悲報!近所の鉄道遺産が無くなった・・・orz | キハでGo!

キハでGo!

Blog of the Kiha, by the mid-aged man, for the Kiha lovers.

こんばんは!

本日は昨日と違って風もなく穏やかな一日で長袖シャツで過ごせるほどでした。

 

気が付くと本日から3月に突入し、日本車輛のカレンダーをめくると菜の花畑を走行する小田急ロマンスカー30000系「EXEα」でした。

あまり馴染みのない関東の私鉄車両ですが、鮮やかな菜の花畑を走行する写真は春の訪れを感じさせてくれます。

3月も変わらず過ごせればと思いますw

 

日曜日恒例の「スポーツ御意見番」はオチナカ・コンビです。

冒頭の話題はWBCにおいて今回から適用される「ピッチクロック」(走者なしは15秒以内、走者有は18秒以内に投球動作に入らないと1ボールカウントされる)と「ピッチコム」(サインスチールを防ぐために無線送信機で捕手から投手へ球種を支持する装置)でした。

 

投手の帽子にスピーカーを1枚目のように設置し、捕手は2枚目の送信機を足に装着し、ボタンを押すことで投手のスピーカーに球種が音声で流れます。

 

落合さんと中畑さんが野球帽を被っておられますが、ピッチコムを体験されていました。

駒田アナがボタンを押すと「内角・高め」と音声が流れました。これで外野からサインスチールされることは無いのですが、ボタンは10個ほどあり、組み合わせで色んな指示ができますが、捕手の方は使いされる必要があるのではと思います。また押し間違えると訂正はできるのかもしれませんが、「ピッチクロック」で時間が短いのと、メジャーで唯一、投手で「ピッチコム」を使ったことのあるパドレスの松井選手が体調不良のため辞退しており、本番までに投手も捕手も共に慣れておく必要があるようです。

野球界も色々と新しい取り組みがなされており、選手も大変ですw

 

他にはミラノ・コルティナ五輪が閉幕しましたが、簡単な振り返りがあり、中でもクロスカントリースキー女子団体予選にて、競技中に競技関係者の飼い犬「ナズグル」が乱入し、コースを全力疾走した話題が上がりました。

選手を追いかけ、観客から拍手を浴びんがら無事にゴールし、さらにゴールカメラにも撮影されていたようですw

競技としては関係者に「喝っ!」が入っていましたが、幸い、選手に追いつくことは無く、支障は見られなかったことで「微笑ましい1シーン」として紹介されていました。

 

午後からは散歩に出かけました。

まずは自宅近くの農業用ため池ですが、池の周りには写真の通り、転落した際に足を掛けることで出られるように段差壁が採用されていますが、その段差部分に鴨が休んでいます。一区画にぴったりと収まっており何とも言えない、ほのぼのさを堪能しましたw

 

津田駅から近くのメリヤス工場の旧津田駅看板を堪能し、東の山方面を歩きました。

途中、ハピネスパーク交野にある京都電気鉄道(京都市電の前身)のN電を堪能。こちらは日本初の電車で明治45年に製造され、昭和36年まで京都市内の路面電車として市民の足となっていました。

この車両は長く京都市内で静態保存されていましたが、京都市の財政難で維持が困難となり、2020年にこちらに引き取られています。この霊園は枚方の牧野にもあり、そこにも京都市電の1800型を引き取っており、当初はオリジナルの状態(詳しくはコチラ)でしたが、すぐに塗装変更を伴う改修が施され、JR九州の「ななつぼし」をイメージしたのか、見るも無残な姿(詳しくはコチラ)になってしまいました・・・(我が家の墓があり、月に一回、目にしますが、最近は色合いのせいもあり、汚れが目立っています・・・)

 

ただこちらの方はカラーリングは変わっていますが、枚方のように逸脱したカラーリングではないので、これがそのまま当時走行していてもおかしくない感じです。

そして中も覗いてみますと、枚方のようにステンドグラスなどにはなっておらず、車内も普通のロングシートになっていました。さらに2枚目の通り、昔の広告がそのままになっていました。

枚方の1800型も同じように保存してくれればよかったのですが・・・

 

歩みを進めると近くには高速道路の第二名神が通っており、このように巨大なコンクリート脚がいたるところに見られます。車の数も多いのですが、意外と静かでした。防音施工がされているのでしょうね。

 

高速道路の脚を抜けると学研都市線の踏切があり、ちょうど列車が来たのでパチリしましたが、タイミングが合わず、2枚目のような写真にw

一応、207系の未更新車でしたw

 

動画を撮りつつ、撮影ボタンを押したのですが、写真の方はシャッターラグがあるので、ちょっと早い目に押さないと先ほどのような、「ちょっと遅い」写真になってしまうんです・・・写真のみですと、連写が出来るのですがw

 

踏切を渡る際に両方向をパチリ!

1枚目は津田駅方面(木津方向)で、わかりにくいのですが、微かに津田駅が見えています

そして2枚目は河内磐船駅方面(京橋方向)です。

ストレートが気持ちのいい見晴らしでしたw

 

そして最後はボンの母校である小学校にあるワム60000を楽しもうと、まずは体育館側の方へ向かいましたが・・・

ない!

1枚目の通り、ワム60000の姿はなく、物置のような建物に変わっていました。ちなみに2枚目は4年ほど前にボンの運動会の時に撮影した写真です。この時は車体以外に固定に使用し、余った枕木もおかれていました。

こうなると嫌な予感が・・・

 

校庭にもワム60000が体育備品の倉庫として置かれていたのですが・・・

ない!

こちらも撤去され、スチール物置に変わっていました。片隅にあったゴムタイヤの山もなくなっており、すっきりとしていました。(同じく2枚目は4年ほど前の写真です・・・)

まぁ1961年から2年間に製造されており、60年近い年月を経ているので、写真の通り、老朽化もですが、何よりも鉄戸の開け閉めも半端なく重いとなると、入れ替わっても仕方ないのですが・・・

今日は小学校のワムを堪能しようと散歩に出たこともあり、ショックも半端なかったw

コチラに在りし日のワム60000達を・・・・

 

傷心した私は小学校横の機物神社でお参りをし、ディスプレイされた「織姫のはたおりき」を堪能し、一路、帰宅の途へ。

 

本日はなんとか旧津田駅の駅名標とハピネスパーク交野のN電で「テツ」分補給はできましたが、小学校のワム60000が逝ってしまったのはショックでした。

帰って嫁に話すと・・・

嫁:「PTAで運動会の準備をしたけど、扉が重いし、高さもあって、出し入れが大変やったからなぁ。なんでPTAの役してたときまでに替えてくれへんかったんやろ!」

と憤慨されていましたw

やはり容量はともかく、使い勝手は悪く、「テツ」でない人にすれば、なんの関心も沸かないのでしょう・・・

交野市内には先日、発見した国鉄C31型コンテナ以外に何か鉄道遺構なるものがあるのか、これからも散歩を通じて探してみたいと思います。(このワムハチは枚方なんで、ノーカウントです・・・でもワム補給として見に行こうかな・・)

でわでわ