ユニティインスティチュート -20ページ目

スペインでのミラ・アート&メディテー ション トレーニング(1)by トーショー

ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、アートユ

ニティで今秋発売になる予定の

「瞑想アート」(クリエイティビティの目覚め)

(この文章では、英語の題名

”Reawakening of Art”から仮にこう呼びます)」

の著者で、世界中で多くの人に、絵を描くことを

通して成長する道をシェアしてきた橋本一枝さん

(ミラとも呼ばれています)が、今年2月に急逝され、

多くの人がその早すぎる死を悼みました。

 

ミラは、大きな愛の人でした。そして禅の言葉に

あるように「ろうそくを両端から燃やすように」

生きた人でした。彼女に触れた人の多くは、生き

る情熱に火がつけられ、新しい生き方へと人生の

舵をきりました。

 

私もその一人です。

 

長年ミラを人生と瞑想の先輩として、友人として、

愛を教えてくれる人として尊敬し、また絵の

トレーニングでミラをサポートしながら、自分でも

ミラが生み出したまったく新しい絵の描き方につ

いて学んできました。

 

ミラが亡くなった後、スペインで行われる予定だ

った3週間にわたる絵と瞑想のトレーニングは、

キャンセルされずに、2週間に短縮されて行われ

ました。

 

私もそのトレーニングをリードする一人として参

加し、8月6日にそれを無事に終えました。

 

この文章では、2回に分けて、その報告をしよう

と思います。

 

このニューズレターは、ユニティインスティチュ

ートが提供しているハートをもとにしたワークに

ついてシェアする場です。

 

そのような場で、私がミラの絵のトレーニングに

ついて書くのには、理由があります。

 

ひとつには、ユニティ‐インスティチュートの母

体である、和尚アートユニティがミラの絵につい

ての革命的な本を出版する運びになっていること

、そのためにアートユニティがそのホームページ

にミラのセクションを用意していることがありま

す。

 

私たちが行っていることは、OSHOの大きなビジョ

ンの中で、それぞれの位置を占めています。

 

またひとつには、私が絵のグループを行うときに

は、ハート瞑想をどのように活かすかが、課題に

なっているからです。

 

OSHOのビジョンを生きようとして生まれてきたミ

ラの絵の道と、同じくOSHOのビジョンのもとで生

まれたハート瞑想の方法が、どのように出会うこ

とができるのか、手さぐりしながらの数か月でし

た。

 

その話をここでしたいと思うのです。

 

25年前にインドのプーナでミラに出会い、その絵

を見たとき、背骨に電流が走ったように感じまし

た。その美しさに圧倒されました。その美しさは

単にきれい、というものではなく、存在の深みか

ら立ち現れたような深さと純粋さがあったのです

ミラのアートをご覧ください)

 

それから、当時はプーナで1か月以上も続いたペ

インティングのトレーニングに、数年おきに、何

度か通訳として参加しました。6年前に意を決し

て、その年から10年間は毎年ミラの絵のトレーニ

ングに参加することに決めました。私は、ただ絵

がうまくなりたかったのです。

 

今年の1月にその決意から6年目にあたるトレーニ

ングが終わり、次にミラに会うのは、毎年4月に

ミラのふるさと能登で行われる、10日間の「チェ

リーブロッサム・ペインティング」だなと思って

いました。

 

2月にミラが亡くなり、それからすべてが変わり

ました。

 

今までは受け身で、ただ一緒にいるだけで良かっ

たトレーニングを、自分たちが背負っていかなく

てはならなくなったのです。

 

今年のトレーニングが終わったときに、ミラは、

「あなたは来年、私のトレーニングが終わった後

に、「“ペインティング・ユア・ハート”という

グループをしなさいね」と言いました。もうひと

りのオランダ人のペインターには、‟ノーマイン

ド・ペインティング”というグループをするよう

に言いました。

 

それで、それでは日本に帰ったら、今年中に2,

3回はペインティングのグループをしなくちゃな

らないかな、と考えました。

 

今までは、ミラがいるのだから、彼女のグループ

のサポートができれば十分だ、と思っていました

が、ミラからそのように言われたからには、自分

ができること、「ハート瞑想」と絵を組み合わせ

て何ができるのか、実験してみなくては、と思っ

てのことでした。

 

ところが、ミラが亡くなると、OSHO瞑想リゾート

では、今までミラが行っていたアートセラピスト

・トレーニングを、残った私たちが行うように要

請してきました。

 

来年の1月に予定されているOSHOアートセラピス

ト・トレーニングに、ミラの代わりとして3人の

名前があがり、私もその一人でした。

 

