これでは天使達がこの社会にやって来れるわけがありませんね。
ユダヤ洗脳映画はここでも宇宙人=インベーダーであり
地球社会の脅威として印象付けられるようです。
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ジャン=クロード・ヴァン・ダムの蹴りが炸裂?! 『UFO 侵略』
RBB TODAY 3月1日(金)11時45分配信
『UFO 侵略』 (C) 2012 Springwood Ltd. All Rights Reserved
ある朝、目覚めた若者5人は原因不明の停電に気づく。
ラジオは雑音ばかりを流し、携帯電話はつながらない。
外に出た彼らが目にしたのは街を覆うほどの巨大なUFOだった……。
ジャン=クロード・ヴァン・ダム出演最新作『UFO 侵略』が3月30日、
日本公開される。
[巨大なUFO]
若者は人里離れた農場で暮らすマイケルの叔父のジョージに助けを求める。
宇宙人の到来に備えて何年も前から準備していた元特殊作戦隊のジョージは
変わり者とされていたが、彼は正しかったのだ。
元特殊作戦隊のジョージを演じたのはヴァン・ダム。
ジョージの助けを借りて、マイケル(演:ショーン・ブロスナン)やキャリー
(演:ビアンカ・ブリー)がUFOに立ち向かう。
ヴァン・ダムの娘であるブリーは、端正な顔立ちには似合わない、
体を張ったアクションを披露した。
『ハード・ソルジャー 炎の奪還』に続いて二度目の父娘共演だ。
リーダーシップを発揮するマイケルを演じたのはショーン・ブロスナン。
ジェームズ・ボンドを演じたピアースの息子だ。
UFOの強大な力に苦戦を強いられる彼らは、
愛する人を守り生き延びることが出来るのか。
『UFO 侵略』は3月30日、シネマート六本木、
シネマート新宿にてロードショー。
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地球社会のサタン達は
どうしても天使たちの到来と創造主の法の福音を
避けたいようです。
クリスチャンはみな気がつくべきです。
イエスキリストは
空から雲に乗ってやってくると言ってい事をです。
フォースフィールドで生じた雲に覆われた宇宙船こそ、
イエスキリストを運んでくる新しいエルサレムの象徴だと
理解できない物でしょうか。
これでは天使がこの社会に
地球の軍隊をかいくぐって強制的に訪問するにも、
今度はこの社会の人間達に
イエスキリストがインベーダー扱いされかねませんね。
最近のニュースは嘆かわしい内容ばかりです。
私達が今この地球社会に存在していると言うことは
私達は自分が与えられているこの地球社会の中のレッスンを
未だ終えていないという事になります。
「私達は学ぶべき課題から逃れることは出来ない」
とアダムスキーに話したのは
アダムスキーの元妻であった金星の少女でしたが
私達はその時々の生で間違いなく何らかの
課題を持って生まれて来ていると思います。
記憶を持っての転生を果たしている人間達に関しては、
課題がどのように与えられるのかは想像できませんが
少なくとも私達は、
覚醒していて今も進化の最中である彼らと異なり、
与えられる課題の目的自体が
私達の覚醒に繋がる物である事は言うまでもありません。
そしてその課題は私達、個人個人によって異なる事にもなります。
私達の置かれている精神状態が
その人それぞれ異なることになるからです。
そして私達個々の人間の覚醒の障害となっている意識を改善することが
おそらくは課題の中心になるであろう事も想像が出来ます。
これが個人個人の課題が異なるであろう理由だと思います。
その人間を躓かせているものが、お金や物への執着であれば
その人間は執着を無くすまで、お金や物を理解させられ
それへの執着を捨てるような機会を
課題として与えられる事になると思います。
その人間を躓かせているものが個人の見栄やプライドであれば
謙虚な気持ちを持てる様になるような機会が
与えられる事になると思います。
私達が創造主の法の存在に気がついていれば
自らその課題を果たすために
日々、その課題を意識して生きる事も出来た事かと思います。
しかし現実はそうではありません。
私達はこなさなければならない課題を、
課題と認識することも出来ず
それを苦痛と感じれば、それから逃れる事と
心が心地良くなる事ばかりを考えてきました。
