もう聴かれましたでしょうか?

Kendrick Lamarの"To Pimp A Butterfly"(以下"TPAB")


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相変わらずパない音楽を届けてくれたKendrickですが
今作は前作"good kid, m.A.A.d city"(以下"GKMC")に比べ
詩的な表現も多く、良いとか悪いとかっていうよりも
まさにネクスト・レベルといった感じです。


GKMCがハードボイルド小説だとしたら、
TPABは詩といったところでしょうか。


友人の死などの出来事に焦点を当てた前者より、
内面に焦点を当てた後者の方が解釈が難しいと思います。


それだけに、国内盤の発売が待たれるところですが
今のところそういう話は聞かれません。。


というわけで、
筆者もこのアルバムの全てを理解したわけではないですが
少しでもリスナーの理解の助けになるように、
アルバムを大まかに解説した記事を書きたいと思います。


GKMCのように一枚のアルバムで一つのストーリーを
成しているわけではありませんが、それでも
1曲1曲に繋がりがみられ、やはりアルバムを通して
聴いてこそよさが味わえる作品だと思います。




1. Wesley's Theory

「この蛹の四隅が割れる時、お前はその隙間から落ちながら、生き延びることを望むだろう。風を集め、自分を深く見つめるのだ。本当にお前は人々が憧れるような存在なのか、と」という詩的かつ意味深なナレーションから始まるこの曲。その後に続くKendrickのラップは物質主義的な内容で、典型的な成功したラッパー像が描写されています。1バース目が終わると、Dr. Dreが「成功するのは簡単だ。難しいのは、その地位を保つことだ」と釘を刺し、2バース目が始まります。この2バース目はアンクル・サム、つまりアメリカの視点からのものです。「家でも車でも、40エーカーとラバ1頭でも、欲しい物は全部くれてやるよ」と太っ腹なアンクル・サムですが、最後に嫌味ったらしくこんなことを言います。
「経済学の単位を取ってないことを忘れるなよ。35歳になる前に、お前をウェズリー・スナイプしてやるからな」
そう、いかに成功した(=蝶になった)といえども、Kendrickは依然としてアメリカという国のシステムに囚われている(=ピンプされている)のです。"To Pimp A Butterfly"というアルバムのタイトルもここからきているものと思われます(売春婦が客から受け取るお金の大部分が、元締めであるピンプの懐に納まるのと同様に、Kendrickが自身の音楽で生み出したお金も、多くが音楽業界、そして国家に掠め取られてしまいます)。因みにここで動詞として登場するウェズリー・スナイプスは、所得税の虚偽申告により脱税容疑で告発された俳優の名前であり、アンクル・サムの台詞は「どれだけ成功しても税金をがっぽり頂いてやる。さもなくば、脱税で起訴してお前の社会的地位を貶めてやる」という意味のようです。


2. For Free?

何度も繰り返される「俺のチンコはタダじゃないぜ」は、前曲で登場したアメリカに向けられたものです。虎の威を借る狐のことをスラングで"dick rider"というので、それに基づいた言葉遊びでしょうか。Kendrickは当然、自分の音楽で生み出したお金を音楽業界や国家に掠め取られることを望んでいません。これには、Kendrickが黒人であることも大きく関係しているように思います。黒人はその文化を「いいとこ取り」されてきた歴史をもつからです。実際、このリリックにも「アメリカさんよ、俺が綿花を摘んだおかげでリッチになったんだろ、バッド・ビッチめ」という一節が登場します。


3. King Kunta

18世紀の黒人奴隷クンタ・キンテをモチーフにしたこの曲(クンタ・キンテについてはこちらを参照のこと)ですが、「キング(王様)」と「クンタ(奴隷)」が並んでいる撞着語法そのものがこの曲最大のテーマです。GKMCの成功とそれに続く活躍で、ラップ・ゲームの中心に躍り出た(=キングとなった)Kendrickですが、彼の成功を快く思わない人間や、打算で彼に近付こうとする人間も少なからず存在します。Kendrickはこのことを「みんなが俺の脚を切断したがっている」と表現しています。これは、脱出を試みたクンタ・キンテが右脚を切断されたというエピソードに由来しています。

曲が終わると、「君が葛藤していたのを覚えている。自分の影響力を誤用していた」というナレーションが始まります。この全貌は、アルバムが終盤に近付くにつれ、徐々に明らかになっていきます。


