私事で恐縮ですが、
国内盤が出ている or 出ることが決まっている
アルバムに収録されている曲の和訳は、
本ブログではこれ以降しないことにしました。


理由は色々ありますが、
先日国内盤の対訳の裏側を知る機会があり、

時間的にも字数的にも制限されたなかでの
彼・彼女らの「作品」が
それらの制限が無いなかで書いた拙訳と
比べられるのもどうかなと思ったのが
一番の理由です。


ただ、そんななかでも質・量ともに充実した
和訳記事を書いていらっしゃる方々には
引き続き最大限のリスペクトを表したいと思います。


さて、本日和訳を掲載するのは
国内盤が出ていないKendrick Lamarのアルバム
『Section.80』に収録されているこの曲です。




Kendrick Lamar - Keisha's Song (Her Pain) ft. Ashtro Bot

※非公式ではありますが、このvideoが
 曲の内容をよく表していてドープなので
 載せたいと思います。




~リリックと和訳~


[Hook: Ashtro Bot]
Fancy girls on Long Beach Boulevard
Flagging down all of these flashy cars

ロングビーチ・ブルヴァードの派手な少女たちは
派手な車に停止の合図を送っている(※1)


[Verse 1](※2)
And Lord knows she's beautiful
Lord knows the usuals, leaving her body sore

神は彼女が美しいことを知っている
彼女の体を傷つける彼女の日常も

She take the little change she make to fix her nail cuticles
Lipstick is suitable to make you fiend for more

彼女は僅かな給料でネイルのキューティクルを直し
客を惹きつけるためにリップスティックを買う

She play Mr. Shakur, that's her favorite rapper
Bumping "Brenda's Got A Baby" while a pervert yelling at her

彼女はお気に入りの2Pacを聴いている
「Brenda's Got A Baby」(※3)をかけていると、変質者が彼女に手を振る

And she capture features of a woman, but only 17
The 7 cars start honking, she start running like Flo-Jo

見た目は成熟した女性らしくても 弱冠17歳
7台の車がクラクションを鳴らし 彼女はフロージョーのように走り出す

Don't care if they Joe Blow
If they got money to blow a blow job is a sure go

彼らがどんな人間でも構いやしない
口での仕事への報酬さえ得られるのであれば

And sure enough don't see a dime of dirty dollars
She give all to her daddy but she don't know her father, that's ironic

そして案の定 彼女の元には一銭も入らない
全てをパパに差し出すが 皮肉なことに彼女は父親を知らない(※4)

See a block away from Lueders Park
I seen the El Camino parked

ルーダーズ公園(※5)から1区画離れた所に
エルカミーノが停まっているのを俺は見た

In her heart she hate it there
But in her mind she made it where nothing really matters
So she hit the back seat

本心ではそこに行きたくないものの
何も問題にならない境地に達した彼女は
後部座席に乗り込む(※6)

Rosa Parks never a factor when she making ends meet
生活費を稼ぐ彼女の中に ローザ・パークス(※7)はいない


[Hook]


[Verse 2]
And Lord knows she's beautiful
Lord knows the usuals, leaving her body sore

神は彼女が美しいことを知っている
彼女の体を傷つける彼女の日常も

Her anatomy is God's temple
And it's quite simple, her castle is 'bout to be destroyed

彼女の肉体は神の神殿であり
その神殿は壊されようとしている(※8)

She's always paranoid, watching the law inside the streets
Undercovers the dummies that look like decoys

ストリートで私服警官を目にしてから
彼女はいつも被害妄想に囚われている

Remember the sergeant let her slide, said if he seen
What's between her thighs he'd compromise

その巡査部長は 太ももの間にあるものを見せてくれるなら
彼女を見逃してやると言った(※9a)

To no surprise she took the ultimatum 'round the alleyway and gave him
A warm welcome that filled him right below the navel

当然のごとく彼女は路地でその警官に体を許した
彼はヘソの下で温もりを感じた(※9b)

Though he was wired up like a pair of jumping cables
His eyes was closed shut, prior charges, he had waived 'em

ジャンパ線のように無線が繋がっていながらも
警官は目を瞑り 緊急案件を無視した(※9c)

It was a block away from Lueders Park
I seen a squad car parked

それはルーダーズ公園から1区画離れた所だった
パトカーが停まっているのを俺は見た

And in her heart, she hate it there
But in her mind, she made it where nothing really matters
So she hit the back seat

本心ではそこに行きたくないものの
何も問題にならない境地に達した彼女は
後部座席に乗り込んだ

Cause Rosa Parks never a factor when she topping off police
警官を相手にする彼女の中に ローザ・パークスはいなかった


[Hook]


[Verse 3]
And Lord knows she's beautiful
Lord knows the usuals, leaving her body sore

神は彼女が美しいことを知っている
彼女の体を傷つける彼女の日常も

As she bust down like a 12 bunk on tour
She suddenly realized, she'll never escape the allure
Of a black man, white man, needing satisfaction
At first, it became a practice, but now she's numb to it

ツアーバスのベッドで寝るような日常(※10)の中で
黒人であれ白人であれ 満足を求める男たちから
逃げられないことに 彼女は突然気付いた
初めは習慣だったのが もはや麻痺してしまったんだ

Sometimes she wonder if she can do it like nuns do it
But she never heard of Catholic religion or sinners' redemption
That sounds foolish