突然、大樹の下でのんびりとしていた私たちが自

力で立たなくてはならなくなったのです。

 

ミラが行っていたトレーニングの大きなものに、

前述したように、毎年夏にスペインのビルバオ近

郊で行われるものがあります。

 

長年ミラとともに絵を描き、サポートしてきたア

イルランド人のオジャスという人が、オーガナイ

ズしてきたもので、アマルーラという共同体の中

で行われる3週間にわたる、本格的な絵のトレー

ニングです。

 

オジャスは、トレーニングをキャンセルせず、2

週間に短縮して私たちでやろうと言ってきました

 

プーナでリードする予定の3人の男性に加えて、

イタリアから美しい女性が加わり、4人でトレー

ニングをリードすることになったのです。

 

スペインでのトレーニングは、7月下旬に始まり

ます。

 

それまでの間に、4月から始めて私は日本で絵の

グループを6回、行いました。ミラが来年プーナ

で行うように言ってくれたグループのタイトル”

ペインティング・ユア・ハート”をグループの名

前にしました。

 

ペインティングとハートのはたらきをどのように

融合することができるのか、また、自分に何がで

きるのか、とにかくやってみるしかなかったので

す。

 

日本でのグループは、半日のもの、一日のもの、

2日間のものとさまざまでしたが、その中でミラ

の方法を使いながら、だんだんとハート瞑想も取

り入れていきました。

 

クリエイティビティとは、今まで知っていること

とは違うもの、未知の領域からやってくるエネル

ギーで、それに乗って絵が自然に生まれていくの

です。

 

そのためには、どのように描こうとか、何を描こ

うとか、マインドで計算しても本当のクリエイテ

ィティにはつながることができません。

 

一瞬ごとに自由でなければならないのです。

 

グループに参加した人は、自分を制限する壁に必

ずぶつかります。

 

自分の中の暗闇を覗くことが怖い人は、黒を使う

ことに躊躇を感じるかもしれません。

 

自分の決まりきった描き方にはまってしまって、

描くことによる喜びを感じられなくなるかもしれ

ません。

 

そのようなときにハート瞑想から始めると、何か

がゆるみ、自分の制限から出ることができます。

 

ハートは過去のパターンと未来の結果を求める気

持ちから人を自由にしてくれます。

 

ただ今ここにいて、色と形が織りなす美しさと戯

れることができる道が開けます。

 

もうひとつ、ハート瞑想が役に立つことがありま

す。

 

多くの人にとって、自分が描いた絵の美しさを認

めることがとても難しいのです。

 

人の絵の美しさなら感じられるけれど、自分の絵

はよいと思えない、というのが多くの人が経験す

ることです。

 

グループでは、「愛の目の瞑想」を使ってみまし

た。

 

ハートの中に入り、ハートの本質でもさらに本質

的な愛のエネルギーを感じ、それを目の中に流れ

込ませます。

 

目に愛をもって自分の描いた絵をみたときに、今

までと違ったように見えるでしょうか?

 

絵は何かを語りかけてくれるでしょうか?

 

この瞑想により、参加者は自分の絵に今まで見え

なかった美しさを発見したり、その絵がそのまま

で良いのだというメッセージを受け取ったりしま

した。

 

このようにして、ミラの絵の方法とハート瞑想を

組み合わせることを実験しながら、7月下旬から

始まるスペインでのトレーニングの準備をしてい

きました。

 

7月19日に日本を発ち、バルセロナからビルバオ

へ、そしてビルバオからタクシーで40分の、アマ

ルーラの共同体へとたどり着きました。7月20日

の夕方です。

 

次の日から3日間、ミラの夫で、世界的に有名な

セラピストでもある、スヴァギートが私たちに無

料でグループリーディングのためのトレーニング

をしてくれました。

 

そのトレーニングには、スヴァギートの生徒たち

もたくさん集まり、初めて会った人たちに向かっ

てグループをリードする機会を与えられることに

なります。

 

そこでの経験も含めて、次回は、アマルーラでの

2週間にわたる絵と瞑想のトレーニングがどのよ

うに進んだか、そしてハートのはたらきがそこで

どのような意味をもったのかについて、お話しし

たいと思います。

 

トーショー

流れるままに  byラリート

初めまして。

Lalito(ラリート)です。

 

わたしはオーラソーマと初めて出会い、学び、

そこで初めて、難しくない、自然な瞑想というも

のに出会いました。ティーチャーに恵まれ、本当

に違和感なく、瞑想をまなびはじめることが出来

たことに、今も感謝しています。

 

