うとうの競輪日記 -5ページ目

'05 X'mas旅打ち日記-1

12/23(金) 雪・・「競輪バカ一代!大雪の中部に突撃の巻」


 9月の3連休を境に、全くもって最低最悪な深夜残業休日出勤の雨嵐に見舞われて、3桁残業を強いられる日々に競輪を打つ気力も削がれていたウトウであったが、漸く一段落着いた途端、無性に競輪が打ちまくりたくなり、12/23~25にGⅢ岐阜開設記念競輪金華賞争奪戦に行って参りました。


 ご存知の事と思いますが、12月の西日本は雪害に見舞われており、23日も名古屋・岐阜は大雪の予報。


 当日は朝5:00起床。前日まで「東の果てで調査出張」だったウトウにはかなりキツかったが、仕事じゃないので一発で起きる。 そそくさとシャワーを浴びて念のために水落し。

 車で新千歳空港へ向かう。市内は-5℃程度だったのだが、道中の国道に設置されていた気温計は-14℃を示す。 氷点下繋がりの余談であるが、明治35年1月25日にウトウの故郷でもある北海道旭川で国内最低気温氷点下-41℃を記録している。 実は、何とも運の悪い事にこの寒波の最中、仮想敵国ロシアを見据えた軍事訓練が行われ、青森県弘前から一行が八甲田に向けて出発。そして山中で遭難し200人余の死者を出す。世に有名な惨事「八甲田山死の行軍」は稀なる大寒波と重なってしまったのである。


 閑話休題。


 出発1時間前に新千歳空港に到着。 丁度日の出と重なる。「パン!パン!!無事に辿り着けますように。」

千歳空港

 予約していたチケットを購入し登場口へ。悪天候を考慮し、名古屋に飛行機で行くのは諦めてAIR DO「北海道国際航空」の羽田行を予約しておいて大正解。 空港に行ってみると名古屋便は始発から欠航が決まっていた。


 出発ロビーで恒例の「空弁:石狩鮨」に「生ビール」で朝食。ウトウのほかには朝7:00からビールを呑んでいるアホな輩は居ない・・休日最高!


 飛行機は定刻出発。 羽田行の千歳便は、いつも低空で千葉市上空を通過したあとに「ゆりかもめ」に沿って西上し羽田に着陸する。 当日の関東の天候は良好で千葉競輪場を上空より確認。 千葉競輪は場所が悪いので客の入りも悪い(大抵3,000人くらい)と聞くが、上空より観察するとモノレールらしき軌道が見えた。この辺のお客は乗換すら面倒なのだろうか。そして関東平野の向こうには富士山がドンと鎮座。B-29が富士山を目印に東京に爆撃を加えたという話を思い出す。


 羽田に着いて急ぎ京急で品川へGO!!品川駅で「みどりの窓口」に行き、切符を買おうとするが・・行列。しかも津軽弁オヤジ一連や中国語を話す旅行者などなど難敵揃い。 時間的に厳しくなってきたので静岡競輪に行先変更しようかと思ったが、初志貫徹で名古屋まで指定席を取り10:54の「のぞみ」に乗車。


 通路側座席に座っていると、さっき飛行機から見た富士山が新幹線の車窓からもくっきりと見えた。思わずデッキまで出て拝んでしまう。 車内販売がまわってきたので弁当を買う。残り1個だったため問答無用で「いくら丼」に決定。 浜松から雪の影響で徐行運転ではあったものの、10分程度の遅れで無事に名古屋着。

 ここからダッシュで在来線ホームに向かい岐阜までの切符を購入。ホームに出ると大混雑で電光板の列車表を見ると30分以上前に到着予定の電車が未だ来ておらず、在来線は大混乱。しばらく待つと米原行の鈍行電車が到着。なるべくなら新快速に乗りたかったので運行状況を駅員に聞くが、「分からんのや~来た電車に乗って。」との回答。 何も分からんのに何用でこの駅員はホームに居るんだ!?