時には自分を納得させるために自分の心や良心を騙しながらです。
でも、いつまでもそんな事を続けられない事も
私達は理解しています。
私達は創造主の法に従って生きている分には
永遠を生きる事の出来る存在です。
でも創造主の意識からかけ離れ
その想いと異なる存在と変貌した時には
存在し続ける事は出来ません。
そして今はもう多くの人間が
その選択を迫られている時だと思います。
私はこの記事をきっかけに
一人でも多くの人間が創造主の法の実態に
気がついて欲しいと切望しています。
私の精神状態を壊そうと攻撃し続ける人間達がいますし
いつまでも記事を書き続ける事も出来ないからです。
私が真摯な想いで、自分には何の得にもならない記事を
消えていくかも知れない人間達の事を想って書いていてさえ
この人間達は私への挑発行為を止めないのです。
そしてこの人間達が持っているのは誤った真理。
それを蔓延させるだけにとどまらず
一方では他人がそこから抜け出す事さえも妨害し続けているわけです。
私達に対しての創造主の想いが”永遠の命”なのですから
それと対極の意識を持っている人間達の意志は”魂の滅亡”かもしれません。
「どうせ自分達は創造主の法の下
長く存在する事はできない。
ならば他人をも巻き込んで
この今の生だけでも心地良い想いをし続けたい。」
そんな意識を持っているのかもしれません。
今日はアダムスキーが触れていた
私達が意識すべき事として書かれた内容を引用して、
私なりの解釈を交えて取り上げてみます。
覚醒者や理解者には
もう繰り返し取り上げてきたような内容でもありますが
魂を消そうとしている人間達にこそ
最後のきっかけにして欲しいと想い書きました。
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地球人のレッスン
私は彼ら異星人が生きているのと同じ位置にまで
進歩をとげたと言えば、これは真実ではない。
しかし人間は永遠なるものなるがゆえに、
まじめに努力すればそのいずれも進歩の行路を一歩遠くヘ私を導くのである。
それには仕遂げねばならぬ永遠の道とともに絶えまなく努力を要する。
賢明な人は一瞬一瞬を生きることを学ぶにつれてこそ
進歩が自分のものになることを知っている。
進歩というものは常に現在においてあるものだからだ。
過去は過ぎ去ってしまっている。
そして人がいかにそれを変えようとしても決して変えることはできない。
手を伸ばして未来をつかみ取る事もけっして出来ない。
すぐ近くまで来ている瞬間をも取る事はできない。
それが到着する時こそ現在である。
以上は地球人が学ばねばならないレッスンである。
地球人に代わってそれをやってくれる者はいないのだ。
それは丁度一個人が他人に代わって食物を食べて、
しかも両方が利益を得る事が出来ないのと同じである。
成長と進化は個人的な問題だ。
道は示されるだろうが、各人が自分でそれを旅しなければならないのだ。
ある人は大通りを旅する事を選んで、
刻々もたらされるレッスンに出会ってはそれをマスターするかもしれないし、
それとも回り道を選ぶかもしれない。
選択は各自にまかされている。
異星人達が私に語ってくれた事柄は新奇なものではない。
数千年間彼らの知恵は地球人に向けられてきた。
過去において地球人はあれこれと言い訳をしながら
それを無視することを選んできた。
彼らは我々にただ気づかせようとしているだけで、
しかも簡単なわかりやすい言葉で幸福と平和に生きる道をなおも示している。
それは子供達のすべてにたいする”父”の意志である。
子供達が多くの住み家を持つ”父”の広大無辺な家の中のどこにいようとも──。
大自然のあらゆる面に表現されているように、
それは分裂というもののない永遠の融合を示す一つの生命なのだ。
ひとたびわれわれが大自然を教師として受け入れるならば、
多くの神秘的事象は全く簡単に内容を語ってくれるだろう。
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【私は彼ら異星人が生きているのと同じ位置にまで
進歩をとげたと言えば、これは真実ではない。】
私達が意識すべき進化・進歩には
精神的な側面と科学的な側面が同時に存在してます。
50年前の天使達の話では地球社会の科学力は
天使達の科学力と比べても、
それほど大差は無くなっていると言う話でした。
「じきに地球社会は宇宙船を作り上げて
