一疋の青猫 -151ページ目

遊印



$一疋の青猫


昔から 習い事には 縁遠いのですが

唯一 続けていたのが 書道

動機は不純

進学熱の高い地域に暮らしていた 小学生時代

このままでは 塾に行かされてしまう と

母親との 取引に使ったのが きっかけ




毎週土曜日の午後 玄関先に大きな木のある 教室に通っていた

リンゴの木箱をひっくり返した 粗末な机

先生は とても穏やかで おじいちゃん といった風で

それをいいことに 皆 乱暴な口を聞いては 言うことも聞かず

私は その先生が とっても好きだったのだけど

同級生たちの前では 同調して 荒い言葉を使っちゃったりね




教室が終わると 筆を洗い 木箱を 部屋の隅に積み上げた

急いで帰る 友達を尻目に 片付けの手伝いをしては 最後まで残って

みんなが いなくなると

傍に 呼んでくれて

先生は 油絵を描いたり 版画を彫ったり

私は それを 眺めているのが 好きだった




そして

石に文字を彫る 「篆刻」 を

教えてもらったのも この頃

それ以来

自分の精神に 合っているようで 続いている




雅号や名前ではなく 好きな文字を彫った印を

「遊印」 と いいます

材料も 木や 消しゴムに 彫る方もいますが


私は やっぱり 自然石の 触感 冷たさ 重みが 好きかな




年賀状や 折々のご挨拶に 添えるのも 楽しいですよ

季節や 内容に 相応しい

言葉を 発掘 するのもね



紙に押してみると こんな感じ





$一疋の青猫


「 畢竟意思 」



これは 好きな詩人の 言葉を 彫ったもの


そんな 石が どのくらいあるかな


考え事しながら


ゆったりね













勅使河原三郎





勅使河原 三郎 Glass Tooth


・・・・・・


ぼくたちは空飛ぶ鳥たちのように天空に属していないし、

しっかりと根を生やして地面に属しているわけでもない

空と地面の間でフラフラと揺れ動きつづけている

ぼくたちは完全に停止することができない身体だ

ぼくたちは無数の細胞の集合体だ

(サブロ・フラグメンツより抜粋)


・・・・・・


勅使河原三郎 舞踏家 コリオグラファー


かつて批評家の三浦雅士は、勅使河原三郎のダンスをして

「ニジンスキーが跳ぶことによって人を驚かせたとすれば、勅使河原三郎は倒れることによって人を驚かせた」

と述べている


1980年代であったであろうか

私が初めて眼にした印象も まさしくそれであった

まるで 硬質な 物体のように 激しく倒れる 倒れ続ける



土方巽 山海塾 大野一雄 といった

いわゆる「暗黒舞踏」が認知され始め 注目を集めていた頃

勅使河原もまた そのカテゴリーと見るむきもあったが

当時 剃髪 白塗ではあったものの

暗黒舞踏の 土着 情念 反近代 下降 ・・・

といったイメージとは 間逆ともいえる



そのダンスは とても異質だが とても強烈な印象を残した

近年 その作風に変化はあるが 依然 魅力的な舞踏手である



ヨーロッパを中心とした 海外での活動も多いが

この春 以下の公演予定されている

過去の映像資料の上映もあるようで 貴重な機会かもしれません

美のひとつのかたちです




・・・・・・



2011年4月30日-5月8日 川崎市アートセンター アルテリオ小劇場


勅使河原三郎ダンス 『 Saburo Fragments 』


川崎市アートセンター  アルテリッカしんゆり2011




できあがり



一夜にして 男は






$一疋の青猫



+  熱き血潮は 正義感に燃え




$一疋の青猫

+  舌鋒鋭く 悪を穿ちて 士気を揚げ  




$一疋の青猫


+  女にはやさしく 花うつくしく




$一疋の青猫



+  広き視野を以って 世を眺む








=  ここに 粋な 男の できあがり





≠  無粋にも 酔っ払いと 呼ぶ勿れ