4. Institutionalized

「制度化された」という意味のタイトルのこの曲。KendrickがBET Awardsの授賞式に友人を連れて行った時のことが描写されています。お金に目がないその友人は、身の回りの華やかな人々を目にし、「こいつらから金品を奪い取ってやりたい」という考えが脳裏をよぎります。「制度化」とはフッドの流儀が身に染み付いていることを意味するものと思われます。自分より金持ちそうな奴からカツアゲする、というものです(これについてはGKMCの"The Art of Peer Pressure"や"Money Trees"でも触れられています)。Snoopがこの曲で言っている「友達をフッドから連れ出すことはできても、そいつからフッドを取り除いてやることはできない」というのが、まさにその「制度化」のことです。Bilalのフックでは、Kendrickのおばあさんの視点から「立ち上がってケツを拭かなきゃ、物事は変わらない」と歌われています。長年の生活で身についた悪習を断つのがいかに難しいかということです。


5. These Walls

このアルバムの中では比較的キャッチーな部類に入るこの曲ですが、表現は詩的で最も解釈が難しいかもしれません。"These Walls"の意味するものは?最初の2バースを聴いていると、女性器を意味しているようにも思えますし、実際そうでしょう。ムラムラした女性のアソコについて「内装がピンク」「洪水を起こしている」「どれだけこの壁の中で待てるかな」などと表現し、しかし上品にKendrickがラップしています。しかし、2バース目の途中からやや趣が変わり、社会的な内容に踏み込んでいきます。壁を「人々を隔てるもの」とし、「みんなが自分の壁が一番綺麗だと言う」(=他の奴らの壁は汚い)と、心の壁を作って敵対し合う人々の様子を描写しています。Kendrickはそんな壁を取り壊したがっているようです。そして、3バース目では趣が更にガラッと変わります。3バース目の「壁」は、GKMCでKendrickの友人Daveを殺した少年が閉じ込められた独房の壁です。その「壁」は少年に向け、「後悔してももう遅い」「アクセサリーを捨て、改心するんだ」「"Sing About Me"(GKMCに収録されている、Daveの兄弟の視点から書かれた曲)を聴け」などと語りかけます。そして、「巻き戻して1バース目を聴け」と。なんと、1バース目でムラムラしていた女性は、この少年の彼女だったようです!

曲が終わると、"King Kunta"の終わりに登場したポエムが始まります。「僕はホテルの部屋で叫んでいた」という一節の後に…


6. u

叫び声からこの曲が始まります。「君を愛するのは複雑だった」と繰り返されますが、この"u"は他ならぬKendrick自身です。何故Kendrickは簡単に自分を愛することができないのでしょうか?その理由がこの曲内で述べられています。ツアーに回っている間に妹が10代で妊娠したこと(=妹を守ってやれなかったこと。"Section.80"で女性の尊さを訴える"Keisha's Song (Her Pain)"を妹に捧げたにもかかわらず)、コンプトンにいない間に友人が殺され、死に目に会えなかったこと(このことについてはKendrickがツイートしていました)など。そして、3バース目では「俺はお前の秘密を知ってんだぞ」と言い、内に抱えてきたものを吐露し始めます。ロール・モデルとしての重圧を感じるとともに、環境が変わったことでかつての友人と疎遠になり、憂鬱な状態であったようです。このあたりは、以前和訳したXXLの記事にも記されているので、よかったらお読みください。


7. Alright

"Alright"と言いながらあまり「大丈夫」でなさそうなのがこの曲です。「色々あるけれど、神様がいる限り俺らは大丈夫」と宗教に活路を見出しているようですが、「痛み止めが俺に薄明かりをもたらしてくれる」「可愛い女の子とベンジャミン(=100ドル札)が俺のハイライトだ」「おかしくなっちまったみたいだ」「一日中悪徳に溺れている」「何も考えずにゼロというゼロを無くしてやる(=金を使い果たしてやる)」などと、自暴自棄な様子です。

ここでも曲の後にポエムが始まります。今度は「ルーシーの悪魔が僕につきまとっていた。だから、僕は答えを探して走ったんだ」という言葉の後に、次のトラックが始まります。


8. For Sale?

この曲に登場するLucy(ルーシー)は、ルシファーのことのようです。では、タイトルの"For Sale?"が意味するものとは…そう、悪魔に魂を売ることです。ルーシーはKendrickに甘い話を持ちかけます。「心配しなくていいから」「ポケットをいっぱいにしてあげるよ(=お金を沢山稼げるよ)」「君のお母さんをコンプトンから高級マンションに連れ出してあげるよ」などなど。どちらかといえば、悪いことをするというよりは、大衆に受けて簡単にお金を稼げる中身の無い音楽を作ることが、ルーシーに魂を売るということのように思えます。