宇宙空間に飛び出していくだろう」
そんな趣旨の事をマスターや天使達も語っていました。
ただしその前に私達には克服すべき事があると言う
趣旨の話もしていましたが。。
もちろん私達の社会の科学の進化は
私達だけの手柄ではあり得ませんが
その事の詳細は以前から触れているとおりです。
いずれにしても、天使達の社会に限りなく近づいている
地球社会の科学力の進化。
しかし私達が目標としなければならない進化は
物質的な科学や文明の進化だけではありません。
太陽系の天使達が日々実践しているような精神的な進化こそが
私達にとって重要なのであり
本来であれば私達は科学の進化と並行して
人間の精神状態も進化させなければいけないのです。
しかし現状を見つめてみると私達の精神状態は
2000年前にイエスキリストが
”父の教え”を福音していた時代と何も変わってはいません。
それどころか、もしかしたらそれよりも
遥かに悪化している可能性が高いのです。
少なからず2000年前の地球社会は
消えて無くなる寸前の魂で満たされた社会では
なかったはずです。
イエスがその教えを提示すれば、
それを理解して受け入れる事の出来る人間が大勢いました。
しかしこの社会はすでに多くの人間が、
独自に自分の心にとって心地良い教えを
すでに真理として受け入れてしまっていて
アダムスキーと天使達によって”創造主の法”を提示されても
それに見向きもしませんでした。
その傾向が今の時代では更に加速化している事も見て取れます。
それどころか創造主の法を眼の敵にして
それを意図的に捻じ曲げたり隠蔽するような人間で溢れてもいるのです。
この社会で暮らしている私達の精神的な進化は止まっている。
もしくは私達は時間の経過と共に
精神状態を退化すらさせているのです。
それは、私達が延々と転生を繰り返しながら
誤った価値観を信じ込み、それに重きを置く一方で、
私達が創造主から毎回与えれて来たであろう課題を
無視し続けて来た事に由来するはずです。
私達は創造主に与えられて来た課題を無視するだけでなくて
毎回の生において新たなカルマを作り上げては、
生まれ変わるたびに課題を増やし続けてきた可能性すらあります。
その度に作り上げてきたカルマは
転生を繰り返すごとに私達に多くの課題を課す事となり
その一方では私達は、その課題を山ほど宿題として積み上げては
未だそれを片付けてはいないのです。
そしてその状態が極限まで進み、
今では課題をこなすどころかその被造物としての性質自体が
創造主の予定していたような存在からかけ離れていると言う事だと思います。
私達この社会の人間は決して進化などしてはいないのです。
私達は科学力の進化を持って
自分達は着実に進化していると勘違いしているに過ぎません。
しかもその科学力を急速に発展させたのも
天使達の地球社会への想いが為せる業であり
彼らの支援があったからこそ
今の私達が存在している事さえ理解できないでいるのです。
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【しかし人間は永遠なるものなるがゆえに、
まじめに努力すればそのいずれも進歩の行路を一歩遠くヘ私を導くのである。
それには仕遂げねばならぬ永遠の道とともに絶えまなく努力を要する。】
「地球社会の人間は、生き急いでいるのだ」
と言うのが金星のマスターの言葉でした。
自分達が永遠を生きる存在である事を理解している天使達は
人間は決して生き急ぐ必要がない事を理解しています。
そしてその進化にしても必ずしも山を登るばかりではなくて
時には谷に下りる事もあるのだとマスターは触れていました。
でも彼らはその後もっと高い山へと上り始め
地道に確実な進化を続けているのです。
私達は自分達の生を一度きりの物と信じています。
その前提を価値観としてしまうことで
私達の進化はこの一度の人生で完成しなければならない事にもなります。
そして一度きりの人生という意識が私達の意識を
人間としての実質的な進化にではなくて
目に見える進化や自分を飾る事に執着させているのだと思います。
私達は自分達の潜在能力を理解していないから。。。
自分達が本当は神同様に完全になる資質を持っていることを
自覚していないからです。
私達の実態である魂は創造主の分身、
もしかしたらそのまま創造主の一部かもしれません。
そしてその創造主の残像思念は永遠のエネルギーです。