そして、オーラソーマのコースで、マンガラとい

う女性の、タロットリーディングに優れた方の、

直感の流れというコースのチラシに興味を持ちま

した。

 

3日間のコースに参加し、オーガナイザーの、ラ

サタとアジータに出会いました。

 

初めてクンダリーニ瞑想をした時には、はじめ、

動きができなくて、へんな感じでした。

 

本のページをパッと開いて、そこを読んで瞑想、

というのも。カタルシスを表現する、というのも。

いずれも新しい体験でした。

 

プーナに行くときっといいよ、といわれてインド

に行く関西のツアーに参加したのが、2000年の終

わりから、2001年の初めでした。

 

その時、どこまでも自分がオープンになれること

の心地よさを感じました。

そして同時に、オープンにになりすぎることへの

怖れが、内側にありました。

 

その時に名前をもらったのが、ラリート、

という名前です。

Atmo Lalito 、

innermost beautiful

と書いてある、紙が届いた時、

小さな風が巻き起こったような、感じでした。

 

その、プーナに行くきっかけとなった、マンガラ

に、リーディングを受けた時の事。

オーラソーマのティーチャーになりたいと思って

いたころで、それを話すと、

あなたは頭で考えすぎ、

オーラソーマのようなものは、ますます天に行き

過ぎてしまう傾向があるから、あなたはやめた方

がいい。それよりも、大地に足をついた、

ボディワークや、タッチセラピーの方がいいよ、

と言われました。

 

タッチセラピー?ボディワーク?

と、その時は思いましたが、

後で、和尚アートユニティの、

サトルボディヒーリングに出会います。

 

今でこそ、テレビでも、

貴方のオーラの色は、

などという時代となりました。

 

サトルボディ、というのは、

個々の持つエネルギーフィールドで、

ヨガでいう、エネルギーセンターである、チャク

ラと関わりがあるのですが、

 

サトルボディって、何?

 

と聞かれて説明すると、宗教か何かかと、

あるいは何かあやしい、と思われたりしがちで、

そんな時は、気功のようなもの、などと

だいぶ端折って言ってしまったこともあります。

 

マインドが、どう言おうと、

頭で考えても、理論的には、説明することが難し

くても、自分自身の身体を使って、体感しながら、

ワークしてゆくことは、自分を受容してゆくこと、

理解してゆくことになります。

きっと私には、それが必要だったのだ、と後で

気付きました。

 

そのような貴重な機会が、

和尚アートユニティの

 

サトルボディヒーリング、

いまは、チャクラトレーニングと、

 

本質を生きる、エッセンシャルリビング

 

のコースで提供されています。

 

海外、セドナより迎える講師の、

リーラ、プラサード、アルヴィナの、

直感のスペースと、

受容的なエネルギーの中で、

寛ぎの中で、自分自身に気付いてゆく。

 

自己再発見の旅で、たくさんのギフトをいただき

ました。

 

目新しい学びの中で、

印象的だったものの1つに、第2チャクラという

のがありました。

 

日本は武道の中で、丹田で呼吸する、

といったりしますが、チャクラと丹田、諸説あり

ますので、ここではふれません。

 

ただ、確かに剣道や、居合、のように、空想の棒

を持って、エイやっと振り下ろしたりする時には、

第2チャクラにエネルギーを感じるのです。

 

第2チャクラは、カラーにするとオレンジ。

感情に深い関わりがあります。

 

日本は、感情を抑えることが、美しい文化。

男は泣くものではない、とはいわれますね。

あの人は、すぐ感情的になる、

という表現は、褒め言葉ではないようです。

 

そのような文化にいると、感情が沸き起こった時

に、感じないふり、もしくは抑える、

などの其々のやり方で、日常的にコントロールし

ているので、本来の感情を、表現することが、

難しくなったり、あるいは突然の爆発を迎える、

ということにもなりかねません。

 

様々な、ユニークな方法で、自分を見直してゆく、

そんな新しい機会が、

チャクラトレーニングでは提供されています。

 

興味深いですね。

 

いま、ここに、そのチャクラトレーニングを含め、

4つの、インターネットを通した体験の機会を、

特別に、無料で提供することができました。

 

あなたの新たなる、自分発見の第一歩になります

ように。

 

Love,Lalito

ブログ「ハートのツバサ」を書いています。

 

 

いつかではなく今 byブーティともこ

もう9月になり、急に涼しくなってきました。

 

ブーティともこさんは、広島市内から、突然広島の

離れ小島に引っ越し、そこで新たな生活を始めま

した。

 