時々 修道女のようになれないかと彼女は考えるが
カトリックの教えも罪人救済も知らない彼女に
何ができるっていうんだ

And you can blame it on her mother
For letting her boyfriend slide candy under her cover
Ten months before she was ten he moved in and that's when he touched her
This mothafucka is the fucking reason why Keisha rushing through that

全ては彼女の母親が
恋人に家にキャンディ(※11)を持ち込ませたせい
10歳になる10ヶ月前 そいつは家に入って彼女の身体に触れた
Keishaのはそいつのせいで生き急ぐようになったんだ

Block away from Lueders Park
I seen the El Camino parked

ルーダーズ公園から1区画離れた所に
エルカミーノが停まっているのを俺は見た

And in her heart she hate it there
But in her mind, she made it where nothing really matters
Still she hit the back seat and caught a knife inside the bladder
Left for dead, raped in the street

本心ではそこに行きたくないものの
何も問題にならない境地に達した彼女は
また後部座席に乗り込んで膀胱にナイフを刺され
暴行を受けて死んだまま道に放置された(※12)

Keisha's song
Keishaの歌


[Bridge]
My little sister eleven, I looked her right in the face
The day that I wrote this song, set her down and pressed play

この曲を書いた日 11歳の妹の目を見て
再生ボタンを押した(※13)


[Hook]




~解説~


※1
売春をする少女たちを描写しているのがこのフックです。私は夜のLong Beach Blvd.を歩いたことがないので、実際にどれだけ売春婦がいるのかは分かりませんが、この動画を見るかぎり、昼でもそれなりにいるようです。



(余談ですが、サンタモニカ通りの売春婦は多くの場合男だそうです。)


※2
ここから3バースに渡って、Keishaという売春婦の物語が展開されていきます。


※3
2Pacの言わずと知れた名曲です。

2Pac - Brenda's Got A Baby


同曲では、Brendaという10代で妊娠した女の子のその後が、生々しく描写されています。


※4
日本の風俗店のシステムには詳しくありませんが、客が払った料金の多くは店に行き、女の子の取り分はあまり多くないと聞いたことがあります。アメリカの売春婦の場合も同様で、客の払ったお金の多くは、元締めであるピンプの懐に入るようです。ここでの「パパ」とは、ピンプのことです。


※5
コンプトンはRosecrans Ave.とBullis Rd.の交差点にある公園。

{79C74EA6-57D3-4FC5-BFBE-C22EE7F71E95:01}

{D6A75B0D-8A67-4293-B906-4CE695E95872:01}

ここからRosecrans Ave.を1区画西に進むと南北にLong Beach Blvd.が走っていること、そしてこの曲のフックから、一連の出来事はRosecrans Ave.とLong Beach Blvd.の交差点付近で起こった(設定の)ようです。


※6
なぜ彼女が体を売ることに抵抗を感じなくなってしまったのか…その答えは、3ヴァース目にあります。


※7
Rosa Parksは、近代アメリカ黒人史を語るうえで欠かせない、重要な人物です。英語の教科書等にも出てくるので、ご存知の方も多いかとは思いますが、バスの座席が白人/有色人種で分けられていた時代に、「席を白人に譲りなさい」という運転手の命令に逆らった黒人女性です。

体を売ることで生計を立てるKeishaには、Rosa Parksのような自尊心が無いということです。


※8
このラインは、コリントの使徒への手紙一が元になっています。「神殿(=Keishaの肉体)が壊されようとしている」という部分が、この後に起こることを示唆しています。


※9a
売春の現場を押さえた警官は、Keishaを見逃すことと引き換えに、肉体関係を迫ります。

※9b
Keishaはそれに応じます。

※9c
警官はそれを満喫し、仕事中であるにもかかわらず、無線に出ることさえしません。というより、元々Keishaの体が目当てでしかなかったのでしょう。

ちなみに"His eyes was closed shut"はdouble entendreで、
1. Keishaとのセックス(もしくはフェラ)が気持ちよくて目を瞑った
2. Keishaの売春に関して、目を瞑った(見逃した)
の2つの意味が掛けられています。


※10
ツアーバスの車内はこのようになっています。



「ツアーバスのベッドで寝るような日常」とはベッドがいっぱい→不特定多数の男性と寝る生活を指しています。


※11
恐らくコカインのこと。

1ヴァース目からも分かるように、Keishaは母子家庭で育ちました。父親不在のなか、母親はコカインを提供してくれる恋人を見つけ、家に入れます。すると、その男は当時まだ9歳であったKeishaに手を出し、なんとKeishaにとって早すぎる初体験の相手となってしまいます。ゲトーの荒廃した環境が、女の子が女性の尊さを教わるのをいかに難しくしているかを物語っています。


※12
上述のような環境が、最終的にこのような悲劇につながってしまいました。


※13
この曲には後日談があります。この曲を聴いたKeishaのシスターは「あんたに何が分かるっていうのよ、ほっといてちょうだい!」と激怒します。この様子は『good kid, m.A.A.d city』に収録されている「Sing About Me」のVerse 2で描写されています。また、Keishaと同じ運命を辿らせまいと、Kendrickは11歳の妹にこの曲を聴かせますが、その努力もむなしく、彼女は10代で妊娠してしまいます。これについては『To Pimp A Butterfly』収録の「u」という曲で言及されています(詳しくはこちら)。このように、自身の曲で張った伏線を別の曲で回収する、というのはKendrickの面白さの一つでもあります。




~おわりに~


緊迫したストーリーテリングの中で、Keishaが知らぬ間に
死に近づいていく様子が痛々しいです。。




〜追記〜


2021/2/4
一部加筆・訂正し、体裁を整えました。