TRONと日航機123便事故の関連について
ということで、日航123便事故(事件)の原因と背景についてなのであるが、先ず最初に、この事故が当時の日本のコンピュータOSのTRON(トロン)計画と関係しているのではないかと、つまり米国が日本の優れた技術力による画期的な製品の世界的な席巻を警戒し、妨害するために仕組まれたものではないかという見方がこれまで根強くあって、今も尚そのように見られることが消えていないことについて考察する必要がある。日航機123便にはトロン開発の技術者17人が搭乗していたことから、同機が狙われたという説もあるが、実際のところは松下電器産業グループの社員17人が搭乗していたがトロンとは何の関係もないということであり、直接的な因果関係はないと思われる。しかし80年代の時代背景として考えた時に、この日本のトロン計画というものは、少なくとも米国にとっては、国の命運を左右するほどの貿易障壁の火種として見做されていたことは事実であって、決して無視できる要因ではないと思われる。今からは想像できないかも知れないが、80年代の日本の経済力の勢いは物凄いものであったのだ。日本の世界における半導体シェアはトップで、50%を占めていたのである。経済大国の日本は、「ジャパンアズナンバーワン」などと言われ、欧米諸国が見習うべき研究対象であったのだ。日本の企業は世界一の金持ちであり、アメリカの精神的な象徴であったロックフェラー・センタービルを三菱地所が買収したり、ソニーがハリウッドの映画会社であるコロンビア・ピクチャーズを買収するような時代であった。アメリカ人の日常の生活の中にも日本製の電気製品が溢れていたことは、当時の有名なアメリカ小説である「アメリカン・サイコ」にも描かれていたことからもよくわかるものであった。要するにそのような時代にトロンという日本のコンピュータOSが標準的な規格として採用され、普及、定着することに対する米国の拒否反応や警戒感というものは、我々日本人の想像をはるかに上回るものであったと考えられる。それはトロンの開発者である坂村健氏の対談による発言を聞いていても、もちろん日航機123便の関連についてなどは一言も言及されていないが、トロンが開発段階で製品ができていないにもかかわらず、貿易摩擦だなどと日本のマスコミに決めつけられ煽り立てられて、風評被害を受けたと憤慨していることからも当時のアメリカの警戒感や日本政府への圧力がいかに強いものであったかということが想像できるというものである。それで結局、USTR(米通商代表部)がスーパー301条の対象品目にトロンを指定したりということから、日本の企業までもが怖がって警戒感を持つようになり、パソコンのOS分野からは撤退せざるを得なくなって、その後のマイクロソフトの全盛時代を迎えることになったのである。
ということで、日航機123便事故との関連を考える時に、多くの人は日本は実質的に米国の属国であり、どのような理不尽な政治要求であってもそれを甘んじて受け入れて消化し、耐え難きを耐え、2週間に1度の頻度で日米合同委員会も開かれていて、米軍からの内政干渉を受け入れているのだから、いくら何でもそこまでのことはあり得ないではないかと考えるのであろうが、政治と経済は異なるのである。政治がいかに子分や奴隷であっても、経済がご主人である宗主国を凌駕するという事態はあり得るのであって、それが80年代の日本の黄金時代なのである。また政治においても、今の時代よりまだ若干は日本の自主独立に向けての気概というものもあったと言えないのはないのであって、そういうことを総合的に考えた時に私は日航機123便墜落とトロンは、一つの時代背景として間接的な関連要因であったのではないかと考えるものである。またトロン計画だけでなく10日後には先進国首脳会議による円高ドル安へのプラザ合意というもがあったのだが、時代の節目というかアメリカにとっての飛躍となる転換点としてのイベントが必要であると計画された可能性はあると私は考えるものである。但しそれを米国政府や米軍が計画したのではなくて、首謀者はいわゆるDS(ディープ・ステイト)と呼ばれる超国家的な組織というか存在であろうということだ。DSは国家の背後でその国の政治や報道を操りながら、世界レベルでの国家間の富の配分を決定し、その操作によって選ばれたごく一部の者が莫大な富を獲得できる体制を長期的な視点で構築しているものである。