サイエンティストとエンジニア
「サイエンティストは解ける問題を解く。
エンジニアは解かなければならない問題を解く。」
このアインシュタインの有名な言葉を今思い出した。
自分はどちらかというとエンジニアの側なのだ、
とアインシュタインは言いたかったと後世に解釈されている。
なぜ、自分がこの言葉を思い出したかの理由は分かっている。
実際に自分自身が解かなければならない問題が今あり、
その問題が解けないで悶々としていたからだ(笑)。
アインシュタインの上記の言葉を、
ぼくなりに言い換えてみると、
「科学者、評論家は解くことができる問題を解く、
実務家、起業家は解かなければならない問題を解く」
となる。
起業家は今ある問題を解かないと困るから、問題を解こうとする。
しかし、その問題は誰かに提示されたものではない。
元はといえば、自分が抱いた問題意識を自分に提示した問題であることに気付く。
では何のために、自ら問題提示をしたのか。
何らかの自己成長意欲の表出か?何らかの自分の存在感の確保のためか?
これも、自分ではなぜかなのか分からない「問題」の一つだ。
などと、自問自答してみたりしても.......良い知恵が浮かぶわけはない!
ぼくは今考えることから逃げているだけ........その通り!
そうだ!もう一つ思い出した!
「想像力は、知識より大切だ。知識には限界がある。想像力は、世界を包み込む。」
というような.......アインシュタインの言葉も.......。
とにかく、今日は今から論理の積み上げ思考を止めてみよう!
「想像力」を働かせて、世界を包み込んでみよう!(笑)
良い知恵が湧いてきますようにと祈りながら.........。
教育理念が定まらない日本
今日は久しぶりの友人と再会していました.
彼は米国在住の日本人ビジネスパーソンです。
早速、日本の教育の現状についての憂いの話になりました。
彼とは考え方が一致していて、本当にうれしかったです。
今、文部科学大臣が口にしているのは、「ゆとり教育」→「ペーパーテストの成績向上」へ
舵を切ることです。OECDの調査結果から、『日本の子どもたちの学力低下がはっきりした』
という理由から、「ペーパーテストの成績向上」を目指しているようです。
では、この学力向上政策が功を奏して、国語、算数(数学)、理科、社会の4科目で
世界一になったとしましょう。それがどうしたというのでしょうか。
そうなれば、若者の労働意欲が向上して、無業者が減るとでも思っているのでしょうか。
国際競争力が高まると思っているのでしょうか。
結果的に国民の幸せにつながると思っているのでしょうか。
ぼくの答えは否です。
一つぼくの持論ですが、まず文部省という名称を変えるべきです。
「文部」は大昔の大宝律令(飛鳥時代の西暦701年制定)のころの言葉です。
当時の言葉の「大蔵省」を「財務省」と、現代語にして意味が分かるように、
すでに改名しているのですから、「文部省」も少なくとも「教育省」か「人材育成省」、
理想的には「能力開発省」と改名するべきです。
また、文部科学大臣が毎日発している「教育」という言葉を「能力開発」と言い換えれば
この国の教育政策は変わると思います。
例えば「わが国の教育レベルの向上」を「わが国の能力開発レベルの向上」と
言い換えるということです。
ではこの「能力開発」の最終目的とは何か?
大人になって幸せを感じることができるようになるために、
この「能力開発カ」を実施するべきなのです。
さまざまな異論があることを承知で持論を申し上げると、
1)人間関係が良い(家族、友人、仕事関係の人等)
2)健康な状態(=体調が良いこと)(家族、友人、仕事関係の人等も))
3)お金が十分にある状態(=キャッシュフロー、将来の資産)(家族、友人、仕事関係の人等も)
※これは僕が出会った社会人に「幸せな状態とはどういう状態か?」の本音をヒアリングしてきて集約した3項目です。
の3項目を大人になって享受できることにつながる「能力開発カリキュラム」が必要です。
(もっと挙げれば、さまざまありますが.......)
OECDの調査結果で「ペーパーテストの成績向上」を文部科学大臣が最大の政策目標に
しているような国では情けないと思います。
「ペーパーテストの成績向上」はあくまでも手段だからです。
この国(文科省)の教育政策に教育理念がないことが起因して、
教育政策がはっきりしないのだと、ぼくは思います。
最後に、教育基本法の改正法案も今国会では議決しないことになり、先延ばしされました。
一国の教育理念が迷走しているこの国を、何とかしないといけません。
人生の先輩
先週、ぼくの「人生の先輩」と久しぶりに会った。
もう30年以上お世話になっている方で、今年還暦を迎えられた。
さまざまな話をした。雑談をしたり、ぼくの「迷い」についても話をした。
ぼくの一方的な話をひとしきり聞き終わった後、その方はこう言った。
「日々生かされていることに感謝しなさい」、と。
この一言だけだった。
その後、ぼくは一所懸命考ざるを得なかった。
「生かされている」とは果たして、どういうことか?
