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VIKI(びき)のブログ

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時の“風”に吹かれて/梶尾真治

 

 

 

 

カバーを広げると

この装画、見飽きない

眺めていると脳内で物語が始まる(妄想)

 

 

 

装画/塩田雅紀さん

装幀/大久保明子さん

 

 

 

梶尾真治さん

はじめての作家

黄泉がえりの原作者の方なのですね

 

 

 

久しぶりのSF

久しぶりのショートショート

あっという間に楽しみ方を思い出した

ということはおもしろかったのだ

 

 

 

中でも

「その路地へ曲がって」

路地「」じゃなくて路地「

」だと自分の意思で単に目的のために曲がるという感じがする

」だと意思ではない何かに運ばれていくような感じ

 

たった一字の違いでこんなにも印象が変わる

日本語って楽しい

 

 

 

路地と聞いて時空系のお話かなと予想して

まさにその通りなのだけど良かった

 

冒頭から居た堪れない主人公の見た白昼夢だったのか?

 

この世ではないようなここは何処なのか

母が言ったことを思い出す主人公賢司

 

誰も恨まなかったよ。ただ、私は、こんな生活(くらし)が望みだって強く強く思ってた

 

 

 

 

呪いは、人を不幸に引きずりこむ。

願いは、不可能な世界を創造(つく)りだす。

呪いと願いは、方向が違うだけなのだ。

ここは、母の“願い”が具象化した空間?

 

 

 

 

 

初出は

井上雅彦監修「異形コレクション 魔地図」

 

伝説の書き下ろしアンソロジー

「異形コレクション」

監修者、井上雅彦さんのインタビュー記事

 

 

 

 

それから

「柴山博士臨界超過!」

内容を予想して読むワクワク

ワクワクを裏切らない展開

SFど真ん中の題名

 

 

 

 

星新一を読み漁った子どものころを思い出す

星新一、同じお話を何度も何度も繰り返して読んだなー

そんなにたくさん本を買えなかったから

持っている本がとても大切で

 

星さんだけ敬称なし

星新一ってもう名前だけど名前じゃない

固有名詞、というかカテゴリーそのもの

 

何度も読んで結末を知っているのに

また読む

そんな楽しみ方ができるショートショート

 

 

 

 

 

敬称についてのおもしろい記事を見つけた

 

作家さんに、あ、この言い方もなんか違和感

作家、の方に「○○さん」とさんをつけるのは

知り合いでもないのに親しげすぎる気がしていた

かと言って、呼び捨ても気が引ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いえ/小野寺史宜

 

 

 

帯をはずすと

 

 

 

本屋大賞第2位の「ひと」、同じ地域が舞台の「まち」に続く「いえ」

3部作の最新作

下町荒川青春譚 第3弾

小野寺さん作品は4冊目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹と二人での会話のくだり

妹の若緒がたまにあの夜の荒川みたいにどす黒い気持ちになる

と打ち明けるシーン、よかった

 

 

 

気遣い合う家族

 

 

 

若緒は

一度、そのどす黒い気持ちを文字にしてノートにとにかく書き殴ってみたら

実際の気持ちとは少し違うような気がしたと

 

その文字で書いた言葉に気持ちが引っぱられそうで、何か、いやだった

 

 

 

自分の意思でいえを出たのに

自分の意思で帰るきっかけを作れずにいた母に

妹の就職祝いをやろうよ、だから帰ってきなよと言い

 

「帰ってきてよ」

 

と言い直す傑

 

 

 

 

「うれしいことを言ってくれるのね。さすが長男」

 

「ありがとうね。傑」

 

4日後に帰ってきた母

 

 

 

傑の彼女、美令

自分のお父さんは逮捕歴があると明かし

 

「大河くんを許せなきゃ、自分のことも許せないと思うよ」

 

 

 

言われて傑は

 

一度の過ちを許せない?過ちを犯した人はもう身内ではない?たぶん、おれは美令にそう問われてる

 

確信をつく彼女

多くを語らない系の

 

 

 

 

謝罪をすること自体も、やってみたら思いのほか気分がよかった。そしてたぶん、そのことが後押しにもなった

 

この後、主人公傑は気にかかっていた案件を一気に片付けようとばかり

謝罪しまくる

 

 

 

 

 

今自分で言ったとおり。おれはいやなやつだ。人の好き嫌いも、たぶん多い。それはもう認めるしかない。この先もそんなには変わらないだろう。ただ、嫌いな人が嫌な目に遭えばいいとは思わない。幸い、そう思うようにはできてない。それだけが救いだ。

 

 