 

夏の暑い日には、じっとしているだけでも汗だくに

なってしまうようななかで、畑の草抜きも、少しで

も影のできる夕方を選んでするのでだそうですが、

そうすると今度は蚊が大変だったりします。

 

畑に種を蒔いても芽が出なかった野菜もたくさん

あり、どうにか育っているものの中でもキュウ

リは3種類とも元気に成長したそうです。

 

そんな田舎に住んでいると、自分で作っていない

ものも、夏野菜をご近所が持ってきてくれ、

毎日、新鮮な野菜を食べられるのはとても幸せ

な毎日を過ごしているようです。

 

そんな智子さんからのお便りです。

 

お楽しみください。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

この島に移住してきて、少しでも毎日の生活を丁

寧にすることができたらという思いが、どんどん

大きくなってきています。

どんなに贅沢に時間が使えたとしても、この生で

使える時間は瞬きほどだと思うからです。

 

 

引っ越しに際して荷物を整理していたとき「いつ

かどこかで使うかもしれないから」という理由で

取っておいたものがいくつかありました。

 

今は使えないのに、それが使えるようになる時を

夢見てわざわざ買ったものもありました。

それが使える環境を夢見て、その夢に投資してい

たのかな。

そんなものも全部、使えるものはおろして、使わ

ないものは捨てたりあげたりして整理しました。

 

 

50歳を過ぎて、年齢が悟らせてくれるものは確か

にあると感じています。

一昨日草抜きをしながら「いつか…は、もうない

なぁ」とつくづく思いました。

あるのは今日の今だけ。

 

そんな心のつぶやきと同じセリフがあった小説が

あります。

アメリカの現代作家コーマック・マッカーシーの

「ザ・ロード」という小説です。

 

なんらかのカタストロフィの後の、終末の世界の

物語です。

 

生き残った者同士のサバイバルをくぐりぬけ、ひ

たすら南へと旅する父と息子の物語。

この小説の文体はとても変わっていて、ほとんど

句読点もかぎ括弧もありません。

 

虚無の美という、そんな印象を受けながらも、息

子の言葉をそのまま返す父親のことばに限りなく

深い愛情を感じ、絶望の中にともり続ける〈火〉

を感じ、嗚咽しながら読み終えた本でした。

 

その物語の中にあったこの一節を思い出していま

した。

「やるべきことのリストなどなかった。今日一日

があるだけで幸運だった。この一時間があるだけ

で。“あとで”という時間はなかった。今がその

“あとで”だった」

 

 

この小説の状況とはまるでかけ離れた、自然も人

もとても豊かなこの場所で、でも同じように感じ

ていました。

 

今がその“あとで”だと思うと、すべてが抱きし

めたいほど愛おしくなります。

それなのに、そんなことをまた忘れて大切なもの

を大切にできないことも多いという、そんな自分

を許せたり、あまり許せなかったり…。

 

 

この気候の変化もまた、そうした思いを強くする

のかもしれません。

昔友人たちと、しばしばやがてくる危機的時代に

ついて話していたのを覚えています。

 

世紀末、 

地球温暖化、 

人口増加、 

パンデミック、 

太陽の黒点、 

マヤ歴、

 

いろんなトピックで、いつか来る日のことを話し

ていた日々、

私たちを取り巻くいろんなことはもう、あのとき

話していた「いつか」のことなのだと気が付いた

から。

 

 

8月の広島は、照りつける日差しと蝉の声の中で

の式典。

テレビでは連日の特集番組が、記念碑に刻まれて

いる「過ちは繰返しませぬから」という誓いを新

たにするために組まれています。

 

 

過ちを繰りかえさないために出来る唯一のことは

、私たちが今を生きることに他ならなく、

今を生きるために生まれる気づきほど大切なもの

はないでしょう。

 

自分一人でこれまでの長い習慣を手放して今を生

きようとすると、一体どうすればいいのか分から

ないかもしれません。

そもそも「今を生きる」のがどんな感じなのか知

らないときには、それはとても難しい。

でも、それがどんなことなのか分かる体験を持て

ば、それは実現可能です。

 

ユニティーインスティチュートのプログラムはそ

れを体験させてくれ、どうやって継続してゆけば

いいのかを教えてくれるものです。

 

個人の意識の目覚めは、私たちが生きているこの

世界への最終的なレメディだとしたら、今こそそ

のレメディを手にするとき、

「いつか」ではなくて「今」がその時なのです。

 

 

 

ブーティともこ記

尾崎智子のホームページ

https://essentiallifeconsulting.jimdo.com/