少なくとも「生かされている」は受動形で、
「生きている」の能動形とは違う。
では、何によって「生かされている」のか。
これも少なくとも、人が生きるために日々最低限必要な要素
(酸素、水、食料、等)に生かされていることに他ならない。
周囲の人々やことばにも日々生かされている
「感謝する」とは噛み砕くとどういうことか?
「ありがたい」と感じることである。
では、「日々生かされていることに感謝する」の
反対の意味のことばは何か?
「日々自力で生きていると当たり前に思って、
生かされていることをありがたいと感じない」となる。
「日々生かされていることに感謝する」ことは自然界の法則に則ることで、
すばらしい人生を送るための大切な条件なのだと、今は直感している。
また、「日々生かされていることに感謝する」ことを精神基盤にすることによって、
「自分は何をミッションとして日々生かされているのか」を解明する精神的段階に
初めて昇華できるのだろうな、とも今は感じている。
その方に面会できたこと自体に感謝している
自分が今はある。
阪神大震災と企業のCSR活動
今日で阪神大震災(1995年)から10年経った。
被災者には、あらためてご冥福を祈る。
今日はぼくにとっては感無量だ。
そうはいっても、ぼくは当時被災していないし、だから今メールをできている。
当時、ぼくは福井県福井市のビジネスホテルに宿泊していて、
早朝に揺れを感じて飛び起きて、屋外に出た。
兵庫県から離れた福井市でも震度4だったようで、鉄道はすべてストップして、
バスで石川県の小松空港に向かって、東京に帰ったことを思い出す(当時26歳)。
その後、東京に帰ってTVを見て、被災地の光景を見た。
悲惨極まりない光景だった。
その直後に、CES設立に当たってのステークホルダー向けの
エッセイの締め切りがあった。
ぼくは、こう書いた。
「ただその時その場所にいたというだけの理由で、理不尽に、阪神大震災で人が5千人以上命を落とした。何か悪いことをしたの報いでも何でもない理由によって人々が命を落としたのだ。だから、ぼくは命を賭けてこの事業(子ども向け起業教育事業)をやる。このことをきっかけに、私が1984年にスリランカに高校生として AFS交換留学したときの激しい内戦を想起した。連日、阪神大震災やイラク戦争と同様に、ただその時その場所にいたというだけの理由で、理不尽に、1年間で約1万人以上が命を落とした。そのような事実を目の当たりにしたり、スリランカでは、ぼくは運よく死を逃れることができた。それらの死者の死を無駄にしないために、少なくとも今自分が暮らす社会をよりよくするために、何らかの行動を起こす必要がある。なぜなら、今自分には命があるからだ!」
というような内容のエッセイを提出した
ことを、今思い出す
(追記:先月、急に強烈な津波が発生したというだけで、
また3万人以上のスリランカ人が命を落としたのだ)。
話は転じて、本日の日経新聞は企業のCSR(企業の社会的責任)活動の
特集を組んでいる。
その責任を果たす5項目のうちの一つに「社会貢献活動」がある。
ぼく個人としては、上記のような惨事が
今後起こらないようにするような活動をすることは、
今のぼくにとっては非現実的だが、少なくとも今日本に暮らしている
無限大な未来がある子どもたちがたくましく生きていくことを
サポートすることは現実的な活動だからだ。
今、自分ができることを徹底的にやる。
これが、企業のCSRの基本だと思う。
赤の他人、もちろんその人たちが外国人であっても、
に対して自分がどれだけコミットして支援できるか、
がその人間の価値を決めると信じて疑わない。
それこそ、明日、地震、津波、戦争が起こって、
結果どうなっても、悔いのない職業人生を生き抜きたいと、
自分は思っている。
アントレプレナーとアントレプレナー活動の研究者
先週、久しぶりに大学のケーススタディの授業を見学してきました。
あるベンチャー企業のケースを事前に読んでおいて、
そのケースを作成した先生の授業に学生が臨むというものでした。
そこで、先生から、「なぜこの会社の創業者の○○社長は、なぜこの会社を起業した
のだと思いますか」という質問がありました。
大半の学生は「この会社の事業にマーケット性があると分かったから始めた」とか、
「リスクテイキングな性格だったから」というような主旨の発言をしていました。
一人、社会人の方が「○○社長は馬鹿だから....確たる勝算があったとはとても思えないし....」
とも発言されました。
その後、そのアントレプレナー本人が登場され、直接学生の質問に答えました。
「なぜ起業したか」に関しては、「サラリーマンになりたくなかったから」という
主旨の無難な答えに終始していました。
授業終了後、懇親会があり、相変わらずそのアントレプレナーは
本音を語っていないように、ぼくは察しました。
懇親会終了後、偶然そのアントレプレナーと二人で電車に乗車しました。
ぼくは、何も聞かずとも、彼の起業の根源的理由は分かっていました。
ぼくが、起業の本当の理由は、
「ただの普通の人に終わることが恐ろしくてしようがなかったからでしょう」
というと、「全くそのとおりです」と」答えました。
この起業の理由は、世界中の多くのアントレプレナーに当てはまりますが、
日本人の成功したアントレプレナーは「起業した本音」を隠す傾向があります。
その反対はアメリカ人で、本音を率直に語る場合が多々あります。
ある著名なアメリカ人のアントレプレナーの著書から以下に引用します。
「ゼロから起業したアントレプレナーを会社設立へと導いたもの.......