人間、ものの感じ方は変えられない。これはちょっといやだな、と感じてしまうのはしかたない。でも感じたあとの行動を変えることはできる。こうは動くまいと努めることはできる。その意味でのみ、人は変われる。ただし、とても難しい。それは、生きてるあいだずっと自分を律しつづけるということだから。

 

 

 

 

 

登場人物一覧表、舞台となっている平井近辺の地図、試し読みまでついてる

祥伝社の特設サイト

 

 

 

 

 

 

 

 

25才、ずいぶん良い人な主人公の青年

という描かれ方は3作とも統一

それでも少しの黒い気持ちを抱えて

 

 

 

謝って許されて

許して

問題あるけど折り合いをつけてベターを探していこう

 

 

 

裏表紙

 

後ろを歩く妹から見た主人公、かな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まち/小野寺史宜

 

 

 

 

帯を外すと

 

 

 

この青年

大きいのですよ

身長187センチ、体重75キロ

靴のサイズは28センチ

 

そして器も大きいのです

 

 

 

まちっていうか、ひとだった

ひとなんだけど、まちでもあるか

 

 

 

ひとの記事はこちら

 

 

 

こんな、黒い所のない、良い青年いるのーー

と思いつつも

優しい気持ちになれる

 

物語を読むときはいつも「道中よければ全てよし」のポリシーで読む

のだけど

お話も、その先を想像させるラストも良かった

 

次作も読もう

 

 

 

 

 

コンビニでカップ麺を2つ買って割り箸を2本もらったことについて友人が

「コンビニの店員が若い姉ちゃんで、ちょっときれいだったから、カッコつけて1つでいいって言うとこだった」

「それ、カッコついてる?」

「ついてるだろ。エコ重視、みたいで」

 

 

 

 

 

 

アパートの真下、101号室に住む、笠木得三さん(七十過ぎ、一人暮らし)

との会話

「本を読んで、走る。いいね。文武両道だ」

「それほどのものでは。ただ読んで、ただ走るだけです」

「ただやることが大事なんだよ。いちいち理屈をつけたりしないでさ。やっちゃえばいいんだ。そうすれば、何だって身にはなるんだから」

 

「ただやる」

理屈をつけずに

むーん、その通り、だと思う

 

 

 

数えるほどしか叱らなかったじいちゃん

余命宣告を受け一人住まいの様子を見にきて、

近所を散歩しながら瞬一に言う

「瞬一は、頼る側じゃなく、頼られる側でいろ。

お前を頼った人は、お前をたすけてもくれるから。たすけてはくれなくても、お前を貶めはしないから」

 

頼られる側だったとしても、頼りたくなるときはくる

意気込みすぎて辛くなることもあるかもしれない


 

 

おそらく瞬一を助けに戻って火事で亡くなった両親についてじいちゃんが

「二人のことを、ただ誇れ。」

 

「ただ誇れ」

なんて救われる言葉だろう

 

 

 

 

 

小野寺さんの音の描写は独特で良い

缶を開ける音は「クシッ」

ペプシもビールもクシッ

 

「プシュッ」ではない

 

缶を当てて乾杯は「ノン」

ノン、と缶を当てる

アルミとアルミがぶつかる音

「カン」でも「コン」でもない

 

 

 

「町は、広すぎて守れないよ」

「ならせめて人を守れ。人を守れる人間になれ」

 

やっぱりひと

ひとでもあり、まちでもある

 

 

 

小三で両親を亡くし、両親のことはあまり覚えていないという瞬一に

小三の娘を一人で育てるアパートの隣人、敦美さんが言う

「江藤さんが覚えてなくても、ご両親が江藤さんのことをちゃんと覚えてるから。親子って、そんなふうにちゃんとつながってるから

霊としてこの世に残るとかいう話ではなくて。

単純に、そういう想いは消えないと思います」

 

 

 

 

そしてプロローグとエピローグで描かれる「歩荷」(ぼっか)のエピソード

 

「物は重いんだ」

「重いのには、慣れないか?」

「慣れないよ。重い物は重い」

「それでいいんだ」

 

「それでいいんだ」

全肯定 

 

バカボンパパも

「これでいいのだ」

全肯定

 

自分も、周りも助けることば

 

 

 

 

 

じいちゃんの仕事、歩荷についての記事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台/西加奈子

 

西加奈子「舞台」装画 ニューヨークの街並み

 

装画は西加奈子さんご自身

 

小説も絵も勢いがあって、この勢いは外注では決して出ないであろうと感心します

サラバの装画より断然良い!