つまりそれを共有する私達も
そこからエネルギーの供給を受け続ける限り永遠の存在なのです。
そしてその資質は神と同様であり
後はそれを自らの肉体という器を持って表現すればよい。
そのために進化を続けているのが天使達・スペースブラザーズです。
私達はそれを理解できないがために、
そして自分の実態である魂の意志を感じる事が出来ないために
自分達の目的を、進化にではなくて
心を喜ばせる事に見出しているのだと思います。
私達は覚醒者であっても
それは決してゴールではない事を理解しています。
他の惑星の人間達にしてみればそれは単なる通過点に過ぎませんし
本当の意味での進化のスタート地点です。
キリスト教に例えれば、
私達が覚醒し父の元に帰ったその時こそが
私達にとっての本当のバプテスマだということです。
それは只の通過点であり、自分が創造主の法に従う道を
選択した事を示しているだけのものであり
私達はその時からこそ地道な進化を始めることになります。
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【賢明な人は一瞬一瞬を生きることを学ぶにつれてこそ
進歩が自分のものになることを知っている。
進歩というものは常に現在においてあるものだからだ。】
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”地球の法則”がタイムマシンや未来人を取り上げる理由が
わかるような気がします。
先日私は、「自分の今の意識で子供時代を
やり直してみたいと願ったことがある」
と言う記事を書きました。
あれは私が自分の生が一度きりであると認識していたがために
自分の過去の失敗を、
その時点に戻りやり直す事で、
今の自分をもっと改善したいと言う希望の現われでもありますし
過去の罪や恥を清算したいという願望の現われでもあります。
短い人生の中で、自分が犯した失敗や罪や過失を
その生の中で解消する方法を私は理解していなかったために
その恥や罪を時間を遡って改善したいと願ったわけです。
そして私達の社会におけるタイムマシンという発想の大元は
まさにそんな私達の意識の象徴に他ならないと思います。
今この社会が悪化した原因を過去に求め、
そこに遡りその原因を絶つ事で今の状況を改善したい。
今を自らの努力によって改善するのではない
安易な手段であり、心にとって楽な発想でもあります。
得てして地球の法則の傀儡達は
災害や破局を回避したり予言するために
未来からやって来た人間を登場させます。
そしてそんな人間達の言葉に信憑性を持たせるために
その人間の予言をハイテクをもって実現させてもみせます。
私達は先述のような理由で
心のどこかでタイムマシンを信じたいと言う
気持ちを持っていますし、それに騙される事もあるでしょう。
それは私達の誰もが願う、未来に向けての改善
と言う意識に働きかけることで
そこに信憑性を作り上げるのだと思います。
しかし私達の改善のあり方は本来そうではないのです。
一度きりの人生を暮らしていると思えばこそ
過ぎ去ってしまった過去における罪や恥や、
そして災いの原因を経ちたいと願う。。。
そしてそれを可能とするものを
自分達の心をもって願望として作りあげるわけで、
私達は、過去の失敗から何かを学び、
今この現在における努力の積み重ねで
その改善を果たすべき存在であることを
理解していないが故の発想だと言うことです。
私達が独自に作り上げるものは得てしてそうです。
自分達の心が願うもの、心にとって心地良い物。
そんな事が出来ればと心を持って欲する、
そんなものばかりを立て続けに
架空の存在でありながら存在する物として作り上げ
その存在を信じる事で自分達の心を心地良くしているのだと思います。
自分の心が思っているとおりの神様がいて、
自分の心が思っているとおりの天国があって、
自分の心が思っているとおりの法則が存在し、
そこで作り上げられているのが
努力もしていない私達を確実に天国に導いてくれる神や仏であり
自分達の失敗をも、自らの努力なしに改善する機会を与えてくれる
タイムトラベルやパラレルワールドの世界でもあります。
今の自分とは別の自分がそこにいる。。。
過去に戻って今の状況を変えることが出来る。
これらは全て、人間が自分達のあるべき実態を理解していないために
その心を持って望むんだものとして作り上げられています。