何か根源的、半ば無意識な欲求、つまり、この世界に自分の印を残したい、
自分の足跡を時の砂の上に残したい、という欲求。
アントレプレナーが本当に恐れるのは、自分が単なる大衆の一員となり、
人々から忘れ去られるかもしれないことではないでしょうか」。
「アントレプレナーであるということはどういうことでしょう。とても簡単なことばで表現できます。
「自由!」なのです」。
学生やMBAの人々は、時にアントレプレナー経営者とサラリーマン経営者や
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経営は心だ
年末年始に休んでいる間、普段もより多く考える時間と
少しの読書の時間が持てました。
以前、ぼくが尊敬する経営者に「経営とは何か」とう問うたところ、
「心だ」という答えが返ってきました。「はい、そうですね」と思わず返したものの、
何も感得していた訳ではありませんでした。
このことを年末年始に考えていたのです。
その経営者に必要な「心」とは何か。「人に優しくできること」だ感じました。
では、「人に優しくできる」とはどういうことなのか。
文字通り「人を憂うことができる」ということだと考えました。
では、「人を憂うことができる」とはどういうことなのか。
「人を心配することができる」ということでしょう。
では、「人を心配することができる」とはどういうなのか。
これも、文字通り「人に心を配る」ということです。
ここで、出発点に戻りました。
つまり、ぼくが尊敬する経営者がおっしゃった「心」は、「人に心を配る」ことなのだ、と
今は感得したつもりです。ようやく、謎が解けた気分に勝手になっています。
付け加えるとしたら、その「心配り」が、目前の現実的視野を超越して、
不特定多数の全く見知らぬ人々に対して可能になれば、
「偉大な経営者」になり得るのではないかと考えたりもしました。
このことは、経営者(リーダー)は、ただ現実的では不十分で、
創造的、理想的でなければいけないということを示します。
こんな年頭所感を抱きました。
友人と今日議論になって・・・
今、久しぶりに友人と会って、多くのことを話してきました。
友人は、「近所のクリスマスの装飾が過ぎた。
原子力発電によって発電がなされていて、
その発電によって環境破壊がなされていて、そのことに無神経に
この近所のクリスマスの装飾は過ぎた」と言いました。
ぼくは、まずそうだろうとは思いましたが、経済的に現象を分析する癖があるので、
「東京電力、東京都、日本国のエネルギー政策の論理から、
それは仕様がない、との論理を展開しました。
しかし、今痛感しています。
根本的には、友人の主張が正しいです。
結果的に、こういう所作が人々の幸せにつながっていくと思います。
ぼくが、論理的だということを金科玉条に、そのことの実現のための
TPOを主張していただけなのです。
人はビジョナリーであることが幸せにつながるというのが、ぼくの持論です。
その意味では、ぼくの友人の方がビジョナリーでした。
自分以外の誰かが幸せになることを、まず人はなすべきだと信じて疑いません。
まさに、「先義後利」の理念につながるのです。
仕事とは何か
今年も残すところ2週間となりました。
ぼくは、例年通り、正月三が日以外は、仕事をします。
では、仕事(本業)とは何でしょうか?