 仕方なく鈍行電車に乗った途端、対面に新快速電車が到着。ドアが閉まる前に急いで降りて乗り換える。 しかし、この新快速は尾張一宮まで快調に走行したものの、その後はノロノロ運転で岐阜駅直前で止まってしまった。 外はかなり雪が積もっていて更に降り続いている。携帯で確認すると岐阜競輪は開催しているらしい・・・素晴らしい根性である。


 正常運行ならば名古屋から15分で岐阜到着のハズであるが、倍以上かかって漸く岐阜駅に辿り着く。競輪ファンと思しきオヤジを一人発見したので後ろに付いていったのだが、どうもこのオヤジも迷っているらしい・・・・明らかに金津園の方角に向かおうとする彼を捨てて自力で競輪バスを発見し乗車。 発車待ちをしていると、さっきのオヤジも乗り込んできた。やっぱり競輪ファンだったのか。

 

 ガラガラのバスは雪の中を競輪場に向けて出発。道路も雪でグチャグチャなのだが車は結構走っている。まさか夏タイヤ・・・・。


 車窓から立派なスタンドが見えて競輪場に到着。下車し50円硬貨を入れてゲートを通過するとオバちゃんから3角クジを貰う。13:30過ぎてる時点でクジが貰えるなんて・・・やっぱり場内ガラガラ(翌日の新聞によると入場者2700名)。しかしクジはハズレ。

岐阜競輪-3  岐阜競輪ホーム側入場口


 7Rを購入しガラガラな場内でも一際ガラガラなバックスタンドへ行ってみると客が居ないのに警備している係員を発見。「いつもこんな入りなんですか?」と聞いてみたが、そんなことはなくやはり大雪の影響らしい。バックスタンドの中には結構お客さんが居り、閉鎖した穴場を「ファンルーム」として開放。旭川競馬場みたいだ。同じく、穴場を「喫煙場」としても開放していたが、穴場の穴を塞いでいないので煙が漏れてきていた。おいおい・・意味ないじゃん。


岐阜競輪-1  ガラガラのバックスタンドから4角方向を望む


 ホーム側をウロウロしていると、予想コーナーを発見!!何と!!!自称・競輪ファン代表でタレントの「伊藤克信」氏が中部スポーツの記者とレース予想をしているではないか!!!

伊藤克信 前を向いた克信氏の写真もあるが・・・後ろ向きをどうぞ


 彼のお陰でただでさえ寒い岐阜がもっと寒くなってしまい、遂には中部スポーツの記者に駄洒落を流されてしまっておりました。頑張れ!ふるさとダービー盛り上げ隊々長!! ちなみに写真を撮るウトウに係員がビックリしたような顔をされるの巻。 ひょっとして、克信ファンとでも思われたのでしょうか?!


  旅の恥は掻き捨てよう。


 人気のまばらな競輪場で一番当てが外れて可哀想だったのは場内の食事処。売れ残ったオニギリを値下げして販売(¥130⇒¥100)していたのでウトウは3つも購入して食ってしまった。串カツ(¥100)とドテ焼(¥100)なども食す。どうして競輪場に来るとお腹が減ってしまうのでしょう。モグモグ。


岐阜競輪-4  ガラガラのホームスタンドより発走台を望む


 この日は7~11Rを打って10Rに3連複¥2780を当てただけに終るも、とりあえず当たって良かった良かったと言ったトコロ。 8R2次予選出走の渡部哲男(愛媛・84期)が相手を舐めきった捲り狙いミエミエのぶざまな競走の末にぶっ飛んで猛烈なヤジを浴びる。行かずの哲男でゴッチャゴッチャになった展開の間隙を突いて大薗宏(茨城・71期)が突き抜けて2車単で満州ナリ。11Rでは直前の佐世保記念を優勝した阿部康雄(新潟・68期)が素晴らしい伸びで2着に突っ込み好調をアピール。


 帰りのバスでは「阿部はドエリャ~伸びたのぅ!」と言う話題でもちきり。一人のオヤジが「幸二は3着かいのぅ・・・」と呟いていたのが印象的であった。


 競輪場をあとにしたウトウは、名鉄で犬山に向かいバイオレンス氏と盆以来の再会を果たし、駅前の白木屋で呑む。彼は明日(クリスマスイヴ)も朝から晩までバイト掛け持ちらしいので、程々に2時間ほどで散会。


 呑み会は散会でもウトウはマン開でして(馬鹿)・・・宿をとった名古屋へGO!え?!岐阜の金津園??ウトウは泡は好きじゃないんですよ。ウトウ三等兵は土耳古(トルコ)旅行より船橋ヘルスセンターを選ぶのであります(大馬鹿)。大胆不敵にも「東横イン」ロビーにて名古屋情報を検索。繁華街「栄」のほかにも名駅西口にもあるらしいのでソチラにGO!! 