実際に米国は日本とは正反対に1980年代後半から株価が急激に上昇し始め、今日にまで続く空前の好景気であり、まさに米国にとっての黄金時代なのである。しかしその米国も内部的に見れば貧困層は拡大しているし、明日に希望を失った人間が麻薬の乱用でゾンビになったような光景もフィラデルフィアのような都市では日常的な光景になっている。要するにごく一部の者だけが富を独占していることから、無気力な人間が増加し、分断が進み、内部崩壊に瀕しているという危機感からトランプ大統領が現れて、DSの支配を脱したアメリカファーストの偉大な国家を再構築しようと闘っていると見れるものである。日本という国も一見、分かり難いが本当はアメリカに従属している以上に、アメリカをも支配するDSに蹂躙されて、そのしもべのような存在に成り下がってしまっているのである。だから日航機123便墜落事故のような悲惨極まりないイベントが発生するのだと言える。1985年以降の日本の歩みをよく考えて頂きたい。40年前は日本人は企業戦士やエコノミック・アニマルなどと揶揄されるほどによく働き(もちろんそれが良いことなのかどうかは何とも言えないが)、日本全体に活力があったものだが、いつの間にか国の方針で訳の分からない祝日が作られたり、働き方改革とかで残業が禁止されたりというような規制などによって日本のGDPが低下するのも当然のことである。それらも結局はグローバリズムの中でのDSにとっての公平な労働環境のルールを押し付けられているだけのことだと考えられる。生産性の向上も画期的な技術革新もないのに休日を増やして労働時間を減らしても全体的に貧しくなる一方なのである。誰かに文句を言う元気もなくなり、ひきこもりも鬱病も増える。それで今や日本はまともな政治も報道も何もないゾンビのような国になってしまったのである。
しかし希望が全くないわけでもない。どういうことかと言えば、日航機123便墜落事故は1985年の出来事で、1945年の終戦から40年が経過していたが、今は2025年ということで日航機事故から40年、戦後80年である。80年周期説というものがあって、社会や文明において80年ごとに大きな変化や転換期が訪れるということで、実際に今年に入ったあたりから日本の株価も上昇し始めて、どういう訳か日経平均株価も高値を更新し続けている。元CA凛子さんのユーチューブ動画において元政府関係者の良心でボイスレコーダーの全文という真実が公開される事態になったこともこの80年周期説による必然的な事象として考えられなくもない。真実に光が当たり始めてきたのだ。TRONも再評価され始めている。全てはつながっているのである。世界は確かに良い方向に向かって歩み始めている。平気で嘘をつき続ける自民党やマスコミもいつかは罰せられる日が来るであろう。そして地獄の底に堕ちるであろう。そう信じて残された日々を生きていくことにしよう。
(吉川 玲)
際限なく情報空間を歪ませる自民党政権
ということで、前回の続きを述べようと思うのだが、その前に元CA凛子さんの「ボイスレコーダー極秘開示」のユーチューブ動画についてのコメントへのレスで、赤字部分の音声が入っていないから捏造であるなどというコメントが結構な数で見受けられることの「現象」について、私が感じるところの印象や、その背景についての分析の方がある意味でより重要だと思えるので、先にそちらについて記述することにする。そもそもボイスレコーダーの無音部分は、会話が途切れていたのではなくて、事故調査委員会や政府によって削除や継ぎ接ぎがなされていたものである。当初は全体を公表しない理由について、プライバシーを守るためだなどと説明されていたが、あのような乗員、乗客全員の生命が関わる緊迫した場面で呑気に家庭内のことや日航内部の誰かの不倫についての噂話でもされていたとでも言うのかということである。常識的に考えてあり得ないことで、政府や事故調査委員会にとって不都合で国民に知られたくない部分が消されていたことは否定しようのない事実である。