その仕事を通して、その仕事人が幸せになることを目的とした活動だと思っています。
これまで、とくに社会人の能力開発の仕事をしてきたこともあってか、
多くの大人に尋ねてきました。「あなたがこのようになったら幸せだ」と
思えるのはどういう状態か、と。
その答えは3つに大別されます。
1)人間関係が良い状態(家族、友人、仕事関係の人等)
2)健康な状態(=体調が良いこと)(家族、友人、仕事関係の人等も)
3)お金が十分にある状態(=キャッシュフロー、将来の資産)(家族、友人、仕事関係の人等も)
ここで、1)~3)を統括するのは、「自分の存在感(誰かから必要とされている感覚)
が感じられること」ではないでしょうか。
1)や2)や3)の状態にあることによって、その人は存在感を感じることができるか
ら幸せだと感じることができると思うのです。
もし、存在感がないと本人が感じてしまったとき、誰も自分を必要としていないと感
じてしまったとき、毎日が辛い日々となるでしょう。当然、将来への夢は持てなくなるでしょう。
今日の報道では、小、中、高の子どもの自殺が今年は5年ぶりに増加したらしいです。
子どもが自殺するということは「もう絶対に自分にとっての明日はない」と感じたか
らに他なりません。自分の存在感が限りなくゼロに近くなったと感じたからです。
もちろん自殺しなければ、社会人でもない子どもに明日がないことは絶対にないのに....です。
話は前回のBlog
に飛びますが、殉職する可能性が極めて高い仕事を自ら選んだ友人
二人をぼくが尊敬するという話をしました。
では、彼らの職業上の幸せ感は何なのでしょうか。
もう、お気付きのとおり、この二人は1)、2)、3)の状態を通しての人々の幸せ感
をはるかに超越した幸せ感を保持しています。
当たり前ですが、1)~3)に代表される人々の幸せ感は、その当事者の生命があって
のことです。その生命を救うことに、この友人二人は「本業で」取り組んでいて、その仕事に自分
とっての幸せ感(存在感)を感じているのです。
繰り返しになりますが、ぼくは、どうしても彼らの存在、職業観をを尊いと感じざるを得ません。
いつも、ぼくの勇気を奮い立たせてくれる彼らの「仕事」に感謝しています。
尊い職業(仕事)とは?
昨日、「13歳のハローワーク」を読んでいました。
全部で514種の職業が掲載されています。
前回記しました内戦中のスリランカ留学
以来、最も尊い職業人とは、
他人の生命を救うことをミッションとする職務(職業によっては、殉職する可能性が
他の職業よりも高い)に自ら就く人だと考えるようになりました(自分の職業は現時
点ではそうではないですが)。「13歳のハローワーク」にもそういう職業がいくつか紹介されています。
ぼくの友人に当てはまる職業に就いている人が二人います。
消防官のJ氏と国連職員のA氏です。現時点では、二人とも殉職していません。
消防官のJ氏は中央大学卒業後、自衛官になり、今は消防隊員を本職としています。
普段は消防署に詰めていて、火事が起きると緊急出動します。
もちろん、耐火性の消防服を着用して、燃え盛る火の中に突入して、
人命を救助したこともあります。あるとき、ぼくの自宅で酒を飲みながら「なぜその
職業に自ら就いたのか」とたずねました。
「自分が選んだ職業上の任務だから仕様がないでしょう。人命を救う
職業に就いていることを誇りに思います」と答えました。
もう一人の国連職員のA氏は、早稲田大学在学中に交換留学で米国行き
→日本の大学中退→米国の大学を卒業、大学院に進学→国連に就職
→各国の紛争地域(3ヶ所以上)のみに志願して派遣される。
という経歴です。日本に初めて転勤になったと2週間くらい前に突然連絡がありました。
数週間以内に彼とは再会することになるでしょう。
彼とぼくとが出会ったのは、高校時代の東京における留学第二次試験のときでした。
お互い15、6歳で今から約20年前でした。試験の合宿が終了して、意気投合して、
会場だった参宮橋から新宿まで小田急線の線路を歩いて向かったことを今でも覚えて
います。その後、新宿駅に到着して、彼が常連の新宿歌舞伎町の店に入って、彼がボトルキー
プしていたサントリーオールドのボトルを空けながら、彼は「世界平和を自分は実現する」と明
言しました。そのために、「自分は国連に就職する」と明言しました。当時は1984年で、彼は16歳
でした。彼は明言したとおりNYの国連に就職し、自ら紛争地域への赴任を希望し、実際に赴任
し、地域住民の生死に直面し、もちろん自らも何度も殺害されそうになりました。