 無料案内所を探索してみたが、名古屋というのは「船橋ヘルスセンター」すら掲示はご法度との事。札幌ススキノは「土耳古旅行」ご法度で「船橋ヘルスセンター」はセーフなのだが・・場所によって違うのね。結局、お手頃料金の「8番車」を選びGOしてみるも・・・・ボッタクリではないが何ともヤル気の無い店にハマってしまい、¥12,000をミスミス失ってしまった。あーヤダ。


 名駅キヨスクで明日の競輪新聞を購入し、ホテルそばのコンビニで泡とオカズを購入しホテルで一杯し1:00就寝ナリ。あー銭コ損した。 

'05盆旅打ち日記-6

8/18(水)晴天・・「江戸文化鑑賞」の巻


 旅行からだいぶ経ってしまってからのカキコゆえ、天気すら曖昧。


 朝ギリギリにホテルをチェックアウト。荷物は宅急便で一足早く札幌に送ってしまい身軽である。


 地下鉄で九段下下車し、「昭和館」なる博物館へ行ってみる。メインは昭和16~20年の戦時下の暮らし。

札

 ちなみに、写真は昭和戦前~戦中に使用された紙幣。各紙幣の中央上には菊の御紋が配されており、肖像は「100円:聖徳太子」「20円:藤原鎌足」「10円:和気清麻呂」「5円:菅原道真」「1円:武内宿禰」。みんな天皇と関わった人物ですね。

 

 「菊」で脱線するが、埼玉知事の「菊川怜を餌付けした」は、ウトウ的にかなりグッと来るエロエロな言葉に思えました。是非、ウトウも餌付けしたいですな。さらに脱線するが、日曜夕放映の「真相報道バンキシャ」で、福澤朗アナが菊川怜を妙な照れくささを伴いつつ「お菊さん」と呼んでいる。ウトウは2人が怪しい関係なのではと邪推している。


 さて、この博物館には映像資料室で昔の記録映画を検索できる。早速、競輪バカなウトウは「けいりん」で検索してみると幾つかのニュース映画がヒット。第1回全国争覇競輪の模様などを伝えるニュース映画を鑑賞。やっぱり昔の競輪場は活気があって羨ましい。


 次は、渋谷にある浮世絵専門の「太田記念美術館」を訪れる。専門的知識は皆無ですが、ウトウはかねてより生で浮世絵を見てみたかったので、嬉々としてしばし鑑賞。浮世絵の風景画って構図が大胆で素敵です。

 

 昼飯は・・どこで食べたのか記憶にない。


 14:30からは、日本人なら一度は観ておいた方が良かろうと思っていた歌舞伎見物。歌舞伎は朝から夕まで興行しているが、それぞれの演目は1~1.5時間程度。この1演目のみを手ごろな値段で鑑賞することが可能である。「一幕見料」と言い¥700程度である。地下鉄駅から地上に上がると歌舞伎座の前はオバサン連中でごった返していた。一幕席にも座席はあるが、ウトウは遅くに並んだせいで立見となってしまった。

 演目は「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」。感想は・・・幾らなんでも立ち見は辛い。今度はもう少し早めに並んでゆっくり鑑賞したいものである。


 歌舞伎座を出ると既に16:00をまわる時刻。飛行機までの時間がまだ少々あるので、歩いて浜松町にある古銭店に向かう。歩いていると何かのキャンペーンをやっていて緋色の団扇を貰った。脇のビルを見ると、ガラス張りの1階が同じ緋色で彩られて、パソコンが並んだショールームとなっており、数人のオヤジが係員にパソコンの説明を受けている。 


 「何だろう?」と団扇の裏側を見てみると、「競馬予想投資ソフト」と書いてある・・・・。そして大変親切な事に、「体験者の声」も掲載されているではないか!