それで1985年当時であればボイスレコーダーの記録媒体は磁気テープであったと思われるが、編集、改竄される前のマスターテープは、政府にとっては絶対に公開されてはならないいわば国家機密のような物なのだから、どこかの場所で厳重に保管されているか、或いは証拠隠滅で破棄されてしまっているかのどちらかなのであって、要するに今回公開されたボイスレコーダーの赤字部分が無音なのは当然のことなのである。赤字部分は流出したテキストデータである。仮にマスターテープが廃棄されていたとしても、テキストデータの原稿は改竄される前の全文が保存されていることは、普通に考えて当然のことである。なぜなら編集で消された音声部分の内容が国民だけでなく、年月の経過の中で政府関係者にとってもわからなくなってしまえば、追及されたり、説明を求められたりした時に矛盾や齟齬が生じてしまうからである。それゆえに厳密に言えば、今回のボイスレコーダーの動画における赤字部分が、捏造や創作であると難癖を付けられる余地が全くないと言えないことはない。しかし仮にそのような捏造や創作を無理やりはめ込んだものであれば、どうしてもそこには何らかの違和感や不自然さが生じるものである。誰がどのように受け取るかは、その人の勝手であるとも言えるが、今回のボイスレコーダー全文の公開内容については、健全で標準的な知性や感性の持ち主であれば、信憑性が極めて高いという以上に真実そのものであると確信するものであると言えよう。そもそも仮にそれが捏造や創作であるとするならば、そのような不謹慎そのものの520人もの死者に対する冒瀆行為をして一体、誰にどのような利益があるのかということと、横田基地管制塔との交信内容や横田基地への着陸寸前に入った段階で自衛隊の戦闘機と思われる相手から無線で「横田は危険です。ターンレフトして山に向かってください」と言われ、「このままでお願いします」と懇願しながらも、「2次被害が出るからターンレフトして山に向かってください。命令です。」というやり取りの緊迫した内容が捏造や創作であるなどとは、到底考えられないものである。結局何が言いたいのかと言えば、そのような真実そのものでしかあり得ないような重大な情報に対して、難癖を付けて捏造や創作であると決めつける意見が多数見受けられる現象が、きわめて不自然であって違和感しか感じられないということなのである。私が言いたいことがお分かりであろうか。要するに日航機123便、ボイスレコーダーの政府にとっての不都合な真実が消去されたことと同様に、SNS上で公開された真実の情報に誰かに難癖を付けさせて上書き消去させるような工作活動が、恐らくは自民党政府によって今も日常的に行われているであろうということである。それはこの日航機事故だけの話しではなくて、コロナワクチンに対する否定的な意見に対しても日常的に見受けられてきたものである。自民党政権は一方でSNS規制法案を作って自由で真実を求める言論を抑圧しながら、それと合わせて水面下でこのような難癖の工作活動も展開させていることはほぼ間違いのない事実なのである。そのために多額の金を、年間にして20億円とか30億円などと言われている官房報償費の一部を充当させているものである。官房報償費が合法的な政府予算であると言っても元々は我々国民の税金が原資となっているものである。これが私の言うところの自民党唯一性の深刻極まりない弊害なのである。自民党は金の力で真実や真実を求める声など消し去ったり、コントロールすることが出来ると考えていて、そのような活動を当たり前のように常態化させているのである。いや、そういうことしかしていないのが、そういう発想しか持ち合わせていない組織がザ・自民党であるということである。オールドメディアの論調もそのような金の力と記者クラブ制度の元での情報提供の制限などといった言わば飴と鞭でいかようにも方向づけることが出来るということである。我々国民は基本的にそういう現実をきちんと認識していなければ何らかの情報に接した時点で既に政府の都合の良い型にはめ込まれて、コントロールされ利用されているのだということを知らなければならない。そうでなければ最終的に自分や自分にとっての大切な人の命も守れないということである。とにかくも我々国民の選択肢は真実を消し去らせさせるのか、自民党自体を消去させるのかの二択でしかない。自民党の唯一性は不滅であっても、それを徐々に弱めて相対的に消去の方向に向かわせることは不可能ではないはずだ。そしてそれが日本にとっての新しい時代の幕開けであり、日本国民が安心して生活できる政治体制への第一歩であると思われる。一朝一夕にはいかないであろうが、百年掛かるのか千年掛かるのかわからないが、ローマは一日にして成らずだ。国を変えるには国民が自分のことだけを、自分の利益だけを考えていたのでは絶対に無理なのである。
