宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ) -70ページ目

宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

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映画「あしたのジョー」が公開されている。やまぴーのジョーもよく似ているし、バンタム級まで絞った肉体はさすがだ。けれど私にとっての「ジョー」はこの声、この人。あおい輝彦しかいない。「なあ、おっつぁんよぉ・・・へっへっへっ」というセリフ回しは、世の中を斜めに見た矢吹丈の姿勢そのものだった。あおい輝彦は、ジャニーズ事務所の初代アイドル。伝説のアイドルグループ「ジャニーズ」のボーカルで、ソロになってからも71年に「二人の世界」、76年に「あなただけを」、そして77年に写真のレコジャケ「Hi-Hi-Hi」を大ヒットさせている。甘い声と静かな目、それでいて派手なコスチュームというアンバランスが、歌手あおい輝彦の存在感だった。弟分グループとして登場した「フォーリーブス」が動なら、「ジャニーズ」は静の魅力。70年代、高度成長のきらびやかな時代にあって、なぜか静かな、どこか物憂げな香りをあおい輝彦は漂わせていた。それだけに、矢吹丈がはまったのだろう。内なる声、あの声をもう一度、聴きたくなる。

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1月29日放送の「チューボーですよ」をなんとなく観ていたら、井上順がゲストで出てきた。堺正章とのコンビは絶妙だけど、井上順と言えば「夜のヒットスタジオ」での司会者トークも印象に残っている。調子に乗った井上順に、芳村真理が「順ちゃん!!!(怒って)」と突っ込むシーンがひとつの名物だった。もちろん、ザ・スパイダースのツインボーカルのひとり。楽器が出来なかったから、という説もあるけど、そんなことはさておき、売れた曲もあるにはある。紹介するレコジャケは敢えて渋い曲で、72年の「涙」。ソロになってから売れたのは「お世話になりました」の方だけど、私はこっちが好きだった。GS時代は歌手として、その後は司会者として、そして役者として、なんとなく売れながら長く活躍できる人って凄いなあ、って彼を見ているとその多芸な才能(つまりタレント)に感動すらしてしまうのは、私が年齢を重ねたからかなぁ。歌も司会もマチャアキの方が上だけど、あの人なつっこく、そしてケセラセラぶりは真似できない。閉塞感いっぱいのこの時代、井上順の生き方になんとなくヒントがあるのかもしれない。

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昨年猛暑の中の参議院選挙、民主党から出馬したタレントにこの人がいた。環境問題を訴える姿はりりしかったけれど、私の中の岡崎友紀は、いつまでもチッチのままだ。72年に日テレ系で放映された「小さな恋のものがたり」でチッチ(小川チイコ)役だった岡崎友紀は、本当に可愛かった。原作は、みつはしちかこの4コママンガだったけれど、その4コマの叙情性を30分番組でうまく表現していた。彼女だからこそ、あのセンチメンタルなストーリーやリリカルな演技も許せたのだ。岡崎友紀と言うと「おくさまは18歳」の高木飛鳥の印象が強く、ラブコメのアイドルとして君臨していたけれど、本当はもの悲しい表現も実にうまかった。写真のレコジャケは、ちょうどチッチ役の頃。72年の「私は忘れない」。「黄色い船」というドラマの挿入歌がヒットし、その次に出した曲で、ちょっとイメチェンを図った感じの大人の曲に仕上がっている。ちなみに、「小さな恋のものがたり」の相手役は沖雅也。裏番組が「仮面ライダー」だったので、視聴率が上がらず、長くは続かなかった。残念だった、チッチとサリー。

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