9. Momma

憂鬱を乗り越え、ルーシーの誘惑を断ち切り、Kendrickはホームであるコンプトンに戻ってきました(タイトルである"Momma"は、まさにホームの象徴です)。自信たっぷりにラップしています。「俺は全てを知っている」という2バース目。コンプトンで生まれ育ち、ラッパーとして成功し、世界中をツアーで回ったKendrickは、本当に様々なことを経験してきました。その経験をシェアし、地元に還元しようとしているのが窺えます。余談ですが、GQのインタビューで「よいラッパーになるための条件は?」という質問に、Kendrickは「旅に出ることだね」と答えていました。外に出て異なるものを見なければ物事がマンネリ化する、と。マイルドヤンキーとは対極にある考え方ですね(それがホーミーと疎遠になった理由だったりして…はい、余計なお世話ですね)。3バース目では、Kendrickによく似た外見の男の子が登場します。自身の言葉に耳を傾ける子供たちの存在が音楽を作るインスピレーションになったということは、Kendrickもよくインタビューなどで話しています。最後のバースでは、名状しがたい感情を生涯求め続けてきたという、抽象的なことを高めのテンションでラップし始めます。「ゲトーでお前を見つけたと思った。17の頃、.38スペシャル弾を手にしながら。お前は1ドルの中にいたかもしれない。リアルじゃないかもしれない。金持ちにしかお前の気持ちは分からないかもしれない。俺はパラノイアかもしれない。いずれにせよ、俺はお前を必要としていない」と、その求めてきたものに話しかけています。それは神なのかもしれないし、悪魔なのかもしれません。


10. Hood Politics

ホームに戻ってきたKendrickは、久しぶりにフッドの日常を目の当たりにします。そこでは、それぞれが自分の領域をレペゼンして争い、互いを憎しみ合うという、国家のそれとはまた別の「政治」が繰り広げられています。この曲のフックに登場する"boo boo"という言葉は、ミックステープ"O.verly D.edicated"に収録されていた"Cut You Off"のフックにも使われている、他人をけなす言葉です。くだらないことに時間を浪費するフッドの人々を批判する"Cut You Off"と同様に、この曲でもKendrickはフッドの人々がいかに小さなことで争っているかを訴えているように思えます。3バース目ではSnoopやJay Zに言及し、自分がいかに大きな世界で勝負しているかをアピールし、刺激をもたらそうとしているかのようです。

このトラックの最後にも、ポエムが登場します。「愛する人々がその街で引き続き戦っている間、僕は新しい戦いに突入していた」というところで終わり、次のトラックへ移ります。


11. How Much A Dollar Cost

ホームレスとのやり取りが描写されています。このホームレスは、ガソリンスタンドで、高級車に乗るKendrickに10ランド(≒1ドル。ランドは南アフリカの通貨)を乞うてきます。それでパイプが吸いたいのだそうです。Kendrickはそれを断りますが、ホームレスは引き下がりません。Kendrickはホームレスに侮蔑の目を向け、ガソリンスタンドを去ろうとしますが、何かが引っかかってその場に留まります。そして、もう一度そのホームレスに10ランドを渡さないと告げます。ホームレスから漂う酒の臭いが、余計に10ランド与える気を削ぎます。すると、ホームレスは「1ドルさえあれば天国に行けたのに」と、自分が神であることを明かします。自己中心主義が自分を成功へ導いたと信じるKendrickですが、この出来事から、自分は施す側に回るべきなのかもしれないと気づきます。


12. Complexion (A Zulu Love)

タイトルの通り、「肌の色」がテーマのこの曲。奴隷制のあった頃、肌の色の濃い黒人ほど、マスターである白人の家から遠い屋外のプランテーションで働かされ、逆に色の薄い黒人は屋内で働かされ、マスターとの間に子供をもうけたという事実にも言及しています。肌の色など関係なく、どんな人間も美しいのだというメッセージは、"Section.80"の"F*ck Your Ethnicity"にも通じる部分がありますね。客演にはRapsodyが登場し、「茶色も、ヘーゼルナッツ色も、シナモン色も、ブラックティー色も、私にとってはみんな美しいの」とポジティブにラップしたうえで、「青(クリップス)もパイルー(ブラッズ)もみんな同じチーム、色なんて関係ない」と、別の意味の「色」にも触れています。


13. The Blacker the Berry

全バースが「俺は2015年最大の偽善者だ」というラインから始まるこの曲は、プロ・ブラック路線かと思いきや、最終バースで黒人間での犯罪(black-on-black crime)が多いことを指摘し、日頃自分たち自身で殺し合っているにもかかわらず、黒人が警官に殺されると嘆き悲しむことを「偽善」と評しています。Kendrick自身黒人であるとはいえ、この曲を発表するのにどれだけの勇気を要したかは、想像に難くありません。かなりの私見を含みますが、私がこの曲について書いた記事も参考程度にお読みいただければ幸いです。