加筆、修正なし!みたいな勢いがあって

 

段ボールにクレヨン?なのだとか

 

 

 

カバーを外すと赤黒

西加奈子「舞台」装画 ニューヨークの街

 

 

 

小説が書き上がってから装丁デザイナーの鈴木成一さんと打ち合わせをし

1週間もかからずに描いたとのこと

この勢いは、タラタラ描いていたら出ない!!のかも

 

 

 

ということで

装幀はサラバ!と同じくブックデサイナーの鈴木成一さん

 

ジャケ買いした本のほとんどに鈴木成一事務所という文字

 

 

 

タイムズスクエアのうそっぽい感じ

ちょっと不気味で、どこか面白い街の感じを描きたくて、

空なども書割っぽく「舞台」感を出すように描いたとのこと

書割っぽいよ

ぽすぎるよ

 

「舞台」の講談社文庫刊行記念の特設サイト

 

葉太のこじらせぶりを

「面白くて笑いながら書いたけれど、好意的に笑うことはできても、さげすむ笑いはできない」と

 

 

 

 

これ、読んだらどうしたって人間失格を読み返したくなる

 

~恥の多い生涯を送って来ました~

 

主人公は自意識過剰

その名前は葉太

これは人間失格の葉蔵を思い起こす

作中、しっかり登場します

 

小説を読み始めたのは、中学に入ってからだ。父の書斎で見つけた、太宰治の「人間失格」を読んで、衝撃を受けた。幼い虚栄心や、強い羞恥心や、切実な卑怯、自分が知っていること、体験していることの全てが書かれていた。

 

 

 

 

西さんはニューヨークがとても身近で大好きとのこと

この本もこんなふうにはじまる

 

ニューヨーク市には、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランドの5つの区があり、マンハッタン以外はアウターボロ(outer borough)と呼ばれる。

 

 

 

ニューヨークじゃなくても

セントラルパークじゃなくても

というかむしろそうじゃない方がいいなー

サラバの時も思った

ニューヨーカーじゃないからさ私は

 

 

 

そして旅の目的はこれ

 

葉太は、セントラルパークで寝転がって、本を読みたかったのだ!

 

 

 

 

母方の祖母が死んで初めての葬式で演じるということを意識する

 

葉太の手を握っていた母は、初め、じっと耐えていたが、焼香の列が短くなってくると、徐々に泣き始めた。

手のひらを通して、その震えが、慟哭が、葉太にも伝わってきた。

 

 

 

「泣け!」という雰囲気に気圧され、素直に泣いてしまった。そして、頬を伝う自分の涙に自分で感銘を受け、さらに泣いた。

 

気圧

 

 

 

葉太の涙は、母だけでなく、母の姉、弟、従兄弟や、弔問に来ていた見知らぬ他人にまで伝染していった。葉太は気分が良かった。自分が、世界で一番心の優しい、良い孫、そして息子になったようだった。

 

 

 

皆が自分を見ている。

自分の涙を見て、同じように泣いている。

そのとき葉太は、恐らく今まで知ることがなかった「演じる」快感を、初めて味わったのだった。

 

こういう描写がとても勢いがある

 

 

 

 

誰かが何かを演じるとき、そこには自己を満足させること、防衛すること以外に、もうそれはほとんど「思いやり」としか言えないような、他者への配慮があるのではないだろうか。こんなクソみたいな世界に、ゴミみたいな自分に疲弊し、もう死にたい、そう思っている人間も、誰かの、何かのために思いやり、必死で演じ、どこかで死なずに、生き続けているのでは、ないだろうか。

 

 

 

父は田舎を捨てた。両親を捨てた。つまり、自分の原点を捨てた。全力で「自分のなりたい自分」を、そして、「皆に望まれる自分」を、それが間違いであったとしても、全力で演じ、だが自分のすべてを背負って、死んでいったのだ。

その苦しみは父のものだ、それを演じたのは父の体だ。

 

 

 

俺は俺の苦しみを、苦しむ。誰にも代わりは勤まらない、このクソみたいな、ゴミのような苦しみを、俺だけが、最期まで、真剣に、苦しんでやれるのだ。

 

 

 

 

西加奈子さんが「舞台」についてお話しされてます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平場の月/朝倉かすみ

 

 

何とも味わい深い表紙

 

装画/田雜芳一

装幀/泉沢光雄

 

 

 

 

裏表紙も

 

 

 

 

 

カバーを外しても楽しめる

 

 

 

 

 

 

本を開いて1枚目の挿絵も良い

このハンガーにかかったワンピース

眺めているだけで想像が膨らむ

 

