ってたのとちがーうとなった時の
拠り所のない気持ちって正にこんなふう
【水曜日の恋人】
イワナさんと私も、イワナさんと母も、またイワナさんの思う母と私も、みんなばらばらの無関係で、学園祭が終わったらもう二度と会うこともなく、言葉を交わすこともなく、闇に吸いこまれるようにひっそりと消えていく、目を凝らしてももうだれもみえない。そんな光景が、映像のように目の前をよぎった。その心許なさは恐怖にも似ていた。
これは根源的な不安
生老病死に通じる
母はずっと私の母だが、けれど同時に知らない女でもあり続ける。私が恐怖したのは、たぶんそういうことだった。私たちはだれかと家族でいたり好きになったり恋をしたりするけれど、突然そんな全部を無にすることもできるのだ。だれとも会わなかったみたいに。会ったことにこれっぽっちも意味なんかなかったかのように。そうしてそれきり忘れてしまうことだってありえる。忘れてしまったら、もうその人は存在しないのと同じことだ。忘れることも、忘れられることもこわかった。こわいものなのだと、はじめて知った。
ー自分の感情を「あるいは」でつなげる
ひらがなの使い方で、気持ちにそっと寄り添う、あるいは想像するということができる
角田さんの、ひらがな表記と句読点の位置が、何ともすき
カバーの装画は室越健美さん「沈黙のトルソ」
装丁は藤田知子さん