しかし私達の本来の生き方はそうではないのです。
過去の罪や恥や失敗は
美化したり他人によって改善して貰う物ではなくて
私達はそこから何かを学びながら
この”現在”と言われる唯一の真理の時間を
地道に進化し続けながら暮らすべき存在なのです。
私達は誰もが失敗を犯します。
それは天使達であっても同様です。
ただ彼らはそれを二度と繰り返さないことを
自らの戒律として定めています。
そしてその失敗に対して反省もしますし
そのための改善を日々勤めるのです。
私達もそうしなければなりません。
自分の恥や罪や失敗を、
隠蔽したり美化したり正当化したり
未来人に改善してもらう事を願うのではなくて
私達は自分の失敗から
この現在を通して何かを学び続けるのです。
創造主が私達に対して課す課題にしても、
それは前世における私達の失敗や罪を
私達が反省できなかった事に由来しているはずです。
私達が罪を犯しながら、失敗をしながら、
誤った意識を持ち続けながら、それを反省し改善することが出来ず
そこから何も学ぶ事が出来なかったからこそ
今度こそ、それを私達に学ばせ
同じ過ちを繰り返さなくて済む様に
私達を進化させるのがその課題だと思います。
【過去は過ぎ去ってしまっている。
そして人がいかにそれを変えようとしても決して変えることはできない。
手を伸ばして未来をつかみ取る事もけっして出来ない。
すぐ近くまで来ている瞬間をも取る事はできない。】
アダムスキーはここでは
”未来人”や”タイムマシン”といった誤った概念を
闇政府の傀儡達が利用していた事を牽制する意味で
語っているのかもしれません。
闇政府は人間の心のエゴを満たすために、
タイムトラベル・パラレルワールドなどと言う架空の概念まで作り上げて
現在こそが私達にとっての唯一の真理であると言う事をも
理解できないように誘導してもいるのです。
私達の暮らしている空間は今はオカルトな話で満ちていますが、
理解が進むと、とても単純明確で
判り易い社会であることにも気がつきます。
目に見えるものだけで理解しようとすると
時には目に見えない部分に関しては憶測が入り込むことで
今の社会の中のように誤った情報を多数生み出すことになりますが
一部の目に見えない事を認識できるようになれば
その法則含めて全てが一貫性のある情報として
私達に認識され、
その時には、オカルトと私達が呼んでいるものが
全て消えてなくなることになります。
創造主の法の体系を理解すれば
今の私達の理解でも、殆どのオカルトが消えてなくなるのです。
タイムマシンは私達の過去の過失をも
反省なしに改善してくれる存在でもあります。
悪霊や高級霊の存在は
私達の人生を一度きりの物とする象徴でもありますし
私達が波動なるもの、想念なるものを
発している事の理解の妨げにもなっています。
音声送信のようなハイテクを隠蔽するためにも
それは利用できますし
病や不幸の原因を擦り付ける対象にもなります。
そして自分達にとって都合の良い神
(信じた人間を救ってくれる神)
更にはとても楽な進化の方法(アセンション)など、
私達にとってとても都合が良くて心にとって楽で心地良い物ばかりが
近年増え続けている事に私達は気がつくべきなのです。
真理としての宇宙の法則を理解するのではなくて、
自分達にとって都合の良い存在を生み出して
誤った真理を真実であるかのように思い込むことで
自分の心を心地良い状態に置き続けている行為は
天使達から見れば現実逃避でもありますし
暴走にも見えるのだと思います。
生物学的、心理学的に言えばそれは防衛機制です。
高い木になっていたブドウを欲しいと思った狐が
それを取る事が出来ないために
「あのブドウは酸っぱいのだ」
と自分で勝手に判断して
自分の思いが叶わなかった事で心が不快な思いをする事から
逃避したのとなんら変わりはないのです。
この場合は”合理化”という説明があったかと思いますが
その目的は自分のエゴが叶わなかった事を
不快に思わないように自分を慰めている行為でもあります。
私達はありとあらゆる局面でそれと同じことを無意識に実行しています。
勿論それが自分の心のエゴを留めるように
働くのであれば悪いとはいえません。
しかし私達が今もっている心のあり方に満足するように
そんな価値観を率先的に作り上げては私達に与えてくれているのが
闇政府の傀儡たちです。
何故に彼らの言葉に騙される人間がいるか判りますか?