14. You Ain't Gotta Lie (Momma Said)

「嘘をつかなくてもいいのよ」というお母さんの教えがテーマです。ここでの「嘘をつく」とは、何か隠し事をするための嘘というよりは「虚勢を張る」というニュアンスに近い気がします。周囲の人々の気を引こうとして「女はどこだ?」「金はどこだ?」などと訊くことや、銃を持ち歩いていると言うことなどを引き合いに出し、「嘘をつかなくていいんだよ」とKendrickが歌っています(この歌い方がとってもソウルフルで素敵です!)。「部屋で一番うるさい奴がコンプレックスを抱えている。元の場所に戻してやるよ」と、身の丈に合った生き方を奨励しています。ルブタンやハンドバッグ・フレンチネイルに目が眩んだ女の子や、高級車やお金・ビーフが大好きな男の子に「自分を愛さなかったら、何の意味があるんだ?」と問いかけるGKMCの"Real"に通じる部分がありますね。


15. i

Kendrickがライブでこの曲を披露しているという設定のようです。シングルバージョンとは少し違ったリリック・トラックになっていますが、大きくは変わりません(シングルバージョンの和訳はこちら)。しかし、途中で観客同士のいざこざで曲が遮られてしまいます。Kendrickはそれを「俺の時間にそれはやめてくれ」と制止します。「もう2015年だろ、もう犠牲者になるのはうんざりだ」「今年だけで何人の黒人を失った?」という言葉が印象的です。Trayvon MartinやMichael Brownの死がこのアルバムを製作するうえで大きなインスピレーションの一つであったことは間違いなさそうです。そして、アカペラでのバースを開始します。このバースは黒人がNワードを使うことに否定的なオプラ・ウィンフリーに宛てたものです。Kendrick自身も"Fuck Ni**as"のような使い方には否定的である一方で、エチオピア起源の"Negus"という言葉には「王」「皇帝」「統治者」の意味があるのだと説明します。「歴史の本はこの言葉を見過ごして隠してきた。アメリカは俺らを分断させようとしてきたんだ。ホーミーも自分たちが間違って使ってることに気付いていない。だから俺が説明して、この曲に入れてやる。N-E-G-U-S、俺と一緒に言ってくれ」と聴衆に語りかける姿は、さながら新世代の黒人のリーダーです。


16. Mortal Man

ツアーで南アフリカを訪れたことがこの曲のインスピレーションとなっているようです。「俺のフロウがマンデラの霊を進ませますように。この言葉がみんなにとっての地球となり月となり、みんながメッセージを吸収してくれますように。その過程で過ちや不調があっても許してくれ」というフックの後、ファンにこう問いかけます。
「何か間違ったことがあっても、ファンでいてくれるか?」
Kendrickはこれまで幾つかの曲で、自分が完璧な人間ではないということを強調してきました。「俺は信心深いとともに罪深い人間なんだ」「俺は罪人。きっとまた罪を犯すだろう」などのように。そんなKendrickにとって、何かの過ちを犯したときに人々が自分から離れていくのが、最も恐れるものの一つなのかもしれません。彼も命に限りのある一人の人間(Mortal Man)にすぎないのですから。

そして、"Mortal Man"というタイトルは、これまで少しずつ明らかになってきたポエムにも関係しています。ポエムの全貌がここで明かされ、これまでに経験してきたこと・感じてきたこと全てがそのポエムに繋がっていることが明らかになります(Kendrickはこれを『ポエムではない』と言っていますが)。その後、故2Pacとの疑似インタビューが始まります。"Me Against the World"からちょうど20年後にリリースされたTPABですが、Kendrickもまた、Tupacが生前感じていたことに共感できるステージに達したということなのでしょう。最後にはKendrickがもう一編の詩を読み上げます。これがまた素晴らしく感動的なのですが…あとはご自身でお読みください!




かなりの駄文・長文になってしまいましたが、
ここまでお付き合いいただいた皆さん、ありがとうございました。


全体として、TPABもメッセージ的な部分はGKMCと
大きく変わらないけれども、それを全く新しい視点から
全く異なるかたちで伝えているのかな、という印象でした。


最初にも書いたように、ハードボイルドと詩みたいな。


もっと深く読み込めば細かな仕掛けが色々とありそうで、
何度でも聴く価値のある作品だと思います。


若干気持ち悪い言い方をすると、こんなアーティストの
作品を堪能できる時代に生まれてよかったです。


この記事を少しでも参考にして聴いていただけたら幸いです。