宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ) -6ページ目

宮脇 流の「昭和を話そう」 ( BOSSのブログ)

70年代や、あの時代に輝いていたアレやコレや。
クリエイティブディレクターが語る、「思い出のエッセイ」です。

石野真子

人気がある人って、いると思う。目立つとか、新しいとか、カッコいいとか。そういうことではなく、なんとなく好かれる人。石野真子をTVで見るたび、彼女は好かれる人なんだろうなと、感じる。写真のレコジャケは、デビュー翌年 1979年の「プリティー・プリティー」。当時は八重歯がかわいいアイドルで、もちろん一部の人たちに人気もあったけれど、ぶりっ子歌手の域を脱してはいなかった。20歳で長渕剛と結婚、一度は芸能界を去ったものの、離婚後なんとなく復帰。その後は歌手よりも、女優の道を選んだかどうかも定かではないけれど、いつの間にか八重歯は消えて、ふっくらした印象からほんわかした感じに変化していった。特別、記憶に残る歌や映画、番組があるワケでもないのに、忘れ去られることもない。芦屋生まれという、育ちの良さもあってか、そんな石野真子にボクはいつも母性を感じてしまう。♪ごきげんなおせよ pretty pretty pretty わかってないのね 私の悩みはそんなことじゃ そんなことじゃない・・♪ 「プリティー・プリティー」の歌詞のように、本当は、人生の悩みもたくさん抱えてきたのだろう。だけど、どこか、のほほんと笑っているように見える。デビューから、もう40年近く経つというのに、ずっとなんとなく咲いている人。その、生き方こそが、実はいちばんプリティー・プリティーなのだ。

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20才になれば

初恋の人にもう一度会いたいと思う人は、何%くらいいるのだろうか? 逆に初恋は、あの日のままそっとしておきたい、という人もきっと多いだろう。桜田淳子への思いは、そんな感じに少し似ている。日本が成長期だったあの頃、歌謡曲も輝いていて、誰もが青春の真っ只中にいたあの日に帰りたいという気持ちはよくわかる。けれど、初恋の人は、もう昔のあの人では決してない。今月、東京銀座の博品館劇場に登場した桜田淳子を見ていると、嬉しいような哀しいような、そんな戸惑いを憶えるから、不思議だ。写真のレコジャケは、1978年にリリースされた「20才になれば」。中島みゆきが作詞・作曲を手掛けた、彼女が大人に向かう頃の1曲である。♪はたちになれば ひとりで歩く あなたなしでも夕暮れ歩く はたちになればひとりで笑う あなた忘れて ひとりで笑う♪という曲を聴いていると、なんとなくアイドル桜田淳子と人間 桜田淳子との葛藤を歌っているようにも思えてくる。" 不確実性の時代 "と叫ばれたこの年にこの曲を歌い、もうファンなしでもひとりで歩く・・と決めたかどうかはわからないけれど、孤独を選んだ決意は固かった。だからこそ、還暦を目前にした再登場を望まないのかもしれない。「60才になれば」という別の人生を、これまで通り、できれば堂々と歌ってほしい。

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津雲むつみ

あの頃、津雲むつみのファンだった。いや、正確に言うとマンガ家 津雲むつみが描くヒロインのファンだったのである。最初に出逢ったのは1970年、「おれは男だ!」のヒロイン吉川 操(みさお)。ほぼ同時期に森田健作主演でテレビドラマ化されたので、憶えている人も多いだろう。原作よりもドラマの方が有名だけれど、ボクが好きだったのはマンガの中の吉川 操だった。そして、写真のマンガ「彩りのころ」に登場した杉浦 葵。週刊セブンティーンに連載された少女マンガではあったが、当時のボクには大きな衝撃だった。レイプされて身ごもった子供を産もうとする少女の本能、その母性の目覚めとともにストーリーは深く進んでいく・・。こちらも86年に「このこ誰の子?」とタイトルを変えてドラマ化されたので、ドラマの方で知っている人もいるかもしれない。たいていの場合、津雲作品に登場する少年は生い立ちに暗い事情があるせいで、世をすねていて、その事情にヒロインが巻き込まれていく。真っ白の青春がとんでもない色に塗り替えられていく中に、読者もまた巻き込まれていくのだ。そう、読者一体となったドロドロ劇が、津雲むつみの真骨頂。読み終えた後、頭の中がゴチャゴチャになったりはしたけれど、あの疲労感はイヤじゃなかった。もう新作が読めないのか、と思うと残念だ。美しく、そしてちょっと疲れるヒロインを、ありがとう。

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