心のエゴを満たしてくれる彼らの価値観は
私達の心にとってとても心地良い真理だからです。
神の御心を受け止めなければならない。
そしてそれを実践しなければならない。
そのためには私達は進化しなければなりませんし
まして神の御心は私達の心のエゴが求める事とは異なるのです。
心が不快な想いを強いられると言うことです。
しかし、信じれば救われる。
そして天国にいける。
これはとても楽なのです。
自分が進化を果たす必要などないからです。
更に
「肉を止めて野菜にして
酒とタバコを止めれば進化できる。」
これだって楽です。
喫煙家や酒好き、肉の好きな人には辛いでしょうが
一旦それを断ち切ってしまえば
後は何の努力も必要ありません。
あとは楽観思考で楽しいことを考え
能天気になっていれば良いわけです。
少なくともそんな行為を続けても
私達の精神の進化が果たせるわけもありません。
そして私達はたいした努力もしていないのに
いきなり高い次元の存在になれるのですからとても心地よい話です。
心にとって楽だからこそ私達はそんな話に
飛びつくことにもなるのです。
私達はそんな誤った思考に囚われた時に
自らの進化を止めているのです。
しかし現実には私達は学びながら進化し続けなければなりません。
過失や失敗、そして罪を体験したらそれを記憶の奥に押しやったり、
美化したり正当化するのではなくて
それと直接向き合って、自分の愚かさを実感し、それを反省し
同じ事を繰り返さないための改善を図るのです。
そしてその作業は常に”現在”に暮らす
今の私達によって果たされるものです。
それが出来ていないからこそ、
私達は自分の罪を隠蔽したり正当化することで
次の転生における課題を増やし続ける事にも繋がっているのだと思います。
私達にとっての大きな悲劇は、自分の心にとっての”罪”が
法律として制定されている物に限ると思い込んでいる事です。
イエスキリストが律法学者とパリサイ人を批判していたのは
彼らが人間がその心を持って形式的に作り上げた法律を戒律と見做し
それを守ることを”義”としていたからです。
私達が守るべきは
人間がその心の価値観を持って作り上げた
戒律ではありません。
私達に課されているのは聖書でパウロが触れていた
”神の戒律”です。
そしてそれは行動としては”神の御心”として
表現される事になります。
そして創造主の戒律は
そんな一つ一つを言葉で規制できる物ではありません。
模範が創造主の意識なのですから
行動だけではなくて私達の想いまで全て含めて
創造主の意志と異なれば、それは”広義”では”罪”となります。
勿論私達はその全てを理解し実践できるわけではありません。
私達はそれを自らの体験と自分の思いや行動が
他人に与える影響として正しいかどうかを判断したり
行動をすることで罪悪感や後ろめたさといった
印象などを受け止めること等で自らに戒律として課して行きます。
そして結果的にそれは私達が創造主に限りなく似るまでは
延々と自らに課されることになります。
地球社会の宗教の様にそれは一定の量が決まっている教えではなくて
限りなく無限の教えでもあるのです。
【過去は過ぎ去ってしまっている。
そして人がいかにそれを変えようとしても
けっして変えることはできない。
手を伸ばして未来をつかみ取ることもけっしてできない。
すぐ近くまで来ている瞬間をも取ることはできない。】
私達はこの事こそを真理として理解しなければなりません。
過去は変えることは出来ませんし
それを直接改善することも出来ません。
私達は今と言う時間の中で
その改善を果たしていくことになります。
そして一方では私達の未来は決まってはいません。
今置かれている現状からある程度予測は出来ます。
しかし未来は現在の行動の先に存在していて
私達の今現在の生き方一つで
どんどんと変わっていく可能性のあるものだからです。
私達が直面しているのは常に真理としての”現在”なのです。
一方私達には無限の時間があります。
過去に囚われてそれを思い悩む必要もなく
そこで犯した失敗を
今という時をもって改善し続ければ
私達は進化し続ける事が出来るのです。
過失に直面することで
地道な進化が過去の罪をも進化の糧へと変えてくれる。
だからこそ私達は時には失敗や誤りをも恐れないで
何事も体験し続けなければならないと言う話にもつながってきます。
そして過失や失敗を含めて
自分の罪を罪と認識できる事が大切なのだと思います。
法律を守っているから自分が罪など犯していないと言う意識の人間は
いつまでも進化を果たすことが出来ないからです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【以上は地球人が学ばねばならないレッスンである。
地球人にかわってそれをやってくれる者はいないのだ。