買ってきたばかりの新品には見えない

着慣れたワンピース

明日着ようと思ってかけているのか

帰宅して着替えてかけたのか

あと何回持ち主はこれを着るのかな

想像がふくらむ、止まらない

すごい力のある絵だな

 

 

 

 

第32回山本周五郎賞受賞作

 

直木賞候補にもなっていて

選考委員の林真理子さんは◎(積極的な賛成、自発的に推薦、最も高い評価)をつけていらっしゃる

なんかうれしい

 

 

 

朝倉さん、とても好きな作家さん

「平場の月」の他、読了積み本は10冊以上あるかな

「ロコモーション」

「ともしびマーケット」

「感応連鎖」

「肝、焼ける」

「田村はまだか」

「玩具の言い分」

「声出していこう」

「夏目家順路」

 

 

 

中にはいまいちなのもあったけど(ごめん)

夏目家順路はよかったし

田村はまだかは文句なし!

読後密かに良かったマークの星をつけてました(何様)

それぞれの感想はまた別途

 

川上さん(川上弘美さん)風な文に感じたこともあったけど

朝倉さんワールドは無駄な描写がなくて気が散らない

 

 

 

 

朝倉さんが「平場の月」について動画で語ってくださってます

貴重~!!

 

 

平場という言葉

朝倉さんはお笑いが好きで

お笑い芸人の方が、舞台ではなくテレビなどのことを平場と言っていて

何とかして平場と言う言葉を使いたかったと

 

 

朝霞、新座、志木を舞台にしたのは、今住んでいるから

 

 

 

ファッションで気を付けていることはありますか?

の質問に

「ゴムのスカートをはく」

と答える朝倉さん!!

ゴムのスカートははかないようにしている、じゃなくて!!!!

 

いっぱい食べるからどこかへ行くときはゴムのスカート

衝撃!!

ジェスチャー付で楽しそうにお話されてます

 

 

 

これから読んでくださる方へのメッセージは

「このお話に出てくる、青砥健将と須藤葉子、この主人公二人が忘れがたい人物になってくれたらいいな」

 

 

 

だいぶ前に読んだのだけど

この「平場の月」という題名見ただけで切なさが蘇る

青砥という印象的かつ読みやすい名前も記憶に残ってよかった

 

ラストもよかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おととい、わたし、言ったでしょ。『青砥を元気づけようとしたら、たいへん健全なきもちになった』って。あれは青砥の不安をダシにして、いいきもちになったわけではないんだ。困っているだれかの気を引き立てたくて、どうしたらいいのか、自分になにができるのか、つい、ちょっと本気で考えてしまったのが健全だと思ったんだ。

 

健全という言葉を選ぶ須藤さんの分別あるかんじが

優しくもあり悲しくもある

 

 

 

 

「パーラメント、だったっけ。スパスパやってたよね」

 

パーラメントという銘柄がすっと出てくる

平場のウミちゃん

ここはセーラムでもマルボロでもラッキーストライクでも違う気がする

調子に乗ってた頃の青砥さん

遊び人っぽく振る舞うことが愉しくてならなかったという

 

 

 

 

いやなきもちだった。口が渇いた。怒りで張り切ったからだが無残に萎み、しわくちゃになったようだった。

 

傷ついたことを自覚した青砥さん

胸がからっぽのようでいて、膿を持っているように痛み、力が出ない

嫌な気持ち、じゃなくて、いやなきもち

 

 

 

平場の桶に引きずり込まれ、ぬるぬるにまみれてしまった。

 

平場って何だろう

 

 

 

青砥は顎で短く何度もうなずいた。せっかちな動作になった。

 

50代の大人になっても、こんなふうに失言をうまく取り消せないことが沁みる

 

 

 

 

「青砥」

身構えた。正式に呼ばれたような気配があった。須藤の声は、常より低かったものの、柔らかなふくらみがあった。表情も同じで、頬のあたりは削げたように緊張していたが、目には日向水みたいな温みがあった。

 

「正式に呼ばれたような気配」とか

「温み」とか

すごく繊細な表現がとてもすき

 

 

 

有頂天じみた心持ちで、いちゃつくような感覚で、

「おれはもっとおまえのために」と口にしたのだった。

 

相手を思う気持ちがあっても

自分の感情がじゃまをして、相手がうまく見えないことがある

 

 

 

そしてあのVサインだ。二本の指をしょんぼりと折り曲げた、あのVサイン。

 

ここからラストまでの19行は涙です

今読み返してもひとつひとつのシーンが目に浮かぶ

 

 

 

文庫化したらしいのだけど

解説は誰かな、と思ったら

文庫の帯に映画化決定の文字!

いつ!?

そして青砥は誰〜?