本来良い意味しか持たぬはずの「ゆとり」という名詞が、しばしばネガティブな意味で用いられるようになったのは、「ゆとり教育」のせいに他ならない。詰め込み式の教育ではなく思考力を伸ばす、というコンセプトだけは一人前だったゆとり教育だが、そのコンセプトを具現化するのは簡単ではなかったようだ。結局、1992年に始まったとされるゆとり教育は2011年に見直され、その間の世代が「ゆとり世代」として社会に残された。
個人的には、学校なんて週5日でいいに決まっていると思う。また、ゆとり教育と直接の因果関係があるのかは不明だが、ゆとり世代は理不尽な職場の飲み会に耐えるのでなく逃げるらしい。当たり前の権利を当たり前に主張できるのは良いことだから、ゆとり教育には一部感謝しなければならない。しかし、ゆとり世代として生まれた私は、我々は、ただその時代に生まれたという理由だけで、「ゆとり」のレッテルを貼られながら生きていかなければならない。

同様のことが、どうやら米国でも起こっていたらしい。1980年代、ロナルド・レーガン政権時代。若年層・貧困層を中心に蔓延させられたクラック。そのせいで、この時代に生まれた子供たちもまた、「クラック・ベイビー」のレッテルを貼られている。Kendrick Lamarの実質デビュー作であるSection.80は、80年代に生まれた世代(彼が言うところの"Section.80")が抱える問題とフラストレーションを、当事者として描き切った作品だ。


Kendrick Lamar, Section.80



パーティーとドラッグを好み、考えることと忍耐を嫌う("A.D.H.D.")。常態化したDV("No Make-Up (Her Vice)")と不義(Tammy's Song (Her Evil)")。若く、激しく、無謀な生き方("Chapter Six")。そんな彼らに、人々は顔をしかめる("Chapter Ten")。しかし、彼らも「人種なんてクソくらえ」("F*ck Your Ethnicity")と言えるだけの強さを有している。周囲を思いやるだけの優しさも忘れてはいない("Poe Mans Dreams (His Vice)")。痛みを感じる人間でもある("Keisha's Song (Her Pain)," "Kush & Corinthians")。そして何より、然るべきリーダーさえいれば("Ab-Souls Outro")、一人ひとりが背負うものの大きさを自覚し、心・名誉・リスペクトの3つを胸に団結できる可能性を秘めている("HiiiPower")。
ともすれば説教くさくもなりかねないこれだけの内容を、当時24歳のKendrickは大上段に構えるのでなく、あくまで自分の目線から語りかけている。だから、コンプトンのギャングが自分と関わってくれることを素直に喜ぶ("Ronald Reagan Era")。飛行機では客室乗務員と情事に勤しむ自分を妄想する("Hol' Up")し、業界のドロドロした部分に嫌気が差し("The Spiteful Chant")て一人になりたいと思うこともある("Blow My High (Members Only)")。そうしたなかで、職業:ラッパーとして、他との差を見せつけることも忘れない("Rigamortus")。

どれだけ社会的に重要な問題を提起しているようにみえても、結局のところ出発点は個人なのだ。ある種のナルシシズムである。しかし、己を尊重する個が集まったとき、そうした個の集合である社会は、きっと良い方向に進む。それがKendrickなりの結論なのかもしれない。そして、その結論は、衝撃的メジャーデビュー作となったgood kid, m.A.A.d cityでも、グラミーのラップ部門を総ナメにしたTo Pimp A Butterflyでも、ブレていないようにみえる。

Section.80のリリースから5年が経ち、あの時大半が20代だったSection.80は、その半分以上が30代になった。Kendrick Lamar自身も29歳、アラサーもいいところである。今では一挙手一投足に注目が集まる時代の寵児が、24歳の夏、何を思っていたのか。国内盤が発売されていない本作を、下掲の和訳と共にもう一度聴き直してみるのもよいかもしれない。




1. F*ck Your Ethnicity [外部リンク]

2. Hol' Up

3. A.D.H.D.

4. No Make-Up (Her Vice) ft. Colin Munroe [外部リンク]

5. Tammy's Song (Her Evils)

6. Chapter Six

7. Ronald Reagan Era

8. Poe Mans Dreams (His Vice) ft. GLC

9. The Spiteful Chant ft. ScHoolboy Q

10. Chapter Ten

11. Keisha's Song (Her Pain) ft. Ashtro Bot

12. Rigamortus

13. Kush & Corinthians ft. BJ the Chicago Kid

14. Blow My High (Members Only)

15. Ab-Souls Outro ft. Ab-Soul

16. HiiiPower [外部リンク]