(吉川 玲)
恐るべき日航機123便事故の真相
ということで、本当に衝撃が大き過ぎて言うべき言葉が見つからないのであるが、自分の身体と魂に鞭打つように気合を入れて述べるとするならば、この三日間ほど改めて考え続けていたことがあって、それは私の日航機事故についての長年の疑問でもある。元CA凛子さんのユーチューブ動画を見ても明らかなように、いや見る前からわかっていたことだが、1985年の日航機123便事故についての事故調査委員会の調査発表や政府の公式見解が真っ赤な嘘であることは、100%否定しようのない事実であって、それを今更、根拠のない陰謀論だとか、冒瀆であると言うのであれば勝手に言ってろとしか言いようがないのであるが、未だによくわからない疑問点があって、そのことが私の頭を離れない。それは日航機123便をミサイルで撃墜した戦闘機が自衛隊機であるとするならば、もちろん米軍機である可能性もある訳だが、仮に自衛隊の訓練ミスで標的機が日航機123便の垂直尾翼を破壊したことが事故原因で、その事実を隠蔽し、証拠隠滅のために横田基地への着陸を妨害し、山に追い込んでミサイルで撃墜したということであれば、当然にそれは米軍機ではなくて自衛隊機であろうという推測が成り立つ。そしてその場合に、それではその撃墜を一体、誰が承認したのかということなのである。いくら何でも焦った自衛隊が暴走して、単独の判断でそのような暴挙に出たというようなことは、日本の文民統制の原則の下では絶対にあり得ないことである。常識的に考えれば当時の日本の政治責任のトップであった中曽根康弘総理大臣でしかないということになる。それで実際にネットの情報では、自衛隊幹部が中曽根総理に123便撃墜の許可を求めた電話内容を盗聴したとされるものが以前から出ていた。そのやりとりは以下のようなものである。
「私はこんなことをするために総理大臣になったのではない。」
と自衛隊幹部に言った後に
「都市部に墜落しなければいいんだけど。」
「国民に知られないようにするならば撃墜許可をする」
と言い、自衛隊幹部の
「目撃者や生存者がいたらどうしますか」
との質問に対しては
「なんとかしろ。」
と答え、さらにその意味を問いただしたところ
「私をこれ以上人殺しにするともりか。なんとかしろはなんとかしろという意味だ。」
と怒鳴りつけたということだ。
その場面の情景が浮かんできそうなセリフで、それなりのリアリティーはある。それでもう今から10年以上も前のことだけれど、どうしても気になった私は大阪府立図書館まで1985年8月12日の中曽根氏の行動を当日発行の朝日新聞で調べに行ったのであった。そうしたところわかったことは、中曽根氏は日航機123便の事故が発生した18時25分は、軽井沢の別荘に静養に行っていた帰りの特急電車の中にいて、官邸にはいなかったのである。実際に当時のニュース映像で静養先から戻ってきた中曽根氏がどこか駅前で日航機事故についてのインタビューを受けている光景を私は朧気ながら覚えている。それで高濱機長が爆発音を聞いてスコーク77を発信した18時25分から御巣鷹山に墜落した18時56分まで僅か31分の時間しかないのである。携帯電話もないような1985年の当時に、もちろん総理大臣であれば緊急時の通信機器は持っていたのかも知れないが、電車の中で通信状態も悪いであろうし、何の情報もない状態で、実質的に僅か10~20分程度の間に、上記に述べた盗聴されたとされる会話や撃墜の許可が出されたとは、到底、考え難いのである。微かな記憶ではっきりとはしないが、確か中曽根氏は電車から降りたって記者からの取材で、初めて日航機事故を知ったような、どこか白々しが感じ取れる「惚けた」ような反応を見せていた。普通に常識的に考えれば、電車の中で事故を知って、撃墜命令を出したというようなことはあり得ないのであるが、一方で中曽根氏は記者から日航機墜落事故を聞かれて平然とした顔つきで「ほぉー、どこで?」