繰り返しになりますが、「13歳のハローワーク」では、全部で514種の職業が掲載
されています。その中で、彼らはなぜ職業上殉職する可能性が高い職業を
自ら選んだのでしょうか。
ぼくは、どうしても彼らの選択を尊いと感じざるを得ません。
スリランカ内戦(1984-5)に学んだこと
テレビでイラクの内戦の状況を観ていて、ぼくが体験した
20年前のスリランカの内戦を思い出したので記します。
1984年1月~12月、高校1年生のときにAFS交換留学生として内戦中の
スリランカの田舎のラトナプーラ(宝石の町という意味)という場所に
1年間ホームステイしました。
ちなみに、スリランカへの日本人高校生の留学は史上初だったそうです。
何からお話するか迷うのですが、現地で生活をしていた者として、思い出したキー
ワードを並べると、内戦(自爆テロ、置き爆弾、外国人誘拐、等々)、
戒厳令(=外出禁止令)、自然災害、宗教、
文明レベル、人々......でしょうか。
文明レベルで言えば、首都の昭和20年代後半だと在留邦人が
口をそろえて言っていました。
辛かったことは、挙げればきりがないのですが、
毎夜蚊に刺され腫れる上がること、
毎日見ず知らずの人から身体を触られること(日本人は珍しいため)、
ぼくが日本から持参したモノやお金を奪おうとすること
(日本人は大金持ちという強烈なイメージがあったので。
ホストファミリー、学校の先生、警察官を含む)、自動車、自転車、電話、バスタ
ブ、洗濯機が自宅にないこと、水道水が常に茶色なこと、食事メニューが毎日ほぼ同じで
貧弱(カロリー不足?)なこと、日本語と現地語(シンハラ語という)の辞書がまだ存在しなかったので、
日英、英日、英語シンハラ語の3種類の辞書をいつも持ち歩かなくてはならなかったこと、
外出禁止令と大雨による自然災害で1年の約1/4は自宅を出れなかったこと、国内旅行に行って、
ベッドがなくコンクリートの上に雑魚寝すること。
.....きりがありません。
精神的、物理的に本当に辛かったです。
良かったこと、感動したことは、現地人でカトリック教会の神父とホストマザーのみは
ぼくを金持ち日本人としてではなく一人の人間として親交してくれたこと、
たまに行く首都コロンボで文明的消費生活が楽しめたことや英語がどこでも通じたこと、
自爆テロと置き爆弾テロから3度も逃れられたこと(運が良かったです)、などです
1985年に成田空港に到着したときの感動は今でも忘れません。
これが天国というのかもしれないと本気で感じました。
とにかく、何もかもがすばらしく、輝いて見えました。
あえて例えれば、第二次大戦後の毎日必死で生き抜くことがすべてだった
混沌としていた昔の日本→35年後の超文明社会の日本にタイムマシンで
到来したようなものでした。
しかし、高校に復学して、時が経つにつれて、窮屈な気持ちも芽生えてきました。
「なぜこの国の人は細かいことや細かい違いばかり気にして、問題にするのだろう」
「高校生にもなって、なぜこんなに幼稚なんだろう。世の中の問題を話題にして議論しないのだろう」
「なぜ大学受験の成否がその後の人生を決めると大人も含めて信じているのだろう」
「なぜ大人も含めて楽しく、明るく生きようとしないのだろう」。
そんなことを毎日考えて気がふさがっていたとき、救われた感じがした優秀なクラスメートがいました。
現在、占星術師として大活躍している鏡リュウジさん
がその人です。
彼とは当時ベストセラーになった「宇宙からの帰還」(立花 隆 著)について語り合いました。
宇宙飛行士が地球に帰還してのインタビューを集めた本でした。元宇宙飛行士の多くが
宣教師になっている事実に興奮したことを今でも覚えています。
結局、1983年~2002年の20年間のスリランカ内戦で約6.5万人が命を落とし、
約100万人が難民化したそうです。当然ぼくの友人も命を落としたり、
外国へ逃れたりしました。
現在のイラクの状況は当時のスリランカの状況と相似しているとも想像しています。
そうだとすれば、食糧不足で餓死するような状況ではないので、現地の普通の人々の
大半が今本当に必要としているのは、日常茶飯のテロ活動を減らしたり、一掃してもらうこ
とより、住宅(インフラ復旧を含む)と毎日の仕事ではないかと想像しています。
今回は20年前のスリランカでの生活を述懐しました。
こんな何不自由ない平和な日本に暮らしていて、感謝しなければいけないと
本当に思います。と同時に、その生活に甘んじることなく、一層挑戦する人生を歩ま
ないとスリランカの内戦で命を落とした人たちに笑われるとも思ってしまいました。