・相澤○也さん(52歳)

 競馬で投資。正直戸惑いを感じました。ギャンブルには手を出さないと決めていましたが、商品を見たときはかなりのショックを受けました。上手く表現できないのが残念です(だったら言うな!)。毎週末、家内と楽しんでます。

・中西○次さん(48歳)

 誰もが思うように、私も「誰が買うんだろ?」と思っていました。しかし、一度ショールームに行ってビックリ!現在運用していますが、驚くほど安定した収入を稼いでおります。貴方も今以上の生活を望むなら、このソフトお勧めです。


 競馬が投資の対象になるなんて初耳です。普段「ギャンブルなんて悪だ!!」と決め付けている人が、甘言を並べられてコロっと騙されるんでしょうね・・・・。


 その後、古銭屋を2件ハシゴ。気がついたら結構ギリギリの時間となってしまい、京急で羽田空港に到着したウトウはダッシュで一番遠くにあるAIRDOの搭乗カウンターに向かった。ところがカウンターに着いてみると、搭乗便が機材繰りの関係で定刻より1時間遅れに変更になっていた。急いで損しました。


 しかし、お陰でゆっくりとお土産を購入することが出来、搭乗ロビーで空弁を食しながらビールをグイグイ。結局、1時間半遅れでウトウを載せた東京をあとにしました。 


 おわり。

平日のサテライト石狩へ行く-2

 今日は仕事で札幌近郊へ。仕事が早く終わったうとうは帰巣本能が無いので、上司を抱き込みサテ石狩へ。


 入ってみるとかなりの盛況。100人は軽く入っていたと思います(そんな程度・・と思ってはいけません)。はっきり言って、こんなに入ってるサテライト石狩を見るのは開設直後以来かも。特観にもチラホラと人影が見えておりました。


 禁煙も徹底されており、タバコ吸いながら「元選手の予想コーナー」に現れたオヤジが怒られていました。


 農家のお父さんが多いので、農閑期ならば平日の方がヒマなのかも知れません(日曜あたりは法事が多い・・田舎ですから)。


 「まだ、なんとかなりそうだな。」と思いました。


 ちなみに、12Rの中継で有坂直樹(64期・秋田)を「初代・夜の帝王は云々」と紹介していたのには場内から失笑が漏れていました。  

女子競輪について・・・「函館競輪40年のあゆみ」より

 図書館から借りてきた「函館競輪 40年のあゆみ」 には、女子競輪の欄もあったので写真をどうぞ。


 ご存知の通り「女子競輪」は、レースの迫力が男子選手に及ばないという欠点が女子選手の高齢化によって一層進行したため人気が急落。昭和39年に廃止されてしまった。


 現在、ネット上などで「女子競輪」を復活させてはどうかと言った意見が散見される。鼻の下を伸ばした新規の男性客を取り込むことが出来そうだし、ウトウも良いのではないかと思っている。10Rのうち2Rくらいはムチムチした若い・・あくまでも若い女子競輪選手の御足を金網の下の方から・・あくまで下の方から覗き込みたい。


女子競輪-1  

 後ろに見える看板は北海道老舗百貨店「丸井今井」。縁起でもない・・

女子競輪-2

 ♪い~や~んバッカァ~ン♪そこはお乳なのぉ♪アハァーン♪(歌:林家木久蔵師匠)



函館競輪について・・「函館競輪40年のあゆみ」より

 市営函館競輪は道営札幌競輪に遅れること半年、1950年に開設。札幌が廃止の憂き目に遭ってしまった現在では北海道唯一の競輪場である。が・・売上は減少し入場者数も1000人を割り込むという悲惨な状況が続いている。廃止されやしないかとウトウは非常に心配。「函館競輪 40年のあゆみ」という本を札幌市立図書館から借りてきたので、画像を何枚か掲載します。


1.昭和25~31年ころ


函館競輪開幕  函館-1

        開幕~!ドッピュン          レース風景(札幌は金網なのに函館は木柵)

函館競輪-2  函館競輪-3

場内の喧騒(左側下方:婦人2名でモミモミ)   予想屋いっぱい(運上さんは居るのだろうか)


2.昭和33~34年ころ

函館競輪-4  函館競輪-5

これまた予想屋いっぱい(ニッポン競輪・・)    レース風景(木柵変わらず・・)


2.昭和41年ころ

函館競輪-7

        正面スタンド新築


4.昭和47~49年


函館競輪-8  函館競輪-9

  場内喧騒(みんなーどこに行ったの?)      ギャル!ギャル!ギャルだぁぁ!


 余談だが、戦前の函館は小樽と並んで北海道の中心都市であったらしい。終戦間もなく函館から札幌に嫁いだ婆ウトウは「札幌ってこんなに小さな街だったのか」と思ったそうな。
 

 新競輪場しか知らないウトウは、この写真を見てはじめて1角から階段を下りたところにある小さな広場が、かつては予想屋さんがひしめく大賑わいの売場だったという事を知りました。