それはちょうど一個人が他人にかわって食物を食べて、
しかも両方が利益を得ることができないのと同じである。
成長と進化は個人的な問題だ。道は示されるだろうが、
各人が自分でそれを旅しなければならないのだ】
当たり前の事ではありますが、私達が進化しようと勤めれば
自らがそのための努力を実践しなければなりません。
家族や友人が進化したからと言って
見ているだけの自分はその恩恵を受ける事は出来ません。
勿論、あるとき突然フォトンベルトがやってきて
私達を高次元の存在に変身させるなどと言う
都合の良い話も存在しません。
私達の見えない守護者であるスペースブラザーズであっても
彼らは生身の人間ですし、私達と同様に
四次元と三次元を同時に生きている存在です。
そして天使達は私達に対してその知識を与えて
私達の進化のきっかけをくれたに過ぎず
そのきっかけを受け止めて進化を果たすも
それを無視するも選択するのは私達自身だと言うことです。
私達個々の人間は、目に見える文明の進化を
自分自身とは無関係に感じていると思います。
自分が為さなくても気がつけば専門家達が
時間の経過と共に文明を推し進めているのがこの社会の現状だからです。
そしてその進化の方向が正しいかどうかさえも
私達は思考する機会もありません。
他人に任せて進化の方向性の吟味をも怠った事が
今のこの社会の目に見えている実態です。
私達はこの社会の実態からも
他人任せが一体何を齎すのかを理解する事も出来ます。
まして私達の個々の進化は
私達個人の意志によって為されるべきものです。
しかし個人の進化を怠るだけでなくて、
社会の進化をも他人任せにして来た私達は
その他人によって今度は精神の進化まで
誘導される事になってしまっているのです。
私達は自分の意志で進化を意識して
生きていかなくてはいけません。
そして正しい進化を果たすためには
私達は自分達の実態を正しく理解しなければならないのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異星人たちが私に語ってくれた事柄は新奇なものではない。
数千年間彼らの知恵は地球人に向けられてきた。
過去において地球人はあれこれと言い訳をしながらそれを無視することを選んできた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スペースブラザーズはこの社会に自ら転生を繰り返し
私達を創造主の法へと、そして正しい進化へと導き続けてきました。
中には著名な聖人達も存在し
私達は今でもそんな人間達を褒め称えていますが
その想いだけはしっかりと捻じ曲げられてきました。
アダムスキーがここで
【地球人はあれこれと言い訳をしながらそれを無視することを選んできた】
と言っているのは、一つには
私達が彼らの想いを自分では正しく実践出来なかったために
その理解や解釈を独自の価値観で変貌し
結果的には彼らの導きを無視する結果になっている
という実態をも含んでいるでしょうし、
一方では、50年前に地球社会に対してはっきりとその姿まで現して
地球社会の各国の政府機関に
私達の実態とあるべき姿を指し示した天使達を
その与えてくれたアドバイスや警告含めて
私達の社会はそれを無視している
と言う実態をも含めての話だと思います。
もちろんこれは一般市民というよりは市民に対して影響を与える立場であり
市民の代表とされていた人間達がそれを続けてきたわけで、
本来何も知らされていない私達に責任があるわけではありませんが、
私達はそんな人間達を自分達の意志で代表として選出し
その人間に従って生きているのですから
ある意味自分達の意志に従っている事にもなります。
私達の無知や無関心が結果的に天使達の想いを
この社会に反映させることが出来ない原因ともなっているのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【大自然のあらゆる面に表現されているように、
それは分裂というもののない永遠の融合を示す一つの生命なのだ。
ひとたびわれわれが大自然を教師として受け入れるならば、
多くの神秘的事象は全く簡単に内容を語ってくれるだろう。】
私達は自分自身の事ばかりに囚われています。
と言っても自分自身を正しく理解しているわけでもなく
気がつくと心のエゴに従ってその暴走に身を委ねているのです。
そのままの状態で他人にも接しますし
自然や動植物にも接しているのが私達地球社会の人間です。
その意識では万物が創造された目的や
それぞれの司っている役割など理解することも出来るわけがないのです。
私達は第一に自分自身に関しても何も知ってはいない存在だからです。
自分自身を正しく理解できない存在が