と答えたとされる情報があるのだが、確かにその光景は私の記憶とも一致しているものである。中曽根氏は演技をしていたのであろうか。演技をしていたとすれば、それはどのような意味を持つものなのか。恐ろしい推測ではあるが、仮に日航機事故が自衛隊の訓練中のミスによって偶然にその日時に発生したのではなくて、あらかじめ意図的に仕組まれたものであるとすれば、そしてその情報を事前に中曽根氏が知っていたとすれば、その日時に中曽根氏はわざと官邸を離れていたと考えられなくもないということである。計画を知っていて官邸にいれば、リアルタイムの対応や反応でばれる危険性も高いので当然のことである。また最終的に墜落した現場が群馬県の御巣鷹山であるということも中曽根氏が群馬県出身であるということと関連があるとも見れる。実際に当日の報道では墜落地点が本当はわかっているはずであるのにわからないような、或いはミスリードさせる内容のもので、墜落場所が長野県の御座山(おぐらさん)とされて、そこに夜間に捜索が入っていたのである。長野県が否定していたにも関わらずである。そしてその時間帯に群馬県の御巣鷹山の麓の入山ルートでは群馬県警によって厳重に立ち入り規制がされていたということであるから、中曽根氏にとっては長野県に墜落するよりは地元の群馬県の方が警察を動かせやすいという見方も成り立つということである。そしてその間に実際の現場では自衛隊の特殊部隊か別班が証拠隠滅の活動をしていたのである。尚、私は当日のNHK報道で、今ではそういう報道があった事実そのものが否定されているが、現場の山中かどこかの場所で自衛隊員が何らかの理由で射殺されたとアナウンサーが言ったことをはっきりと記憶している。恐らくは特殊部隊ではない自衛隊員が、墜落場所がわかっているのにどこかで待機命令を出されていて足止めをされているのを良心の呵責に耐えかねて救助に向かおうとしたところを射殺されたのである。しかし私は今まではそこまでは考えていなかった。そこまではという意味は、日航機事故が意図的に仕組まれたものであるということである。はっきりしていることは、日航機が最終的にミサイルで撃墜されたということと、日航機事故が自衛隊の訓練ミスによって偶発的に発生したものであれば、そしてその事実を隠蔽することが目的であれば、必ず誰かの撃墜許可が必要であるということであり、もう一つのパターンの事前に仕組まれた計画であったならば撃墜許可は不要であったであろうということである。これはこの日航機事故の真相を考察する上で非常に重要な視点である。正直に言って私は今までは、意図的に仕組まれた計画であるとは考えていなかったので、日航機の墜落命令を出したのは当時の防衛庁長官であった加藤紘一氏ではないかと考えていた。中曽根総理が不在であれば、そして自衛隊にとっての存亡の危機である緊急事態であれば、自衛隊の幹部にしてみれば無理やりでも加藤紘一氏に撃墜の許可を出させる以外に方法はないからである。そしてそうであったのであれば中曽根氏が言った「真実は墓場まで持っていく」との発言内容とも符合が感じられる。つまり中曽根氏自身が直接的に関与していたのであればそういう発言にはならないようなニュアンスであるというか、事後的に報告を受けた真実を墓場まで持っていくというように感じ取れるということだ。そして加藤紘一氏は2006年に自宅が放火に合って全焼するという事件があったのだが、その放火事件と日航機墜落事故とも関連があるように私には感じられていたということである。
しかし今、改めて思うに、冒頭に述べた通りこの三日間ほど考え続けてきたことであるが、当時の総理大臣であれ防衛庁長官であれ、僅か31分の時間内で、実質的には10分程度の意思決定の時間しかないであろうから、自衛隊の戦闘機に民間の航空機を撃墜させるような大それた決断を日本の政治家ができるとは到底、考えられないのである。ということはやはりこれは事前に仕組まれた計画であったのではないかと、ごく一部の人間だけが事前にその計画を知っていて事後に各方面に圧力を掛けて真実を隠蔽してきたと考えることが自然な見方のようにも思える。では誰がどのような目的でそのようなそのような計画を実行したのかということになるが、自分で書いていて怖くなってきたので、気分を落ち着けるためにも今日はこの辺でやめておくことにしよう。
(吉川 玲)