他人や自然を理解することも出来るわけがないのです。
創造主の法を学ぶにあたって私達が意識してきたのは
まずは自分自身を理解すること。
そのために私達は自らの心の動きや
行動の動機にもなっている想念をも意識しています。
それが私達のエゴでもある心の暴走を
抑えることに繋がり
結果私達は地道にではありますが
魂の意志をも受け止めることになっていると思います。
その状態で自分の心の価値観で対象物を見つめるのではなくて
その対象物のあるがままの姿を理解しようと勤めることで
私達はそこから多くを学ぶことが出来ることも気がつきました。
そして生命という物をも少しではありますが
理解できるようになったかと思います。
更には自分と言う存在が単独では存在し得ないこと
そしてこの社会も全てのものが依存しあって生きているということを認識し
私達は自分が全体の中の一部であることを知るのです。
私達自身が本来は神の表現であり
私達はそれぞれが神の表れでもあります。
しかしあまりにも心を濁しすぎた私達人間を見て
そこに神を意識する事はあまりにも現実的ではありません。
自分の事さえ神の分身だと自覚できない私達に
アダムスキーは自然をお手本としてそこから学びなさいと
言っていました。
自然と言えば植物や昆虫や動物を想像するかもしれませんが
そこに存在する山や川含めての摂理を見つめるということだと思います。
例えば植物は私達のような心と言うものを持っていません。
彼らは創造主の意志だけを持って
つまりは宇宙の法則の摂理だけに従って生きているのです。
そんな限りなく創造主の法を彷彿させるものを見つめることで
私達は進化のきっかけや理解のきっかけを得ることが出来る。
アダムスキーはそんな意味をも含めて触れているのだと思います。
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アダムスキーが触れている私達の為すべきレッスンは
彼ら天使達の社会では当たり前とされている事、
例えば食事をした後に食器を洗って片付けなければ
その後は汚れた食器がそこいら中に溢れることにもなります。
部屋が汚れることで気分も悪いでしょうし
見た目の印象も悪いことを意識して
通常私達はそれを実践します。
つまり、汚したら片づける、種を蒔いたら刈り取る
それと同じような常識的な意識を持って生きれば良いだけの話だと思いますが、
私達は視覚で確認できるものに対してしか
そんな意識を持つことが出来ません。
悪しきカルマや悪しき想念は私達にとって認識できるものではないからです。
そしてそれを可能にするためにも
私達は自分達の実態を正しく知らねばならないと言う
何度も繰り返される結論になってきます。
私達を根底から変えることが出来るきっかけは
やはり魂の存在を認識することだと思います。
「見えないものを理解できる者は幸いである。」
イエスキリストのこの言葉の持つ深い意味が
理解できる方こそが幸いです。
私達の感覚器官は肉体を司るものだけではないのです。
私達は目に見える物を認識し
一方では目に見えないものをも認識する事によって
今まで半分しか生きていなかったこの社会を
100%体験できるようになります。
半ば死人だった私達が生き返って
父の元へと帰ることを
天使達も願い続けてくれていると思います。
【貴方に無限なる力の祝福がありますように】
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P.S.
私達が手っ取り早く魂の実態に気がつく方法は
テレパシーの仕組みとその存在を理解する事かもしれません。
その時、私達は魂と言うもう一つの器官の存在を知り、
そこから四次元を意識することを知り、
更には想念という現象をも理解する事になります。
私達が進化のためのレッスンするためには
創造主の法を信頼する必要があり
そのためには魂と創造主の存在を認識する必要があり、
それを理解する手っ取り早い方法はテレパシーを理解する事かもしれません。
オカルトと言われる分野に紛れ込んでいる
大切な真理を理解し確信することで
私達はオカルトとして抱え込んでいる物を一気に減らすことにもなります。
生命の科学の理解者と覚醒者以外の方は、
ここから興味を持つ事も創造主の法を確信する
きっかけになるかもしれません。
私達の想いは思念波という形で全身から発せられると言うこと。
そしてそれを受け止める器官が魂でもあり
その行為をテレパシーというのだと言う事を理解し追求し
そこから派生されるあらゆる現象を理解する。
そしてオカルトを消していくことによってです。
きっと自身がその経験をすることで私や兄弟姉妹そして理解者同様に
多くの方々が創造主の法の存在に気がついてくれることになるでしょう。
テレパシーに関しては近日記事で公開します。